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9/11 2019

雌雄同体のウミウシはどうやって子孫を残すのか?

ダイビングや磯遊びで人気の生きもの、ウミウシ。
ゆっくり移動する可愛らしい動きが特徴的ですが、広い海の中でどうやって繁殖相手を見つけているのでしょうか?
ウミウシ研究者の中野理枝さんに、ウミウシのユニークな戦略について解説していただきます。

ヒトは雌雄異体

最近話題になっている言葉に「LGBT」があります。LGBTとは、Lesbian(レズビアン:女性同性愛者)、Gay(ゲイ:男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル:両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー:性別越境者)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつです。LGBTはヒトの性のあり方の多様性を示していますが、生殖機能的にはオスとメスのみに明確に分かれています(例外もあります)。ヒトのような動物を雌雄異体の動物といいます。
雌雄異体動物の場合、オスには雄性生殖器、メスには雌性生殖器があります。ヒトの場合オスの生殖器は、簡単にいうと、精巣・前立腺・ペニスからなります。精子は精巣で作られ、前立腺を通ってペニスに運ばれ、ペニスから配偶者(メス)の体に送り込まれます。メスの生殖器は、簡単にいうと、卵巣・子宮・膣(産道)からなります。配偶相手のオスから送り込まれた精子は膣を通って子宮に到着し、卵巣から送られてきた卵と子宮で出会います。受精卵は子宮で育まれ、時期がきたら産道を通って新たな個体として世に出るのです。

ウミウシは雌雄同体

一方、本稿の主人公であるウミウシは、ひとつの個体の中に常にオスとメスの両方の機能が存在する、同時的雌雄同体の動物です。だったらウミウシは精巣と卵巣の両方を持っているのだろう、と皆さんは思うかもしれませんがそうではなく、両性生殖腺というひとつの器官で、精子と卵の両方をいっぺんに作ってしまいます。同じ場所で精子と卵を作ったらアッという間に自家受精(自分の精子で自分の卵を受精すること)をしてしまいそうですが、両性生殖腺にある頃の精子はまだ活性化されておらず、自家受精はしない仕組みになっています。つまりウミウシも雌雄異体の動物と同様、配偶相手に出会わなければ繁殖はできないのです。

配偶相手との出会いから交尾に至るまで

同時的雌雄同体であることのメリットは、2匹が出逢えば必ず交尾できることです。雌雄異体の動物では、出会っても必ず交尾できるとは限りません。探し回ってやっと出会えた相手が自分と同性だった場合、「これで孤独じゃなくなった」と喜んだりはせず「交尾できない」とがっかりするわけですね。その点ウミウシは常にオスでもありメスでもあるので、2匹が出会えば必ず交尾にいたれます。
ここでふたつの疑問が生じます。まず、あの広い海底で、大きさ1〜3センチほどの小さな動物であるウミウシはどうやって配偶相手と出会うのか? 次に、ウミウシは出会えば本当に必ず交尾にいたるのか? 雌雄異体の動物、たとえばヒトのように相手を選んだりはしないのか? という疑問です。
最初の疑問は、ウミウシがナメクジに近い動物であることを念頭に置けば、比較的すんなりと理解できます。ナメクジの這った跡はぬらぬらとして気持ち悪いと多くの人が言いますが、じつはウミウシもナメクジ同様、這い跡にぬらぬらした粘液を残します。粘液の中にはそのウミウシ特有の成分が含まれています。ウミウシは他種のウミウシが分泌するフェロモンの成分には反応しませんが、同種のウミウシが分泌するフェロモンの成分には強く反応し、「あっ、この先に交尾相手がいる!」とばかりに、その這い跡を追いかけていきます。追いついたウミウシは前を行くウミウシにふれ、ふれられたウミウシは「あっ、真後ろに交尾相手がいる!」とばかりに回れ右をして、おのおのの体の右側面にある生殖門からペニスを出して、互いの膣口に差し込み精子を交換します。

①ホンノリイロウミウシの出会いから交尾にいたるまで。前を行くウミウシの這い跡に残る匂いを後ろのウミウシがキャッチして追跡開始

②追いつかれたウミウシは回れ右をする

③体の右側面にある生殖器を出して交尾に備える

④交尾 写真=中野理枝

ウミウシは餌の周囲にいることが多いので、出会いの場も餌場周辺であることが多いと考えられます。海底は広大ではありますが、彼らの活動範囲は案外狭く、「近所の定食屋でたまたま相席して(笑)」並みのお手軽さで出会っているのかもしれません。ちなみにこの匂いを嗅ぎ取る器官が頭部にある触角と、口周辺にある口触手(こうしょくしゅ)です。

