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魚・甲殻類・貝類

Fishes, Crustacea, Shellfish

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11/1 2019

日本の淡水魚にどうやって関心をもってもらう? WWFスタッフが惚れた博物画家・小村一也の描く「命の色」

ここに描かれている魚が全て絶滅するかもしれない、と言ったら驚かれるでしょうか。これらの魚は、すべて日本の淡水魚。今まさに、私たちの身近な自然から、ひっそりと消え去ろうとしているのです。

絶滅危惧種の淡水魚たち。上段1段目左から:アリアケスジシマドジョウ、アブラボテ、2段目:ゼゼラ、ヤリタナゴ、ゲンゴロウブナ、3段目:カワバタモロコ、アリアケギバチ、4段目:オヤニラミ、(上)アユモドキ(成魚)、(下)ツチフキ、5段目:ヤマノカミ、6段目:セボシタビラ、イチモンジタナゴ、7段目:ハス、ミナミメダカ(オス)、8段目:カゼトゲタナゴ、ミナミメダカ(メス) 提供・小村一也氏

環境省のレッドリストによれば、川や湖沼、ため池、水田や水路などに生きる日本の淡水魚で、絶滅の危機にある種は173種。この数は、調査対象となった400種の魚類の4割以上を占めます。その中には、里山の自然を代表するメダカのような、かつては身近だった魚たちも含まれています。
 
「今まさに失われている日本の淡水魚と自然環境を守るにはどうすればいいのか?」
その道筋を探るのが、WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)の「水田・水路の生物多様性と農業の共生プロジェクト」と「田んぼと生きもの保全キャンペーン」です。
 
WWFジャパンの保全プロジェクトチームが何を考え、なにを目指しているのか。保全活動の中で出会った、冒頭の絵の作者である博物画家・小村一也氏へのインタビューを通して、守るべき淡水魚たちの美しさに迫ります。
 
(提供・執筆:WWFジャパン/協力:BuNa)

知られざるWWF職員の悩み 「どうやって関心をもってもらう?」

「さて、どうしようか……」
 
今に始まった悩みではない。
 
私たちWWFという自然保護団体が取り組むのは、森林破壊、海洋汚染、野生生物の絶滅、地球温暖化といった、地球の「環境問題」である。その深刻さを多くの人に言葉やイメージで伝える必要があるが、それは決して簡単なことではない。

WWF、といえばパンダのロゴに見覚えがある方も多いかもしれない(WWFジャパンホームページより)

 
「生きもの、自然保護にどうやって関心をもってもらうか?」について悩むことはしばしばある。
 
パンダやトラ、ホッキョクグマのように、誰もが知っていて、多くの人の関心を惹きつける絶滅危惧種も存在する。しかし、守らねばならないのはこうしたカリスマ的な人気があってわかりやすい生きものばかりではない。実際には、名前を知る人も少ない、小さな生物たちも数多くいるのだ。
 
そして、この小さな生物の中には、「絶滅危機」というレベルではトラやホッキョクグマに劣らないものがいる。その一例が、さきほど紹介した日本の淡水魚だ。
 
日本にすむ淡水魚の中には、水田やその周囲の水路などで生きてきた、身近な魚が数多くいる。
こうした魚たちにとって居心地の良い場所は、水の底がきれいな砂や砂利で、壁は土でやわらかく、水際が植物だらけという水環境だ。
 
しかし、近年、多くの場所がコンクリートで近代的に改修(整備)されてしまい、こうした自然豊かな水の流れは淡水魚とともに姿を消している。

左:改修前の自然豊かな水路  右:改修後の水路。植物や土は剥ぎ取られ、コンクリートで固められてしまう場合が多い(WWFジャパンホームページより)

水田面積と水田整備の推移(出典:環境省(2016)生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO2)を一部改変)

 
こうした自然や生きものの減少は、日本だけの問題ではない。
なぜなら、日本の里山や水田をめぐる水環境の自然は世界的に見ても独自性が高く、さらにこの場所にしか生息していない「固有種」と呼ばれる生物が非常に多いためだ。つまり、日本固有の淡水魚の絶滅は、そのままその魚が地球上から姿を消してしまうことを意味している
 
これらの魚たちと、すみかの自然を保全していくためにはどうしたらいいのか?
 
