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12/5 2018

卒論を書く前に知りたかった! 科学的な研究・論文の作り方

(イラスト:栗生ゑゐこ)

生物学などの科学研究は、論文として公表されることで遂げられます。
しかし、研究をはじめたばかりの人にとっては「論文が進まない!」「どうやって研究をまとめればいいの?」と悩むことも多いでしょう。そのお悩みに、現役大学教員の山田俊弘先生が2人の学生を例にしてお答えします!
 
(この記事は『論文を書くための科学の手順』の一部を再編集したものです)
 

科学の壁にぶつかると、うまくいかない

科学研究を行う必要に迫られた人、例えば、研究や課題をしなくてはいけない大学生は、科学とは何であり、どのように進められているのか理解しないまま研究を進めてしまい、このために研究が頓挫してしまうことがある。私は、科学とはいったい何なのか答えが見つからず、壁にぶつかってしまうことを、「科学の壁」と呼んでいる。これから紹介するのが「科学の壁」に見事にぶち当たってしまった二人だ。
 

科学になれないケース1 大学1年生の自由課題研究

 
私が勤める大学では1年生が自由研究に取り組むことになっている。この自由研究は学生が自発的に研究する課題を提案し、教員がそれに対してアドバイスをしながら進められるというものだ。その講義での一幕、学生が必死に考えてきた研究課題案に対して教員(私)がアドバイスをする場面である。
 
 
教員 さて、自由研究で取り組むべき課題は見つけられそうですか?
 
学生 (自信ありげに)私はテレビでシャボン玉アーティストに関する番組を見ました。その番組でシャボン玉アーティストは、自分の体を包むほど大きなシャボン玉を作っていました。大きなシャボン玉を作るためには、それだけ丈夫なシャボン玉を作らないといけません。私はこの課題で丈夫なシャボン玉を作るシャボン玉液を開発してみたいと思います。
 
教員 なるほどおもしろそうですね。では、どうやって進めるのですか?
 
学生 ありとあらゆる化学物質を混ぜ合わせて、シャボン玉液を試作し、その中でどれが一番丈夫か実験で確かめる、という方法で進めます。
 
教員 そのやり方だと混ぜ合わせる組み合わせが無限、とまでは言わないけれども、途方もない数になるから現実的ではないですよ。それにその方法は科学ではない。もう一度よく考えたほうがいいですね。
 
学生 先生、私はもうすでによく考えてここに来ました。先生がそう言うのならば、私は家庭に普通にある材料で丈夫なシャボン玉を作る液を作りたいと思っています。ですから、家庭にありそうな材料に絞って実験を進めます。
 
教員 確かに材料を絞れば組み合わせも少なくなる。実現可能性は上がるかもしれない。それに、試行錯誤は科学では重要な努力です。でも、ありとあらゆるものを混ぜ合わせ、そこから偶然に素敵なシャボン玉液ができることを期待するという方法は科学ではない。それでは錬金術ですよ。
 
学生  錬金術でいいじゃないですか。先生はときどき、「科学でない」と仰るけれども、それじゃあ、逆に聞きますが、科学って何なんですか!!! いったい何がダメなんですか?
 
 
 
…普段の講義では、学生が自ら質問することや自分の意見を述べることさえほとんどない。ましてや、学生がこんなに素直に感情を表しながら意見をストレートに投げ込むなど皆無に等しい。このとき私はかなり驚いてしまったのだが、裏を返せばこの学生は「科学の壁」にぶつかり、それを乗り越えようと必死になっていると見受けることができる。
 
それでは、この計画のどこがいけなかったのだろうか?
 
この例は、実験さえすれば科学になれるわけではないことを示している。もちろん実験は科学では重要である。しかし、より重要なことは、実験を仮説演繹の論理の中で利用することなのである。この学生の計画は実験が組み込まれているものの、仮説演繹の手順をまったく踏んでいないことが問題である。
 
科学で採用されている論理の型は仮説演繹と呼ばれており、
 
1         研究対象とする現象を提案し、
2         その現象を説明する仮説をつくり、
3         仮説をもとに実証可能な予言を導き、
4         実験や観察で予言の正しさを評価し、
5         この評価をもとに仮説の真偽を検証する
 
というものである。この仮説演繹の論理の通り清々粛々と論文をまとめていけば、自動的に論理的な欠点のない論文が作られるわけだから、論文作成時の論理展開に悩むことはまったくないのである。論文作成時の論理展開が効率化できれば、論文がまとまらないという悩みの多くは解決されるはずである。
 
こんな素敵な工夫が仕掛けられているというのに、なぜ私たちはいまだに科学の論理展開につまずいてしまうのだろうか? 答えは簡単である。科学研究を行う人の多くが(特に初めて研究を研究する人のほとんどが)、科学研究が仮説演繹の論理構成で進められているということを認識していないからである。

科学になれないケース2 卒業研究

私の勤める大学では卒業要件に卒業研究(いわゆる卒論)が課されており、私の研究室では、卒論のテーマをできる限り自主的に決めてもらっている。そんな卒論テーマに関するやり取りの一場面である。
 
教員 卒業研究のテーマは決められそうですか?
 