セグロリュウグウウミウシの触角と口触手。口元の膨らんだものが口触手 写真=鍵井靖章

しかし時には他種のウミウシを同種と間違えて交尾してしまうことがあります。写真のウミウシは上がクロスジリュウグウウミウシ、下がトウモンリュウグウウミウシといい、2匹は別種です。ただし2種は同じクロスジリュウグウウミウシ属というグループに属しています。同属なので体つきも似ていますし、おそらく粘液に含まれた成分も似ているのでしょう。それでうっかり交尾してしまったのだと思われます。けれど別種どうしは交尾しても子供が生まれる確率は限りなくゼロに近いのです。ウマとロバをかけあわせるとラバが生まれるように、ウミウシでも雑種が生まれる可能性はありますが、雑種は生殖能力に欠けるために次世代を残すことはできません。この写真の2匹はうっかり間違えて無駄な行為をしている残念な2匹といえます。

時々、見かける異種間交尾 写真=鍵井靖章

さまざまな交尾スタイル

多くのウミウシは体の右側面に交尾器があり、オスの器官とメスの器官が近接しているため、体の右側を合わせるようにして交尾します。

さまざまな種の交尾。(A)ゾウゲイロウミウシ 写真=鍵井靖章

(B)タテヒダイボウミウシ 写真=鍵井靖章

(C)ムカデミノウミウシ 写真=鍵井靖章

一方、アメフラシ目や頭楯目のウミウシは、オスの器官は体の前部に、メスの器官は体の後部にあります。そこでこれらのウミウシは縦に並んで交尾をします。これを連鎖交尾といいます。前にいるのがメス役、後ろにいるのがオス役です。3個体以上が連なっている場合、真ん中の個体はオス役とメス役を同時にこなしていることになりますが、一番後ろにいる個体はオス役を果たしているがメス役は果たしておらず、反対に一番前にいる個体はメス役のみ果たしていてオス役は果たしていないことになります。

アマクサアメフラシの連鎖交尾 写真=吉川一志

翼足目やスナウミウシ目などのウミウシの中には、精子のつまったカプセル(精包)を作り、相手の体表に付着させる種があります。精包から出た精子は,相手の皮膚を貫通して体内に侵入します。このような精子の受け渡し方法を皮膚受精といいます。
嚢舌目のナギサノツユやゴクラクミドリガイの仲間などは、ペニスを相手の皮膚に突き刺して精子を渡す、透皮交尾という方法で交尾します。精子は相手の体内を移動し、精子を貯めておく袋(受精嚢)にたどり着き、ある程度の期間貯えられます。

ウミウシの生殖器官

2匹のウミウシが体を添わせるようにして行うウミウシの配偶行動は、一見して平穏に行われているような印象を受けます。ところが私たちの見えないところ、つまりウミウシの体の中では、オス役とメス役の思惑が入り乱れた繁殖戦略が繰り広げられています。この戦略の話をするために、もう一度ウミウシの生殖器の話に戻ります。ウミウシの生殖器官は一道式という原始的な形態のものから進化した三道式まで、おおまかに3パターンに分かれます。ここでは三道式で説明します。
先に両性生殖腺について少しふれましたが、ここで製造されたウミウシの精子は、アンプラとか貯精嚢(ちょせいのう)と呼ばれる器官で一時保存されてから、摂護腺(前立腺)を通ってペニスに運ばれ、配偶者に渡されます。このアンプラ(貯精嚢)・摂護腺(前立腺)・ペニスがウミウシのオス側の生殖器です。
単純なオス側の器官に比べ、メス側の器官は少し複雑です。まず両性生殖腺で製造された卵は受精嚢(じゅせいのう)へと移動します。配偶相手の精子は膣→交尾嚢→受精嚢と移動します(交尾嚢や受精嚢がないウミウシもいます)。ウミウシは受精嚢までやってきた配偶相手の精子で自分の卵を受精させ、受精卵は雌性生殖腺に送られ、卵塊にまとめられて、輸卵管を通り産卵口から産出されます。オス側の管1本、メス側の管2本(精子を受け入れるための管と卵を産出するための管)で、計三道式というわけです。この一連の流れで交尾嚢だけがやや役割不明ですが、じつはこの交尾嚢にウミウシならではの機能があります。

ウミウシの三道式生殖器官の模式図。動物系統分類学5(下) 軟体動物(Ⅱ) より改変

交尾嚢は配偶相手から受け取った精子をすぐ自分の卵に受精させず一時的に保存しておく器官です。しかしそれだけでなく、交尾嚢には貯めた精子を分解消化する機能もあります。たとえ複数の配偶者からどんどん精子をもらったとしても、腹が減っては戦(=産卵)はできません。生物の生存理由は、先程も書きましたが「生き延びること」そして「子孫を残すこと」。子孫を残せるコンディションにない時のウミウシは、子孫作り用の道具(精子)まで餌にしてしまうのです。機能的には出会えば必ず交尾にいたれるウミウシですが、ウミウシの精子はそう簡単には配偶相手に受け入れてもらえないわけです。さすがに個体識別までして精子を選んでいるわけではないようですが、産卵に際して先ず現状認識というか自分のコンディションを重視するあたり、若気の至りや酒の勢いでうっかりやらかしてしまうヒトよりもウミウシのほうが賢明といえるかもしれません。

