私たちがヤドリギの存在に気づくのは冬です。ケヤキなどの落葉樹の枝に丸い塊が着いているのを見たことがありませんか? ときには1本の落葉樹に数十個も着いていることもあります。「あれは木の病気?」などと尋ねられたりしますが、あの丸い塊がヤドリギです。
ヤドリギが10株以上寄生したエノキ。大きい株は直径約1m
ヤドリギ自身は常緑性の低木で、けっして地表に生えることはありません。他の樹木の枝や幹に根を差し込んで水や栄養を横取りする寄生植物で、文字通り「木に宿る木」です。ただし、ヤドリギ自身も葉緑素をもっていて光合成をしています。このように栄養の一部を自力でまかなっている寄生植物を「半寄生植物」と呼びます。
寄生植物が寄生する相手のことを「寄主(きしゅ)」といい、ヤドリギはさまざまな落葉広葉樹を寄主とします。関東以西の平地ではケヤキ、エノキ、サクラなどに寄生することが多く、山地や北日本ではコナラ、ミズナラ、ブナ、シラカバといった樹木に寄生しているのがよく見られます。
ところで、ヤドリギは北海道から九州まで分布していますが日本固有の植物ではありません。それどころか同じヤドリギ(学名 Viscum album)という種がヨーロッパから日本にかけてユーラシア温帯の端から端まで分布しています。木本でこれほど広い範囲に自然分布する植物は稀です。ただし、このヤドリギはいくつかの亜種に分けられており、ヨーロッパの平地に分布するのは果実が純白のヨーロッパヤドリギ(V. album subsp. album)という亜種で、日本や中国に分布するのは薄黄色の実がなる東アジア亜種(V. album subsp. coloratum)です。
日本産ヤドリギの実。冬に薄黄色に熟す
通常はこの東アジア亜種のことを「ヤドリギ」と呼びます。なお、日本産のヤドリギのうち、実が赤色に熟すものをアカミヤドリギ(V. album subsp. coloratum f. rubroaurantiacum)という品種として区別しますが、実の赤味の濃さは連続的で、ただのヤドリギとの境界は明確ではありません。
実が赤く熟する品種アカミヤドリギ
面白いことに、ヨーロッパでも日本でも人々はヤドリギに特別な力を感じるようで、文化的にも共通点があります。
古代ローマの信仰や北欧神話には特別な力を持つ植物としてヤドリギが登場します。ヨーロッパではクリスマスに家の戸口などにヤドリギの枝を吊す風習があります。その起源には諸説ありますが、キリスト教よりも古い古代ケルトの儀式に由来するとも言われています(モリス, 1994)。またイギリスやアメリカには、”kiss under the mistletoe”と言って、クリスマスにヤドリギの枝の下に立つ女性には誰もがキスをして良いという風習もあります(mistletoe はヤドリギの英名です)。このキスの風習についてはキリスト教の影響があるようです(モリス, 1994)が、いずれにしてもヨーロッパのとくに寒い地方では冬でも緑を保つ数少ない常緑植物であるヤドリギは生命力の象徴として特別な力があると信じられているようです。
日本でも、万葉集に大伴家持がヤドリギを詠んだ次の歌が収められています。
あしひきの 山の木末(こぬれ)の ほよ取りて かざしつらくは 千年(ちとせ)寿(ほ)くとぞ
この「ほよ」というのがヤドリギの古名で、「山の木の梢からヤドリギの枝を採って髪に飾るのは長寿のおまじないなのだそうだ」というような意味です。この歌は家持が越中国(今の富山県)に国司として赴任したときに正月の宴席で詠んだものといわれています。8世紀のことです。少なくとも当時の越中国ではヤドリギは生命力の象徴と捉えられていたのでしょう。
以前、富山県に隣接する長野県北部の山村で、ある年配のご婦人から当地ではヤドリギのことを「ほよ」とか「ほや」と呼んでいると教わりました。今もヤドリギがその古名で認識されている地域があることに感激したことを覚えています。
他の樹木の枝に寄生するというヤドリギ的生き方の利点の1つは、おそらく、労せずして樹上の高い位置に枝葉を広げて光を得ることができるという点でしょう。他方、その生き方の困難な点は、どうやって樹上に到達するかです。多くの植物と同じくヤドリギは種子で増えます。しかしヤドリギの種子は地面に落ちたら生きられませんから、生き残るためには寄主の枝や幹に種子をくっつけなければなりません。ヤドリギにはそのための巧妙なしかけがあります。
