おしどり夫婦、という言葉をご存知でしょうか。
インターネットで画像検索すると可愛らしい二羽のオシドリが寄り添う写真をたくさん見つけられます。ところが、仲睦まじい写真のオシドリ夫婦も、じつは浮気をしているかもしれません。
鳥類の多くの種では、ペアが協力して子供を育てています。二羽が仲良く寄り添う様子から、鳥の夫婦はお互いに忠実で、浮気などしないと長年考えられてきました。
ところが、DNAを使って親子関係を調べる研究ができるようになり、研究者たちが鳥の親子関係を調べた結果、なんと90%以上の種で、父親と血の繋がっていない子、”つがい外子”を育てていることがわかったのです。
一般的に、鳥類の浮気率はスズメなどの陸鳥で高く、アホウドリなどの海鳥では低いと言われています。これは、海鳥が陸鳥に比べて長生きでペアが長く続くことや、ひなの巣立ちのためには両親の協力が不可欠であることが要因だと考えられています。また、同じ種の鳥でも、個体数や餌の量など、繁殖する場所の環境によって浮気する割合が異なることも知られています。
つがい外父性のイメージ図(イラスト:木下千尋)。ひなに餌をあげるオスと、ひなの遺伝的な父親とが異なる場合、そのひなのことを”つがい外子”と呼びます
では、なぜ鳥はつがい外子をつくるのでしょうか。誰にとって、どんないいことがあるのでしょうか。
オスにとってのつがい外子をつくる利点は、つがいではない相手との間に子供をつくりその年に残す子孫の数を増やせることです。しかし同時に、自分のつがい相手のメスが他のオスと浮気してしまうリスクもあります。
オスは自分のつがい相手を守ることと、他のメスと浮気して子孫をたくさん残すこととの間でバランスをとりながら行動していると考えられています。
一方で、メスが1年に産む卵の数は種ごと決まっており、交尾する相手によって産卵数が決まるわけではありません。だとすると、つがい外子はメスにとってどんな利点があるのでしょうか?
これまで研究者たちはたくさんの仮説を立ててきました。その中の有名な仮説の1つに、”良い遺伝子仮説”というのがあります。
これは、メスがつがい相手のオスよりも良い遺伝子を持つオスと交尾することで、良い遺伝子を持った(自分の)子孫を残すという説です。
例えばツバメでは、尾の長いツバメは良い遺伝子を持っていることが知られていて、子育てするつがいを選ぶときにとてもモテることがわかっています。それだけでなく、つがい外交尾の相手としても、尾の長いオスが選ばれやすいと言われています。このことから、ツバメのメスはより良い遺伝子(尾の長い)を持ったオスと浮気して子孫を残そうとしていることがわかります。
このように浮気の理由がわかりやすい種もいれば、まだまだ理由がわかっていない鳥もたくさんいます。
日本の周辺で繁殖する海鳥に、オオミズナギドリという鳥がいます。アホウドリの仲間で、カラスくらいの大きさです。彼らは一夫一妻で1年に1羽のひなを育てます。ところが、繁殖地でたくさんの相手と交尾する様子がたびたび観察されており、この海鳥では、じつは浮気が頻繁に起きているのではないかと考えられてきました。
オオミズナギドリのペア(撮影:塩見こずえ)。仲睦まじく見えるオオミズナギドリのつがいですが、彼らも浮気しているのでしょうか……?
