トマト、好きですか? おいしいし、育てるのも割に簡単で、見た目もかわいい。ミニトマトは水栽培も手軽ですね。しかし! 育てている方はご用心。完全に熟していないトマトには、毒があるそうです。うっかり食べちゃった植物学者が経験したその症状とは?
トマトは美味しい。真っ赤なトマトは、これを育てた太陽を思わせるぐらいに美しい色をしている。世間では夏野菜と言われるが、一年中買うことができる便利な野菜だ。私が住む京都では、露地物のトマトは夏至まえぐらいのものが美味しいとされている。栄養も豊富で、ビタミンCや活性酸素を除去してくれるリコピンが多い。イタリア料理のピッザのように、焼いたりして熱してもより美味しい。これはトマトにグルタミン酸が含まれているからで、加熱することで旨味が引き立つのだ。私はトマトが大好きだ。「リコピン」なんて、なんてかわいらしい名前の栄養まで抱え込んでいるのだろう。
ミニトマトならば栽培の場所も取らないので、ホームセンターや園芸店でも人気の苗である。かく言う私も、京都の狭いマンションのベランダで、家人に邪魔だと言われながらも栽培をしている。5月ごろに植えた苗がどんどん大きく育って、支柱を立てる頃には、花が次々と咲いては真っ赤な果実になっていく様子は楽しい。
しかしである。7月下旬のこと、ベランダに干した洗濯物がトマトの若い実の房を折ってしまった。妻は「だから邪魔だと言ったじゃない」とにべもない。私はこのトマトたちを不憫(ふびん)に思った……実の大きさは、すでに十分に成長しており、あとは赤くなるだけのトマトたち。全部で5個ぐらいあった。捨ててはかわいそうだし、甘くはなくても栄養が詰まったトマトだから食べてしまおうと思ったのである。
当時は節約をするために、昼飯に弁当を持って行っていた。そのデザートに、まず最初のトマトを口に入れた。
その直後のことである。口の中に瞬間的に刺激が広がった。舌も頬も、口の中全体がピリピリとした、刺さるような刺激でいっぱいになった。未熟なので酸っぱさも感じるが、しかしそれどころではない。とにかく口の中がピリピリとする刺激でいっぱいなので、味を気にするレベルの出来事ではない。
しかし私はなぜかその時に「良薬は口に苦し」と思ったのであった。その数週間前に学生を引率して薬用植物園に出かけ、センブリなどの様々な苦い生薬を味わったからかもしれない。そして私は、自分で言うのも変だが我慢強いタイプの性格である。口内に拡がる刺激を我慢して5つの未熟な青いトマトを完食してしまったのである。そうしたら喉にまで、ピリピリとした刺さるような刺激が拡がってしまった。刺激は喉の上部までで、そこから下、つまり胃は痛くないし、腹痛もなかった(胃はこの類の刺激を感じないのかもしれない)。
その後が問題だった。食べてから10分ぐらいが経った頃だろうか。意識が「フラフラ」するのである。眠くないのに、机に突っ伏して動くことがおっくうになった。胃やお腹は痛くないし、吐き気もなかった。とにかく口の中と喉は相変わらず刺さるようにヒリヒリする。しかし段々と、意識が薄れる方がまさってきた。昏睡するわけではないし、吐き気もないので、人に助けを求めようと思うほどのことではなかったが、こんな経験は初めてだった。30分間ぐらい、額をデスクにつけて突っ伏してじっとしていただろうか。
そこに、当時国立科学博物館に勤務していた卒業生のK君から仕事の電話がかかってきた。
「先生、暑いですけど元気ですか?」
「いや、いま気持ちが悪くてフラフラするんだ」
「え? 何があったのですか?」
「いま青いミニトマトを我慢して5個食べたら、フラフラするんだよ」
「先生知らなかったんですか? 未熟なトマトには毒があるんですよ。緑色の未熟なトマトは食べられるのかと言う質問は、夏休みの間に博物館に来る質問数の上位に来るんですよ」。
「死ぬことはありませんから」と言うちょっと冷淡なK君の電話を切った後、ふらつく体で、トマトの毒についてインターネットで検索した。
「ト マ チ ン」
何と、未熟なトマトには、トマチンという毒が含まれていたのである。ジャガイモの芽に含まれる毒に似た構造らしい。トマトの赤い色は、明らかに鳥などに種子散布してもらうためのものだが、種子が完成していない未熟なうちに食べられないように、毒で守っているのかもしれない。また、トマチンはトマトの茎や葉には常に含まれているために、害虫による食害などから体を守ることにも貢献しているらしい。私は幸いにして、1時間程度で回復した。しかし突っ伏して寝た跡が額に付いたので、前髪を下ろして午後の授業に出かけることになった。
