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2/14 2020

歯無しの鳥のはなし 〜なぜ鳥には歯がないの?

世界には約1万種もの鳥類がいるのに、歯を持つ鳥は1羽もいない。なぜ鳥には歯がないのか? 化石鳥類の研究者・青塚圭一さんが、化石の記録からその謎に迫ります。
 
世間はバレンタインだというのに素敵な異性との出会いがないことと、歯並びを矯正すべきか否かが最近の悩みである。前者の悩みは鳥類も共感してくれるだろうが、後者の悩みなど鳥たちにとっては知る由もない。なぜなら鳥は歯を持っていないからである。え!?と驚いた方は改めて鳥の口先に注目してもらいたい。彼らはその食性に応じて個性的なクチバシを持っているが、口を開いたところで歯は1本も生えていないのである(図1)。

図1 クチバシにご注目。鳥類には歯がない。(撮影:青塚圭一)

公園の池でバードウォッチングをする方は「あそこの池のカモちゃんには歯があったわよ!」と思うかもしれないが、それはクチバシを覆う角質が櫛(くし)状になってできた構造で、エナメル質などの硬組織から成る本物の歯とは異なるものであり、顎(あご)の骨に埋まっているわけでもない(図2)。

図2 ハシビロガモのクチバシにある櫛状の構造。水中のプランクトンを食べる際の濾過(ろか)装置としての役割を持つ。(撮影:青塚圭一)

なぜ鳥類には歯がないの?

では、なぜ鳥類には歯がないのだろうか? その答えは“神のみぞ知る”である。そんな人知を超えた謎について迫ろうというのだから、このコラムは無謀とも言えるわけだが、案外、思い切った大胆な考えがこの謎を解く鍵になるのかもしれない。だからこそ、そんな謎に果敢に挑戦する筆者の勇気をヒモなしバンジージャンプをする男と思わずに、ビールを片手に砂肝をつまみながら、寛大な心でお読み頂きたい。

昔々の鳥には歯があった

鳥たちは元から歯を持っていなかったわけではない。古生物に詳しくない人でも鳥類が恐竜から進化したとする話は聞いたことがあるのではないだろうか。
 
鳥類は、いわゆる“肉食恐竜”のグループから進化したということが明らかになっている。肉食恐竜と聞くとティラノサウルスやスピノサウルスなどを思い浮かべる人が多いと思うが、彼らの顎には鋭い歯が生えている。ティラノサウルスの歯はステーキナイフのような細かいギザギザがあり、肉を引き裂くのに適しており、スピノサウルスは魚食性のワニによく似た円錐型の歯を持っており、魚を食べて暮らしていたと考えられている(図3)。

図3-1 ティラノサウルスの歯(イラスト:青塚圭一、写真協力:学校法人城西大学大石化石ギャラリー 宮田真也)

図3-2 スピノサウルスの歯(イラスト:青塚圭一、写真協力:学校法人城西大学大石化石ギャラリー 宮田真也)

結婚式などの上品な食事の席ではナイフやフォークが前菜用、主菜用と分けらており、どれから使えばいいのかと筆者を悩ませるわけだが、恐竜たちの歯は結婚式のカラトリー同様、それぞれの食性に応じた作りになっている。一方で私たち人間の歯はよくできていて、物を切ると前歯と噛み砕く奥歯がそれぞれ形の違う歯列を持つことで、肉も魚も野菜も食べられるのである。いわばカラトリー一式が口の中に入っているのである。
 
それでは、大昔の鳥類はどうだろうか? 鳥類は恐竜時代の中ごろに出現し、恐竜時代の終わりまでにはかなり多様化していたことが知られているが、“最古の鳥”と言われる始祖鳥の顎を見てみると、恐竜によく似たとがった歯が生えている(図4)。つまり、もともと鳥類は恐竜譲りの歯を持っており、現在の鳥類へ進化する過程で歯を持たないようになっていったのである。

図4 始祖鳥の化石(写真協力:東海大学海洋学部博物館)。 ジュラ紀後期に生息したもので、顎に歯があることがわかる。

飛びたいのなら歯を捨てよ!?

