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哺乳類

Mammal

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9/25 2018

あなたは隣人に気づいてる? ホンドギツネと人の関わり
――身近で暮らすキツネの生き様

夏の夕暮れ、河川敷にあるグラウンドで僕はある生き物が現れるのを待っていた。
時間は18時ごろ。ちょうど帰宅ラッシュの最中で、近くに掛かる橋にはたくさんの車が走っている。
 
グラウンドに腰を下ろし、しばらくその橋の方をぼんやりと眺めていると、橋の手前の草やぶから茶色くて犬のような生き物がひょっこり顔を出した。僕が待っていた生き物、キツネだ。一匹が出て来ると続いてもう一匹のキツネが飛び出してきた。彼らは兄弟ギツネだ。

今の時代なら写真を撮ってすぐにSNSに載せそうな光景だが誰も気がつかずに通り過ぎていく…

キツネは春先に巣穴を掘ってその中で子育てをするが、巣穴を使うのは子ギツネが小さい頃だけだ。河川敷を緑が覆いつくし、子ギツネが親ギツネより一回り小さいぐらいの大きさになるころには巣穴は使わなくなり、草やぶの中を寝床にする。親ギツネとは別々の草やぶで寝ていることが多いが、兄弟とは割りと近くにいることが多い。
 
だが、キツネは大人になると単独で活動する。夏が終わると子別れの季節がやってきて、子ギツネたちはそれぞれで生きていくのだ。兄弟で一緒にいられる束の間の時間を思いながら、2匹のキツネの様子を撮影をしていたが、不思議なことにこれだけ車や人が通る場所なのに、誰一人キツネに気がつかなかった。
 
 
キツネは昔話や童謡に登場したり、神様の使いとして信仰の対象になったりしているので日本人にはとても馴染み深い動物だ。だから「キツネを知っているか?」と聞かれて「知らない」と答える日本人はほとんどいないだろう。
 
 
では、「野生のキツネはどこにいるのか?」と聞かれたらどうだろうか? キツネについて話をするときにこの質問をすると、面白いことに多くの人が「北海道」と答える。
 
北海道にはキタキツネという種類のキツネがいるが、キタキツネの存在はテレビ番組などの影響でとても有名だ。またキタキツネは昼間でも観光地などに姿を現し、食べ物をねだるほど人馴れしている個体も多いので、「キツネと言えば北海道」という固定観念を持っている人はとても多い。ときには「キツネは北海道にしかいない」と思っている人もいる。
 
 
しかし、本州にもホンドギツネという種類のキツネがいる。僕が撮影しているはこのホンドギツネだ。ホンドギツネの存在を知っている人はもちろんいるのだが、山の中にしかいないと思っている人が案外多い。
 
でも、思い出してほしい。なぜ昔話に頻繁に登場したり、信仰の対象になっていたりするのかを。それは昔からずっと人の身近な場所で暮らし、人の生活と関り合ってきた生き物だからだ。そして気がつかない人が多いだけで、今も昔と変わらず人の身近なところで暮らしている。
 
僕が撮影しているホンドギツネは住宅街のすぐ脇を流れれる河川敷を寝床にしていて、動画のように夕暮れ時に寝床から出てくる。


気がつかない人が多い場所では警戒心の強いキツネたちものびのび暮らしている

ホンドギツネはキタキツネと違い、人馴れしている個体は少なく、人に見つかるとすぐに身を隠してしまう。臆病で警戒心がとても強い生き物なのだ。だから人の目が効きにくい夜に活動することが多い。段々と暗くなってくると活発に活動し始め、バッタやネズミなどの獲物を狩り始める。
とはいえ完全な夜行性ではなく、人の気配がなければ昼間でも活動していることはあるし、子育ての時期では昼間でもネズミや鳥を狩りに出かけることもある。
こう聞くと人の存在がキツネにとって迷惑でしかないように思うかも知れないがそんなことはない。

キツネは人間の作った環境を巧みに利用するからだ。
例えばキツネは草刈りされた河川敷やグラウンド、空き地などを狩場として良く利用する。
 
キツネの耳はとても大きいが、これは周りの音を良く聴くためのものだ。狩りでもその聴力は重要で獲物の出す音を聞き取って獲物の位置を探り、飛び掛って捕まえることが多い。また、足が長くすらりとした体型は走るのに適していて、獲物を追いかけて捕まえることが得意な生き物だ。

引き締まった身体に長い手足。憧れのプロポーションだ。生き物の身体の特徴から彼らの生態などを想像することができる

しかし、草やぶの中ではこれらの能力は最大限に発揮することができない。草が生い茂った場所だと草に遮られて音が聞き取りにくいし、急に獲物が飛び出してきても草だらけでは追いかけるのも一苦労だ。

そこで人が草刈りしている場所を狩場にすれば音を遮る草も少ないし、獲物が急に飛び出したときにも視界も遮られないのですぐに反応して見失わずに追いかけることが出来る。

さらに草刈りされたことで草やぶに隠れていたバッタなどの獲物も外に出てくるので見つけやすくなる。だから動画のようにグラウンドなどの草刈りされた場所は、キツネにとって格好の狩場なのだ。
 
このようにキツネは同じ場所で暮らしている人の生活をよく観察し、上手く折り合いをつけながら暮らしている。一方、僕らはどうだろうか?僕が散歩道に現れるホンドギツネの撮影中に散歩中の人に話を聞くと7割ぐらいの人は「こんなところにキツネがいるわけない」と思っていた。
 
じつは、ホンドギツネについての研究はあまり進んでおらず、わかっていないことがまだまだたくさんある。僕らがキツネなどの野生動物と同じ場所を共有しながら暮らしていくためには、まずはキツネが僕らを観察しているのと同じように、僕らもまた彼らのことを観察し、彼らと僕らの関わりをもっと知ることが必要だと思う。
そのためにも、「もしかすると家の近くにキツネがいるかも」という考えを持って、キツネの目になって自分たちの暮らす町を見てほしい。すると今まで気がつかなかった面白い発見があかもしれない。そのときにもしキツネを見つけてもむやみに近寄らず、臆病な隣人を遠くからそっと見守れば、彼らは暮らしを観察させてくれるだろう。

Author Profile

渡邉 智之

自然と人をつなぐ写真家。現代社会で見えにくい「自然と人との関わり・つながり」を見える化することをテーマに、人の身近で暮らす野生動物や、自然との関わりから生まれた文化や生業を撮影している。ニコンカレッジ名古屋校の講師も勤める。
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