トマトの果実は、赤く熟するとともにトマチンの量が激減していく。また、トマチンの毒は強くはないので、人にはあり得ない量(数トンに及ぶらしい。さすがに無理であろう)の未熟トマトを完食しないと生死には関係ないらしい。しかし私は、口内に刺激が広がった時に我慢せずに飲み込むのを止めるべきであった。健康は、自分の味覚も大事にして維持するべきだと思った。
それにしても、リコピンならぬ「トマチン」という可愛らしい名前の毒。私の職業は植物分類学者なので、「瀬戸口の奴、トマチンで死んだらしいよ」と恥ずかしい顚末(てんまつ)にならなくて良かったと思った。どうせ毒に当たるならば、フグ毒の「テトラドトキシン」のようなカッコ良い名前の毒で往生したいものである。毒と栄養は紙一重。食べ頃が大事ですよ。そんなことをわが愛するトマトは教えてくれた。
トマトとトマチンのウンチク
トマトは南米のペルーやエクアドルの高地が原産のナス科の植物です。ここからメキシコなどの中南米に食用栽培が広がったとされています。この原種や原種に近いトマトの果実は小さく、ちょうどミニトマトぐらいの大きさで、中の部屋(子房室)が2つでできています。ミニトマトでも、輪切りにすると2部屋からできているのが観察できます。店頭に並ぶ大きなトマトは、育種の過程で子房室の数を増やして大型にしたものです。
左:ふつうのトマト。子房室がたくさんある。右:ミニトマト。子房室は2つ。
トマトの赤い色は、リコピンによるものです。しかし育種の過程でリコピンの代わりにβカロテン(カロチン)が蓄積して黄色くなったり、アントシアニンが蓄積して濃い紫色になったりするものが店頭に並ぶようになりました。βカロテンもアントシアニンも、リコピン同様に体に良い栄養素です。
そしてなんと、完熟しても緑色のトマトが売られるようになりました!
緑色の完熟トマトは、これらの色素を含んでいませんが、赤や黄色のトマトと同じようにトマチンも激減しています。つまり食用に適した完熟トマトなのです。ですから、この記事では誤解のないように「未熟なトマト」という表現を使っています。
未熟なトマトの見分け方
緑の完熟トマトが店頭に並ぶようになったので、「緑のトマトも食べられる」と思い込み、家庭で栽培する赤系トマトが未熟な状態なのに間違って食べてしまう事故が起きないとも限りません。苗を買ったときに、何色(赤系や黄色系、紫系)に熟すトマトかを確認し、間違いのないように注意をすることが大切です。
あとは、口に入れた時、刺すような刺激が口や喉に広がった場合には、吐き出して飲み込まないようにしましょう。結局は、自分の味覚が頼りです。
トマチンの味と中毒症状
トマチン自体には味はありませんが、未熟なトマトなので「酸っぱさ」が際立っています。そしていちばん印象強いのは、口の中いっぱいに拡がる、刺すような刺激です。辛さとは異なり、とにかく強い刺激が拡がります。ですから、このような刺激を感じたら食べないで吐き出すようにしましょう。
飲み込むと喉までがヒリヒリと痛むようになります。そして意識がフラフラとしてきます。食べた量や体重、年齢、体調にもよるでしょうが、私の場合には、ミニトマトのサイズ5個で、1時間ほど、このような中毒症状が続きました。
トマチンは弱い毒物であり、ジャガイモの芽の毒(ソラニン)とそっくりな構造をしています(難しくは配糖体アルカロイドと言います)。トマトもジャガイモも原産地は高地アンデス地域です。植物の立場から語るならば、似たような場所で似たような毒を持ったナス科のきょうだいたちが、害虫などから体を守ることに役立ててきたのでしょう。そして食べ頃になったときに人間が上手に使ってきたのです。
Author Profile
瀬戸口 浩彰
植物の進化を生育環境や地史との関係から紐解こうと研究に励んでいます。また、絶滅危惧植物を守るための研究と活動にも取り組んで東奔西走しています。
京都大学の地球環境学堂と人間・環境学研究科という2つの大学院と、総合人間学部の教授を兼担しています。東京生まれの東京育ちで、怪しい関西弁を使う特徴があります。