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両生類・は虫類

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8/23 2018

追いやられ、傷つけられる……新たなニホンイシガメの危機とは

新たなニホンイシガメの危機、アライグマ

その出来事は10年前、2008年に起こりました。異変に気がついたのは、1997年から調査を行っている千葉県のフィールドでカメの越冬期(※)の調査をしている時でした。
胴長靴を履いて小川を歩き、時には這うようにして土手の横穴や淵に手を突っ込んで探りながらカメを捕獲していると、カメの死骸が小川や土手に散在しているのが目につきました。死骸の数は、ニホンイシガメとクサガメの合計で105頭分でした。反対に、生きているカメは100頭で、死骸の数が生きているカメの数を上回るという調査開始以来の初めての記録となりました。カメの死骸の特徴は、1頭を除いて甲羅に外傷がないことが共通していました。他のほとんどのカメは、頭や尾、肢に傷があったり、あるいはそれらの一部が欠損していました。

前肢を失っていたニホンイシガメ。恐らくアライグマの捕食によるもの

2008年のカメの大量死で、カメの死骸をカウントする様子(白い手袋をして肩を落としているのが筆者)

 
(※温帯の淡水域に棲むカメの越冬について:カメの場合は冬の間は一部の哺乳類のように冬の間にじっと冬眠するわけでないので、越冬または冬越しと表現することが望ましい。寒い日でも天気が良ければ上陸して土手など日光浴をしています。)
 

カメの死骸の周辺には、これまでは見たことがなかった動物の足跡があり、それがのちに“アライグマ”ということがわかりました。さらにその後、研究仲間の小林頼太さんら中心とした、赤外線を感知し夜間でも撮影できるセンサーカメラ設置しての調査も行われました。調査を行った県内の小河川については、哺乳類で最も多く確認された動物はアライグマで、在来のタヌキよりもより水辺を利用していることがわかりました。また、センサーカメラの映像を観察すると、川底を前肢で探るような行動が見られ、なかにはニホンイシガメを捕食するシーンが映っていました。

センサーカメラで撮影されたアライグマ2匹

このように、ニホンイシガメに新たな脅威が迫っています。北米原産の外来種アライグマは1970年代にアライグマが登場したアニメが放送されてからブームになり、ペットとして国内で盛んに飼育されるようになりました。現在アライグマは、2005年の10月より施行された「特定外来生物よる生態系などに係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」によって生態系や農林水産業に被害を及ぼす海外起源の外来種として、“特定外来生物”に指定されて、新たな輸入や飼育、譲渡、保管、運搬、遺棄が禁止されています。
 
しかし、アライグマは、野外で比較的早く増えて、全国では農林水産業での被害が深刻です。雑食性のためトウモロコシ、メロン、スイカ、イチゴなどや、牧草ロール・パックの破壊、乳牛の乳首を噛み切る、ニワトリを食べる、養魚場では魚を食べるなど、多岐に渡り影響が出てきます。そこで現在、鳥獣保護法上の“有害鳥獣”の捕獲のほか、外来生物法に基づき捕獲されています。国や北海道、兵庫県、埼玉県、長崎県、千葉県、和歌山県、神奈川県などでは、対策に乗り出し、全国の捕獲頭数は1991年にはわずか9頭でしたが、2000年代には急激に増えて2010年には約2万5千頭に達しました。
そのほか、アライグマによるヒトに感染する疾病として狂犬病やアライグマ回虫などの人獣共通感染症が知られており、公衆衛生の観点も危惧されています。
 
※参考
環境省 アライグマ防除の手引き(計画的な防除の進め方)PDF 作成2011年/改訂2014年
https://www.env.go.jp/nature/intro/3control/files/manual_racoon.pdf

ニホンイシガメの現状とミシシッピアカミミガメ

ニホンスッポン(本州以南と、壱岐、五島列島に分布する)と、琉球列島に分布する固有種3種(リュウキュウヤマガメ・ヤエヤマセマルハコガメ・ヤエヤマイシガメ)を除くと、淡水域とその周辺に生息する日本固有のカメ類はニホンイシガメの1種のみで、世界的に見ても希少な種と言えます。
 
