夏の風物詩のひとつ、カブトムシとクワガタムシ。生きものが好きな人は、一度は飼ったことがある、あるいは今飼っている、これから飼いたいという人もいるかもしれません。筆者もそんな一人で、子供のころから35年以上、ず〜っとクワガタムシを飼育し続けています。
でも、こういう人には必ず守らなければならないルールがあります。また、採ってきた虫や飼っていた虫をあげたりするときには、あげる人にこのルールをしっかり伝えてください(あるいはこのサイトを教えてあげてください)。もし守らなければ野生生物を苦しめたり、法律違反を犯してしまうことにもなりかねません。そうならないために、虫を飼育するときの注意事項をまとめておきます。下の3つのルールをしっかり守って、エンジョイ・クワガタライフ!
①逃げられないように、大きめでしっかりとフタが閉まり、穴をあけられない容器で飼う。
②途中で飼育できなくなっても絶対に逃がさない。飼育できなくなったら殺して標本にする。殺せない人は飼わない。
③マットや産卵木、死んだ虫は燃えるごみとして捨てる(外に捨てない)。
殺すのはかわいそうに思うかもしれませんが、このようにしなければならない理由を詳しく説明します。
飼育した昆虫を逃がしたり捨てたりすることで問題になるのは、環境問題と法律違反の2つです。
これは、外来生物(外来種 ※1 )の問題です。
※1 外来種という人が多いが、「種」とすることで、外国産の、日本に分布しない「種」だけが外来種であるような誤解を与えている。そのため、本書では外来「生物」と呼び、日本国内であっても本来の生息場所から移動させられた生物個体を指す。つまり、一旦飼育した虫(その子孫も含む)はすべて「外来生物」です。
外来の虫が野外に放たれた場合、生態系へ悪影響をおよぼす危険性があります。では、どのようなことが起こるのか、クワガタムシを例として見ていきましょう。
(1) 遺伝的浸食
長い距離を移動して子孫を残せない昆虫は、地域ごとに独自の進化を遂げてきました。例えば、東南アジアから日本の東北地方まで分布するヒラタクワガタ[図1]は、地域ごとに特徴のある遺伝子を持つグループ(集団)を形成してきました[図2](Goka et al., 2004)。別の地域(=外来)のヒラタクワガタが入ってくると、そこにもとからいた(=在来の)ヒラタクワガタと繁殖し、子孫を残します[図3](Goka et al., 2004)。この子孫は両方の地域の遺伝子を持ちます。
このようにして、本来はその地域にない遺伝子が侵入してくることを遺伝的攪乱といいます。遺伝子組成が攪乱されたクワガタムシが子孫を残すことで、攪乱は広がっていきます。それまで何万年とかけて培われてきた進化の歴史は、こうしてたった数年で壊れます。
[図1]ヒラタクワガタの分布。東南アジアに広く分布するヒラタクワガタは長年かけて移動し、遺伝子や形を少しずつ変化させてきた。矢印は推定された移動経路。(国立環境研究所・五箇公一氏のデータをもとに作成)
[図2]各地域のヒラタクワガタの系統関係と分布。福岡県や宮崎県の個体は2つのグループ(赤と青)に含まれていることに注目(矢印)。この結果は各地のヒラタクワガタの遺伝子を調べてはじめて明らかになった。わかりやすいように簡略化したが、実際にはもっと狭い地域ごとに分化していると考えられる。(国立環境研究所・五箇公一氏提供のデータをもとに作成)
[図3]別の地域のオスとメスを実験的に繁殖させて誕生したヒラタクワガタ。野外に他の地域の個体が侵入すると、在来の個体と繁殖し、遺伝的浸食が起こることが明らかになった。(国立環境研究所・五箇公一氏提供)
恐ろしいのは外国からの侵入だけではありません。国内でもクワガタムシの移動能力を超えた地域(たとえ同一県内でも。例えば[図2]の福岡県と宮崎県を参照)のクワガタムシ同士が繁殖すれば、やはり遺伝的攪乱は起こります。いずれにしても、遺伝的攪乱が進むと元通りにするのは不可能です。
(2) 病原体の感染
外来のクワガタムシが持ちこんだ病原菌や寄生虫によって、在来のクワガタムシが減少、絶滅する可能性があります。ある地域ではそれほど影響が出なくても、別の地域では有害なこともあります。実際、外国のクワガタムシについているダニのなかには、日本のクワガタムシを弱らせ死に至らせるものもいます[図4](Goka et al., 2004)。見た目で症状が出ていなくても病原体やダニに感染している可能性があります。
[図4]ダニに寄生され死亡したヒラタクワガタ。正体不明のダニに寄生され、脚のふ節が腐り落ちて弱った結果、死亡した。 未知の寄生生物の影響はほとんど予測できないため、警戒する必要がある。(国立環境研究所・五箇公一氏提供)
この他にも、両生類のツボカビ症 ※2 のように、飼育に使った水やマット(木くずや腐葉土)を捨てることで、そこにいた病原菌や寄生虫が野外の生物を苦しめる事態も起こりかねません。いずれにしても野外に出ることや蔓延することだけは絶対に避けなければなりません。