では、なぜ鳥類は歯を失くしたのだろうか? 恐竜と鳥との大きな違いには飛ぶことが挙げられる。ということは、飛翔能力の向上に伴って、鳥類は歯を失ったのだろうか?
 
たしかにひとことで歯と言っても、その構造はしっかりとしていて、表面はエナメル質で覆われ、内部は象牙質が詰まっている。そのため、小さいながらも重さがあるのだ。鳥類は骨の厚みを薄くしたり、複数の骨を1つに癒合(ゆごう)させたりと、あの手この手で軽量化を図り、その飛翔能力を高めている。従って、極力重たいものは持ちたくないというのが鳥たちと週末にレディの買い物に付き合うジェントルマンの本音である。おまけに歯がクチバシに生えていると、重心が頭の先に傾いてしまい、バランスが悪くなってしまう。したがって、飛ぶために歯を失ったと考えるのは理に適った考えである。
 
しかし、鳥の化石記録をたどってみると、その仮説はひと筋縄ではいかない。じつは恐竜と現生の鳥類との間にはいくつもの過渡的な鳥類グループが存在するのだが、なんと、この中でも歯を持つものと持たないものとが入り混じっているのだ。その歯が飛翔能力の発達につれて退化や縮小しているのならまだ腑(ふ)に落ちる。だが、骨格の構造から、現生鳥類に近いか同等の飛翔能力があったとされているグループにも歯があり、その上、それらの歯が食性に応じてさまざまな形に変化していることから、かれらは現役バリバリで歯を使っていたと考えられるのである(図5,6)。

図5 イクチオルニスの化石(撮影協力:国立科学博物館)。白亜紀に生息した鳥類で、アジサシのような海鳥であったと考えられている。クチバシ部分には歯が明瞭に見られる(矢印で示している部分が歯)。

図6 イクチオルニスの復元図(図:北川麻衣子)。

もっとも、歯は各々の生物の食性と大きく関係するツールである。飛ぶという行為には膨大なエネルギーがかかるため、効率的な採餌は優先順位が高いはずで、単なる軽量化という理由で歯を失ったとするのはいささか強引な話にも思える。

飲んでから噛む 〜驚異の胃〜

では、鳥類はいつ歯を失ったのだろう? という素朴な疑問が浮上してくるが、その答えは非常に簡潔だ。じつは鳥類における完全なる歯の消失は、新鳥類と呼ばれる現生鳥類(今現在、生きている鳥たち)のグループで起こったと言われている。つまりは歯を持たないことこそが現生鳥類の共通の特徴と言われている。
 
なぜ現生鳥類は歯を持たないのだろうか? わからないので、鳥カフェにいるオウムに訊ねてみると、「なんで君たちヒトは歯を持っているんだい?」と質問をオウム返しされてしまった。確かにそれはごもっともだ。そこで、われわれの歯の役割とはなんなのかを考えてみることにした。
 
歯には切る、噛む、噛み砕くなどの役割があり、この歯と顎のはたらきによってわれわれは食べ物を細かくし、胃袋に収め、そして消化しやすくしている。つまりは、消化を効率的に行うための補助を担うのが歯なのである。
一方、歯を持たない鳥類はどのように物を食べているのかというと、基本的には丸呑みにしている。だからと言って、ヘビのようにそっくりそのまま飲み込んで、何日もかけて消化しているわけではない。じつは鳥たちは腹の中で餌を噛み砕いているのである。冒頭で私の言ったことに素直に従ってくれた純粋無垢な読者のお手元には砂肝があるだろう。そう、コリコリして食感までおいしいアレで、塩胡椒でいただくのが最高である。
 
