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両生類・は虫類

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2/17 2020

日本にサンショウウオは何種類いる? サンショウウオ入門【前編】

日本は小型サンショウウオの王国

絶滅が心配されている種類も多い、サンショウウオの仲間たち。そもそも、日本にはどれくらいの種類のサンショウウオがどんなふうに暮らしているのでしょうか? サンショウウオの保全活動を長年続けている川上洋一さんに、日本のサンショウウオの基礎知識について解説していただきます。

トウキョウサンショウウオ

サンショウウオのイメージといえば…オオサンショウウオ?

サンショウウオと聞いて、その姿をすぐに思い浮かべられる日本人は少なくないでしょう。もしかしたら、それはオオサンショウウオのことかもしれません。オオサンショウウオは体長1メートルを超える、世界でも最大級の両生類です。特別天然記念物にも指定されているという肩書きに加え、最近ではキモカワ系のキャラクターとなるほど見た目の人気も高くぬいぐるみが品切れになることすらあるといいます。このように、サンショウウオの中でも一般の人にとって知名度が高いのは、西日本と九州のごく一部に棲む大型のオオサンショウウオに過ぎません。しかし、実はそれ以外にも日本全土には合わせて44種類の小型のサンショウウオがいることは、あまり知られていないようです。

なぜサンショウウオはたくさんいるのに知られていないのか

その理由の一つは、彼らの体がオオサンショウウオとは比べ物にならないくらい小さいこと。成長しきっても体長は10〜15cm前後で、20cmを超えるようなものは生息していません。観察会などでサンショウウオの実物を見せると、必ずと言ってよいほど「これがあんな(オオサンショウウオのサイズ)に大きくなるんですねぇ」と感心される参加者がいます。まったく別の種類とは考えられないくらい、「サンショウウオ」に対して抱くイメージに大きな差があるのは確かなようです。
 
さらには、サンショウウオたちが隠れるようにして生活していることも一般の人に知られていない理由でしょう。多くの種類が一年のほとんどを、渓流の石の隙間や林に積もった落ち葉の下などで暮らしています。なかには地下を流れる伏流水の中で暮らすものさえいるほど。人前に出てくるのは、ほんのわずかな時期だけなので、目にするチャンスにはなかなか恵まれません。

ヒガシヒダサンショウウオ

しかしサンショウウオの生息地は、意外なほど身近にあります。例えば東京でも、都心から小一時間も離れれば、出会うことができます。もちろんそのためには、彼らの生態をよく知る必要がありますが。

流水性と止水性のサンショウウオがいる

流水環境(左)と、止水環境(右)

ヒダサンショウウオ幼生

トウキョウサンショウウオ幼生

日本に棲む小型のサンショウウオは、生態の違いによって大きく二つに分けられます。一つは山地の森林の林床やそこを流れる渓流に棲み、流れの中の石などに卵を産み付ける「流水性」の種類。生息地の多くは人里離れており、傾斜が急で転落や落石などの危険も多く、ベテランでないと近づくことすらできない環境も少なくありません。そのためアカイシサンショウウオのように生態が明らかになっていない種類もいます。
 
一方で低山地に多い雑木林のような環境に棲み、池や水たまり、谷戸田といった流れの緩やかな水場に産卵するのは「止水性」の種類です。いわゆる里山の環境に棲んでいるので目にする機会も多く、春先にトウキョウサンショウウオやカスミサンショウウオなどが産んだ、クロワッサンに似た形をしたゼラチン状の袋の中に多くの卵が詰まっている「卵嚢」を見たことがある人も多いのではないでしょうか。

トウキョウサンショウウオのクロワッサン型の卵塊

彼らは年間のほとんどを落ち葉や朽ち木の下、浅い土の中などで過ごしていますが、産卵の時期には水場に集まる習性があります。滅多に見られない親を確認するには絶好のチャンスです。

ちょっと待った!サンショウウオは、素手で触らないようにしよう

しかし、ここでまず注意すべきなのは、サンショウウオは高温に非常に弱い生き物であること。手にとって観察する際は、まず手を冷たい水の中につけるなどして、十分に体温を下げるか、熱が伝わらないような素材の手袋をして扱ってほしいのです。
 