WWFジャパンでは、そのために「水田・水路の生物多様性と農業の共生プロジェクト」を開始し、現在その取り組みを進めている。
 
が! しかし。
 
「そもそも知名度も無ければ可愛さを知られているわけでもない魚たちのことを、どうやって見ず知らずの人に伝え、危機を訴え、応援してもらえばよいのだろうか?」
これが水田プロジェクトチームの悩みであった。

WWFが魅了された、小村一也氏の絵との出会い

「さて、どうしようか……」
 
プロジェクトを始めてから1年。私たちは魚類の生息状況や、特に危機が深刻な地域の現状などを調査する、地味で地道な活動を続け、ウェブサイトなどで報告してきた。
 
このような活動はとても大切だし、共感し、協力してくれる方もいる。そこに生きる生きものたちも、知れば知るほど多様で、魅力に満ちている。が、それとて多くの人たちには簡単に伝わらない。どうすればよいのか決定的な手立てをもたないまま、私たちは方法を探りあぐねていた。
 
そんな中で出会ったのが、たまたま入手した、一枚のポスターだった。
 
ポスターを彩っていたのは、大小さまざまの魚たち。それも、ウロコの一枚一枚にまで細やかで繊細な、見事な手書きの絵による魚たちである。
 
それは、きわめて正確で、しかも美しかった。私たち自身が、小さく地味な生きもの、と半ば思い込んでいた魚たちの「命の色」が、そこには躍動していた。
 
その中から、一部を抜粋してご覧いただこう。(提供はすべて小村一也氏)

オヤニラミ

カゼトゲタナゴ

カワバタモロコ

 
「すごい…」
 
この絵に感動したWWFのスタッフは、一人ではなかった。おそらく、この絵の一つ一つが、魚たちへの好奇心と愛情にあふれていたためだろう。本当に生きものが好きな人でなければ、描けない作品。
 
小村一也氏という、この絵を手掛けた方の名前を知ったのは、それが最初だった。
 
この絵ならば、伝わるのではないか?
見たことのない人も多い淡水魚の魅力も、その生息環境の危機や、保全活動のことも、知りたくなるきっかけになるのではないか。
 
そう考えた私たちが次に取った行動は、ご本人に連絡を取り、WWFの水田の自然を守るプロジェクトのためにこの絵をお借りするということだった。
 
縁もゆかりもなかった私たちの話に、小村氏が胸襟を開き、耳を傾け、絵の拝借依頼に対しご快諾をくださったのは、やはり生きものたちに寄せる想いに、通じるものを感じてくださったためだろうか。
その後、小村氏の絵は、私たちの水田保全プロジェクトのイメージの核としてウェブサイトやパンフレットなどを彩り、活動情報の発信や参加の呼びかけに大きく貢献してくれることになった。
参考:日本の淡水魚 〜絶滅危惧種図鑑〜

なぜ、絵の魚に惹きつけられるのか

小村一也氏

そもそも、何があの「命の輝き」を絵に吹き込んでいるのだろう。絵筆を執る時、何をまず思うのか。小村氏の想いをうかがってみた。
 
「全体のプロポーションが間違っていないか、勘違いをしていないか、ということを考えます。
 
まず絵筆を執る前に、私は細かい下書きとメモを準備します。事前に写真や専門家の情報などを調査し、頭の中で画を完成させてから、それを信じて一気に描くようにしていますが、そのときに、予断や思い込みをなくして、頭をまっさらな状態にしてから、正確な情報をインプットするよう心掛けています」
 
確かにそれは、細密な絵を描く上で重要な点だろう。
形や色だけではない。魚の目やヒレなどの位置、うろこの大きさや数。さらに、成長の段階に応じたこれらの変化を細かく、正しく把握することは、やはり基礎として何よりも大事な点なのだ。

小村氏のスケッチ。細部まで情報を調べ上げた上で描かれている

上:アユ、中央:アマゴ(サツキマス陸封)、下:ビワマスの若魚

 
小村氏の絵は十分にアートと言えるように思うが、意外なことに、小村氏はこう続ける。
 
「理科美術はアートではありません。画家の個性を出さずに、ありのままを描くようにと意識しています」
 
続けて、ご自身の手掛ける理科美術、そして博物画という絵についてこう語ってくれた。
 
「博物画は、『アカデミック+エンターテインメント』だと思っています。ハードルが低いので、子どもだけでなく大人にも、モチーフ(=生きもの)に興味を持ってもらうためのきっかけにしてほしいと思っています」
 
知識や研究の成果である学術(アカデミック)の世界と、息抜きや楽しみとしての娯楽(エンターテイメント)という2つの魅力。
 
それが、画家の個性をおさえ、生きものがもつ「素」の色や姿を捉えた博物画の魅力にほかならないのである。


さらに、博物画を実際に描く際の工夫や着眼点についてお聞きしてみると、こんなお話を聞かせてくれた。
 
「例えば、シロスジカミキリ。標本の背の斑紋は白いのですが、生きているときは濃いレモン色をしています。また、1980年頃代までの図鑑に載っていた深海魚のリュウグウノツカイは、乾燥標本を描いたものであるため、生体とは姿がまったく異なっていました」

シロスジカミキリのスケッチ

「色、あるいは動きというものは、標本ではわかりません。
また生きている動物と標本とでは明らかに異なります。特に、『目』が違いますね。
活き活きとした生きものを描くために、見えないところまで調べるよう心掛けています」
 