ペニスを自切するウミウシ

より明確な精子間競争を行うウミウシもいます。
チリメンウミウシというウミウシは極端に細長いペニスを持ち、交尾を終えるたびに使用済みのペニスを自切することが知られています。チリメンウミウシの細長いペニスには逆トゲがついていて、現在交尾中の相手ウミウシが自分の前に交尾したウミウシの精子を、逆トゲにからめて交尾嚢の外に掻き出し、その後に自分の精子を交尾嚢に注入します。交尾を終えたチリメンウミウシは、誰のものともしれない精子にまみれた状態のペニスを相手から引き抜きます。そして交尾後およそ20分したら、引き抜いたペニスを自切するのです。しかし体内にはらせん構造のペニス予備軍があり、自切後らせんが伸びて、24時間後には新たなペニスがスタンバイ状態になります。他人ならぬ他ウミウシを押しのけてでも、少しでも多くの自分の精子で相手の卵を受精させたい。そんなオス役としてのウミウシの素顔が垣間見られる行動です。

チリメンウミウシ 写真=鍵井靖章

ウミウシは自分ファースト

本原稿の最初のほうで提示した疑問のふたつめ、ウミウシは出会えば本当に必ず交尾にいたるのか? あるいは雌雄異体の動物のように相手を選んだりはしないのか? についてですが、今までは、配偶相手を選ばず、出会えば必ず交尾にいたる、と考えられてきました。しかし出会っても必ずしも交尾にはいたらない場合があることがわかってきました。また交尾嚢*1の機能からは「今受精するより母体に栄養を供給したほうがおトク」いうメス役のしたたかさが、ペニスの逆トゲによる他個体の精子掻き出し行動からは、すべてのオスに共通する「できるだけ多くの精子をばらまきたい」という願い(?)が伺えます*2。つまりウミウシは配偶相手を選ばない、というより選びようがない代わりに、オス役的にもメス役的にも自分ファーストな繁殖戦略を選んでいると言えるでしょう。海底でのんびり交尾しているアオウミウシなどを見ると、ウミウシはあくどいことなど何も考えず平和に生きているように思えてしまいますが、その雌雄同体の体の中には生き延びて子孫を残すためのさまざまな戦略が秘められていたのです。
 
*1 すべてのウミウシが交尾嚢を持つわけはありません。
*2 すべてのウミウシのペニスに逆トゲがついているわけではありません。

参考文献
Sekizawa, A., Seki, S., Tokuzato, M, Shiga, S., & Nakashima, Y. 2013. Disposable penis and its replenishment in a simultanous hermaphrodite. Biology Letters (9),1-4.
濱谷巌. 1999. 動物系統分類学5(下) 軟体動物(Ⅱ). 中山書店. 459pp.
中嶋康裕, 小蕎圭太, 関澤彩眞. 2019. ウミウシという生き方. 東海大学出版部.
中野理枝. 2011. 海に暮らす無脊椎動物のふしぎ. ソフトバンククリエイティブ・サイエンスアイ新書.
 
 

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日本近海で見られるウミウシ1400種以上を掲載した識別図鑑。最新の分類体系に準拠し、外部形態(全体と触角・鰓の形態と色彩)がわかる生態写真を中心に、変異幅のある種は複数カットを使って紹介。ウミウシの生活史や行動、深海に暮らすウミウシなどもコラムで紹介。ウミウシファン必携の一冊。


 
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Author Profile

中野 理枝

2013年、国立大学法人 琉球大学大学院 理工学研究科 博士後期課程修了。博士(理学)。2019年現在、公益財団法人黒潮生物研究所客員研究員、NPO法人全日本ウミウシ連絡協議会理事長。日本貝類学会、日本動物行動学会、日本動物分類学会所属。専門はウミウシの行動生態学と分類学。
ウミウシ関連の著書:『本州のウミウシ』(図鑑/ラトルズ刊)、『ネイチャーガイド日本のウミウシ』(図鑑/文一総合出版)、『海で暮らす無脊椎動物のふしぎ』(科学読み物/ソフトバンククリエイティブ刊・サイエンスアイ新書)、『へんな海のいきもの うみうしさん』(科学読み物/マガジン・マガジン刊)。
論文・書籍発表以外にも、絵本や雑誌での執筆多数。NPO法人での勉強会(ウミウシカフェ)主催、写真集・TV番組等の監修、水族館での写真展プロデュースなど多方面で活躍中。
 

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