外来種であるセイヨウタンポポは、いまや全国に広がっています。その一方で身近な在来種タンポポは減少しています。なぜ在来種タンポポは減ったのでしょうか? これからどうなるのでしょうか?
タンポポは身近な植物であり、これまでに多くの研究がなされてきました。その中でも重要な役割を果たしてきたタンポポ調査に焦点をあてながら、これまでの研究の流れから最近のタンポポ事情までを、『タンポポハンドブック』著者の保谷 彰彦さんが解説します。
在来種タンポポの1つで、関東地方などに分布するカントウタンポポ
タンポポは身近な草花の代表格である。意外に思われるかもしれないが、日本はタンポポの種類が豊富な地域で、人里から高山まで、在来種のタンポポは15~20種ほどに分類される。それらの中でも、人里に生えるカントウタンポポやカンサイタンポポは、ごく身近な存在である。(これらのタンポポは、正確には二倍体タンポポと呼ばれるが、この記事では「在来種タンポポ」とまとめて記すことにしたい)
身近なタンポポで忘れてはならないのが、セイヨウタンポポやアカミタンポポといった外来種タンポポだ。ここでは多くの方になじみのあるセイヨウタンポポについて話を進めてみよう。セイヨウタンポポの原産地はヨーロッパである。
セイヨウタンポポが日本に持ち込まれた正確な時期ははっきりしないが、明治初期の書物には、その姿がはっきりと描かれている。記録として重要なのが、植物学者・牧野富太郎博士による報告(1904年)である。その中で、牧野博士はセイヨウタンポポが北海道に定着していることを示し、いずれ日本中に分布を広げるだろうと予想している。
コンクリートのすき間に生える外来種セイヨウタンポポ
実際に、1930年代になると、各地でセイヨウタンポポが見つかりはじめた。1960年代には、セイヨウタンポポの分布の広がりが顕著となり、牧野の予想は的中したかに思われた。そして、セイヨウタンポポの増加に伴って、在来種タンポポは減少していると認識されるようになった。このような交代現象は、両者が競争した結果、強いセイヨウタンポポが増えて、弱い在来種タンポポが減ったというストーリーとなり、マスメディアを通じて世間に広まっていくことになる。セイヨウタンポポによる、在来種タンポポの駆逐はまことしやかに語られるようになったのだ。
果たして本当に駆逐は起きていたのだろうか? 結論から言うと、答えはノーだった。その答えは、多くのタンポポ調査から得られた。日本各地でタンポポの分布調査が行われるようになったのは1970年代のことであり、1973年には京都大学の堀田満博士が京都市や高槻市でタンポポ調査(※)をしている。
※ここでのタンポポ調査というのは、主にセイヨウタンポポや在来種タンポポなどの分布調査のこと。
1974年〜1975年には、大阪府の市民グループが堀田博士と共に、大阪府でタンポポ調査を行った。これが、研究者と市民が協力して行う市民参加型タンポポ調査の先駆けとなった。その後は、東京をはじめ各地で市民参加型のタンポポ調査が行われるようになっていった。
これらの調査では、どのような結果が得られたのだろうか?
