ツミの巣立ち雛(撮影:BIRDER)
「ツミ」と聞いただけで「日本最小のタカ」とわかる人はそう多くないだろう。
漢字で書くと「雀鷹」と書く。スズメというにはちょっと盛りすぎで、雌はハトくらい、雄はヒヨドリくらいの大きさだ(雄はオカメインコより小さい)。小さくても形はタカそのもので、同じくらいの大きさのヒヨドリも仕留めるハンターだ。日本にはツバメと同じ夏鳥として、繁殖のためにはるばる中国南部や東南アジアからやってくる。
ツミは幻の鳥とも呼ばれ、滅多にお目にかかれない鳥──だったのは昔の話。なんと近年、関東限定で都市公園や街路樹などで繁殖していることがわかっている。それどころか、ツミを含む「ハイタカ属」というタカのグループではオオタカも都会進出を果たしているという。知らない間にツミやオオタカが家のすぐ近くで子育てをしているかもしれないのだ。
ところで、バードウォッチング専門誌「BIRDER」では「東京近郊見に行くシリーズ」なる不定期企画がある。その名のとおり、編集部スタッフが東京近郊で見られて、見られるとうれしい鳥を探しに行く企画だ。東京近郊で見られる格好いい猛禽類ということならぴったりだが、観察の機会をつかみかねていた。しかし今夏、やっとチャンスが巡ってきた。
(以下、BIRDER2019年10月号特集「ハイタカ属列伝」より「東京近郊でハイタカ属の繁殖を観る」から一部抜粋。)
6月上旬、BIRDER編集委員の志賀 眞氏から近所の公園でツミが繁殖したという一報が入った。聞くと、園路沿いの木の10mもない高さに巣があるという。公園なら人通りも多く、過去に同公園での繁殖例もあるということで、人慣れした個体の可能性は高い。それでも細心の注意を払い、取材時期は繁殖の進行を見守りつつ決めることとした。
ツミの観察を続けていた志賀氏から「思いのほか雛が成長し、7月上旬には大きいほうが巣立ち、小さいほうも続きそう」と連絡があった。そろそろ取材の頃合いと考えたS野編集長と編集部N村は7月9日に取材を決行。
ツミの巣は園路沿いの木の上。人の往来を規制することもなく、多くの人が巣の真下を歩いていた 撮影:BIRDER
案内されたのは運動施設が併設された都市公園で、さらに巣のある場所は外周のメイン園路、「散歩する人がいる」──どころか近隣の保育園の散歩コースになっていたり、学生が行き来したり、想像以上に人通りは多い。ツミの巣は7人ほどいたカメラマンの視線の先のケヤキにあったが、志賀氏の情報通りかなり低く、よく見れば巣内の幼鳥を肉眼で確認できるほどだった。
5羽の雛を育てた雌親。雄親の姿はなかった 撮影:BIRDER
巣の隣にある木には、先に巣立った幼鳥が止まっており、カメラマンの注目はその幼鳥だった。巣内にはもうほぼ幼鳥の姿の雛が1〜2羽いたが親の姿はなし。先に巣立った雛を合わせると、この巣では5羽の雛が育っているようだ。
ツミの巣立ち雛。先に巣立った雛との成長の差がけっこうあった 撮影:BIRDER
観察を続けている最中も、子どもたちが巣のある木の下を歓声をあげながら走り回り、通りがかった女子高生がカメラマンの撮った雛の写真を見て「かわいい〜」と連呼する──とても猛禽類の繁殖場所とは思えない光景であった。ツミの都市鳥化の現場を見たという感じだったが、この現象は全国的な話ではなく、今のところは関東とその周辺で起きていることだ(小誌2019年6月号「鳥の“都会暮らしはじめました”」参照)。
モビング(猛禽類などを追い払うため,群れでつきまとっていやがらせをする行動)をしてくるオナガを気にして、樹上を見上げる巣立ち雛 撮影:中村友洋
トビと並ぶ身近な猛禽としてツミが知名度を上げていくのか、それとも一度ハシブトガラスの台頭で数を減らした1990年代後半のように、こちらの予想もつかない事態で再び「幻の鳥」になってしまうのか、それは誰にもわからない。見た目に精かんなツミは一般の人にもウケはよさそうだし、こんなかっこいい鳥が近くにいるなら、バーダーを増やすのにも貢献してくれるだろう。ツミは夏鳥として繁殖のために渡来するのであり、観察の時期には慎重になるべきだが、いつかツバメと並ぶ夏の風物詩として、ツミが一般の人にも認知されるかもしれない。そんなことを思いながら、公園を後にする編集部一行であった。
(以上、BIRDER2019年10月号特集「ハイタカ属列伝」より「東京近郊でハイタカ属の繁殖を観る」から一部抜粋。)
今回、取材時期を慎重に見定めたのは鳥にストレスを鳥に与えないようにしたためだ。
猛禽類に限らず、どの鳥も営巣の様子や育雛の様子を観察されるのをストレスに感じ、最悪の場合は巣を放棄してしまう。1度失敗してしまうと、もうその年は繁殖のやり直しをしない鳥もいる。また、人間が何時間もずっと同じ場所にいることで、捕食者である哺乳類やカラスに巣の場所が気づかれてしまうこともあるという。そのため、リスクが比較的少ない巣立ち直前を取材日に設定した。
鳥の雛は羽毛が生えてくるとモフモフでかわいらしい。しかし、かわいいからと巣や雛を撮影してSNSなどに情報を出してしまうと、そこに心無いカメラマンが大勢集まってしまい、繁殖放棄の要因となったり、近隣住人とのトラブルになることもある。もし子育て中の鳥の巣を見かけても、SNSに発信することは避けるか、巣立つまで待っていてあげてほしい。そうすれば、安全な営巣場所だと思って来年も近くで繁殖してくれるかもしれない。
実は、ツミの子育てを見に行く前にオオタカの子育ても編集部で見に行っている。その様子や、ツミの子育てのもっと詳しい様子は本誌版のお楽しみだ。
今回紹介したハイタカ属は識別が難しい鳥でもある。BIRDER2019年10月号「ハイタカ属列伝」では,玄人向けハイタカ属の超難問シルエットクイズから,初心者でもハイタカ属がどんな鳥なのかよくわかる、オオタカ、ハイタカ、ツミのそれぞれの子育てと気になる都市での暮らし方についてじっくり解説。オオタカやツミの増減についての疑問も解決し、九州や南西諸島でしか見られないアカハラダカの渡りスポットも紹介。
そのほか、アウトドア好き必見のキャンプとバードウォッチングを融合させたバーディングキャンプレポートや、6月に噴火した千島列島のライコケ島の噴火前後のクルーズのレポートと、盛りだくさんの内容になっている。
巻頭グラビアはユニークな姿をした「多才な水辺のハンター ササゴイ」。よく田んぼに立っているサギの仲間で、虫や木の葉を使ったルアーフィッシングをする鳥として知られている。見た目は正面から見るとペンギン似ていなくもない、なんとも愛嬌のある鳥だ。今回はルアーフィッシングだけでなく、ダイビングをしたり待ち伏せをしたりといったさまざまな狩りの一瞬を切り取った。
表紙は水を跳ね上がるオオタカ。キリリとした目と広げた翼が格好いい。鷹狩りの鳥として武士にも愛されたのも納得
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BIRDER公式サイト(BIRDER.jp)
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