ウミウシは、巻貝・カタツムリ・ナメクジの親戚とは思えないほど軟体の色や模様が美しい。
ウミウシのあざやかな色や模様は、餌の中にあっては隠蔽的効果があり、餌から離れると警告色として機能するという。しかし、それにしても多種多様だ。中にはどう贔屓目に見ても美しいとは言い難い種もなくはないが、なぜか人間の感性に訴える美しさをもつ種が多い。ダイバーだけでなくデザイナーやイラストレーター、造形作家にファンが多いのもうなずける。ウミウシを「海の宝石」と呼ぶ人もいるくらいだ。
全体を宝石にたとえるのはよしとして、では個々のウミウシはどう呼べばいいのか。学名または和名で呼べればいいのだろうが、困ったことにウミウシには学名が提唱されていない種、つまり未記載種が多い。
2018年6月4日に出版した図鑑『ネイチャーガイド 日本のウミウシ』には1441種のウミウシを掲載したのだが、そのうち約40%が未記載種であった。
未記載種の中には本邦初記録種が多く、当然ながら和名もない。いや、たとえ既知種であっても、本邦初記録種ならば和名はない。学名があるのなら、学名を呼べばいいじゃないか、と研究者は考える。けれど学名の意味を知らない人にとって、学名のカタカナ読みは単なる音の羅列でしかない。一方で和名は読んだだけで意味がわかる、日本人にとっては重要な識別ツールだ。
そこで今回の図鑑では、多くのウミウシに名前をつけた。
和名提唱の際、筆者はいくつかのルールを設定した。
①未記載種でも、すでに何度も報告されており、独立種と判断してさしつかえない種には和名を提唱する。
②報告例は少なくても、独立種であると判断できるだけの外部形態的特徴を有する種には和名を提唱する。
③独立種か何かの種内変異か判然としない個体については、和名の提唱は行わない。
提唱する和名にも、いくつかのルールを設定した。
①何十年経っても理解されるであろう日本語であること。流行語の類は用いない。
②そのウミウシの色や形が想起できるような和名であること。ただし食べ物の名称は用いない。
2018年5月に開催された日本貝類学会の大会では「きれいなウミウシに名前がつけられて、楽しかったでしょう」とか「ウミウシの名付け親になれるなんてうらやましい」と、参加者の方々から言われた。けれど、山ほど考えなければならなかったので、どちらかというと「楽しい」よりは「大変」だった。色彩・形態的特徴での命名をあきらめて、初記録地や学名に献名された人の名前も積極的に和名に用いることにしたが、それでも自分ひとりの智慧では追いつかなかった。そこで、筆者が理事長を務めるNPO法人全日本ウミウシ連絡協議会の会員の方々から名前を募ったりもした。今回はそうやって必死に命名したウミウシの中から10種ほどを紹介しよう。
写真=石川雅教
イッサイフシエラガイ
Pleurobranchus weberi (Bergh, 1905)
背面の突起を紫色の輪状紋が囲む。500mmにもなる大型のフシエラガイの仲間。筆者らは高知県幡多郡大月町一切産の個体で本種の食性調査を行い、その際に産地にちなんだ和名を提唱した。インドネシア・フィリピンではやや普通に見られるが、本邦ではきわめて稀。
写真=山田久子
コマチミノウミウシ
Trinchesia sp.
読んだだけで色とかたちが目に浮かぶ和名がいい。とは思うのだが、これほどきれいだと、美人をあらわず日本語を使うしかないだろうと思った。ほかにも「手弱女(たおやめ)」や「見目(みめ)よい」など美人を指す日本語を冠したウミウシが何種もある。しかし、ウミウシは同時性雌雄同体。メスではあるが同時にオスでもあるので「美人」というのは語弊があるのだが……。
写真=山田久子
シラタマツガルウミウシ
Trapania scurra Gosliner & Fahey, 2008
和名は体全体をおおう白色の円形斑紋にちなんだ。日本では黒潮の影響を受ける海域で稀に見られる。ツガルウミウシの仲間は触角と鰓の外側に機能の不明な突起がある。
写真=中野理枝
アレンウミウシ
Miamira alleni (Gosliner, 1996)
ミアミラウミウシ属は背面の突起が特徴的だが、本種はその突起の伸張が著しい。突起部の表面にさらに小さな突起が密生して、複雑な形を形成している。種小名はこのウミウシの発見者であるジェリー・アレン氏に献名された。和名もアレン氏に因んで命名した。
写真=石川雅教
レモンウミウシ
Notodoris citrinus (Bergh, 1875)
レモン色のカイメンに隠蔽的に擬態する。色や形だけでなく質感もカイメンにそっくりだ。ウミウシの擬態能力にはつくづく驚かされる。
写真=三浦褒子
ホホベニモウミウシ
Costasiella sp.
嚢舌(のうぜつ)類のうち、Costasiellaオオアリモウミウシ属の種は左右の目(眼点)が近接しており、「この寄り目がかわいい」というファンが多い。頭部の左右にある桃色の斑紋があたかも頬紅のようであることからこの和名とした。
写真=石川雅教
シモフリカメサンウミウシ
Aldisa albatrossae Elwood, Valdés, & Gosliner, 2000
背面の模様が霜降り+亀模様であることから、この和名がついた。背面は青色をおびた種のほかに緑色をおびた個体、白色の個体と3パターンある。南西諸島に普通、温帯では稀。
写真=中野理枝
ユキドケイロウミウシ
Glossodoris sp.
学名提唱に先立ち、和名を提唱した。半透明の白色に、不透明な白色の不定形な斑紋が散布する。不透明な白色を溶けかけた雪に見立てて命名した。雪融けといいつつ、今のところ黒潮の島、八丈島から報告があるのみ。
写真=山田久子
メデタヤイバラウミウシ
Okenia sp.
イバラウミウシ属の種は背面縁を取り囲むように突起が生じる。背面に突起が生じる種もある。この赤白の体色から、当初は「コウハクイバラウミウシ」との和名を考えていたが、紅白=おめでたいとの連想からこの和名とした。
写真=名谷朋浩
ユキダマウミウシ
Hiatodoris fellowsi (Kay & Young, 1969)
かつてはハワイ諸島固有種とされていたが、ダイバーの報告から小笠原諸島や八丈島でも見られることが判明した。つやつや真っ白の背面が雪玉を想起させるところからこの和名とした。
ジュンク堂書店 池袋本店にてウミウシのトークイベントが開催されます!
ネイチャーガイド『日本のウミウシ』(文一総合出版)刊行記念 「海の花」ウミウシたちの、したたかな生き方
2018年7月25日【19:30開演】
詳しくはこちらから⇩
https://honto.jp/store/news/detail_041000026052.html
Author Profile
中野 理枝
2013年,国立大学法人 琉球大学大学院 理工学研究科 博士後期課程修了.博士(理学).2018年現在,公益財団法人黒潮生物研究所客員研究員,NPO法人全日本ウミウシ連絡協議会理事長.日本貝類学会,日本動物行動学会,日本動物分類学会所属.専門はウミウシの行動生態学と分類学.ウミウシ関連の主な著書に図鑑『ネイチャーガイド 日本のウミウシ』(文一総合出版).
ホームページ:http://online.divers.ne.jp/rie/ja/index.html