雪の上に残る足跡やフン、地面に落ちた葉っぱの食痕など、冬は野生動物のフィールドサインがよく見つかる季節。なかでも冬眠しないムササビは、冬に2回目の繁殖期を迎えるため、ぜひその姿や行動を観察したい動物だ。
『飛べ!ムササビ』の筆者で30数年のムササビ観察を行っている熊谷 さとしさんに、ムササビ観察のコツを紹介していただく。
ムササビに限らず、野生動物の観察は冬がおすすめだ。俳句では、熊やキツネ、タヌキなど、多くの野生動物は冬の季語になっている。また、夏毛のタヌキは濡れそぼった野良犬のようだが、冬毛になると丸々として絵本に出てくるようなかわいらしい姿になる。
タヌキの夏毛(左)と冬毛(右)
かわいらしい冬毛の姿が見られるという理由だけでなく、ほかのシーズンよりエサが少ないので、広い範囲を歩きまわる動物たちに会いやすいということもある。野生動物は、冬には冬眠してしまうと考える人も多いかもしれないが、関東近県にすむ野生動物で冬眠するのは、コウモリ・ヤマネ・ツキノワグマ・アナグマくらいなもので、ほかはみんな、元気に冬を過ごしている。
ムササビに限って言えば、厳密な冬毛・夏毛の差はないものの、葉っぱが落ちているので見やすい(探しやすい)。また、冬は昼が短いので出巣時間が17時過ぎと早くなり、観察会も開きやすい。
葉が落ちて、森の中が開けているので観察しやすい
ムササビの繁殖期は6月と12月の年2回だ。妊娠期間はほぼ74日だから(小さな動物にしては妊娠期間が長い)、6月交尾の子どもは9月に生まれ、子どもが巣の外に出るころはまだ葉っぱも落ちておらず、木の実も豊富だ。12月交尾の子どもは3月に生まれ、新芽や新緑の季節であることと、葉が茂りだすので子どもを隠すこともできる。このように野生動物の繁殖期は、自然環境と密接にシンクロしているのだ。
春に生まれた子どもの初出巣。好奇心いっぱいの子ども(左)が私のほうをのぞき込む
私が観察している限り、12月の繁殖期のほうが派手で、6月の繁殖期は、12月の繁殖期で妊娠に失敗したとか、子育て中に子どもを亡くしたときの「安全弁」なのだと考えている。冬の観察は確かに寒いけれど、夏の蚊やブヨに悩まされるよりは我慢できるだろう。それにムササビの「恋狂い」の様子を見れば、寒さなんか吹っ飛ぶはずだ。
劣位オス(右)を追い払ったものの、自分がバランスをくずしてしまった優位オス(左)
ムササビは山に続く寺や鎮守の森にすんでいる。まずは昼間に行って、フンや食痕を探してみよう。
フィールドサイン(フンや食べ痕)は、特徴的だから初めてでもすぐにわかるはずだ。フンは、正露丸のような丸い粒々だし、葉っぱの食べ痕はV字の歯型か、中央に丸く穴が開いている……こんなのが見つかったらムササビがすんでいる証拠だ
ムササビが生息しているということがわかったら、明け方の帰巣時間に行く。明け方に戻ってくるムササビを見つければ、おのずと樹洞(巣穴)も見つかる。
①ライトを当ててムササビの目の反射を探す
ライトがまぶしいとムササビが警戒してしまうので、赤いセロファンをかぶせたライトを使用することが大切だ。それでも当てっぱなしにはしないで、10秒当てたら5秒休む、あるいは、ライトを手でおおって指の間から細く光を当てるなどの配慮が欲しい。
樹洞から外の様子を見るムササビ
②観察に適した天候
ムササビは基本的に土砂降りでも滑空するが、観察者が上を見上げていなければならないので大変だし、葉についた雨粒が反射してムササビの目の反射だと思ってしまう。逆に晴れた夜は、樹間からのぞく星を、ムササビの目の反射と見間違えることがある。だから、どんより曇った夜がベストだ。空が白いのでムササビのシルエットが目立ち、ライトを当てなくともムササビのふだんの行動が観察できる。ライトをあてにせず、シルエットや葉ずれの音、ムササビの声、揺れる枝といった情報から見つけられるようになりたいものだ。
フィールドでムササビを見つけたら、オスかメスかを判別する。せっかく観察を続けていても、オスの場合、その場に何日間も定住することは少なく、繁殖期になればメスを求めて7〜10日も留守になる。
一方、メスならば、繁殖期には近郷近在のオスが交尾を求めて集まってくる。ムササビはメスがなわばりをもつので、継続的にムササビを観察したい場合、「なわばりメス」を基本に観察するのがいい。交尾、出産、子育てと、さまざまな生態を観察することができる。
なお、メスは出産すると頻繁に引っ越しをするが、なわばり内の樹洞の場所を把握しておけば、そのいずれかにいる。メスのなわばりに接するようにオスがいた場合、それが繁殖期に最初に「なわばりメス」との交尾に挑むことができる「優位オス」となる。
オスもメスも性成熟するのは生後2年(メスのほうがやや早い)くらい。11月中旬には、オスのフグリが大きくなりだし、メスの陰部も腫れて大きくなる。
オス(左)。フグリが目立つ(外部生殖器は枝に隠れて見えない)。/メス(右)。外部生殖器の下には灰色の毛があり、中央に肛門がある