※ヤエヤマセマルハコガメをリュウキュウセマルハコガメと表記していましたが、誤りでした。(2019/5/20)

田んぼの脇を流れる小川で見つけたニホンイシガメ

ニホンイシガメが棲む里山の小河川

ニホンイシガメは本州から九州、その周辺の島々にも生息していますが、近年、その数を減らしています。
その理由としては、生息域にあたる水辺や田んぼなどの環境の改変や、それに加えて、外来種の侵入が挙げられます。
環境省版レッドリスト2018(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)では、ニホンイシガメは準絶滅危惧 (NT)にランクされ、現時点での絶滅の危険度は小さいとされていますが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種です。
 
しかしながら、地域のニホンイシガメ集団レベルで見れば既に絶滅してしまっていたり、今まさに絶滅の危機に瀕しています。都道府県レベルで見ると国のランクより深刻で、東京、神奈川、千葉、群馬、徳島、長崎では絶滅危惧Ⅰ類(最も絶滅の危惧される最高ランク)に指定されています。
 
これだけ存続が心配される動物でありながら、国内ではその意識はあまり浸透していないのではないでしょうか。その理由としてひとつ考えられることは、ミシシッピアカミミガメが多く野外にいるために、“カメはいる”という意識になり、それが外来種だという認識に結びつかないのではないか、というものです。
 
天気の良い日に川や池、公園などの水辺に出かけると、カメが日向ぼっこをしているところをよく見かけ、のどかな水辺の象徴として心和む方も少なくないと思います。しかし、筆者は素直にこの光景に安心できず、むしろ、日本の水辺の危機だと心が痛みます。そのカメの顔をじっくり見てみると、その多くは顔の側面に赤い斑紋が目立つ、そう、外来種のミシシッピアカミミガメであり、日本の亀ではないことが多いからです。
 
 
というのも、日本自然保護協会では2003年と2013年に、「日本のカメさがし!」という市民参加型の調査を実施しました。2013年の調査では参加者は見つけたカメをデジカメやスマホで撮影し、事務局に送付して専門家が判定するというシステムが取られ、目視調査としては信頼性の高い手法と言えるものです。その結果、2回ともミシシッピアカミミガメが全体の6割を超えて最も多く確認され、日本で最も普通に見られるカメであることが報告されました。10年間変わらずミシシッピアカミミガメが優占していたことから、初回の調査以前から増えていたことを裏付ける資料にもなりました。ちなみに、ニホンイシガメは2回とも全体の1割程度でした。

よく見ると目の後ろに赤い斑紋があるミシシッピアカミミガメ

ミシシッピアカミミガメの幼体(上)とメスの成体(下)

ミシシッピアカミミガメは小さい時にはミドリガメと呼ばれ、鮮やかな緑色が際立つ可愛らしいカメです。自宅や学校などでも飼育したヒトも少なくないと思います。大人に成長したその姿は、ずいぶんとたくましくなります(カメが好きな筆者にとっては成長したその姿も興味深く感じます)。
 
しかし、野外にいるミシシッピアカミミガメは、手に負えなくなったという理由からヒトが野外に放したものです。こういった放流は是非やめてもらいたい。カメがかわいそうと良かれと思う行為が、実は水辺の他の生き物に大きなダメージを与えてしまい、強いては日本の本来の自然を破壊することを助長する行為であることを知ってもらいたいと思います。
 
ちなみに、ミシシッピアカミミガメは“要注意外来生物”とされ、生態系へ与える影響は危惧されるものの、現段階では法的な制限はありません。

なぜニホンイシガメはアライグマに襲われるのか

アライグマは前述の通り、雑食で幅広く捕食しています。また、アライグマの名前の由来として、水辺で小型の魚類や甲殻類を探る行動がヒトから見れば、前肢でものを洗ってるように見えることから、その名がついたそうです。
その行動により、日本の里山ではニホンイシガメと遭遇することになってしまいます。冬になると、アライグマが楽をして捕食できる農産物などは少なくなり、アライグマも本来の習性の通り、水辺で餌を探して捕食することが多くなります。

