10/30 2020

新発見! オスとメスがお互いの翅を食べ合う昆虫……なんとゴキブリ

翅を食い合う生き物

オスとメスがお互いに食べ合う生き物をご存知だろうか?
何を隠そう、ゴキブリである。
日本や台湾に生息するタイワンクチキゴキブリ(Salganea taiwanensis)のオスとメスは、配偶時にお互いの翅をもりもりと食べ合うのである。

翅を食っている個体(上)と食われている個体(下)。イラスト:著者

○クチキゴキブリとは
クチキゴキブリ属は、日本から台湾、東南アジアにかけて生息する食材性(朽ち木を食べる)ゴキブリである。害虫として親しまれている(?)クロゴキブリやチャバネゴキブリとは外見も生態もかなり異なり、動きはのんびりで触角や脚は短めだ。日本には、九州〜屋久島にエサキクチキゴキブリ(Salganea esakii)、奄美諸島以南にタイワンクチキゴキブリの2種が分布している。この2種は非常に近縁だが、飛べる翅を持つのはタイワンクチキゴキブリのみだ。

 
○翅の食い合いを見てみよう
翅をもりもりと食べ合う実際の映像がこちら。

相手の翅を食べているクチキゴキブリ。ときどき食べるのを止めて休憩もする。左の個体が翅を食っている。右の個体は翅がなくなった部分の背中が見えている。撮影:著者

両個体の翅が短くなって翅の食い合いが終了するまでの時間は、オスとメスが出会ってから最低12時間、長いときは3日ほどもかかる。途中で休んでいるときもあり、読者の想像よりもはるかにゆっくりとすすむのだ。巣となるトンネルを掘り進めるなど、繁殖に関わる他の行動をできる時間を何時間も犠牲にしているため、時間的なコストは大きいと考えられる。
翅の食い合いの後は、翅は根元付近まで食べられてほとんどなくなり、この後は一生飛ぶことができなくなってしまう。もちろん食い合いの前は翅が長く、飛翔もできる。

翅の食い合いビフォーアフター。左:翅を食われた個体,右:食われる前の個体。食い合いのあとは翅はほとんどなくなり、もう飛べない。撮影:著者

翅の食い合いの生態学的な面白さ

翅の食い合いは、2通りの解釈ができる。一つは交尾の前後で一方の性がもう一方の性に食われる「性的共食い」。もう一つは、翅の食い合いでは相手に翅を与えていることから、配偶時に相手にギフトを渡す「婚姻贈呈(こんいんぞうてい)」である。

○性的共食いとは
性的共食いは、配偶相手を食う行動である。カマキリのメスがオスを食い殺してしまったり、セアカゴケグモのオスがメスの口に飛び込んでメスに食われる現象などが性的共食いに当たる。メスがオスを食べると卵形成などが促進され、繁殖に有利になることがわかっている。
数は少ないが、オスがメスを食べる性的共食いも見つかっている。ワラジムシやフナムシと同じグループの甲殻類で、魚類のおなかのなかに寄生するウオノエという生物がいる。ウオノエ科ウオノハラモグリ属Ichthyoxenusの一種のオスは、相手が体サイズの小さいメスの場合は食ってしまい、別のメスが宿主にやってくるのを待つ。より多くの子を残せる、体の大きな相手と繁殖するためだと考えられている。

○婚姻贈呈とは
婚姻贈呈は、主に交尾前に相手にギフト(多くの場合は食べ物だが、ゴミをまとめて食べ物として与えようとする場合もある)を渡す行動で、ガガンボモドキのオスがメスに狩ってきた虫を与える例が有名だ。また、翅の食い合いに近い例として、北米に分布するCyphoderris属のコオロギのオスが自身の後翅をメスに食わせ、その間に交尾(精包を渡す)を行うことが知られている。またこのような精包を渡すタイプの交尾の場合、精包を構成しているゼリー物質をメスが食べることが普通であり、このゼリーもオスからメスへのギフトである。

左:Cyphoderris属の交尾。上に乗っているのがメス、下がオス。(文献④より引用) 右:オスの翅はメスによってくちゃくちゃに食われる。(文献⑤より引用)

婚姻贈呈の場合、オスがメスに贈呈する種がほとんどだが、一例だけメスがオスに与える例がある。オーストラリアに棲むカタビロアメンボの一種は、メスは背中から分泌物を出し、乗っているオス(交尾後もしばらく背中に乗っている)に吸わせる。これによってメスのエサをオスが横取りする頻度を下げているという

○お互いを食べ合う生物は初めて見つかった
ここまで見てきたように、性的共食いや婚姻贈呈はこれまで多くの例が知られてきた。しかしそれらはすべて、「一方の性がもう一方の性(が与えてきた物)を食べる」という一方的な例だ。「食べつ食べられつ」の関係を持ったり、お互いにプレゼント交換するような例は見つかったことがない。クチキゴキブリは翅の食い合いによってお互いを食べ合う、初めての生物なのだ!
 