ちょっと想像してみてください。指先を触れただけで縮み上がるような冷たい水の中でも大丈夫なサンショウウオにとっては、温度差が30℃以上もある体温の人間の手のひらは、ちょうど我々にとって60℃以上あるお湯と同じです。芸人を熱湯につけて笑い者にするテレビ番組のような扱いが正しいのか、容易に理解できるのではないでしょうか。
 
これはサンショウウオが北方系の変温動物であることに由来します。北海道の釧路湿原周辺だけに分布するキタサンショウウオのように、極寒のシベリア経由で日本に渡ってきたと考えられる種類がいる一方、アリサンサンショウウオをはじめ亜熱帯の台湾に分布する種類は、標高2000〜3000mの涼しい高山にしか生息することができません。

サンショウウオが44種類もいる理由

小さな体で隠れたように暮らすサンショウウオは、移動力が小さいことも特徴です。動きもゆっくりで、大きな川を泳いで渡ることも、高い山を越えることも簡単ではありません。そのため狭い範囲で他と交流せずに代を重ねるようになり、地域特有の姿や生態に進化していったと考えられます。いわば「ご当地サンショウウオ」が各地にいるのです。日本は多くの島で構成されているうえ、山地が多く地形が複雑で、降水量も多いために様々な水環境が見られます。これが日本のサンショウウオが44種類にも種分化した理由の一つと言えるでしょう。
 
そのためもあって、彼らのなかに広く日本中に分布するものは一種類もいません。ハコネサンショウウオやヒダサンショウウオ、クロサンショウウオのように本州の10県以上に渡る広い地域に分布しているのは例外的で、たいていは数県程度。ツルギサンショウウオやツクバハコネサンショウウオといった一つの山の周辺にしか生息していないものもいます。最も極端な例はトサシミズサンショウウオで、わずか数ヶ所の水たまりで確認されているだけです。
 
興味深いのは、シコクハコネサンショウウオやヤマグチサンショウウオなど、海を挟んで飛び離れた地域に分布している種類もいること。日本がどのように出来あがったかを知る地史の研究にも結びつく、壮大な謎を秘めているとも言えます。

新たな研究によって、種類が増え続けている

日本のサンショウウオの多様性は、世界的にも飛び抜けていますが、それが明らかになったのは、つい最近のことです。例えば、1985年に発行された両生爬虫類のハンドブックを紐解いてみると、掲載されているサンショウウオはわずか16種類にすぎません。その後35年の間に研究が進んだ結果、現在ではその3倍近い種類が日本に生息していることが明らかになりました。とくに2019年には、それまで一種とされていたカスミサンショウウオが地域によって9種類に、同じくブチサンショウウオが3種に分類され、なんと1年で日本産の種類が3割近くも増えたことになります。
サンショウウオは今一番ホットな生き物の一つであることは間違いないでしょう。

サンショウウオの危機的状況

しかし彼らの生息環境は決して安泰ではありません。流水性の種類では、大規模な森林伐採や林道建設、さらには増加するシカの食害によって植生が失われるなどの原因で、土壌が流失して生息地の渓流が埋没するような環境破壊が各地に見られます。
 
一方、止水性の種類では、里山が農業に使われなくなって放置され、これまで繁殖地として使われていた谷戸田が乾燥化したり、林床を棲家にしていた雑木林が照葉樹林化するなど、環境が大きく変容しています。メガソーラーなどの立地として開発も後を絶ちません。さらに近年では、外来種であるアライグマによる食害や、卵嚢や成体をインターネットで販売することを目的にした大量採集が広がるなど、サンショウウオが地域から絶滅しそうな危険性は日に日に高まっています。
 
サンショウウオは古い時代に大陸から渡ってきた祖先が、日本列島の複雑な環境に適応して爆発的に種分化したと考えられる、いわば日本の生物多様性を象徴する生き証人。その魅力に溢れた生態を探ると同時に、そのまま次の世代に伝えるのは、我々の務めではないでしょうか。

Author Profile

川上 洋一

東京都新宿出身。生物多様性デザイナー&ライター。トウキョウサンショウウオ研究会事務局。東京都西部の里山での生物調査・保全活動に取り組むとともに、江戸から東京への自然環境や生物相の変化について、著述やテレビ番組、講演などで紹介。「工房うむき」として生物をモチーフにした陶器や手ぬぐいをデザイン。著書に「東京いきもの散歩~江戸から受け継ぐ自然を探しに~」(早川書房)など多数。 

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