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菌類・粘菌

fungi, Slime mold

  • 菌類・粘菌

6/12 2019

摩訶不思議な単細胞生物〈変形菌〉に興味が尽きない!

今回は、変形菌、真正粘菌、あるいは単に粘菌と呼ばれる生き物について紹介します。
この生き物に関する書籍や漫画を読んだり、イグ・ノーベル賞を受賞した研究をニュースで見たりして、ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか?

変幻自在な単細胞生物

人間を含めて、多数の細胞から体がつくられている生き物は「多細胞生物」と呼ばれます。多細胞生物には一生のうちに劇的に形を変える生き物が知られています。代表的なのが、節足動物(昆虫やエビやカニなど)です。
幼生あるいは幼虫から成体あるいは成虫になるときに大きく形態が変わります。例えば、蝶の幼虫(イモムシ)は蛹を経てきれいな羽を身に付けた成虫(チョウ)になります。
一方、変形菌は1つの細胞からなる「単細胞生物」でありながら、その姿をさまざまな形に変えることができる摩訶不思議な生き物です1、2)

華麗なる変形菌の生活史

図1 赤い変形体

変形菌の生活環(ライフサイクル)を簡単に紹介します。
まずは、大きさ10㎛程度の小さな単細胞のアメーバ(粘菌アメーバ)からストーリーを始めます。粘菌アメーバは、落ち葉の下の腐葉土や朽ち木などの中で、おもにバクテリアを食べて「分裂」しながら増えていきます。
粘菌アメーバにもオス・メスのような性があり、それらが出会うと、くっついて1つの細胞になります。その時、遺伝情報を有する「核」も1つになります。この細胞を「接合子」と呼びます。
 
ここからが不思議な一面なのですが、 接合子は細胞を分裂させるのをやめ、細胞の中の核だけをどんどん分裂させて、カラダを大きくしていきます。こうして大きくなったアメーバ細胞は「変形体」と呼ばれます(図1)。
変形体は毎時数mmから数cmの速さで移動し、落ち葉や朽ち木の上に現れると、私たちの目に触れることになります。種類によっては幅が1メートルを超えることもあります。変形体はバクテリアを捕食する以外にカビやキノコなどを分解、吸収しているとも言われています。
エサが少なくなったり、乾燥気味になったりすると、変形体はふつう多数の塊に分かれて袋状のもの(子嚢)を作り、その中に無数の胞子を形成します。これを「子実体(しじつたい)」と呼びます(図2,3)。その大きさは概ね1〜2mm程度ですが、種類によって、変形体がそのまま一つの子実体になり、その大きさが数10cmに達するものもあります。
子実体の中の胞子はおもに風によって拡散され、環境の良い所(適した湿度と温度の場所)に落ちると、発芽して粘菌アメーバに戻ります。

図2 ウツボホコリ子実体  子嚢を覆う膜(子嚢壁)が破れやすく、中から鮮やかな赤い糸状の「細毛体」が現れます。倒木の上で目立つ存在です。

図3 トーマスジクホコリ子実体  なかなか見つからない稀産種。子嚢壁が黄金色に輝く美しい種類です。

最近の研究について

このように、変形菌はユニークな生活環をもつ生き物ですが、人間の生活と直接的に関わっていないことや培養しにくいなどの理由から、世界的にもモジホコリなど数種以外は、研究があまり進んでいません。そうした状況ではありますが、日本の研究者は盛んに研究をおこなっています。
「博物学の巨人」と言われ、隠花植物(変形菌やキノコなど)や民俗学などの研究で有名な南方熊楠(みなかたくまぐす)は生きている木から変形菌を見つけた先駆者です。自分の庭の柿の木から発見した新種は、ミナカタホコリ(Minakatella longifila)と名付けられました。
近年では、生きている木の樹皮上で見つかるコホコリ属などの新種がいくつも発表されています3、4)
 
また、変形体の自己非自己の認識に関する研究6、8)や雪解けの時期に現れる変形菌の子実体形成過程を詳細に調べた研究7)なども行われています。
生態学の分野でも、いくつも成果が得られています。倒木の腐朽度合いで出現する種類が変わることが明らかになってきました9)
また、変形体が菌類(キノコやカビなど)をある程度食べていることはわかっていましたが、放射性同位体を用いた研究によってより確からしいことがわかってきました10)
さらに、変形菌の子実体は小さな節足動物、特に甲虫に食べられることがありますが、胞子を甲虫の体に付けて運んでもらっていることが示唆されました11)
こうした基礎的研究は興味深く、今後の研究の進展が待たれます。
 
一方、応用研究では、イグ・ノーベル賞受賞によって脚光を浴びた、変形体の行動をコンピュータやロボットの開発に応用する研究が盛んです5)。特に、移動距離が最小になる経路を求める問題、いわゆる「巡回セールスマン問題」の解決に貢献することが期待されています。
また、種類によって、子嚢壁が虹色や瑠璃色に輝くことがあります(図4)が、この現象は子嚢壁が半透明なために生じる「光の干渉作用」によることが示唆されています。このようにして発現される色を「構造色」と呼びますが、その発現メカニズムについても研究されています。

図4 シロイトルリホコリ子実体  雪解けの時期にしか発生しない、いわゆる「好雪性粘菌(変形菌)」の一種です。魅惑の瑠璃色に目を奪われます。

変形菌に親しんで、楽しむことが大切!