学生 森林における植物の成長について調べてみようと思っています。
 
教員 おもしろそうですね。具体的にはどんな内容になりそうですか。
 
学生 例えば、大学の隣にあるからから山に調査区を二つ作ります。そのうちの一つには毎朝必ず、「みんな頑張ってるね、きっと見事な森になれるよ」とやさしい言葉をかけます。片方には「どうせ君たちはこの実験が終わると同時に伐採されるんだ。どれだけ成長したって意味がないよ」という冷たい言葉をかけます。この声掛けを半年くらい続けて、調査区の間に成長の差が出るかどうか確かめようと思っています。
 
教員 どういう結果になると予想してるのかな? それにそうなる根拠があるのならば、それも教えてもらえるかな?
 
学生 たぶん、やさしい言葉をかけた調査区のほうがよい成長をするはずなんです。やさしい言葉を聞いた植物が、それに応えてよい成長を見せるというのが理屈です。逆に冷たい言葉をかけられた森は、ほとんど成長しないか、場合によっては枯れてしまうのではないかと予想します。そう考える根拠は、インターネットで見つけたこの記事にあります。
 
彼の手にはプリントアウトされたインターネットの記事が握られており、そこには、「やさしい言葉をかけた植物は冷たい言葉をかけた植物よりよい成長をした。実験で確かめることができた」とだけ記されていた。
 
教員 うーん、たしかにここには、実験を行った結果、冷たい言葉をかけられた植物よりやさしい言葉をかけられた植物がよく成長をしたと書いてありますね。でもこれを根拠にするのは危険ではありませんか? ここには、実験結果を再現するための情報がまったく書かれていませんよ。例えば、どういう条件で植物を育て、どういう言葉を、いつ、どういった頻度でかけたかとかいうことがまったく書かれていません。これでは実験結果が再現できるかどうか以前に、実験そのものが再現できません。それに、よい成長をしたと書いてありますが、それをどういった尺度で測定したかも示されていません。実験の記載としては不備があると思いませんか。
 
学生 確かにそうですね。では先生は、植物にやさしい声をかけると成長がよくなる実験から始めたほうがいいということを言っているのですね。
 
教員 いいえ、私はそうは言っていません。この研究計画を実行する根拠が崩れてしまったと言っているのです。例えばあなた自身が「驚くべき何かを観察した」とか、「あなたの経験からほぼ確実に起こっている」と言えることに対してならば、それを確かめる研究はありえると思います。しかし、あるかどうかもわからないし、そうなることが予想もできないことに対しては、あえてそれを確かめる実験を行う意味はないということです。実験結果を自由に予想して、予想通りになるかを確かめることでは科学にはなれないのです。新しい研究計画を考えるべきだと思います。
 
 
 
…この例で学生は、何かしらの仮説を立て、その仮説から予言を導き、予言通りのことが観察されるか確かめる研究を提案した。これは一見、仮説演繹の論理展開となっており、科学的な感じがする。しかし残念なことに仮説の立て方に問題がある。ある仮説を科学の対象とするためには、なぜその仮説に至ったのかという論理的な道筋を示すことも必要となる。
 
このように、生物学などで科学研究をまとめる際には、科学の論理の型である仮説演繹」の手順や、仮説の立て方について理解し、実践していくことがもっとも大切である。
 
大学4年生にとっては、「こんな大事なことを、いまさらになって聞かされたって、年度末の締め切りの卒論に反映できない!」という焦りもあるかもしれない。いや、まだ大丈夫だ! まずは、自分の卒論が、「仮説演繹」の手順に沿っているかどうか、卒論の仮説が論理的に立てられているかどうか、今すぐ確かめてみてほしい。
 
 
もっと知りたい方はこちら!
論文を書くための科学の手順』(文一総合出版/320ページ/山田俊弘 著)
生物を研究するとは、どういうことなのか? 生態学の事例を交えながら、科学と論文構成のキホンが身につきます。

Author Profile

山田 俊弘

広島大学大学院 総合科学研究科 教授.博士(理学)
熱帯林での25年を超える研究歴(植物生態学・森林生態学)があり,毎年数回,インドネシア,マレーシア,ミャンマーなどの熱帯林で調査を行っている.専門は熱帯林の生物多様性とその保全.2015年 日本生態学会大島賞受賞.著書は『絵でわかる進化のしくみ 種の誕生と消滅』(講談社),『温暖化対策で熱帯林は救えるか』(分担執筆:2章ー4担当、文一総合出版),『論文を書くための科学の手順』(文一総合出版),『〈正義〉の生物学』(講談社 ).
ホームページ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/
ブログ:http://home.hiroshima-u.ac.jp/yamada07/posts/post_archive.html

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