すごい形の木には、理由がある。木が自分の体を支えるための構造と仕組みを、樹木医の瀬尾一樹さんが解説します。
みなさんの身近にある「木」は、大きいものでは高さ100mを超える種類もあり、地球上ではトップクラスの大きさの生き物です。
街路樹で植えられている木でも高さ10mやそれ以上になることがあり、その重さは、よく街路樹で植えられるケヤキの場合、乾燥させた木材の状態でも1㎥あたり平均690㎏ほど※1。実際には水分を含むので、全体の重さとしては数トンにもなるものもあるでしょう。
キリンより大きくて重いような生物が、渋谷や六本木のような大都会にもたくさん生えているのです。
※1:乾燥させた木材の平均的な比重で、実際は含水率や部位、状態によって大きく変わるのであくまで目安です。
そんな大きくて重い木ですが、ときにはかなり偏った樹形をしているものを見かけます。
枝がみんな片方に伸びて、幹も少し傾いている。倒れたら大変だ!
こうしたものを見ると、どうやって自分の体を支えているんだろう? と不思議になってきますよね。もちろん写真の木も、倒れないようにきちんと工夫されています。
今回は、そんな木の体の構造の謎解きをしてみましょう。
木は、環境によっていろんな形に姿を変えます。
反り返るように枝が伸びています。なぜこんな形に?
たとえばこの木なんか、今にも倒れてしまいそうですね。そもそもなぜ、こんなに偏った形になってしまったのでしょうか?
考えられる理由はさまざまで、種類ごとの特性や環境によるものもあります。よくある一つのパターンとしては、光合成の為に光を求めて枝を伸ばしていった結果、現在の形となった、という原因が挙げられます。
写真の木も、右上から別の木の葉っぱが見えていて、それを避ける形で成長しているようですね。木は芽生えた場所から移動できないので、こうやって枝を伸ばして光に当たりにいくということです。場合によっては幹から何mも遠くまで枝を伸ばしていることもあります。
このように、木はときどき偏った形になり、生き延びる工夫をこらしているのです。
みなさんは、こんな話を聞いたことはありませんか?
「南の方が陽当たりが良いので、南側の年輪が幅広くなる。遭難したときは切り株を見ると良い」
昔のサバイバルの本なんかによく書かれていたことですが、実はこれは間違いで、実際は体のバランスが取れるように幹や枝を太らせていると言われています。
二本の太い枝が、かなり遠くまで伸びています。
たとえば、この木を見てください。右下の2本の枝が真横に長く伸びていて今にも折れてしまいそう。しかしこの枝は折れずにしっかり支えられています。
みなさんは、この矢印の部分がまるで上腕二頭筋のように盛り上がっているのがわかりますか? 実は、これが枝を支えるための秘密です。
ここには、「あて材」というものが作られていると考えられます。あて材とは、荷重に対応して局所的に幹や枝を太らせることによって、体の傾きを修正しようとするもの。
広葉樹の場合「引張あて材」といって、傾きの逆側から繊維の多い材で引っ張り上げる形、針葉樹の場合「圧縮あて材」といって、傾きの下から密度の高い材で押し上げる形で自分の体を支えています。
引っ張りあて材は通常の材よりセルロース等が多く含まれます。
この木はサクラの木で広葉樹なので、重さで下に傾いてしまう枝を上から引っ張り上げる「引張あて材」で対応しているようです。
局所的に材を太らせるので、年輪の一部分が広くなります。
これは別の木ですが、年輪を見るとこんなイメージ。明らかに、ある年から年輪の片側(写真右上部分)が広くなっていますね。こんな感じで、木は片側だけを重点的に太らせることがあるのです※2。
※2:幹から根っこに繋がる部分などが広く見えることや、広葉樹でも補助的に枝の根元の下側が太る場合もあります。
池に張り出した枝。引っ張りあて材ができていると考えられます。
こちらの木も、横向きの枝を引っ張りあて材で持ち上げている可能性が高いです。
大きな木でなくても、傾きを修正するために木はしばしばあて材を作っています。
アカマツの枝。針葉樹は重厚な圧縮あて材で下から押し上げます。
こちらは針葉樹のアカマツ。横に伸びた枝の下側だけ、赤い新鮮な樹皮が見えているのがわかりますか?
