潮干狩りに行ったときや、干潟遊びをしているとき、遠くで泥をつついたり走り回ったりしている「謎の鳥」を見たことがあるだろうか?
彼らはバードウォッチャーたちから「シギチ」と呼ばれる鳥たちだ。
遠すぎてどんな鳥かわからず、見逃してきたかもしれない。しかし、実はよく見てみるとクリクリとした黒目がちの目や、チョコチョコと忙しなく駆け回る姿がなんともかわいい鳥なのだ。
今回は、そんな地味ながらもかわいらしい「謎の鳥たち」がどんな鳥で、この夏から秋にかけてどんな種類が見られるのか紹介しよう。
(以下、BIRDER2019年9月号特集「シギ・チドリ観察のキホン」より『「シギチ」とはどんな鳥たちなのか?』から一部抜粋。)
干潟に集まるミユビシギとダイゼン(撮影:中村友洋)
海の向こう岸の丘が蜃気楼のように揺らぎ、大きな入道雲が空高くまでそびえ立つ、ジリジリと暑い8月末の日中、水辺の縁に広がるヨシ原は浜風で波打ち、その風は時折、汗が伝う頬を優しくなでてくれる。ヨシの間からカサカサと音を立ててカニが現れ、水たまりの中には小さなハゼの仲間が泳いでいる。防潮堤に立ち、その先の潮が引いた泥の海を見渡すと、遠くにはサギの仲間だろうか? 白く大きな鳥が下を向いてジッとしている──。
多くの人が思い浮かべる夏の終わりの干潟は、こんな光景かもしれない。しかし、目につく鳥はサギの仲間だけか? いや、バードウォッチャーであれば双眼鏡や望遠鏡で干潟をゆっくりと端から見回してほしい。すると、何もいないように見えた泥の上をせわしなく動く小さな鳥が見つかり、しかも、たくさんいることに気づく。その「小鳥」たちが、シギ・チドリ類だ。
シギチの観察地でもある東京湾岸の盤州干潟(千葉県小櫃川河口)。埋立地や浚渫(しゅんせつ)などでエコトーン(陸域と水域の移行帯)の自然環境が破壊されておらず、境界に暮らす生物を見ることができる。東京湾では数少ない「本来の干潟」を残す場所だ(撮影:守屋年史)
シギ・チドリ類とは、チドリ目に属しているシギ科とチドリ科の仲間の総称だ。趣味的には「シギ・チドリ」とか「シギチ」と呼ばれている。本稿もそれにならって、以降はシギチと記そう。ちなみに、チドリ目にはほかにカモメやアジサシ(いずれもカモメ科)の仲間も含まれており、外見はともかく、分類上はこれらの鳥と遠くない類縁関係にある。
名前の由来は、シギは羽音が騒がしいことから、「繁(シゲ)」という言葉が転じたという説があり、チドリ(千鳥)のほうは多数(千)の鳥を指すといわれ(どちらもこれ以外にも諸説あり)、古来からワサワサと群れでいたところは認識されていたようだ。
「鷸蚌(いつぼう)の争い※1」や「百舌勘定(もずかんじょう)※2」といった古いことわざにはシギが出てくるのだが、いずれもシギと読む「鴫」や「鷸」と記されたのみで、それらに登場するシギがどの種類を指すのかはわからない。肉眼では遠くで群れている彼らの識別まではできなかったのかもしれない。
※1:ハマグリ(蚌)を食べようとしたシギ(鷸)が、貝殻に嘴(くちばし)を挟まれて争っているうちに両方とも漁夫に捕らえられてしまったという、中国の故事による。無益な争いをしているうちに第三者に利益を横取りされ、共倒れになってしまうことを戒めている。
※2:ハト、シギ(鴫)、モズ(百舌)が15文の買い食いをして、勘定をするときにハトに7文、シギに8文出させて、モズは1文も出さなかったという昔話より。勘定のとき、自分は金を出さずに他人に払わせようとすることをいう。
シギチの仲間はいずれも比較的長い足をもつという共通した特徴があるが、大きさはスズメ大からハト大ほどまで、体の形も縦長のものがいたり、横長なものがいたりする。嘴の形や長さがそれぞれ違っていることにも気づくはずだ。よく見ると動きも異なっており、水辺を歩き回りながら嘴を泥の中に深く突き立てるもの、泥の上をつまんだり、掬ったりするものと、種類ごとにさまざま方法で食物を探している。彼らは主に干潟にすんでいるゴカイやカニといった小動物を食べているが、体の大きさや嘴の形の違いによって、捕る獲物も異なるのだ。こうすることで同じ食物を奪い合う競争を避け、同じ場所で異なる種同士の共存を可能にしているのである。
(以上BIRDER9月号より一部抜粋。執筆:守屋年史)
夏から秋にかけて見られるシギチの姿を紹介しよう。
