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哺乳類

Mammal

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3/2 2020

温泉に入ったサルは、体をふかずに外に出ても平気なの?

長野県山ノ内町「地獄谷野猿公苑」の温泉に入るニホンザル

温泉に入るサルとして、広く世界中の人々に知られる地獄谷野猿公苑のニホンザル。よくテレビで冬の風物詩として見る光景ですが、サルは湯冷めしないのでしょうか? 公苑を管理・運営する萩原俊夫さんに、ニホンザルの興味深い生態を教えてもらいます。
萩原敏夫・文と写真

サルは湯冷めしにくい

サルたちは寒い冬に温泉から上がっても湯冷めはしません。ヒトは、皮膚の汗腺(かんせん)から汗を出し、その気化熱(きかねつ)で体温を調節しているため、湯上りのときに必要以上に熱を放出してしまうと、体温が急激に下がりすぎて湯冷めをします。一方、サルは全身を毛におおわれており、汗腺が少なく、汗をあまりかかないために、ヒトと比べると急激な体温変化は起こりにくいのです。

毛にはゆるいウェーブがかかっていて、1本ずつの毛が密着していない。空間があることで保温断熱効果が高いと考えられる。

温泉から出てもざっと水分を落とすだけで自然に乾くのを待つだけ。

寒さの厳しいときには温泉から上がるとすぐに毛が凍ってしまいますが、暖かい地方に住むサルに比べ、寒い地方に住むサルは毛の密度が高く、毛足も長いため、断熱効果も高いようです。

暖かい地域に住むサルより、毛の密度が高く、毛足も長い(左)。寒さの厳しいときは、温泉から出ると外側の毛はすぐに凍り付いてしまう(右)。

さらに、寒冷地適応で体の末端の毛細血管が収縮し、体温を奪われない機能が発達しています。そのため、サルはヒトと比べると湯冷めをしにくいと言えます。毛におおわれていない手足の平や顔面、耳が霜焼けにならないのもそのためです。だからと言って寒くないわけではありません。なるべく冷えないように指先や手足の平は雪面につけないようにしています。

深い雪の中を歩くサルたち。

冷たくないわけではない。じっとしているときは手足の指先を握り、なるべく手足の平が冷たい雪面につかないようにしている。

なぜサルは温泉に入るの?

温泉に入るサルには、ヒトのように体の汚れを落とし清潔にすると言った目的はありません。ただ、温泉に入ると体が温まり、気持ちいがいいのはサルたちも同じ。それは表情を見れば一目瞭然です。うとうとと目を閉じ、居眠りをしているサルもいます。温泉に良く入るサルのほうが、温泉に入らないサルよりストレスが少ないとの研究報告もあります。

体が温まってリラックスするのはサルも同じ。

雪の降る地域で暮らすサルはニホンザルだけ

世界中に生息するサルの仲間のほとんどは、アフリカや東南アジアといった熱帯から亜熱帯地域にかけて生息しています。その中にあって、ニホンザルはヒトをのぞく霊長類のなかで最も北にすむサルとして知られています。北海道と琉球列島をのぞいた日本列島の、主として広葉樹林帯に広く分布しています。
 
冬には深い雪におおわれ、氷点下10度以下にもなるような極寒の環境下に暮らすサルはほかになく、そのためニホンザルは海外ではスノーモンキーと呼ばれています。

世界を見渡しても、雪の積もるような過酷な環境に暮らしているのはニホンザルだけ。

通常、ニホンザルは親子や兄弟などが身を寄せ合って厳しい寒さを耐えしのぎます。その様子から「サル団子」とも呼ばれます。

親子や兄弟などと身を寄せ合って寒さをしのぐ。

温泉に入るサルが見られる「地獄谷野猿公苑」

長野県の北部、上信越高原国立公園の一部、山ノ内町にある「地獄谷野猿公苑」にやって来るニホンザルは、冬になると温泉に入ることで広く国内外に知られています。12月〜4月ごろまで、1年の4分の1ほどが深い雪におおわれ、最低気温が氷点下10度を下回ることもある厳しい環境です。温泉に入る行動は12月〜3月ごろの天気が悪く、気温の低いときによく見られます。

雪の降る中、温泉に入るニホンザルたち。

地獄谷のサルたちが温泉に入るのは厳しい冬の寒さをしのぐための1つの手段で、極めて特殊な行動です。温泉に入ることは、サルたちの生活のほんの一部分でしかありません。温泉に入るのが嫌いでまったく入らないサルもいます。温泉に入るのが好きなサルでも、エサを食べること、仲間とのコミュニケーションなどのほうが重要です。もちろん、寒くない時期には温泉に入る必要はありません。サルたちにとって温泉はそれほど重要なものではありません。

ニホンザルの四季の暮らし

厳しい冬が終わると、サルたちの待ちわびた春が訪れます。若草や樹木の新芽など食べ物も豊富になります。そして、4月下旬から6月下旬ごろまで、サルたちは出産の時期を迎えます。生まれたばかりの赤ちゃんザルやほほえましい子育ての様子などが観察できます。

生まれてすぐはまだ歩けない。2週間ほどになると母親のまわりをよたよたと歩き出す。

本格的な夏を迎えるころになると春に生まれた赤ちゃんもだいぶ成長し、母親から少し離れて遊びに興じるようになります。全身を毛におおわれて汗をあまりかかないサルは、夏の暑さが苦手です。木陰や森の中で日差しを避けて過ごします。

涼しい森の中で暑さをしのぐ。

夏になると毛が抜けかわり、ちょっと薄着になる。冬までに徐々に伸びて冬の毛になる。

秋はサルたちにとって最も重要で忙しい季節です。森に実る木の実や果実を求めて活発に山々を駆け巡ります。そして秋はサルたちの交尾期でもあり、交尾相手を得るために恋の駆け引きが繰り広げられます。そのため、野猿公苑に現れないこともしばしばあります。

栗のイガを器用にむいて、渋皮もていねいに歯で削り取ってから食べる。

ニホンザルに特定の配偶関係はない。オスもメスも複数の相手と交尾をする。

そしてまた厳しい冬がめぐってきます。「地獄谷野猿公苑」では、1年を通して興味深いニホンザルの生態を間近で観察することができます。ぜひ一度、訪れてみてください。
 
地獄谷野猿公苑
http://jigokudani-yaenkoen.co.jp/

Author Profile

萩原 敏夫

1964年、長野県山ノ内町生まれ。1984年、株式会社地獄谷野猿公苑入社。米国最高峰の自然写真コンテスト「2006 Nature's Best Photography International Awards」において“Snow Monkey and Baby”がGrand Prizeを受賞。他二点も入選。2007年『おサルの王国 地獄谷野猿公苑の四季』(講談社)を出版。2008年、写真展『おサルの王国〜地獄谷野猿公苑の四季〜』キャノンギャラリー。

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