ところで、この砂肝が鳥のどの部分かご存知だろうか? 肝とは書くものの、じつは胃の一部で砂のう(さのう)と呼ばれる部分なのである。鳥類の消化器官は非常にユニークにできており、胃は腺胃(せんい)砂のうの2つに分かれている。鳥類は口から入れた食べ物を腺胃に収め、そこで胃液を分泌させる。そうして、消化しやすい状態にした後で、砂のうで硬い餌もすり潰し、効率的な消化を行っているのである。私たちは小学校で、よく噛んで食べなさいと教育を受けたが、スズメの学校では飲み込んでから噛みなさいという教育を行っているようだ。

歯の消失を招いたトリプル構造

ここまでお読みになった方は、鳥類が歯を失くした本当の理由は砂のうを持ったからだ!と思ったかもしれない。しかし、ちょっとお待ちを! じつは恐竜にも砂のうがあったとする化石が見つかっており、その上、一部の恐竜たちの胃はすでに2つに分かれていたとも言われている(図7)。

図7 カウディプテリクスの化石(Wikipedia英語版 https://en.wikipedia.org/wiki/Caudipteryx に加筆))。拡大部分が砂のうの痕跡と考えられている。

なので、「砂のうを持ったために歯をなくしたという説」は、脆くも崩れ去ってしまう。だが、もう1つおもしろい特徴が鳥類にはある。それは素のう(そのう)である。
素のうとは食道の一部が広がってできた器官だが、鳥類はこの部分に餌を一時的に蓄え、柔らかくして消化を促す働きをしている。これまでのところ、恐竜の仲間で素のうを持っていたとする証拠は見つかっておらず、これは鳥類になってから獲得された特徴であるようなのだ。つまり、素のう、腺胃、砂のうというトリプル構造が鳥類の歯の消失を促した可能性が考えられる(図8)。

図8 恐竜から鳥類にかけての消化器官の進化イメージ。(イラスト:青塚圭一)

鳥類はミニマリスト

歯の生成には結構なコストがかかるため、その生き物によってさまざまな戦略が取られている。たとえば、サメの歯はどんどん新しいものに生え変わるが、抜け落ちやすく、強度はあまりない。いわば、安価な使い捨ての歯を量産している。一方で哺乳類の歯は生え変わらないが、その分強度はあり、その構造も複雑であるので、一点物の高級歯を生産している。
だが、鳥類は飛翔のために絶えず高いエネルギーを生成する必要があるため、消化器系を発達させることで、歯を作るコストを必要としなくなったと考えられるのである。まさに現代人も憧れるミニマリストというわけなのだ。
 
けれども、恐竜時代の鳥には素のうの痕跡があるにもかかわらず、クチバシに歯が残っているものも知られている。さらに新鳥類(現生鳥類)の直近の先祖に当たるグループにも歯があるものが多い。
しかし、恐竜時代に栄えた鳥類たちの消化器官は、現生鳥類よりも発達しておらず、素のうと腺胃と砂のうに加えて歯も併用しており、新鳥類になってやっと歯を不要とするほどのハイスペック消化器系を獲得したと考えれば合点がいく。

恐竜時代の終焉 〜そして、歯を持つ鳥が消えた〜

では、歯を持たない新鳥類はいつ現れたのだろうか? いろいろと議論もあるが、どうやら白亜紀末期には新鳥類は出現していたらしい。逆に、歯を持つ鳥たちはいつ姿を消したのだろうか? それは、白亜紀末期、つまり恐竜時代の終わりに絶滅したようなのだ。つまり、平成と令和でアイドルの代名詞がAKB 48から乃木坂46に変わってしまったように、恐竜時代の終焉(しゅうえん)で鳥類たちの生物相がガラリと変わってしまったのだ。
 
一体何が起こったのだろうか? それは今から6,600万年前のこと、地球に巨大隕石が衝突し、大規模な火災や大津波、そして膨大な粉塵を巻き上げる天変地異が生じ、恐竜をはじめとする多くの生き物が絶滅したとされている。歯を持つ鳥類もこの時期に絶滅したのである。
では、なぜこのときに歯を持たない新鳥類が生き残ったのだろうか? その理由として、ずばり「歯がなかったこと」を挙げている研究者がいる。