こちらは傾きの下側から押し上げる「圧縮あて材」が形成されて、そこを重点的に太らせたため新しい樹皮が中から出てきていると考えられます。
このように、重たいものを何度も持つと腕の筋肉が太くなるように、木は荷重のかかる部分を持ち上げるように材をつけて、バランスのとれた形を作っています。
ここまで傾きによる荷重に対応する「あて材」について紹介しましたが、それ以外にも、木は弱点を無くすための体づくりをしています。
たとえば、1本大きな木が立っていたとして、木の弱点をシミュレーションしてみましょう。
幹が円柱状の形で立っていると、一点に力が集まってしまいます。
たとえば、図のように円柱状の形で垂直に木が立っていて、風などで横から力がかかった場合、地面と幹で直角の角になっている部分(赤い丸)に力が集まって、そこから折れやすくなってしまいます。
これは応力集中という現象で、板チョコを曲げると溝のところで割れることをイメージしてもらうとわかりやすいです。
この角をできるだけ鈍くすることで、力が集まりづらくなり弱点が無くなります。
直角三角形と、斜辺の1/2の長さの二等辺三角形をはめ込みます。
まずは、直角二等辺三角形をはめ込んでみました。これだと角は少し鈍くなりましたが、まだ少し不安なので、その角を埋めるように二等辺三角形をはめ込んでみます。
この要領でさらに角を無くせますが、効果としてはこれで充分。
さらに角が鈍くなりましたが、おまけにもう一つ、同じように角度に合った二等辺三角形をはめ込んでみましょう。
これで、力が一点に集まる事が少なくなり、かなり丈夫になることができました。
実は、これとほぼ同じような形で木は自分の根元を太らせているのです。
根張り部分が見えている場合、多くがこの形になっています。
見てください。この図形を当てはめると、まっすぐ立っている多くの木の根元にぴったり当てはまります※3。驚きですね! 木の根元部分は、弱点を無くすよう、かなり計算されて作られていたのです。
※3:樹種や生育状況などによっても変わってくるので、全ての木が必ずこの形をとるわけではありません。
いたるところにこの構造が当てはまります。実は木以外にも…
この角を無くす形は根元部分だけでなく木の他の部分でも見られる形で、自分の弱点となる角を削った「最適化された形」です。
こんなふうに、よくよく見てみると木は計算して自分の体を作っているということが観察できます。
ちなみに、街路樹や公園の木のなかには垂直に地面に立っているものもありますが、そういったものは若い木や、植え付け時に深く植えられていることが多いです。街中だとそういった木も時々見られますね。
毎年の台風などで倒れてしまう木は、その多くが「中身が腐っていた」「あて材を作れるだけの栄養が無かった」といったような理由によるものです。
健全で中身が腐っていなければ、よっぽどのことが無ければ木が倒れたり、生きた枝が折れたりしないように設計されています。
これらは、木が長い時間をかけて見つけ出した形で、自分の大きく重い体を支えるために無駄のない洗練された構造をしています。2億年以上も前に地球上に現れたと言われる木は、気の遠くなるような長い時間、何世代も試行錯誤を重ねて、効率的に体を支えるための仕組みを獲得しているのです。
街中や公園に見られる木でもこういった特徴がよく見られるので、是非出かけた際には、計算され、洗練された美しい木の形をじっくり観察してみてください!
Author Profile
瀬尾 一樹
樹木医。身近に見られる木や雑草が好きで、道端で立ち止まってはしばしば微笑んでいる。家から一歩出ただけで見られる植物たちの魅力をどうにか伝えようと、公私ともに奮闘中。好きなあて材は圧縮あて材。