私は変形菌に関わって30年以上になりますが、興味は尽きません! 上記のような最先端の研究に注目しつつも、変形菌そのものに親しんで、楽しんでいただきたいと常日頃思っています。
そして、その思いが叶い、2018年7月21日から9月2日まで、和歌山県立自然博物館にて、特別展『小さな粘菌の大きなワンダーランド』を開催することができました(図5)。
同年にミュージアムパーク茨城県自然博物館で開催された企画展(2018年5月26日の記事参照)と比べると規模が小さいものの、小さな部屋に変形菌の魅力をぎゅっと詰め込んだ展示をおこなうことができました。

図5 特別展会場の全景

図6 筒の中を這って動くイタモジホコリ変形体

目玉展示の1つは、2mもの円柱型透明アクリルケースの中を移動する巨大な変形体でした(図6)。例えば、筒の両端から中央に向かって同じ変形体由来の変形体を這わせると、両者が中央付近で融合します。また、市販のシメジ(ブナシメジ)を筒の中に置くと、それを包み込み、一部消化した様子が見られます。このような変形体のユニークな行動を見ていただきました。
また、子実体を顕微鏡で観察するコーナーを設けました。観察した種類が顕微鏡の前にある写真パネルの16種のうちどの種類と同じかを来館者の方々に当てていただきました(図7)。クイズ感覚で特に子供たちに大変好評でした。

図7 顕微鏡観察コーナー

図8 雪解け頃の観察会

さらに、「粘菌を楽しもう!」というコーナーでは、粘菌をモチーフにしたデザインや芸術作品などを展示しました。(詳しくは、展示解説書(和歌山県立自然博物館にて300円で販売中)をご参照ください。
こうした展示会がこれからもあちこちで開催されることを願っています。
そして、日本変形菌研究会や博物館などの観察会にぜひご参加ください。夏の観察会ではさまざまな種類が見つけられ、楽しいこと請け合いです!一方、雪解けの頃の観察会では、綺麗なルリホコリのなかまに出会えることでしょう(図8)。
とにかく変形菌の楽しみ方は自由です!ぜひこの摩訶不思議な生き物に興味を持っていただけたら嬉しく思います。
 

参考文献
1.川上新一(著)、新井文彦・髙野丈(写真).2018年.『観察から識別まですべてがわかる!変形菌入門』 文一総合出版.
2.川上新一(監修)、新井文彦(写真)、加藤休ミ(イラスト).2019年.『ねん菌(へんけい菌)(菌の絵本)』農山漁村文化協会.
3.山本幸憲(著).1998年.『図説 日本の変形菌』 東洋書林.
4.山本幸憲(著).2006年.『図説 日本の変形菌・補遺』日本変形菌研究会.
5.中垣俊之(著).2014年.『粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う』 文春新書.
6.増井真那(著).2017年.『世界は変形菌でいっぱいだ』 朝日出版社.
7.Yajima, Y. et al. 2018. Fruiting body formation of the nivicolous myxomycete Badhamia alpina in moist chamber culture. Mycoscience 59. 268-276.
8.Masui et al. 2018. Allorecognition behavior of slime mold plasmodium—Physarum rigidum slime sheath-mediated self-extension model. J. Phys. D: Appl. Phys. 51: 284001 (8pp).
9.Takahashi, K & Harakon, Y. 2016. Ecological Patterns of Wood-Inhabiting Myxomycetes in a Natural Forest of the Kamikochi, the Hida Mountain Range, Central Japan.  J. Jpn. Bot. 91: 205–217
10.Fukasawa, Y. et al.  2018. Foraging association between myxomycetes and fungal communities on coarse woody debris. Soil Biology and Biochemistry 121, 95-102
11.Sugiura, S. et al. 2019. Cross‐kingdom interactions between slime molds and arthropods: a spore dispersal mutualism hypothesis. Ecology e02702
 
 
著者の書籍はこちら!
『観察から識別まですべてがわかる!変形菌入門』

Author Profile

川上 新一

1966年大阪府生まれ。筑波大学大学院生命環境科学研究科博士課程修了。博士(生物科学)。専門は、粘菌類の分類・系統・進化学。現在、和歌山県立自然博物館学芸員。著書に『観察から識別まですべてがわかる!変形菌入門』(文一総合出版)、『Graphic voyageシリーズ 変形菌』(技術評論社)、『森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん』(平凡社)など。監修に『ねん菌(へんけい菌)(菌の絵本)』(農山漁村文化協会)、『粘菌 知性のはじまりとそのサイエンス』(誠文堂新光社)など。変形菌の魅力に取りつかれて30年以上になる。南方熊楠の暮らした和歌山県で変形菌と向き合う毎日を送る。

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