だから、クチキゴキブリがお互いを食べ合う意義は、これまでの一方的な性的共食いや婚姻贈呈の意義に当てはめてみても説明できない。「翅を食べる」という同じ行動が、オスにもメスにも利益にならないと、お互いに食べ合う「食い合い」は進化しないはずだ。これを説明できる仮説を新たに考え、実証していく必要がある。
しかし、これまで研究されていないというだけでは研究する理由にならない。翅の食い合いが生態学的に重要と考えられる根拠が必要である。生態学は「生物の生活に関する科学」(『生態学事典』より)だ。生物がどのように生き延びて行くのか(生存)、どのように子孫を残していくのか(繁殖)を解明していく研究はおもしろい。
この点、翅の食い合いは配偶時に起こる行動なので、繁殖と密接に関係していると予想される。さらに、翅を永久に失うという一見生存に不利に思える現象である。これを補うだけの、またはこれが全く不利にならないような戦略を持っていると予想される点も魅力的だ。

■カギは生態のなかに?

クチキゴキブリは翅の食い合い以外にも興味深い生態をいくつも持っている。
 
①両親で子育て
クチキゴキブリは「亜社会性」といい、親が子の保護を行う。子は成虫になるまで親とともにトンネルで過ごすので、ゴキブリは写真のようなコロニーで見つかる。

朽ち木を割ってコロニーを見つけたところ。翅が生えているのは子が成虫になった個体。撮影:著者

大きく分けると、親による子の保護には、母親単独(多くの哺乳類)、父親単独(タツノオトシゴなど魚類に多い)、両親(鳥類の90%など)の3タイプがあるが、昆虫を含む無脊椎動物では両親で保護する種は非常に非常にまれである。そんな中、クチキゴキブリは両親で子の世話をする。
幼虫の齢は7齢まであるのだが、1〜3齢くらいの幼虫がまだ小さな時期には、オスもメスも口移しで給餌を行う。エサキクチキゴキブリを用いた研究では、オスとメスの給餌頻度に差が見られず、子育てにはオスメスは同程度の時間やエネルギーを使っていると考えられている
観察すると、一回で最大5、6頭の子に給餌しているが、子は10〜20頭ほどいるので、子育ては大変な作業だ。1頭より2頭で給餌するために、翅の食い合いで相手を逃さないようにしているのかもしれない。

②一夫一妻
クチキゴキブリは、一度ペアになった個体と一生繁殖すると考えられている。朽ち木のトンネルの中に棲むという生態から、別の異性個体と出会うことはほぼないと考えられる。本当に一生に1個体としか交尾しない厳密な一夫一妻なら、この点でも非常に珍しい。
鳥類や魚類の一部では、毎年繁殖シーズンになると同じ個体とペアになることが知られている。しかし鳥類では、つがい外婚(ペアの相手以外と交尾すること)が知られていて、ペアを毎年維持していても、他の相手の子を産むこともある。ペアの相手の子だけを一生産むということを確認した例は実はまだない。
厳密な一夫一妻であれば、相手に協力する行動しか進化しないという理論がある。翅の食い合いは、相手への協力行動である可能性もあるのだ。
 
今後の研究で、既存の性的共食いや婚姻贈呈の研究も参考にしつつ、翅の食い合いの意義を著者が暴いていくつもりである。乞うご期待!

おまけ。クチキゴキブリ研究の酸いも甘いも。

○採集
琉球大学の演習林である与那フィールドを採集拠点として毎回利用させていただいています。しかし今年度はコロナウイルスの影響で行けていません。悲しい。
 
採集で出会う生き物たち

ケナガネズミのメス。ライトで照らすとじっとこちらを見つめてくる、おっとりとした島の生き物。撮影:著者

カニムシの一種。ゴキブリの棲む朽ち木によくいる。撮影:著者

ニホンアカザトウムシ。捕食性のザトウムシで、狭角が発達している。クチキゴキブリの朽ち木の隙間にいる。撮影:著者

ガラスヒバァ。日が当たると七色に輝く。撮影:著者

クシヒゲムシの幼虫。クチキゴキブリの朽ち木にいる。ちんまりした脚はちょうちんの要領で胴体部分に格納可能。撮影:著者

○飼育
「ゴキブリだから飼うのは簡単でしょ?」
いいえ、そんなことはありません!よく死にます!
 