歯の有無が分けた鳥類のサバイバル

隕石が衝突した後の地球は焼け野原のような状態になり、それぞれの食性に適応した歯を持っていた恐竜や歯を持つ鳥類は、荒廃した世界で餌を摂ることができずに絶滅したと考えられている。一方で、種子は焼け野原の地中にも残りやすく、それを食べることのできた歯のないクチバシを持ったものが生き残った、というのである。おまけに種子は栄養価も高い。偶然的なのか選択的なのか、まさに鳥類万事塞翁が馬、大量絶滅の起こった世界で歯を持たないものたちが優勢であったとする考えがされている。
実際、白亜紀末期の地層からはカモの仲間とされる化石も見つかっており、種子などを食べるようなものが優位であっても不思議はない。
 
そして、恐らく新鳥類が生き残れた理由には歯の消失によって得られた消化器系の発達も絡んでいた可能性も考えられる。たとえば、コンドルなどは死肉を食べるが、彼らは腐った肉を食べても食中毒にならない強者である。彼らの消化器系は鳥類の中でも特殊化しており、体内に取り込んだ有害な細菌さえも死滅させられるほど強靭な消化器官を持っている。もしも、白亜紀末期の新鳥類の中にもコンドル並みの消化器官を持つものがいたとすれば、他の生物が餌不足に悩み、死滅していく中で、腐った肉でも食べられるものが優位に立てたのかもしれない(図9)。

図9 恐竜時代の終焉のイメージ。コンドルの仲間がいたかはわかっていないが、もし、腐肉食性の鳥類がすでに存在していたのならば、餌不足の影響はあまり受けなかったのかもしれない。(イラスト:青塚圭一)

結局、真実は神のみぞ知る

よしっ、ついに答えがわかった!現在の鳥類が歯を持たない理由は、消化器系が発達したからだ!!!!! と結論づけたいところだが、そうは問屋が卸さないのが古生物学である。
 
実際に歯の消失と消化器官の発達がどれほど関係していたのかを証明するには、まだまだ多くの証拠が必要だが、内臓などの軟組織は化石として残りにくい。歯を持つものでも種子を食べていたものもいるし、最古のコンドルの化石が見つかっているのも恐竜時代が終わってからであり、ましてや有毒な細菌にも耐えられるほどの消化器系をすでに白亜紀の鳥類が獲得していたか否かは妄想の域を出ない。
 
逆に比較的原始的な恐竜時代の鳥の中にも早々に歯を持たない選択をしたものもいるが、このグループの鳥類は絶滅しているし、最近では食性とは別に歯という複雑な部位を作らないことで孵化(ふか)を早める戦略だったとする説もある。結局、決定的な答えは未だ分かっていないし、明日、素のうを持った恐竜化石がどこかで見つかったとすれば、上記の説はガラリと変わってしまうのである。正に真実は神のみぞ知るである。
 
しかし、何が起こるかわからないからこそ、毎年2月14日の訪れを恐れずに、前向きに歯の矯正を検討したいところである。なぜなら、私たちの歯は鳥たちも羨む“高級品”なのだから。
 
 
参考文献
Larson et al. (2016) Dental disparity and ecological stability in bird-like dinosaurs prior to the end-Cretaceous Mass Extinction. Current Biology 26, 1325-1333.
Roggenbuck et al. (2014) The microbe of New World vulture. Nature Communications 5:5498.
Yang and Sander. (2018) The origin of the bird’s beak: new insights from dinosaur incubation periods. Biology Letters 14:20190090.
Zheng et al. (2018) Exceptional dinosaur fossils reveal early origin of avian-style digestion. Scientific Report 8:14217.

 
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Author Profile

青塚 圭一

東京大学大学院博士課程在籍。恐竜好きの幼少期を過ごすも、恐竜は鳥へと進化したとする説に刺激を受けて、化石鳥類の記載や生態復元の研究を行う。本稿を執筆しながら、歯の大切さを改めて認識し、これまでよりも歯磨きを念入りに行うようになった意識高い系男子である。

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