産卵に来たトウキョウサンショウウオ
2020年に法律で販売目的での採集が禁止され、生息数の減少が危惧される日本のサンショウウオ。生息環境の変化、アライグマ・アメリカザリガニによる食害、人間の採集圧など、さまざまな危機にさらされているサンショウウオの経緯と現状について、川上洋一さんが解説します。
筆者は長年、東京都西部でトウキョウサンショウウオの保全活動に携わり、市民参加型の調査や生息地の復元などを進めています。今回は、その活動を通して得たサンショウウオの知識と保全の現状についてお伝えしようと思います。
日本に44種類もいる小型サンショウウオ(前編参照)。この数がいかに飛び抜けているかは、アジアに広く生息するサンショウウオ科81種類のうち、50%以上を占めていることからもわかります。
サンショウウオというと有名なオオサンショウウオのように河川に棲むものと思われがちですが、小型サンショウウオの場合は川や池があるだけでは生活できません。彼らは産卵期以外は落ち葉や朽木の下、浅い土の中などで、ミミズやワラジムシなどの土壌動物を食べて暮らしています。当然、豊かな土壌が形成されて湿度が維持されている、落葉広葉樹の落ち葉の積もったような林床の環境が必要なのです。
丘陵地などにある里山は、稲作に利用された谷戸田や緩やかな水路、ため池といった水環境に隣り合って、肥料や燃料のためにクヌギやコナラなどの雑木林が維持されてきたため、止水性のサンショウウオにとって絶好の環境。分布している地域であれば、こうした里山を目印に探してみると、意外なほど近くで生息地が発見できるかもしれません。
止水性サンショウウオの生息環境
しかし里山のサンショウウオ生息地は、いくつもの原因によって大きく損なわれてきました。
最初の受難は1960〜70年代の高度経済成長期以降、雑木林は肥料や燃料として利用されなくなり、耕作するのに効率の悪い谷戸田は放置されるようになります。そして比較的傾斜が少ない場所では、山ごと切り崩して谷を埋め立て、学校や住宅地にするような開発が次々と進みました。近年では大規模な土地の改変はさすがに少なくなりましたが、メガソーラーの立地として伐採され整地された里山は各地に見られます。
生息地に迫る宅地化
生息地に隣接した里山に設置されたソーラーパネル
また、開発を逃れたとしてもサンショウウオの生息に適した環境は悪化し続けました。里山に人の手が入らなくなったため、雑木林はササやぶに被われて暗い常緑樹林へと遷移が進み、谷戸田も侵食や乾燥化によって湿地としての機能は失われてしまったのです。
放置され乾燥化が進んだ谷戸田跡
乾燥化した谷戸田の復元作業
1990年代になって、ようやく生き物の生息環境としての里山の価値が見直されるようになり、各地でかつての自然を取り戻すための動きが始まっています。例えば乾燥化してしまった谷戸田も、水が溜まるように畦や水路を整備した結果、再びサンショウウオの産卵が見られるようになったり、大幅に数を増やした例も少なくありません。湿った泥を掘り出して運ぶのは、けっこうな重労働ですが、自分が汗を流した結果が、生き物の保全に結びつくのを目の当たりにできるのは、何よりの楽しみと言えるでしょう。
ただしこうした活動には、それなりの人手が必要です。また、継続的に見守っていくことができずに、数年で元の荒れた環境に戻ってしまった例もあります。ボランティアの高齢化が進んでいることも心配の一つです。
整備後に蘇った湿地の植生
さらに近年、こうした人々の努力を台無しにしてしまう事態も起きつつあります。その一つが外来生物による食害。北米原産のアライグマは、その名の通り捕まえた獲物を水の中で洗うような動作で有名ですが、実はこの習性が水辺の生き物にとって大きな脅威となっています。彼らは在来のタヌキなどと違い、5本の指を使って器用に水中を探り獲物を捕まえることができるのです。産卵期に水辺に集まってきたサンショウウオやカエルなどの両生類は格好の獲物。ひとたまりもなく捕まってしまいます。ある生息地では、1シーズンだけでサンショウウオの生息数が30%も減少しました。
幸いにもこの生息地では、長年のモニタリングにより個体数をカウントしていたおかげで、すぐに異変に気付いて行政とともに対策を立案。ボランティアも参加したワナ捕獲で、アライグマの食害を最小限に抑えられています。また湿地整備と並行して水面をヨシズで覆ったり、周囲に電気柵を張り巡らすなどの防止策も進行中です。
アライグマの食害防止のためヨシズで覆った産卵池
アライグマ捕獲のためのワナ設置
捕獲されたアライグマ
アメリカザリガニによる被害も無視できません。サンショウウオの卵嚢を食い破ったり、幼生を捕食するために、大幅に個体数を減らした生息地も知られています。アメリカザリガニの根絶はなかなか難しく、捕獲して数を減らしてもすぐに回復してしまうので厄介です。粘り強く継続することが重要でしょう。
さらに現在、大きな問題になっているのが、販売を目的にした成体や卵嚢の採集です。インターネットの普及により、オークションサイトなどでも一般人による生物の売買が容易になったためと考えられます。産卵地に集まるサンショウウオの生態を知っていれば、一度に多くの個体を根こそぎ採集することは難しくありません。しかしこうした行為は、生息地が限られているうえに繁殖に長い時間がかかるサンショウウオにとっては、壊滅的な打撃と言えるでしょう。SNSなどによってオークション出展の実態が明らかになり、愛好家から大きな怒りの声が上がったのは記憶に新しいところです。
両生類の売買禁止を呼びかけるビラ
PDFのダウンロードはこちらから:有尾社「STOP! 両生類の乱獲・売買」
すでに環境省では2014年の段階で「爬虫類と両生類については、愛好家による捕獲が確認されており、捕獲・流通を規制すべき種がある」と認識しています。そのため2020年2月からは、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種の特定第二種として、トウキョウサンショウウオの販売や譲渡し等が規制されました。もちろん環境教育や保全の目的で捕らえることまでは禁じられていませんが、生き物好きとしてはなんとなく窮屈になる感じは否めないでしょう。
さらに2021年以降は、毎年約30種の生物がさまざまな規制の対象になるとのことです。他のサンショウウオが新たにリストに加わる可能性も、かなり高いと考えられます。
日本の固有種であり生物多様性を象徴するサンショウウオたちが、絶滅によって二度と観察したり手に取ったりできなくなることは、生き物好きとしては何より悲しむべきことではないでしょうか。それを避けるために日本各地で、さまざまな保全の取り組みがなされています。最初から生息地の整備に参加するのはハードルが高くても、保全の基礎となる調査活動には、全く知識がなくても力を貸せるものもあります。目の数が多いことは生物調査の精度を上げる重要な条件。機会があったらぜひ参加することをお勧めします。
継続したモニタリングは保全活動の基礎
サンショウウオの調査保全活動については、実施している団体のHPなどに随時掲載されているので、ご参考にしてください。
「トウキョウサンショウウオ研究会」
「西多摩自然フォーラム」
Author Profile
川上 洋一
東京都新宿出身。生物多様性デザイナー&ライター。トウキョウサンショウウオ研究会事務局。東京都西部の里山での生物調査・保全活動に取り組むとともに、江戸から東京への自然環境や生物相の変化について、著述やテレビ番組、講演などで紹介。「工房うむき」として生物をモチーフにした陶器や手ぬぐいをデザイン。著書に「東京いきもの散歩~江戸から受け継ぐ自然を探しに~」(早川書房)など多数。