※2 ツボカビによるカエルやサンショウウオなどの両生類の伝染病。世界中の野生下で501種が減少、そのうち90種は絶滅、124種は個体数が90%以上減少したと推定されている(Scheele et al. 2019)。ペットの移送やヒトが生息域に入り込むことなどでこのカビが持ち込まれたと考えられている。
(3) 資源の競合
クワガタムシに必要な資源(餌、交尾や産卵の場所、交尾相手)は限られています。そのため、野外でクワガタムシがいる場所や数も限られます。外来のクワガタムシが入ってくると、在来のクワガタムシと資源をめぐる争いが起きます。外来クワガタムシが奪った資源の分、在来のクワガタムシは追いやられ、いなくなります。
[図5]埋立地の都市公園で見つかったオオクワガタとカブトムシの死骸や餌のごみ。
明らかに生息していない場所で、飼育されていた虫が捨てられていることを目撃することが増えています[図5]。飼育していた虫(死骸も含む)や、マット(木くずや腐葉土)、産卵木などを野外に捨てると法律違反に問われる可能性もあります。具体的には「軽犯罪法」(※2)および、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(※3)の違反です。
飼育し終わったら、死骸やマットなどは「燃えるごみ」として捨てましょう(自治体で指定がある場合はそれに従ってください)。死骸が入っているときは、中身が見えないように透明でないビニール袋などで2重に包んで捨てればトラブルを避けることができます。
※2
■軽犯罪法
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
第25号 川、みぞその他の水路の流通を妨げるような行為をした者
第27号 公共の利益に反してみだりにごみ、鳥獣の死体その他の汚物又は廃物を棄てた者
— 昭和48年10月1日法律第105号による最終改正
※3
■廃棄物の処理及び清掃に関する法律
第16条 何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律第25条
第1項 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第14号 第十六条の規定に違反して、廃棄物を捨てた者
第2項 前項第十二号、第十四号及び第十五号の罪の未遂は、罰する。
— 平成23年12月14日法律第122号による最終改正
たった1匹のクワガタムシを逃がしたり死骸を捨てるだけで、これらすべての問題を引き起こすかもしれません。外来の生物がいったん侵入すると、元の状態に戻すことはほぼ不可能です。だからこそ、このようなことが絶対に起こらないようにすることが重要です。
クワガタムシが外来生物になれば、多くの命が犠牲になります。侵入した外来クワガタムシやその子孫が駆除されたり、病気に感染して在来クワガタムシが死ぬからです。あなたがしたことが、結果的に多くの命を殺すことになってしまいます。
生きものを飼うには責任が伴います。それを学ぶのにもクワガタムシの飼育はとても良い機会になります。飼っているクワガタムシのことだけでなく、飼育に使ったごみ(マットや産卵木)や環境のことまで、トータルに考えることができる人こそ、クワガタムシや自然を本当に愛する人ではないでしょうか。
引用文献
Goka K, Kojima H & Okabe K (2004) Biological invasion caused by commercialization of stag beetles in Japan. Global Environmental Research 8(1): 67-74.
Scheele B, Pasmans F, Skerratt L, Berger L, Martel A, Beukema W, … Canessa S (2019) Amphibian fungal panzootic causes catastrophic and ongoing loss of biodiversity. Science, 6434: 1459-1463.
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Author Profile
横川 忠司
クワガタムシのこと(生態、進化、分類、文化)なら何でも興味をもつ。生きもの科学研究所(bio-science.jp)代表として研究やコレクションを行う。コガネムシ研究会会員,兵庫県立人と自然の博物館地域研究員。理学博士(九州大学)。著書:『日本のクワガタムシハンドブック』『ポケット図鑑 日本の昆虫1400 ②トンボ・コウチュウ・ハチ(共著)』(いずれも文一総合出版)。
Twitter:生きもの科学研究所 @4GO9SgwYct2FRM8