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3/26 2019

よく見かけるスミレの名前は? 花の宝庫【高尾山】で植物観察

城山から眺めた高尾山と関東平野

高尾山(東京都八王子市、標高559m)は昔からスミレの宝庫と言われ、今も“スミレの山”として人気がある。
 
1975年10月に転勤で関西から東京に越してきたとき、関西とは違うスミレに出会えることを楽しみにしていた。
次の年の春、東京在住のスミレ仲間に、高尾山を案内してもらった。驚いた。エイザンスミレ、マルバスミレ、ヒナスミレなどなど、関西ではなかなか会えないスミレ達があちらこちらに生えている。訪ねたのは、日影沢の奥にある管理小屋の横の斜面であった。伐採された後で、その斜面を登った。目的は、フギレコスミレであった。

フギレコスミレ

フギレコスミレは、エイザンスミレとコスミレの交雑種で、めったに見られないスミレである。この斜面の一角に、かなりの個体数があった。花をつけているものは少なかったが、この珍しいスミレ以外にも、高尾山のスミレの種類、個体数の多さに感動し、高尾山はすごい所であると思った。
 
この年には、6号路の琵琶滝付近のコミヤマスミレも案内してもらった。これも、私のフィールドであった六甲山にはない種で、その姿を見て感動した。これをきっかけに、高尾山のスミレを毎年、何度も訪ねることになった。

タチツボスミレ

高尾山で、一番目につくのは、タチツボスミレである。薄い紫色の花をたくさんつけている株があれば、まずタチツボスミレと見てよい。図鑑と照らし合わせて、自信が持てなければ、葉のつけねにある托葉(たくよう)というものをチェックするとよい。この托葉が櫛の歯状に切れ込んでいることを見れば、まず間違いない。さらに雌しべの先(柱頭)をルーペで見て、ほぼ真っすぐの棒状であることが確認できればさらに自信が持てる。高尾山では、どこにでもあり、個体数の多いスミレである。全国版のスミレである。

タチツボスミレ

アオイスミレ

タチツボスミレに似たものに、アオイスミレがある。このスミレは、比較的早く咲き、他のスミレに先だって咲いている個体が多い。花は白っぽいのや、薄く紫色のかかったものなどがある。
タチツボスミレとは姿も違うが、大きな違いは、花の色と花弁の出方が違うことである。高尾山で一番に咲くスミレである。花の形が、タチツボスミレと違う。タチツボスミレの側弁は、斜めに開いているが、アオイスミレは、直角方向に「前に倣え」の形をしているものが多い。また、花弁がフリルのように波打っている。さらに、上にある上弁2枚がうさぎの耳のように立っているものが多い。
花が無いときは、植物体に毛があるかどうかを見ればよい。毛が生えていれば、アオイスミレである。タチツボスミレにも毛のあるものがあり、ケタチツボスミレというが、これは標高の高い所に多く、毛も短くて少ない。高尾山では、まず見られないので、毛があれば、アオイスミレと判断してもまず間違いはない。

アオイスミレ

ナガバノスミレサイシン

次に多いのは、ナガバノスミレサイシンである。名のとおり、葉が細長い。また、少し肉厚で照りがあり、すぐに分かる。花は淡紫色のものが多いが、中には白色のものもある。特に、白色のものはシロバナナガバノスミレサイシンという品種名がついている。
このスミレは、花期が進むと花弁がやや長くなり、紫条が目立ち、写真写りが悪くなる。咲きはじめを狙うのがよい。高尾山では至る所で見られる。

ナガバノスミレサイシン

エイザンスミレ

さらにエイザンスミレが、数の多さでは続く。関西では稀にしか見られない。六甲山では、生育場所を1カ所しか私は知らない。ところが高尾山には、いたるところで見られる。
葉が深く切れ込み、3~5深裂している。花は白色からわずかにピンク色を帯びたものがある。花弁は波打っている。葉っぱだけを見て、これがスミレかと驚く方も多い。特徴がはっきりしているので、すぐにエイザンスミレだと同定できる。

エイザンスミレ

マルバスミレ

マルバスミレも多い。花は白色で、少し質感がある。これも林縁に多く生え、小群落を作るものが多い。特に、斜面が崩れかかって、砂が滑り落ちそうなところに群生することが多い。
葉は心形で、先が少し尖っている。以前は、ケマルバスミレと言われていたが、毛のないマルバスミレはまず見られないので、今の図鑑では、マルバスミレの名になっているものが大半である。スミレは夏になると、葉が大きくなるものが多い。この葉のことを「夏葉」とよんでいるが、マルバスミレの夏葉はアオイスミレとよく似るのである。違いは、アオイスミレの方が、丸く、葉の先がほとんど尖らないので、見分けられる。

マルバスミレ

タカオスミレ

高尾山で、忘れてはならないスミレがある。それは高尾山で名前がついたタカオスミレである。ヒカゲスミレの品種で、葉の表面が暗赤色のものをいう。
ヒカゲスミレの葉の表面は緑色である。ただ、タカオスミレの葉の暗紫色は、花が終わると徐々に消え、夏にはほとんど消えてしまう。花期に、高尾山では緑色をした葉を持つヒカゲスミレは、たまに見られるが、ほとんどがタカオスミレとよばれるタイプのものである。