ニホンイシガメは、水がある春から秋の間は田んぼを餌場として利用するなど広い範囲で行動しています。しかし、稲刈り前に田んぼの水が抜かれると、越冬する場所を求めて安定して水がある小河川や、用水、池などに集まってきます。
すると、アライグマとニホンイシガメの行動圏が比較的狭い範囲で重なることになります。ニホンイシガメは冬場の水温3℃でも行動していることが報告されおり、アライグマは浅い水域の流れの、緩い淵などで筆者らと同じように前肢を使って生きものを探しているため、そこでニホンイシガメと出会ってしまうことになります。
 
では、ミシシッピアカミミガメの場合はどうでしょうか。日本で一番多く見られるカメでありながら、実はアライグマに捕食されるケースは今のところ多くはありません。
 
というのも、今回の被害のあったフィールドでの調査では、ミシシッピアカミミガメの捕獲数が夏よりも冬のほうが少なくなっていました。つまり、冬はニホンイシガメよりも深い水深の環境にいることが考えられます。
このフィールドの用水では冬に水深は浅くなりますが、ミシシッピアカミミガメがいるような水深が深いところでは、アライグマは捕食することができません。
 
また、ミシシッピアカミミガメが本来生息する環境には、アライグマのほかにも捕食者としてワニや、大型の魚類が生息しています。そのため、ミシシッピアカミミガメは捕食者から逃れるために進化し、ニホンイシガメと比べるとより甲羅が厚くなっており、さらには噛みつくという、ニホンイシガメには見られない行動を見せます。
 
こういった理由により、ミシシッピアカミミガメのほうがアライグマによる被害は少ないと考えられます。

ニホンイシガメの更なる問題 クサガメとの交雑

国内では既に定着しているクサガメ(当歳個体)

ニホンイシガメが抱える課題として、もう1つ憂慮すべき点があります。それは、クサガメとの交雑の問題です。ニホンイシガメとクサガメの種間では容易に雑種が形成されます。さらには、その雑種には繁殖能力があるため、ニホンイシガメ側から見ればクサガメからの遺伝子浸透が進み、独自の遺伝子が消失することになります。すなわち種の生物多様性も低下することになります。
 
クサガメはこれまで日本の在来種とされてきましたが、鈴木大さんらの遺伝子解析研究によって、日本に生息するクサガメは中国大陸と朝鮮半島のクサガメの遺伝子と一致し、その2系統のみが存在し、日本の集団としては独自の遺伝子をもっていません。即ちこれは遺伝子的な分化が起きておらず、比較的新しく日本に移入されたことが示唆されることとなり、在来性を示す証拠としては不十分との結果が示されました。
 
ニホンイシガメとクサガメが同所的に生息している所では、交雑は深刻な課題です。前述の場所も例外ではありません。調査地では以前、多い時にはニホンイシガメは100頭程度確認できましたが、2008年にアライグマによってニホンイシガメとクサガメはともに被害を受け、特にニホンイシガメは2018年2月の調査では2頭のみの確認となりました。ニホンイシガメは雌雄それぞれ1個体ずつであったため、繁殖のため交尾する同種と出会うことが以前より難しくなってしまい、これによって今後、雑種化が進行することが予測されます。

ニホンイシガメと共存していくために

これまで述べてきた通り、日本固有種のニホンイシガメは、今、存続の危機にあります。ニホンイシガメが生息する環境は、ヒトが棲まないような絶景の自然のなかでありません。ヒトとの関わりがあっての維持されている自然、“里山”です。水辺では餌を捕食したり、日光浴をしたり、また、上陸して畑の脇や田んぼのあぜ道で産卵したり、桑の実などの木の実を捕食したりと広範囲で行動し、その環境に適応しています。里山のなかに暮らしてきたニホンイシガメが平穏に暮らせる環境を多く残していくことは容易ではありませんが、ニホンイシガメとヒトが共存できる道を探る旅はこれからも続きます。
 

Author Profile

小菅 康弘

1975年東京下町生まれ。東邦大学在学中にカメ類の生態研究を始める。その後、ニュージーランドを放浪、森林復活プロジェクト等に参加し自然を体感しながら学ぶ。2005年NPO法人カメネットワークジャパンを設立。淡水性カメ類の研究及び保全活動に取り組んでいる。

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