そこで私は、オオミズナギドリの浮気調査に乗り出すことにしました。
舞台はオオミズナギドリ繁殖地のうちの1つ、岩手県にある船越大島という無人島です。
Googleマップを開く▶ https://goo.gl/maps/ZidBYPGtJ3x
オオミズナギドリは、昼は海で餌を採り、夜に船越大島に戻ってきてひなに餌を与えます。私たちの研究チームは交代でこの島に寝泊まりし、鳥に合わせて昼夜逆転生活をしながら調査しています。お風呂もトイレもない無人島で長く生活するため、調査後には水や電気が使える文明社会への感謝の気持ちでいっぱいです。食材は現地調達…と思われがちですが、実際には陸から野菜などを持ち込んで料理を作ったり、レトルトカレーを食べたりしています。
船越大島全景(撮影:佐藤克文)。私たちの調査地、岩手県沿岸の船越大島です。水も電気もない無人島に、1000羽以上のオオミズナギドリたちが繁殖のためにやってきます
お見送り(撮影:山本祐之)。漁師さんの船で島に渡してもらいます。調査メンバーは交代で無人島に入り、数日間キャンプをして過ごします。これは先輩たちをお見送りしたところ
さて、夜行性の海鳥の行動は、肉眼では観察することができません。さらにオオミズナギドリは巣穴を掘って生活しているため、彼らの普段の生活を覗くには特殊な道具が必要でした。
そこで私は、暗いところでも撮影ができる赤外線カメラを求めて秋葉原をさまよいました。
量販店では目的の商品が見つからず、ふらりと立ち寄った怪しい路地裏の店に、なんとたくさんの赤外線カメラが!嬉しくなって次々と商品を見ていると、店主のおじさんに「浮気調査ですか?」と話しかけられました。
「おじさんさすが、わかってる!私は海鳥の浮気研究者なのです――!」
そう思いながら、躊躇なく「そうです」と答えると、おじさんはなぜかニヤニヤやしながら「赤外線は相手に見えない方がよいですよね?」と聞いてきます。もちろん鳥に影響を与えたくないので、見えない方が良いに決まっています。
「もちろんです」と答えると、さらにニヤニヤしながら赤外線ライトや撮影するカメラのアドバイスをくれました。「助かったなあ」と思いながら店を出て、しばらくしてから、おじさんは私がパートナーの浮気調査をすると勘違いしていたのだと気がつきました。
時すでに遅し。今でも思い出す、恥ずかしいエピソードです。
そんなこんなで手に入れた赤外線カメラでオオミズナギドリを観察した結果、なんと浮気現場を撮影することができました!
動画をご覧ください。
また、DNAによる親子鑑定の結果、10〜20%の父親はつがい外子を育てていることがわかりました。さらに、浮気されてしまったオス(=寝取られたオス)は、そうでないオスに比べるとくちばしと羽の長さが短いということがこの調査で初めて明らかになりました。
海鳥にとってくちばしはとても重要な器官です。オス同士が喧嘩する時もくちばしが重要だと言われています。また、羽の長さや形は海鳥の飛翔行動に大きな影響を与えることが知られています。もしかすると、オオミズナギドリにとってくちばしや羽の長さは体の強さの指標となっているのかもしれません。
オオミズナギドリのひな(撮影:山本祐之)。さて、君の父親は誰かな?これから調べます!
くちばしの短いオスが魅力的でないために浮気されたのか、それとも体が小さいために他のオスからメスを守れなかったのかは、まだわかりません。また、メスの浮気相手が誰だったかを特定することはとても難しく、メスは本当に魅力的(=くちばしと羽が長い)なオスと浮気していたのかどうかもまだわかっていません。さらに、20%もつがい外父性が起きる島でオスはどうやって自分の父性を守っているのかもわかっていません。
まだまだ謎だらけなオオミズナギドリの浮気ですが、これからもたくさんの道具と知恵を使いながら、その謎を明らかにしていきたいと考えています。
Author Profile
坂尾 美帆
1991年東京生まれ.東京大学大気海洋研究所博士課程,日本学術振興会特別研究員 DC1.学部時代は幹細胞を研究していましたが,上野の科学博物館で見たバイオロギングの展示に惹かれ,専門を分子生物学から行動生態学に変えて大気海洋研究所に進学.分子生物学と行動生態学を組み合わせて研究できる海鳥の浮気を追いかけ続け,気がついたら学生最後の年になってしまいました.(プロフィール撮影:山本祐之)