生きもの本来の色や姿を描こうという小村氏のまなざし。「あるがまま」の自然を謙虚な気持ちで理解し、受け入れるその視点。
 
それは、私たちの取り組みにおいても、何よりも大切にすべきものでもある。生きものたちを描く上で大事なこの視点は、自然保護活動にも確かに重なるものであったのだ。

絵をきっかけに、自然と自分の関わりを考える

もちろん「好奇心」が大事であることも、絵と保護活動の大きな共通点だ。
 
小村氏はこうした絵を手がけ、作品の制作を受注する一方、子どもたちに生きものや絵の楽しさを伝える活動などにも取り組むNPO法人「nature works」の発起人と代表も務めている。
 
日々接している描いている生きものたちのどんなところに魅力を感じるか? 小村氏に尋ねてみた。
 
「ひと言で表すなら、『愉快』であるところでしょうか。
 
カウンターシェーディング(※ 魚やサメのように、動物の体の日陰になる部分は明るい色に、光の当たる部分は暗い色になる現象)に代表される、生きものたちが体を隠すための工夫や、水の濁った生息環境ほど鮮やかにあらわれる婚姻色など、生きものたちはその生き様によって形や色が変わるところが大変興味深いです。
 
淡水魚については、身近で、私たちの足元にいる存在であることも魅力の一つです。」

小村氏作の石に描かれたオイカワ。不思議な立体感を醸し出している

また生きものに対する見方として、このようなことも——
 
「生態系はピラミッドではなく、私は『網』だと思っています。そして、経済的に価値がないと考えられている生きものでも、その生きものが絶滅した時の影響は、誰にも分かりません」
 
そう、互いに縦糸、横糸のように関係しながら生態系を織りなしている野生の生きものについては、わかっていることよりも、まだわかっていないことの方が、はるかに多い。
よく見て、詳しく知り、理解する努力をした上で細部を極めるように描く小村氏だからこそ気づいている指摘である。
 
そして今、作品として手掛け、身近に親しむ魚たちが絶滅の危機にあることについては——
 
「みなさんに、自然と自分との関わりを考えて欲しいと思います。その初めの一歩として、例えば『視点を変えてみる』ということを心掛けてみてはどうでしょうか? そうすることで、自分の足元にある自然を踏みつけていないか? という気付きが生まれるかもしれませんね。
 
例えば、『川をきれいに』と言いながら、洗車の排水をそのまま川に流すような方がいらっしゃいます。悪気は無いでしょうが、結果的には、自然に負荷をかけてしまいます。私は、こういった無意識の負荷を無くしたいと思っています」
 
「保全・保護と言えば堅苦しく聞こえますが、そんな偉そうなことを言わないで、まずは普段着の自然をそっと楽しむ。私の絵を通して、そういったことに気付き、喜びを感じてもらえたら、大変嬉しいですね」
 
実際にWWFジャパンではこれまでに、たくさんの方に小村氏の絵に触れていただく機会をいくつも実現することができた。
 
例えば、2018年には淡水魚の原画展とセットで水田・水路の魚についての講演会を行い、WWFジャパンの通販「PANDA SHOP」では小村氏の魚のイラストをあしらったTシャツを販売している。

原画展の様子

左:淡水魚のTシャツ 右:ニホンウナギのTシャツ

淡水魚   ニホンウナギ
(PANDA SHOPのページに飛びます)

そして、2019年10月から2カ月にわたり実施している、水田プロジェクトへの支援キャンペーンの特設サイトをメインで飾るのは、他ならぬ小村氏の魚たちだ。

田んぼと生きもの保全キャンペーン

私たちWWFのスタッフが抱いていた、生きもの、そして自然保護に「どうやって関心をもってもらうのか」という悩みは、これからも続くに違いない。けれども、小村氏のような方と、その素晴らしい作品に出合えたことで、理解のきっかけを作り、一つの扉をひらくことができたのではないかと思う。
 
小村先生の描く魚たちの「命の色」。
それが、絵の中だけのものとして残るような未来が、決して来ることの無いように。
 
この「絵」に魅せられた方々にも支えていただきながら、保全のための活動を続けてゆかねばならないと思うのである。
 

田んぼと生きもの保全キャンペーン田んぼと生きもの保全キャンペーン

WWFでは田んぼと生きもの保全キャンペーンを実施中。
2019年11月30日までに3,000円以上の寄付をいただいた方には、もれなく絶滅危惧種の淡水魚ステッカーなど、小村一也氏のオリジナルグッズをプレゼントしています。
詳しくはこちらのホームページをご覧ください(寄付・プレゼントについてはホームページの一番最後に掲載されています)。
 

Author Profile

WWFジャパン



約100カ国で活動している環境保全団体。https://www.wwf.or.jp/aboutwwf/
WWFとは「World Wide Fund for Nature(世界自然保護基金)」の略。
地球上の生物多様性を守り、人の暮らしが自然環境や野生生物に与える負荷を小さくすることによって、人と自然が調和して生きられる未来を目指しています。




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