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魚・甲殻類・貝類

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6/1 2018

どんくさいウミウシの、超まずい生き残り方法

青紫のカイメンを食べるアオウミウシ

いきなりですが、三択クイズです。次の3種のうち、ウミウシに最も近い動物はどれでしょう?
①ナマコ ②サザエ ③ハマグリ
 
この質問をすると、多くの人が「ナマコ!」と答える。
柔らかく、やや体高があり、細長い。たしかにナマコはウミウシに似ている。しかし残念、ハズレです。ナマコは棘皮動物門(きょくひどうぶつもん)というグループに属する動物で、ウニやヒトデに近い。別のグループである軟体動物門に属するウミウシとは、まったく違う生き物なのだ。
 
「ハマグリかな?」と答える人も多い。ハマグリはウミウシと同じ軟体動物門の動物なので、ナマコよりはウミウシに近い。しかしハマグリは、軟体動物門の中の二枚貝綱(にまいがいこう)というグループに属している。一方でサザエとウミウシは、ともに腹足綱(ふくそくこう)というグループに属する動物だ。だから正解は②のサザエ。なんと、ウミウシは巻貝の仲間なのだ。
 
カラフルで柔らかそうなウミウシと、無骨で硬い貝殻におおわれたサザエが仲間だとは、にわかには信じられないかもしれない。しかし幼生(赤ちゃん)時代のウミウシは全員が貝殻を持っている。彼らは幼生から成体に変態する過程で貝殻を脱ぐのだ。ウミウシの中には成体になっても立派な殻を持つ連中がいるが、進化するにつれて殻は薄片化・内在化して、最も進化したグループでは殻の痕跡すらない。だからウミウシは、こう定義することができるだろう。「ウミウシは成体の殻が消失する方向に進化した巻貝の仲間である」。
 
では次のクイズ。サザエの硬い貝殻は何のためにあるでしょう?
 
これは三択にするまでもないだろう。貝殻は軟体部、つまり身を守るためにある。巻貝は「鎧」を身にまとい、大事な内臓を守っているのだ。となると必然的に次の疑問が頭に浮かぶ。……鎧を脱いでしまったら、敵に簡単に食われてしまうのでは?
 
しかし現実には、多くのウミウシが海底で暮らしている。ドイツのウミウシ研究者、Wägele 博士と Klussmann-Kolb博士によると、世界には5,000~6,000種のウミウシがいるという。殻持ち巻貝のわずか10分の1ではあるが、それでもけっこうな種数である。ということは、殻は必ずしも万全な防御方法ではないのかもしれない。
 
殻の生産や修復には炭酸カルシウムが欠かせない。重い貝殻を背負っての移動は身ひとつで移動するよりも負荷が大きい。そう、殻の生産や維持にはコストがかかる。なのに硬い殻をものともせずにバリバリと噛み砕いてしまう捕食者がいる。そんなやつらに目をつけられたら、いかな鎧をまとおうとも一巻の終わりだ。骨惜しみなく殻を生産しても骨折り損で終わってしまう。さらに困ったことに、殻を背負うことで移動先が制限される。狭いところに入り込めないし浮くこともできない。そこでウミウシの祖先は考えた(わけではないが、便宜的にこう書いておく)。だったらいっそ殻なしでやっていこう! でもどうやって?
 
ここでもうひとつの軟体動物のことが頭に浮かぶ。頭足類、イカやタコの仲間である。彼らの多くも殻を持たない。しかし彼らには高度な視力と発達した運動能力がある。そのほかにも体色変化によるカモフラージュ、墨による目眩(くら)ましなどの方法で捕食者回避が可能である。それどころか、その俊敏さで捕食者として海中・海底に君臨している。
 
一方でウミウシは視力が悪い。一説によると明暗程度しかわからないらしい。それになにより運動能力に乏しい。泳ぐことはおろか、海底をすばやく移動することもできない。イカ・タコとは真逆の、どんくさい動物だ。そんな彼らがとったのが、①まずは敵に見つからないようにできるだけ目立たずにいよう。②万が一見つかっても食われない方法を編み出そう。という2段階の防衛戦略だ。そして食われない方法として、彼らは自分の体を有毒化する道を選んだのである。
 
ウミウシの防御物質について最初に明らかにされたのは、ハワイ産のタテヒダイボウミウシだ。このイボウミウシを刺激すると嫌な匂いのする粘液を出す。この粘液の溶けた海水に魚やエビを入れると、魚やエビは短期間で死ぬ。この毒はタテヒダイボウミウシの食物であるカイメンに含まれている9- isocyanopupukeananeという物質であることが明らかにされている。
 
