最近、「アーバンイノシシ」や「都心にハクビシン」のような哺乳類の出没が話題になっています。もともと彼らは街中はもちろん里山や身近な林にもすんでおり、ひっそりとその痕跡を残しているものです。
哺乳類を見分けるポイントである「足跡」と「フン」について、『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』著者の熊谷さとしさんに解説していただきます。(前編)
雪の中に残るタヌキの足跡
野生動物が図らずも残した足跡やフン、食べ痕を“フィールドサイン”という。そのなかでも動物がなわばりを示したり、自己主張するなど、意識して残したものを「サインポスト」という。その動物の姿が見られなくても、フィールドサインから彼らの生活を想像するのが、フィールドワークの楽しみだ。
冬の朝、うっすらと雪が積もっていたらフィールドで出かけてみよう。さまざまな動物たちの足跡が見つかるはず。
雪の深さは3センチほどがベスト。これ以上の積雪だと指や肉球の跡が残らず、種の特定がしにくい。でも、そういう場合は足跡(フットプリント)で判別するのではなく、歩行パターンを読むだけでも楽しい。足跡の周囲にはフンや食べ痕もあるはずだ。
里山周辺で見られる哺乳類の足跡は、指痕(ゆびあと)が4本残るもの、5本残るもの、そして蹄(ヒヅメ)の跡が残るものに分けられる。
【チェックポイント】
・ヒヅメか指痕か?
・指の数は何本か?
・指の先に爪痕が付いているか?
・肉球の間が詰まっているか?
・歩行パターンはどうか?
①指痕が4本残るもの
日本の里山に暮らす動物で4本指を残すのは、イヌ・ネコ・タヌキ・キツネだ(かつてはニホンオオカミもいたが)。実際は前足に指は5本あるのだが(後ろ足は4本)、オオカミ爪と呼ばれる親指は高い位置についているため、地面に残るのは4本だけ。彼らはしょ球が1つにまとまっており、これは「走り」に特化した足裏だ。
4本指が残る動物の足跡。ネコ、タヌキ、キツネ、イヌ
【見分け方】
・ネコは爪の跡がつかず、しょ球の形はきれいな台形。
・イヌは指球としょ球の間が詰まっている感じ。里山で見かけるイヌの足跡は、ほとんどの場合、一緒に歩いている人間の足跡がある。
・タヌキはネコとよく似ているが、爪痕が残るのでわかりやすい。
・キツネはイヌと比べると縦に長く、1指4指より前に、2指3指が出る。
タヌキの足跡
② 5本残るもの
ハクビシンの足跡。
アナグマ(地域によっては冬ごもりをする)、テン、イタチ、そしてハクビシン・アライグマ(外来種)の足跡は5本指。ほかに、ツキノワグマやカワウソ、オコジョも5本指の跡が残る。
③ 蹄の跡が残るもの
【左】上からシカ・カモシカ・イノシシの蹄。【右】蹄の場合、先端が開いているほうが前足跡で、カーブの大きなほうが外側だ。
シカとカモシカの区別は難しいが、イノシシは副蹄が低い位置についているので、見分けがつく。
ちなみに、足跡の前後の見分け方は、
・指が開いて、深くはっきりついているのが前足。
・指がすぼんでいたら後ろ足。
タヌキの前足跡【左】と後ろ足跡【右】
【左】ノウサギは、ちょん(前足)・ちょん(前足)・ぱっ(後ろ足一緒)。Yの字形の足跡が残る。この写真は向こうから手前に走ってきているので、逆Yの字。【中】タヌキの歩行パターンはジグザグ。【右】キツネは一直線、これは前足跡に後ろ足をつけるため。
タヌキとキツネを思い浮かべてもらうとわかるが、肩幅の違いが足跡にも表れる。
【左】リスは前足一緒、後ろ足一緒なので、チョウのような形に見える。大きいほう(後ろ足)がチョウの前翅、小さいほう(前足)が後ろ翅だ。【右】ネズミは時々、尾を引きずった跡が残ることがある。歩幅などを読むことで種を特定できる人もいるそうだが、私にはできない。
アライグマは指が長く前足の脇に後ろ足がつく。
【チェックポイント】
・フンのあった場所
・大きさと形
・内容物
・におい
① 場所
けもの道と登山道の交差点の石の上、切り株の上など目立つところにフンがある場合、テンかキツネのサインポストの可能性がある。
道が交差する場所にあったテンのフン
サインポストとして、目立つ場所にしているテンのフン
② 形
草食の動物のフンはポロポロだが、ムササビのようにまん丸、俵形や座薬形、砲弾形とさまざまな形状がある。草食獣は、尻切れの良いフンならば天敵に追いかけられた場合、フンをしながらでも逃げることができる。また、フンがばらけることで居場所を特定されないということもあるようだ。
【左】雪の上に残されたムササビのフン。まん丸で正露丸のようだ。【右】ノウサギのフンは、丸くつぶれた「浅田飴」のような形だ。
【左】イノシシと【右】サル のフンは、塊がゴテゴテとくっついており、モスラの幼虫みたいな形だ。両種とも群れで(イノシシは5〜6頭)で動いているため、林に中の平場や斜面にいくつも同時に見つかることが多い。
タヌキはフン場を持っており、家族だけではなく周囲にすんでいるタヌキも同じためフン場を使う。
ためフンは、タヌキ同士の「掲示板」の役目をしているらしい。マンションの共有エントランスにある掲示板のようなもので「〇月〇日、〇〜〇時まで水道工事のために断水します」というような「ワンウェイ掲示板」だ。ためフンの見つかる場所に共通点はなく、登山道の真ん中に突然あったり、5〜6メートル移動していたり、なくなっていることもある。おそらく、夏はフン虫が活発に動くため、分解されるのだろう。
【左】夏のためフン。【右】タヌキのためフンは、動物園の飼育展示でも見ることができる。
キツネ・テン・イタチは、太さと内容物が決め手になることが多い。イタチ科は「ねじれが特徴」とも言われるが、私はあまり当てにはしていない。フィールドでフンを見つけたら、小枝などで崩してみよう。夏は昆虫、秋は木の実の種子が目立つ。イヌならばドッグフードだろうし、キツネやテン、イタチなら小動物の歯や骨の破片、毛などが見つかるだろう。
虫【左】や、毛【右】が残るキツネのフン
③ におい
秋のテンのフンは防虫剤のにおいが、イタチのフンは機械油のにおいがする(あくまでも私個人の基準だが)。
イタチのフン
ふだん歩いている近所の畑や田んぼでも、フィールドサインはいくらでも見つかる。それはとりもなおさず、野生動物はわれわれの隣人だということだ。後編では、見つけるとちょっとうれしい、食べ跡と生活痕を紹介する。
哺乳類のことがもっと知りたくなったら…
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Author Profile
熊谷 さとし
1954年、宮城県仙台市生まれ。日本野生動物観察指導員・自然保護運動図画工作執筆家。動物の専門学校、大学でメディア学の教鞭を取り、里山の動物観察会、講演会を開催するかたわら、30年間ニホンカワウソを追い続け、韓国、サハリン、カナダでフィールドワーク、現在は対馬で調査観察をしている。主な著書に『ニホンカワウソはつくづく運が悪かった!?』『身近に体験!日本の野生動物シリーズ』(偕成社)、『足跡学入門』(技術評論社)、『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』『飛べ!ムササビ』(文一総合出版)ほか多数。