昆虫大学2018の校章。(昆虫大学2018ウェブサイト https://www.konchuuniv.com より)
去る2018年10月6日。東京都・浅草橋の神田川の近くでは、とあるイベントに長蛇の列ができ、老若男女が今か今かと入場を待っていた。
会場外の待機列の様子
オープン直後の会場内。1日目は人が途切れることなく、公式グッズの販売ブースには列ができたほどだった
ここに来ている人たちに共通しているのは、ずばり「虫」である。
前回(2016年)の来場者数約800人を大きく上回り、2日間で約2000人を動員したというこのイベント。
ツイッターで #昆虫大学 #昆虫大学2018 を検索してみれば、大いに楽しんだ人たちの様子が伺い知れるはずだ。
虫のイベントに2000人! いったい何事なのか?
虫好きの人もそうでない人にも、BuNa編集部が取材してきた昆虫大学の一部始終をご覧いただこう。
そもそも、「大学」と称する昆虫大学とはなにか? 昆虫大学の公式ホームページによると、
「昆虫大学は、昆虫その他の「蟲」のもつ多様な魅力をプロから学ぶ隔年開催のクリエーターイベントです。作家・芸術家・研究者・昆虫を生業とする人々を講師としてお招きし、虫と虫好きの異様な熱気に満ちた世界をチラ見せすることを目的とします。2012年にアートフェス『TRANS ARTS TOKYO』にとつぜん出展、以後は決まった学舎を持たず、さすらいの昆活(昆虫活動)をつづけています」
とある。つまり、昆虫や「むし」と呼ばれる生きものにに惹かれ、愛し続けてやまない人たちが参加するイベントなのだ。
昆虫大学の会場内には、所狭しと虫に関する作品や展示、グッズが並べられ、販売もされている。
昆虫大学公式グッズのブース。虫をモチーフにした野帳(フィールドノート)、校章ピンバッジ、サコッシュ、クリアファイルなどが大人気
写真提供:メレ山メレ子氏
(1枚目):主催スタッフの1人でもあるうみねこ博物堂さん(@umineko22 )のブース。昆虫標本やひよこまめ雑貨店さん(@hiyomamezakka)の虫雑貨が売られている。
(2枚目):ひよこまめ雑貨店さん(@hiyomamezakka)のテントウムシのピアスは1日目で売り切れたそうだ。
(写真提供:メレ山メレ子氏)
(1枚目)あまのじゃくとへそまがりさん(@amaheso_sp)の、革でできた虫たち。虫の特性を活かしつつ、バッグ、ポーチ、キーケース、お面などに仕上げられている。
(2枚目):後述のヒアリ警察さんのお面も、あまのじゃくとへそまがりさんが制作された。額にはPOLICE FIREANTの文字。
meminiさん(@lepuscapensis)のアダンソンハエトリグモのピンバッチ。服につけるとまるで本物のようで、愛着がわくこと間違いなし。
マメコ商会さん(@mamekosato1)のサバクトビバッタTシャツ。
バッタ博士こと前野ウルド浩太郎氏が本を書く何年も前から構想を練っていたが、サバクトビバッタの迫力を表現するために試行錯誤。ついにはバッタ博士に実際のバッタの様子の写真提供を受け、やっと仕上がった一品とのこと。バッグもあり、おしゃれでさりげない虫アピールに最適!
こんなに虫グッズがあるのか!と驚いた方も多いかもしれない。
しかし、これは出展者のほんの一部にすぎない。それに加えて、昆虫大学は単に虫の「モノを売っている」「展示をしている」というだけの場ではない。
会場を歩いてみると、こわいと言いながらも生きている虫を見て・触れている人たちがいる。
またあるところでは、虫をつまむためのピンセットをせっせと研ぎ、またあるところでは虫にちなむお酒を嗜んでいる。
特攻服を着た虫ヤンキー(!?)も闊歩し、あちらこちらで人々が自由に虫について話し、専門家が解説する虫の生き様について耳を傾けている。
そう、昆虫大学では虫を中心として好きなものを好きだと言い、学び・語らい・大いに楽しむ、文字どおり「大きく学ぶ」場となっているのだ。
特に人気だったコーナー、アリの通販専門店AntRoomさん(@AntRoom_taku)のアリ生態展示。肉眼で十分見えるほど大きいアリ・パラポネラ(サシハリアリ)と、色がとてもきれいなミツツボアリ(2枚目写真)の姿を生きている状態で見ることができ、多くの人が食い入るように見つめていた。
ふれあい昆虫館さんのブースでは、クロカタゾウムシやハナカマキリ、チョウの幼虫などたくさんの虫と触れ合える。
指に乗せているのは、脱皮したてのリンゴドクガ。名前と違い毒はない。とてもふわふわ・ぴょこぴょこしている。このあと映画E.T.の名シーンのごとく、指伝いにほかの方のもとへと送り出した。
推し昆(いち推しの昆虫)うちわワークショップコーナー。今だかつて、推しの虫用うちわが作られたことがあっただろうか。いや、ない。講師はイラストレーターの熊野友紀子さん (@kumagoya)
BuNaでも虫の記事を連載していただいているピン・セイダイさん(@calisius )こと長島聖大さんのピンセットサロン(省略禁止)。小さな虫や標本をつまむためのピンセットの展示・販売と、ピンセットの研ぎサービスが受けられる。決して怪しい店ではない。