撮影:中村友洋
ダイゼン
体長は約29cm。夏羽と冬羽で姿ががらりと変わる鳥。
撮影:中村友洋
ミユビシギ
体長は約19cm。よく群れで干潟や砂浜を走り回っている。
撮影:中村友洋
チュウシャクシギ
体長約42cm 。下に曲がった嘴をもつ。秋よりも春のほうが多く訪れる。
さて、いざシギチを干潟で観察するときは、少し事前準備をするだけで満足度が大きく変わる。
出かける前にチェックしておこう。
双眼鏡・望遠鏡を持って行こう
持っていない場合は、野鳥観察施設やネイチャーセンターが併設されている干潟に行くのがいいだろう。そのような施設なら、観察用の備え付けの望遠鏡や、双眼鏡の貸し出しがあるところも少なくない。また、野鳥図鑑を持っていけば、その場で見つけた鳥の名前を確認できる。
潮位や飛来情報を確認しよう
シギチは干潟で食べ物を探しているため、満潮で干潟が水没していると飛んで行ってしまう。また、干潮では干潟の先、遠く波打ち際まで行ってしまうため、観察がしづらくなる。
シギチを観察したいときは満潮、もしくは干潮の2時間前からの観察開始を目安にし、潮位の差が出にくい小潮の日を避けよう。
なお、各観察施設のホームページには潮汐表や観察の最適時間、今どんな鳥がきているかといった情報が掲載されていることもある。
安全対策をしよう
干潟の探鳥では木陰などがない場所が多く、シギチの渡りの時期はまだ暑さが厳しいため熱中症対策は欠かせない。十分に水分や塩分を摂り、気をつけて観察しよう。日焼け対策も忘れずに。
そのほか、干潟によってはアカエイなどの危険な生物がいる場合がある。どのような注意が必要か、現地の情報を確認しよう。『危険生物ファーストエイドハンドブック 海編』も参考になる。
今回紹介したシギチはほんの一部で、実際に観察に行くともっとたくさんのシギチが出迎えてくれるはずだ。
BIRDER2019年9月号の特集は「シギ・チドリ観察のキホン」。シギチはよくわからないからちょっと……。と食わず嫌いをしているバードウォッチャーにも、このページで初めてシギチを知った人にもオススメ。シギチ識別のポイントや、「シギチの二大聖地」といわれる有明海と東京湾の探鳥地ガイド、驚異の渡りを行うホウロクシギや、手軽にスマホで野鳥を撮影する「スマスコ」でシギチを撮るなど、シギチを見るうえで必要なことがぎゅっと詰まっている。
巻頭グラビアは「大都会・東京で暮らす オオタカ」。
オオタカは一時は絶滅の恐れも指摘されたものの、保護の甲斐あって数を増やし、2017年8月には「希少野生動植物」の解除が決定された鳥だ。東京都区内で生きるオオタカが力強く生きる姿を追った。
ほか、雄親亡き後の雛たちの奇跡の巣立ちを記録した「街中の公園の巣箱で繁殖に成功したアオバズク」、連載からは「Young Gunsの野鳥ラボ コノハズクとオオコノハズク」など、フクロウ類が好きな人も必見!
(以上、BIRDER編集部)
表紙の鳥はミユビシギ。両足とも地面からぴょんと浮いている。波と追いかけっこをしている姿が人気
BIRDER電子版・書籍の購入はこちらから!
富士山マガジン
amazon
文一総合出版
BIRDER公式サイト(BIRDER.jp)
シギチとはどんな鳥たちなのか?(文・写真:守屋年史)
秋のシギ・チドリ識別ポイント集(文・写真:澤本将太)
「シギチ2大聖地」巡礼ガイド
東よか干潟(大授搦)(文・写真:橋下宣弘)
荒尾干潟(文・写真:中村安弘)
肥前鹿島干潟(文・写真:中村さやか)
三番瀬(文・写真:箕輪義隆)
葛西臨海公園・葛西海浜公園(三枚洲)(文・写真:中村忠昌)
谷津干潟(文・写真:澤本将太)
ホウロクシギの不思議な渡り(文・写真:植田睦之)
東京湾岸スマスコ・シギチ紀行(文:BIRDER 協力:柴田佳秀、興和光学株式会社)
奥深さをひもとくカギは「渡り」(文・写真:小田谷嘉弥)
ヒヨ吉が行く! 海外編 ドブラー氏との野鳥観察記 in Europe(文・写真・イラスト:ヒヨ吉 協賛:カールツァイス株式会社)
Author Profile
守屋年史
NPO法人バードリサーチ研究員。シギ・チドリ類のモニタリング調査を担当。シギ・チドリ類の東アジア〜オーストラリア地域フライウェイ国内コーディネーター。春は九十九里浜でシロチドリを調査していて,砂浜の鳥はおもしろいと唱えて回ることにしている。