タカオスミレ

アカネスミレ

アカネスミレも多い。これも林縁に生えていて、紅紫色の花の色が目立つのですぐに分かる。他のスミレより小さく、植物体全体が毛深く、天狗の鼻のように後ろに伸びている距にも毛がある。花を正面から見ると、側弁の基部に毛がたくさん生えており、また花の元がややすぼんでいるので、雌しべがよく見えない。後述のコスミレは、花の中の雌しべがよく見える。これも区別点の一つである。また、アカネスミレの無毛タイプがあるが、これをオカスミレという。

アカネスミレ

ニョイスミレ

ニョイスミレも少し湿った山道や人家付近で、あちらこちらでも見られる。小さな白い花で、上弁の2枚が後ろに大きく反り返るので、地のスミレとはすこし姿が違う。地上茎があり、托葉はタチツボスミレのように切れ込んでいない。
ツボスミレという別名もあるが、牧野富太郎が名前をニョイスミレに変えてから、ニョイスミレと言われるようになった。葉の形が僧侶の持つ仏具の如意に似ていることから名付けられた。

ニョイスミレ

ヒナスミレ

ヒナスミレも多い。小下沢や日影沢の林道沿いとか高尾山頂上から城山へ行く道を少し下ったところにも、結構多くある。あちらこちらで見られ、薄いピンク色の花は目立つ。
葉はハート型をしており、基部が大きく湾入し、地面に対し水平に開くものが多い。ヒナスミレとエイザンスミレとの交雑種のオクタマスミレもたまに見られる。

ヒナスミレ

コスミレ

コスミレは、山麓で見られる。小下沢の入り口近辺とか、日影沢の上にあるゲートの先とかに多い。アカネスミレの品種のオカスミレに葉は似ているが、コスミレの方が大きい。コスミレの名があるが、決して小さなスミレではない。このスミレも早咲きで、陽だまりでは2月ころから咲いている。また、アカネスミレと違って、花の正面から雌しべがよく見える。

コスミレ

数は少ないが、さらにいくつかのスミレを観察できる。ヒメスミレは、山麓の人家にある。特に小仏行のバス道路の途中にある、石組みの人家の塀には、毎年、花を咲かせ、その写真を撮りに、楽しみにしている方が多くいる。私もその一人である。花は高尾山のスミレの中では一番小さく、花の色も青みがかった濃い紫色である。草丈ですぐわかる。
ニオイタチツボスミレは、尾根の山道や少し乾き気味の散策路にあり、タチツボスミレに比べて、花の色が濃く、花の真ん中が白く抜けるように見える。また花柄や葉柄などにビロード状の毛が生えている。それ以外に、葉の展開より花の咲きだしが早く、ピンク色をしたアケボノスミレが頂上付近に、スミレ、ノジスミレやアリアケスミレが人家や畑の中に群生しているのが見られる。ノジスミレやアリアケスミレは、高尾山の登山道ではまず見られない。
 
 
高尾山は、簡単に登れ、多くの種類のスミレが楽しめる場所である。
3月中旬ころから咲きはじめ、4月上旬から中旬にかけてたくさんのスミレの花に出会える。5月になると遅咲きのコミヤマスミレが満開となり、高尾山のスミレシーズンもいよいよ終わりとなる。花が無くても、葉がどのように変化していくのか、閉鎖花はいつ頃つくのか、果実の中に種がどのくらい入っているのか、などなど観察する楽しみはたくさんある。
 
ただ、デジタルカメラの高性能化で、誰でも簡単に植物写真が撮れるようになった。高尾山には、スミレをはじめ種々の植物の写真を撮りにたくさんの人が訪ねる。早春の日影沢ではアズマイチゲの写真を撮るために列ができるほどになった。しかし、周りの植物を踏み荒らし、アズマイチゲがだんだん少なくなり、とうとう立ち入り禁止となった。また、ある時は、ヒカゲスミレとエイザンスミレとの雑種のスワスミレが木のうろに咲いていたが、次の日には盗掘でなくなったという。実に悲しいことである。高尾山は都心から近く、スミレやその他のいろんな植物を楽しめる最高のフィールドだ。



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Author Profile

山田 隆彦

公益社団法人日本植物友の会副会長兼事務局長。朝日カルチャー講師などのカルチャーセンターで植物講師を務め、また、スミレを追いかけ全国を飛び回っている。
著作には、『高尾山全植物』(文一総合出版)、『万葉歌とめぐる野歩き植物ガイド』(太郎次郎社エディタス 共著)、『散歩の山野草図鑑』(新星出版)、『スミレハンドブック』(文一総合出版)、『野の花山の花ウォッチング』(山と渓谷社 共著)、『江東区の野草』(江東区区役所 共著)『日本のスミレ探訪72選』(太郎次郎社エディタス)、『草花・雑草図鑑』、『樹木図鑑』(監修)、『花図鑑』(いずれも池田書店)、『植物生きざま図鑑』(監修)(Z会)、『野草・雑草図鑑』(監修・共著)(成美堂出版)がある。

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