樹液酒場さん(@shakuGpark )が提供する、虫にちなんだお酒たち。大学内だが飲酒(試飲)ができる。
セミ、チョウ、トンボ、ムカデなど酒造りや産地の虫にまつわるラベルが貼られたワインや日本酒について、樹液酒場さんから逸話を教えてもらえる。
だれでも虫ヤンキーになれる特攻服。右の黒い特攻服は日本野虫の会さん(@panchichi3 )のもの。
大学にもかかわらず、これを着て棒(昆虫網)を片手にした数々の虫ヤンキーが爆誕した。
昆虫大学図書館。
昆虫大学の講師陣が「子ども時代に影響を受けた虫の本」もしくは「子どもの将来を(虫方向に)狂わせたい本」を実際に読むことができる人気コーナー。
(このほかにも、紹介しきれないほどの豪華な出展や催しがあったので、ぜひツイッターなどで #昆虫大学 #昆虫大学2018 を検索してみてほしい)
昆虫大学の学長は『メメントモリ・ジャーニー』『ときめき昆虫学』などの著書で知られる、メレ山メレ子さん(@merec0 )。第1回から2018年の第4回まで、隔年でこのイベントを主催している。
手に持っているのは昆虫大学の薄い本ことシラバス。錚々たる昆虫関係者の文章と、昆虫大学の歴史が余すことなく紹介されている。(シラバスは今後、いきもにあ等のイベントやうみねこ博物堂・一部書店で取り扱い予定)
昆虫大学についてメレ山さんは、
「常日頃『#昆虫大学 は学長メレ山の個人的欲望の発露としてやる。イベントを完全に私物化するため出展者は募集せずすべて一本釣りするしショバ代謝礼その他諸経費はワイの財布から出す以上みんなの意見を聞きつつワイの思うとおりにするので、いっしょに面白がれそうな人だけ乗っかれ』と宣言しとります」(メレ山さんのTwitterより)
と、言う。つまり、昆虫大学はメレ山さん自身の希望を叶えるために作られたイベントなのだ。
昆虫大学1日目の夜には、昆虫の交尾から進化や生態を研究する研究者で、イグノーベル賞を受賞したトリカヘチャタテという虫の発見グループの一人でもある上村佳孝さん、ツイッターなどで話題となっているヒアリ警察さん(@_Solenopsis )などを講師として迎え、一般応募の180人とともに夜学(講演)が開催された。
夜学の様子。日本野虫の会(@panchichi3 )のとよさきかんじ氏による手すりの虫観察についてのライトニングトーク。虫ヤンキーを束ねる頭(ヘッド)だが、皆を導く心優しい講師でもある
この夜学の180人分のチケットは、発売開始から15分で売り切れるほどの人気ぶりであった。
なぜこんなにも多くの人たちが昆虫大学に集まったのか? はたしてメレ山学長の「個人的欲望」だけで、多くの虫好きが来るものなのだろうか。虫が好きなだけであれば、虫そのものを一人で観察しても十分楽しめるはずだ。
その謎を解くカギとして印象に残っているのが、メレ山学長の「いい意味でどうかしている人たちを、最前列で見ていたい」という夜学での言葉だ。
虫そのものの生きざまや姿はもちろんとんでもない。しかし、それを面白がり深く追求する人たちだって、ものすごくとんでもないんじゃないか。そう思うのは私たちも同じで、虫そのものだけでなくメレ山学長を含んだ昆虫大学というとんでもなさを、最前列で見たくなってくるのでは、と思うのだ。
かくいう筆者も、2年前は虫について話す人が周りにおらず、淡々とSNSでの情報や本を読む日々を過ごしていた。「そんなに虫に詳しくないけど、行っても大丈夫なのか」と不安になりながら昆虫大学に参加すると、そこで目にしたのはまさに「異様な熱気」で虫のグッズや紹介をしている人たちだった。
そして、昆虫大学のさまざまな仕掛けで虫の魅力を感じ、少し勇気を出して参加者と交流してみたりした後には、すっかり「やっぱり虫は面白い。この楽しそうな虫の場に私ももっと参加したい!」と虫好きの沼に足をつっこんでいた。そうして今、この取材に至っている。
実は、私は約1年前から昆虫大学の場所探しや途中経過を漏れ聞き、少し当日のお手伝いもさせていただいた。そこで驚いたのは、中核となるスタッフや出店者の皆さんが、メレ山さんのアイディアを中心として「これがおもしろそう!」「この虫最高…」「それは良い!」と、準備を思いっきり楽しんでいることだった。虫に対するワクワク感や良さを表明しながら常に作業を進めており、当日に至るまでもが、すでに最高に楽しそうなのだ。
そんなふうに楽しんでいると、いつのまにか昆虫大学に参加する人たち自身も「とんでもないことをしている人」の一員となっており、さらにその輪が広がっていく。昆虫大学は決して学びを強制するものでも何かに貢献したいわけでもなく、ただただ全員が、虫を中心として楽しんでいるイベントなのだ。
そして、なぜ「虫」に惹かれるのか? 理由は人によってさまざまだと思うが、虫に惹かれる気持ちを一言で言うことができないからこそ、良いと思ったことを口に出し、知見を交換して楽しみあえる場を昆虫大学が提供しているのではないだろうか。
昆虫大学の熱気やおもしろさをこの紙面ですべて伝えることは難しい。
しかし、少しでも「私も虫が……」と思ったならば、昆虫大学という場があることをぜひ覚えていてほしい。キャンパスが現れるのは2年に1度だが、昆虫大学はきっとあなたの入学を歓迎してくれるだろう。
(文・写真:BuNa編集部I)