ヤドリギには雌株と雄株があります。雌株には直径7ミリくらいの丸い実がなって、冬に薄黄色または赤色に熟します。
熟したヤドリギの実。丸く4つ並んだ黒点は花弁の跡
ヤドリギの実の断面。1個の種子を取り巻く果肉は粘る
実の中には種子が1個入っていて、粘りけのある透明な果肉に包まれています。
この実を鳥が食べると、種子は消化されずに糞といっしょに鳥のお尻から出て来ます。このとき種子の周囲のネバネバが糸のように伸びてぶら下がり、風に揺られて近くの枝にくっつくのです。
ヤドリギの実を食べた鳥が排泄した糞。糸を引いて垂れ下がる
運良く木の枝に付着したヤドリギの種子。成功率は低い
日本では冬鳥のヒレンジャクやキレンジャクがヤドリギの実を好んで食べることが知られています。また、ヨーロッパにはやはりヤドリギの実を好むヤドリギツグミという鳥がいます。このように、それぞれの地域にヤドリギの種子散布に貢献する特定の鳥が生息しているのも興味深い事実です。
鳥まかせ、風まかせですが、運良く寄主にくっついた種子はやがて「発芽」します。
「発芽」したヤドリギの種子。なぜか動物的に見える
「発芽」といっても、ヤドリギの種子から伸びるのは茎でも根でもなく「胚軸(はいじく)」と呼ばれる器官です。ヤドリギの胚軸は緑色で光合成ができるようです。そしてその先端は吸盤のような形をしていて寄主の枝の表面に付着し、ここから「寄生根」と呼ばれる根が寄主の樹皮の下に侵入し、やがて寄生生活を始めます。このようにして、ヤドリギは枝から枝へと運ばれ樹上の世界で生活し続けているのです。
寄主の断面。ヤドリギの寄生根がくさび状に入り込んでいる
今、ヤドリギハンティングが静かなブームです。なんのこっちゃ、と思われる方も多いでしょう。しかし「家の近くの木に着いたヤドリギが前から気になっていた」という方は少なくありません。そして、SNSの普及に伴ってそんな方々の間で情報交換が盛んになると、全国各地からヤドリギの情報が集まるようになってきました。いつしか、冬にヤドリギを見つけることを仲間内で「ヤドリギハンティング」と呼ぶようになり、「ヤドハン」という略語も生まれました。
※興味のある方はFacebookグループの「みちくさ部」をのぞいてみてください。
ヤドハンはおもに冬の遊びです。葉を落とした梢に寄生するヤドリギは遠目でも容易に見つけることができます。平地であれば、ケヤキやエノキの大木が狙い目です。こういう大木は屋敷林や神社やお寺、城跡など、古くから手付かずであった場所に生えていることがよくあります。
屋敷林のケヤキに寄生したヤドリギ
また、川沿いに多いエノキやサクラ並木に寄生していることもよくあります。見つけたら近くに寄って、寄生しているヤドリギの数を数え、寄主の種類を確かめ、位置を記録します。スマートフォンのGPS機能を使って写真を撮れば、位置情報も簡単に記録できます。その記録を地図に記入していくとヤドリギマップができあがります。
ただし、「遠目にも容易に見つかる」と書きましたが、ときどきカラスの巣や天狗巣病(樹木の病気で、枝が異常に密生して塊状になる)に騙されることもあります。
このようにヤドリギと見間違いやすい物のことを、私たちは「ヤドリギモドキ」と呼んでいます。
ヤドリギモドキその1。カラスの巣
ヤドリギモドキその2。天狗巣病
また、ヤドハンを続けててみると、ヤドリギが多い地域とほとんど見つからない地域があることもわかってきます。寄主となりそうな樹木はあるのに、ヤドリギがまったく見つからない地域のことを「ヤドリギ砂漠」と呼んでいます。その理由はまだ不明ですが、ヤドリギの実を食べる鳥の生態とも関係がありそうです。
ヤドリギは気になり始めると頭から離れず、調べるほどに新たな興味が湧いてくる魅力的な生物です。これもヤドリギの不思議な力なのかも知れません。
あなたもヤドハンに挑戦してみませんか?
【参考文献】
モリス, デズモンド(屋代通子訳). 1994. クリスマス・ウォッチング. 185pp. 扶桑社.
Author Profile
尾崎 煙雄
1962年札幌生まれ。千葉大学大学院理学研究科修士課程修了。千葉県立中央博物館主任上席研究員。房総の山のフィールド・ミュージアム担当で、房総丘陵を中心に植物、昆虫等を研究している。