ところでこのカイメン、熱帯から極地に至る世界中の海にいて(多くはないが淡水にもいる)、潮間帯から深海まで、あらゆる水深で見られる動物なのだが、よく知る人はあまりいない。

カイメンに隠蔽的擬態するムラサキアミメウミウシ

カイメンは英語でスポンジというが、私たちが食器洗いなどに使っているスポンジ=カイメンだと思われているフシがある。しかしあれは合成物で、本物のスポンジは海綿動物門に属する動物だ。「えっ、あれが動物?」と驚く人も多いかと思うが、たしかに一見しただけでは動物なのか植物なのかわからない。それはおそらくカイメンが、海底の岩や護岸壁などにくっついて動かないからだ。
 
くっついているのはカイメンだけではない。サンゴやイソギンチャクなどの刺胞動物、ホヤやコケムシなども海底の基質に固着する動物だ。植物(藻類)も海底に固着する。これらをまとめて固着生物という。

群体ホヤの中身を食べるクロスジリュウグウウミウシ。今まさに食いついている、すぐ左に中身がすっからかんになった群体が写っている

固着生物は文字通り海底に固着しているために、敵が襲ってきても自分の意思で逃げられない。そこで固着生物は魚に食われたり、ほかの動物およびその受精卵や幼生に表面をおおわれたりしないように、ほかの動物にとって有毒な物質を備えている。毒の種類は先程出てきた9- isocyanopupukeananeだけでなく種によってさまざま。岩の上やサンゴ礁に露出しているカイメンは毒性が強く、岩の割れ目などを好むカイメンは比較的毒性が弱いそうだ。
 
そういえば、タテヒダイボウミウシに限らず、イボウミウシの仲間の多くは堂々と岩の表面に貼り付いている。ほかのウミウシたちが海底でそれなりに目立たないようにしているだけに、その堂々とした態度はやけに目につく。彼らの中には黄色と黒のどぎつい体色を有する種もいる。まるで「食えるものなら食ってみろ」と言わんばかりだ。よほど自分のまずさに自信があるのだろう。

岩に堂々と貼り付くキイロイボウミウシ。ハチなどの有毒な動物が派手な体色を持つことがあるが、これを警告色という。キイロイボウミウシの派手な体色も警告色である

どれほどまずいか、筆者は試してみたことがある。ダイビング中にレギュレーターを外して、海底にいたイボウミウシをつまんで口に入れてみたのだ。結果は……苦いというか、えぐいというか。舌に突き刺さるよう不快さに、思わずペッと吐き出してしまった。そして苦い思いとともに心に誓った。「もう二度とイボウミウシをなめたりはしない!」。ウミウシ研究の大先輩、平野義明博士も名著『ウミウシ学―海の宝石、その謎を探る』(東海大学出版会)において、ウミウシを味わったことを披瀝(ひれき)されていた。イボウミウシを口にした魚も、筆者や平野博士と同じ後悔の念を抱いたに違いない。ひどい二日酔いでもあれほど深く反省し後悔することはないだろうと思うほどの……。
 
閑話休題。固着生物は体内に防御物質を持つことで捕食者回避に成功した。しかしウミウシだけは防御物質をものともせずに、海底にふんだんにある固着動物を食物にした。そうすることでウミウシは餌資源を確保し、防御物質を体内に蓄積し、有毒化することで敵に食べられない体を手に入れ、脱・貝殻生産を達成したと思われる。ひらたく言うと「まずくて食えたもんじゃないものを食って、自らもまずくて食えたもんじゃないものになる」。どんくさいウミウシだからこその生存戦略と言えるだろう。
 
一方、食物となる固着生物も食われっぱなしでいるわけではない。が、紙幅が尽きた。この続きはまたいずれ。
 

Author Profile

中野 理枝

2013年,国立大学法人 琉球大学大学院 理工学研究科 博士後期課程修了.博士(理学).2018年現在,公益財団法人黒潮生物研究所客員研究員,NPO法人全日本ウミウシ連絡協議会理事長.日本貝類学会,日本動物行動学会,日本動物分類学会所属.専門はウミウシの行動生態学と分類学.ウミウシ関連の主な著書に図鑑『ネイチャーガイド 日本のウミウシ』(文一総合出版).
ホームページ:http://online.divers.ne.jp/rie/ja/index.html

 
NPO法人全日本ウミウシ連絡協議会が運営するオンラインデータベース
http://www.ajoa.jp/seaslugdb/data/Home.jsp
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