死因① セラチア(Serratia
細菌。感染した個体は体内がピンク色になる。コロニーごとやられることが多い。
 
死因② 脱皮不全
クチキゴキブリは湿度が少しでも低いと脱皮不全をよく起こす。
 
死因③ 便秘(推測)
昨日まで健康だった個体がいきなり死んでいる事がある。外傷もない。肛門からピンセットを突っ込んだところ、排泄できなかったと思しきフンが出てきたことがある。
直翅目では水分不足などでフンが固くなってちぎれず、そのまま死ぬ個体がいると聞く。
 
○心の支え、癒やしのゴキブリたち
飼育は大変だが、飼育しているからこそ観察できるものがたくさんある。

脱皮直後もしくは翅が伸びきった直後の白い個体。撮影:著者

脱皮から2時間程度。飴色に色づいてきた個体。撮影:著者

脱皮から6時間程度たち、チョコレート色になった個体。掴むと体はまだやわらかい。撮影:著者

ゴキケツには空気振動を感知する「尾角」という器官がある。小籠包に似ている。撮影:著者

生まれた直後の子ゴキ。卵胎生なので母親の腹から直接出てくる。撮影:著者

○飛翔操作
新成虫のオスとメスをペアにする前に飛翔させています。自然条件下では飛翔してから異性個体と出会うと考えられるためです。

飛翔写真:飛ばないゴキは、ただのゴキだ。撮影:著者

○実験
ペアにして、エサ入りの容器に入れたら撮影開始です。
ゴキブリをはじめ、多くの昆虫は赤色光(長波長帯の光)が見えません。ゴキブリには夜や暗闇だと思わせておいてカメラで撮影するために、赤色光を点けて数日間連続で撮影します。この間、著者が12時間おきにSDカードを交換します。こんな撮影の繰り返しが2ヶ月ほど続きます。寝不足です。

暗幕で暗所を作り、その中で赤色光を点けた撮影ブース

引用文献
①セアカゴケグモの性的共食いを報告した論文:Andrade, M. C. B. (2003) ‘Risky mate search and male self-sacrifice in redback spiders’, Behavioral Ecology. Narnia, 14(4), pp. 531–538. doi: 10.1093/beheco/arg015.
②ウオノハラモグリ属の性的共食いを報告した論文:Dai, C.-F. and Tsai, M.-L. (2003) ‘Cannibalism within Mating Pairs of the Parasitic Isopod, Ichthyoxenus fushanensis’, Journal of Crustacean Biology. Narnia, 23(3), pp. 662–668. doi: 10.1651/C-2343.
③Cyphoderris属のコオロギの婚姻贈呈を報告した論文:Morris, G. K. (1979) ‘Mating Systems, Paternal Investment and Aggressive Behavior of Acoustic Orthoptera’, The Florida Entomologist. Florida Entomological Society, 62(1), pp. 9–17. doi: 10.2307/3494038.
④Cyphoderris属のコオロギの交尾写真の出典:Johnson, J. Chadwick et al. (2011) Behavioral Syndromes in the Sagebrush Cricket: A Pilot Study to Quantify Individual Variation in Male Calling Behavior.
⑤翅を食われたCyphoderris属のコオロギ雄の写真の出典:Ower, G. D. et al. (2013) ‘Multivariate sexual selection on male song structure in wild populations of sagebrush crickets, Cyphoderris strepitans (Orthoptera: Haglidae)’, Ecology and Evolution, 3(10), pp. 3590–3603. doi: 10.1002/ece3.736.
⑥カタビロアメンボの一種の婚姻贈呈を報告した論文:Arnqvist, G., Jones, T. M. and Elgar, M. A. (2003) ‘Reversal of sex roles in nuptial feeding’, Nature, 424(6947), p. 387. doi: 10.1038/424387a.
⑦エサキクチキゴキブリのオスメスの給餌頻度を示した論文:Shimada, K. and Maekawa, K. (2011) ‘Description of the basic features of parent-offspring stomodeal trophallaxis in the subsocial wood-feeding cockroach Salganea esakii (Dictyoptera, Blaberidae, Panesthiinae)’, Entomological Science, 14(1), pp. 9–12. doi: 10.1111/j.1479-8298.2010.00406.x.

Author Profile

大崎 遥花

日本に現存する唯一のクチキゴキブリ研究者。九州大学大学院生態科学研究室博士課程2年。日本学術振興会特別研究員DC1。面白いといえばゴキブリ、カッコいいといえばカミキリ、時間を忘れて土壌動物。ペンで生物画を描くのが趣味。ブログ、Twitterで生物画や日々の研究を発信中。
HP:https://fabre111.wordpress.com/
Twitter:@hara_no_mushi
ブログ:https://h-fabre.hatenablog.com

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