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8/6 2018

草原のチョウ類の栄光と衰退は、人間の活動によるものだった? 

生物多様性の豊かな草原。キキョウ、マツムシソウ、オオバギボウシなどの花々が咲き乱れている

 
草原にすむ生きものが最近減ってきたことをご存知ですか?
 
一面の草原に咲き乱れる美しい花々。秋の七草であるキキョウ、オミナエシ、カワラナデシコのほか、アヤメやニッコウキスゲなどは主に草原で見られる植物で、いずれも綺麗な花を咲かせます。こうした草原の花々には多様な昆虫たちが訪れます。綺麗な模様をしているチョウや、モコモコした愛くるしい姿のマルハナバチがせっせと花を訪れている姿は、見ていてまったく飽きません。こうした光景は、かつての日本では当たり前に見られたようです。
 
 
しかし、近年、草原とそこにすむ生きものを見る機会は少なくなってしまいました。草原にすむ生きものはなぜ最近減ってきたのでしょうか? 今回は、とある絶滅危惧種のチョウ類が日本の草原とともにたどった1万年の歴史についてご紹介いたします。

草原で見られる昆虫。左上: マツムシソウの花を訪れているトモンハナバチ。右上: キリンソウの花を訪れているヒョウモンチョウ。左下: ノアザミの花を訪れているトラマルハナバチ。右下: ウツボグサの花を訪れているヒメシロチョウ

日本は森林の国? それとも草原の国?

現在、日本の国土の草原面積はおよそ1パーセント程度ほどしかありません。一方で、国土のおよそ7割は森林であることから、日本は森林の国だと言われることも少なくありません。しかし、最近の研究成果から、昔の日本(少なくとも縄文時代以降)では、もっと広い面積の草原が維持されてきたことがわかってきました。
 
というのも、日本各地の土壌中の花粉化石や微粒炭の分析により、数千年前には草原が存在したと考えられる地域が続々と発見されています。また、黒ボク土と呼ばれる有機物が集積した黒色の土壌は、過去に草原植生が存在した証拠とされています。この黒ボク土は、なんと国土のおよそ2~3割を占めているのです。黒ボク土が堆積した地域以外でも草原環境はある程度広がっていたと考えられていますので、縄文時代から19世紀ごろまで、日本国内には非常に広大な面積の草原があったことが明らかになってきたのです。

日本はあたたかく湿った気候ですから、草原は放っておけばいずれ森林になるはずです。では、これらの草原はどのように維持されてきたのでしょうか。
 
草原が維持される理由として、人間による活動の効果が大きいと考えられています。縄文時代から近代までの間、草や灌木(かんぼく)は燃料や茅葺(かやぶき)屋根、家畜の飼料として非常に重要な資源でした。この草や灌木を定期的に確保するため、定期的な草刈りや火入れが行われ、広い面積が草原として維持されてきたと考えられています。こうした人間活動により維持されてきた草原は、「半自然草原」と呼ばれています。

黒ボク土。真っ黒でホクホクしているのが特徴

火入れの様子

いま、日本の草原が危ない!

しかし、20世紀以降、日本の草原面積は急速に減少することになりました。化石燃料への依存や生活様式の変化により、木々の伐採や草刈りをする必要がなくなったためです。また、戦後、まとまった木材を確保するために日本各地で植林がされたこと(拡大造林)も、草原が減少した一因と言われています。その結果、20世紀初頭には国土の10%以上を占めていた草原は、21世紀初頭にはたった1%程度にまで減少してしまいました。
 
このように草原が減少する中、草原性の生きものの個体数はどのように変化したのでしょうか。残念ながら、草原の減少に伴い草原性の生きものの多くは絶滅の危機に瀕しています。こうした草原の絶滅危惧種がいつ、どのように減少したかを知ることは、今後の生物多様性保全を考えるうえでとても大事なテーマです。しかし、実は過去から現在までの時間的変化を追った研究例は世界的にも少なく、草原性の生きものの歴史は長らく謎に包まれていました。

どうやって過去の情報を知るの?

個体数が減少しているかどうかを知るには、過去と現在の情報を比較する必要があります。現在のデータは、研究対象としている種の野生の個体を捕獲すればよいので入手できますが、それでは過去の情報はどうやって入手できるでしょうか?
 
ここで、自然史博物館などで収蔵されている標本の出番となります。標本は、生物体 (もしくはその痕跡) を保存可能な状態にしたもので、採集情報 (いつ・どこで採集されたか) とともに保管されています。生物の分布情報や形態情報を利用する生態学・分類学などの研究には欠かせないものであり、例えば国立科学博物館では数百万点もの膨大な標本が収蔵されています。もし標本のDNAから遺伝情報を読み取ることができれば、標本が採集された当時に、ある生物がどれくらいたくさんいたのか (個体数) や、同じ種類でもどれくらい違う遺伝子をもっていたのか(遺伝的多様性) を推定することができます。しかし、これまで標本からの遺伝情報の利用は一般的ではありませんでした。なぜなら、標本のDNAは紫外線や酸化などの影響を受けてボロボロになり、短く断片化しているからです。遺伝情報の解析というのは、通常は連続した長いDNA (300-1000bp程度) が必要ですので、これでは解析できません。
 
どうにかして、標本から遺伝情報を取得できないでしょうか? ここで私は、しばしば個体識別などのDNA鑑定に用いられるマイクロサテライト解析という方法に注目しました。
この方法の長所として、解析に必要なDNAが短くても問題なく、そのうえ個体識別もできるほど情報量が非常に多いというメリットがあります。マイクロサテライト解析は遺伝情報を取得するうえで非常にポピュラーな方法ですが、標本への応用例はあまりありませんでした。
そこで、マイクロサテライト解析に標本に応用すれば、標本の断片化したDNAについても解析できるのではないか? と考えました。単純なアイデアではありますが、これは試してみる価値があるかもしれません。
 
標本でも解析ができるように工夫をしてから、いざ試してみると……30年前の標本のうちおよそ80%で解析を成功させることができました。これは使えそうです!