11月下旬から12月初旬にかけては、メスを追いかけまわすオスが見られる。まだ交尾日が来ていないメスは、オスを避けて逃げまわる
いよいよメスの交尾可能な日が近づくと、まだ明るいうちからメスの巣穴周辺にオスたちが集まる。メスが出巣した後の巣穴に入り込み、盛んに周囲にあごをこすりつける「マーキング(におい付け)」をするオスもいる。ムササビのあごに濃い茶色の毛があり、これが分泌腺だ。マーキングはなわばりを主張するためで、ふだんはメスが行うが、繁殖期だけはオスもする。おそらく、ほかからやってきた「劣位オス(交尾の順番が劣位)」なのだろう。におい付けは、メスに対して「よろしく、いい仕事しますぜ!」と名刺を置いてくるようなものなのだ。
もちろん優位オスは、劣位オスがメスの巣穴周辺に近づくことを許さない。滑空中にあて身をくらわせるなど、容赦なく追い払う。
オス同士の空中戦。メスの巣木に滑空してきた劣位オス(右)に、空中で「あて身」をくらわす優位オス(左)
劣位オスは、優位オスに見つからないように周囲に潜みながら様子を見る。優位オスは、ほかのオスよりオクターブの高い声で「このメスは俺のものだ!」と言わんばかりに「キョロロロロ」と宣言する。高い声はオスの興奮の度合いを示しており、劣位オスの声は「ギョロロ……グルルル」と一段低い声で鳴く。
鼻の穴を広げ、すごい顔をしている優位オス(下)。そのすぐ上では劣位オスが待機中
さて、優位オスと言っても交尾の順番が優位なだけであって、必ずしも体が大きく強い、魅力的なオスではないし、メスの意中のオスとも限らない。劣位オスだって、自分がいつも生活している場所に行けば優位オスであり、そこになわばりをもつメスとの交尾を済ませて、ここにやってきたのかもしれないのだ。
この時期、メスの出巣時間はふだんより1時間ほど遅くなる。オスたちをじらし、争わせ、なるべく強いオスが自分の巣穴近くに残るようにするためだ。もっとも、メスは言い寄ってくるすべてのオスと交尾するのだが。
交尾の瞬間! 時間は20秒ほど
恋に狂ったムササビは、観察している人間のライトも、カメラのストロボも、ほとんど気にしない。ムササビの恋模様を観察したいがために、ふだんから、どこに性成熟しているメスがいるだろうか?と、調査・観察しているわけだ。
ムササビのオスは、交尾が終わると陰茎の先から交尾栓物質を出してメスの膣(ちつ)をふさぐ。これは、精子が外に流れ出すのをふせぐためであり、奥に押し込むためであると考えられている。そのため、優位オスの中には、交尾が済んでもあえてほかの場所には行かずに、言い寄ってくる劣位オスたちを追い払い、メスを守ろうとするオスもいる。とにかくメスを、ほかのオスと交尾さえさせなければ、着床の時間を稼ぐことができ、自分の遺伝子を残せるからだ。優位オスとして交尾をした後で、ほかのメスのところへ行って劣位オスとしても交尾をするのと、どっちが理にかなっているのだろう? 優位オスが言い寄ってくる劣位オスを追い払ってる間に、別のオスと連れ立ってどこかに行ってしまうメスだっている。
次のオスは、前のオスの交尾栓をどうするのか? じつはオスの陰茎の先はドリルの刃のようになっており、ねじ込みながら固まりつつある交尾栓を抜き、中の精子をかき出して交尾する。メスだって、何が何でも自分の遺伝子を残したいという強いオスの子どもが欲しいのだ。
オスの陰茎
一方、メスも自分の意に沿わないオスと交尾した場合、自分で交尾栓を外して中の精子をなめとってからほかのオスの交尾を受け入れることもある。
股間をしきりになめるメス
ムササビは基本的に2頭の子どもを産む。本当はもっと産みたいのだろうが、妊娠中に3〜4頭も腹に入っていると滑空できないので、ぎりぎり2頭で妥協しているのだろう。生まれた子どもを見ていると、大きさや毛色が違うことがある。
生後3週間の子どもたち。尾の毛が開きはじめている
これは単に個体差なのだろうか? ひょっとして、それぞれにオス親が違っているのではないだろうか? ネコの子どもの毛色がそれぞれ違っているのもオス親が違っているからであり、多様性を考えれば断然そのほうが有利だと思う。そう考えれば、言い寄ってくるすべてのオスと交尾する、というメスの行動が理解できるのだが。どなたか興味があったら調べてみてほしい。
Author Profile
熊谷 さとし
1954年、宮城県仙台市生まれ。日本野生動物観察指導員・自然保護運動図画工作執筆家。動物の専門学校、大学でメディア学の教鞭を取り、里山の動物観察会、講演会を開催するかたわら、30年間ニホンカワウソを追い続け、韓国、サハリン、カナダでフィールドワーク、現在は対馬で調査観察をしている。主な著書に『ニホンカワウソはつくづく運が悪かった!?』『身近に体験!日本の野生動物シリーズ』(偕成社)、『足跡学入門』(技術評論社)、『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』『飛べ!ムササビ』(文一総合出版)ほか多数。