エゾリスは樹上性リスと呼ばれる木の上で暮らすリスの一種。アイヌ語でトゥスニケカムイ(トゥス(巫術)ニケ(消す)カムイ(神)※)と呼ばれる。学芸員さんによると、名前の由来は「まじないをして消す」=リスの前足をすり合わせる姿と、そのあとにすっといなくなる仕草から来ているそうだ。 ※社団法人北海道観光振興機構 ガイド教本・アイヌ民族編〈動物編〉を参照した
近年、私たちの身近な生き物たちに熱い視線が向けられています。例えば、街で暮らす野生動物もその一つです。実際、ここ最近の生き物番組を見ていると、街で暮らす野生動物の特集が増えています。コンクリートに囲まれ、昼夜問わない騒音、忙しく行き交う人々の中で、たくましく生きる彼らには驚くばかりです。人間が作り出した環境で、彼らはいったいどのように暮らしているのでしょうか。そもそも彼らは、なぜ街で暮らしていけるのでしょうか。私は、こうした謎に興味をもって研究しています。
私が研究対象としているのは、北海道に生息するエゾリス(Sciurus vulgaris orientis)です。エゾリスは、北ユーラシア大陸に広く分布するキタリスの亜種で、体長約25cm、体重約350gほどの小型の哺乳類です。モフモフした毛に覆われ、小さな体や愛くるしい仕草から、人気の高い野生動物です。日本ハムファイターズのマスコットキャラクターで、B☆Bの幼馴染のポリーもエゾリスなんだとか。
森の中でひっそりとたたずむリスたち。森の中ではリスを見つけるのが大変
朝方に家の玄関先で出くわしたリス。リスもまた通勤途中?
そんなエゾリスには、ひとつ面白い特徴があります。それは、彼らの中に街で暮らしているものがいる点です。例えば、190万人が住む大都市“札幌”の中心部の公園でも日常的に目にすることができます。むしろ、場所によっては森より街中の方がエゾリスに出会える可能性が高いこともあります。姿が見えないにしても、エゾリスが剥いた木の実の食べかすが落ちていれば、彼らが生活している証拠です。公園では、エゾリスが市民が設置したエサ台や人の手から直接エサをもらう光景が日常的に見られます(市町村によっては原則野生動物への餌付けを禁止している場合があります)。人が与えるエサを食べたり、民家の壁の隙間に巣を作ったり、車が来ない瞬間を見計らって道路を渡る姿を見ていると、彼らもまた都市型ライフスタイルをもち始めているようにも見えます。
手を伸ばせば触れそうなほど近いリス
街のエゾリスの最大の特徴は、なんといっても人に馴れていることでしょう。皆さんもご存知のように、街で見かけるスズメやハトは、人間が近づいてもまったく逃げませんよね。それどころか、エサをねだって近づいてくる“おねだりハト”を見かけることもあります。エゾリスもまた、街ではとても大胆に、「馴れ馴れしく」なっています。
私は、街のリスの「馴れ馴れしさ」を数値化するべく、エゾリスに対して何mまで近づくことができるかを自然度の高い地域(便宜的に「田舎」と言います)と、街とで比較してみました。この方法は、研究調査の世界では逃避開始距離(FID: Flight initiation distance)といって、生物の警戒心を測る一般的な手法です。地面にいるエゾリスに歩いて接近していき、逃げ出した瞬間の私とエゾリスの距離を測ります。警戒心が低くて馴れ馴れしいエゾリスほど、近づける距離が短くなります。
調査の結果、田舎のエゾリスは平均して19mまでしか近づけないのに対して、街のエゾリスは6mまで近づくことができ、逃避開始距離(警戒心)が1/3にまで低下していることがわかりました。それどころか、一部の街のエゾリスは、人を見るやいなや一目散に駆け寄って “くれくれポーズ”でエサをねだったり、中には体に登ってくるリスもいます。彼らは本当に野生生物なのか? と疑うほどです。
手を出すと寄ってくる街のリス(エサはあげていません)
続いて、彼らの警戒心が季節によって変化するかどうかを確かめるために、春と秋とで比較してみました。自然度の高い地域において春はエゾリスにとって育児の季節なので、人や天敵に対する警戒心が高くなるはずです。一方で、秋は冬支度に集中しなくてはならないため、警戒心が低くなると考えられます。それに対して街では、一年中エサが安定して手に入ったり、天敵が少なかったりと環境が安定しやすいため、こうした警戒心の季節感が失われているのではないか、と事前に仮説を立てました。実際、海外の研究では、街の環境が安定することで鳥の繁殖時期が田舎よりも倍以上になったり、季節移動をしなくなるなど、季節行動に変化が見られることがわかっています。
調査の結果、予想した通り、田舎のエゾリスは警戒心が春に高く(=逃避距離が長く)、秋に低く(逃避距離が短く)なっていました。一方で、街のエゾリスは春と秋で警戒心の程度に違いが見られず、事前の予想通り季節を通して総じて警戒心が低いことがわかりました。警戒心は、危険をいち早く察知して逃げきるための、生物にとって生きるか死ぬかを左右する重要な性質です。しかし、警戒心が高いとそのぶんエサを食べる時間が減るなどのデメリットもあります。街のリスは、安定した環境の中で警戒心を下げることで、より多くのエサを食べたり育児に専念しているのかもしれません。
車が行きかう大通のすぐ横で食事するリス。交通事故は街のリスの死因のひとつ
北海道の街の公園では、年中エサ台を使ってエゾリスを集める、人の手から直接的エゾリスへ餌やりをする、といった光景が見られます。このような街の人々との関わりが、季節の違いよりも強くエゾリスの警戒心に影響しているのかもしれません。野生動物が人を怖がらなくなる状態は、“人馴れしている”と言われ、野生動物が街で暮らしていくための鍵となる性質の変化だと考えられています。
本来エゾリスは、警戒心が高い野生動物です。そして、私たち人間は彼らにとって、天敵の一種のはずです。それにも関わらず、街のリスはこんなにも馴れ馴れしいなんて。彼らは一体、私たち人間をどのように認識しているのでしょうか。私は引き続き観察や実験を続け、街のエゾリスが私たちとどのように関わり合い、どのような都市型ライフスタイルをもっているのかを探っていきます。そして、私たちのこの小さな隣人との上手い付き合い方を模索していけたらと思います。
Author Profile
内田 健太
1988年,シンガポール生まれ.北海道大学環境科学院博士後期課程,日本学術振興会 特別研究員DC2.都会と熱帯雨林が隣り合う国シンガポールで幼少期を過ごしたことで,人間社会と野生動物との関係性に関心を持つ.現在はエゾリスをモデルに研究を行っている.専門は動物生態学,都市生態学,行動生態学.
ホームページ:http://kenta-hp.wixsite.com/kenta-uchida