草原性チョウ類が経験した栄光と衰退

 
草原の昆虫の歴史を調べるために、チョウ類の一種であるコヒョウモンモドキ (絶滅危惧IB類に選定) について、1980年代以降の個体数と遺伝的多様性の変化を推定してみました。コヒョウモンモドキは、関東地方から中部地方の標高のやや高い草原に生息するチョウです。以前は各地で比較的に普通に見られたようですが、ここ数十年間各地で激減し、生息地は今や数える程度しかありません。本種は多数の標本が作製され、博物館や愛好家のコレクションとして保存されていますので、多くの標本が必要な本研究に最適な種類となります。各地で見られなくなった・数が減ったという情報がある以上、個体数や遺伝的多様性も過去数十年で減少しているかもしれません。
過去のコヒョウモンモドキの情報は、各地の博物館や蝶類愛好家の皆様に標本をお借りして解析しました。現在の生きた個体については、個体群に悪影響が出ないように、翅のごく一部を遺伝解析用の試料として採取した後、すぐに放蝶しています。
 
結果は予想通りで、過去30年のあいだに個体数も遺伝的多様性も大きく減少していました。いったいなぜなのでしょうか?
この理由を探るためさらに統計解析を実施したところ、やはり近年の草原面積の減少が個体数と遺伝的多様性の両方に悪影響を及ぼしていたことが示されました。
 

各調査地における遺伝的多様性の時間的な変遷。対立遺伝子多様度は、遺伝的多様性の指標。多くの場所で、遺伝的多様性は時間の経過とともに減少傾向にある。個体数も同様に減少傾向だった (Nakahama et al. 2018, Heredity より改変)。

 
それでは、より遠い過去ではどうだったのでしょうか? 今度は、ベイジアンスカイラインプロット法 (かっこいい名前!) という、ミトコンドリアDNAをもとにした解析方法により過去1万年間の個体数の変化を確認しました。
 
その結果、先ほどとは反対に縄文時代の中期から後期 (およそ6000年前から3000年前) にかけて個体数が大きく増加していたのです。この時期は、日本各地の花粉化石や微粒炭分析から、草原が増加し始めたとされる時期とおおよそ一致しています。また、縄文時代中期以降は、文化の発展とともに人間活動が活発化した時期です。この時期にコヒョウモンモドキの生存に適した草原が増加し、個体数を増やすことができたと考えられます。
 
このように、コヒョウモンモドキが経験した過去の栄光と現在の衰退は、草原面積の時間的変化に同調していたことがわかりました。つまり、人間活動によって草原面積が変化し、ひいてはコヒョウモンモドキの個体数にも大きく影響を及ぼしたと言えるかもしれません。
 

今後の草原環境の保全のために

前述のように、コヒョウモンモドキに限らず多くの草原性の生きものが絶滅の危機に瀕しているため、生息環境である草原そのものの保全は喫緊の課題と言えます。しかし、日本国内では草原は放っておくと森林になってしまいます。草原として維持するには、定期的な草刈りや火入れなどの管理が必要ですが、そうした管理を実施するための費用や人手を持続的に確保することはなかなか難しいという現状があります。
 
以前は伝統的な暮らしのもとで草原環境が当たり前のように維持されてきました。しかし、生活様式が一変した21世紀の日本において、伝統的な草原管理を今後も持続的に実施していくことは、残念ながら難しいかもしれません。では、草原環境の保全のためどのような取り組みが考えられるでしょうか。
 
近年は草原やそこにすむ生物多様性の重要性が注目されつつあり、保全のために様々な取り組みがなされています。そのうちの一つが、観光資源としての利用 (エコツーリズム) です。草原に広がる一面のお花畑を売りにしたツアーが組まれたり、広大な草原が映画のロケ地に使用されたり。こうした地域では草刈りや火入れが定期的に実施されており、その結果現在も素晴らしい環境が維持されています。
 
草原の生きものを取り巻く状況は決して楽観視できるものではありません。素晴らしい草原環境を未来に残すためにも、どのようにして持続的に草原と向き合っていくかを、皆でしっかりと考える必要があります。
 

左上: ニッコウキスゲ (ゼンテイカ) の花 右上: アヤメの花 左下: カワラナデシコの花 左下: オカトラノオの花

Author Profile

中濱 直之

1989年 大阪府生まれ。博士 (農学)。東京大学大学院総合文化研究科 日本学術振興会特別研究員PD。専門は保全生態学、集団遺伝学、送粉生態学。主に草原や森林の昆虫・植物を対象に、減少要因の特定や有効な保全手法について研究している。

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