タンポポ調査によって、在来種タンポポやセイヨウタンポポの分布域が明らかになった。里山のような昔ながらの土地には在来種タンポポが分布し、都市化により造成された土地にはセイヨウタンポポが分布していたのだ。つまり、両者の分布域の違いは、当時の都市化に伴う土地利用の変化とよく合っていたのだ。
例えば、在来種タンポポが生育するような里山の土地には、ブルドーザが入り、次々と土壌がはぎ取られていった。そこに生じた裸地では、土壌ごと植物もはぎ取られ、在来種タンポポは生育地を奪われていった。その一方で、セイヨウタンポポは新たな裸地に入り込むことができた。交代現象の主な原因は、駆逐ではなく、都市化に伴う生育地の変化によるものだと考えらるようになった。
セイヨウタンポポは、なぜ新たな裸地で生育し、繁殖できるのだろうか? この謎を解く鍵は、両者の繁殖の仕方にある。このコラムで在来種タンポポと呼んでいるタンポポは、具体的には、カンサイタンポポやカントウタンポポ、シナノタンポポ、トウカイタンポポなどである。これらのタンポポでは、受粉して種子が実る。しかし、自分の花粉では種子が実らないという性質をもつので、子孫を残すには同種のタンポポの「群れ」と花粉を運ぶ昆虫が必要となる。
「群れ」をつくる在来種カントウタンポポ
一方、セイヨウタンポポは、受粉せずに種子を実らせる。その種子は、親と遺伝的に同じクローンである。たった1個体で子孫を残せるのだ。新たな裸地にセイヨウタンポポが根づき、たくさんの種子を実らせる。それらの種子は、風に吹かれて、次なる裸地へ入り込むようにして分布を広げていく。ところが、在来種タンポポのほうは、たとえ新たな裸地に入り込んだとしても、そこに同種のタンポポと、花粉を運ぶ昆虫がいないと子孫を残せない。こういった繁殖の仕方の違いは、生育地を巡る争いに大きく影響したと考えられる。
至るところに生える雑種タンポポ
1980年代になるとタンポポの世界に起きている異変が明らかになった。それは雑種タンポポの出現である。雑種タンポポは外見はセイヨウタンポポに似ているが、それら雑種は、セイヨウタンポポと在来種タンポポとの交雑から生まれることがわかっている。ここで、読者の方は「両者は繁殖の仕方が異なるのに、どのようにして交雑するのだろうか」と不思議に思うかもしれない。じつは、これまでの研究から、セイヨウタンポポの花粉が在来種タンポポの雌しべに受粉すると、まれに雑種が生まれることがわかっている。セイヨウタンポポはクローンで増えるので、花粉を作る必要はなさそうに思われるかもしれないが、実際には、大部分のセイヨウタンポポで花粉が作られるのだ。
雑種タンポポの広がりは想像を超えていた。最初に報告された雑種タンポポは、1985年に静岡県で発見された。発見者は新潟大学の森田竜義博士。遺伝的な研究により100個体のセイヨウタンポポの中に、5個体の雑種タンポポが含まれていることを明らかにしたのだ。1990年代になると、愛知県や神奈川県でも研究がなされて、セイヨウタンポポに似たタンポポのうち、95%ほどが雑種タンポポであることがわかった。牧野博士の予想どおりセイヨウタンポポが日本中に広がっていると考えられていたが、気がついてみれば、その正体は雑種タンポポだったというのだ。
雑種タンポポの優勢は、全国的な傾向であることも明らかになった。環境省が実施した第6回・緑の国勢調査(2001年)で、全国の市民によって集められたサンプルを使い、遺伝的な研究が行われた。その結果、日本各地に雑種タンポポが広がり、セイヨウタンポポに似たタンポポのうち、85%が雑種タンポポだと明らかにされた(その後の研究により、雑種タンポポの比率は76%ほどである可能性が示唆されている)。雑種タンポポは、特に東京や大阪、名古屋といった都市部で多くみられたが、東北地方や北海道では、雑種タンポポはまだ少なく、セイヨウタンポポが多いこともわかった。こうして、身近なタンポポに、雑種タンポポが加わったのだ。
一面に広がる雑種タンポポ
里山のような環境には、在来種タンポポと共に、セイヨウタンポポや雑種タンポポが混生していることがある。混生する場合に、在来種タンポポは、何らかの影響を受けるのだろうか?
西日本に分布するカンサイタンポポでの研究をみてみよう。カンサイタンポポの集団にセイヨウタンポポや雑種タンポポが混生しているとき、周囲にセイヨウタンポポや雑種が生えているとカンサイタンポポの種子ができにくくなることが確かめられている。このような状況では、カンサイタンポポの雌しべに、セイヨウタンポポや雑種の花粉が付着していることも、遺伝的な研究で明らかにされている。さらに、カンサイタンポポの雌しべに、セイヨウタンポポや雑種の花粉を人工的に付着させると、やはり種子ができにくくなることも確かめられている。
シミュレーションによると、ここで紹介したような状況、つまりセイヨウタンポポや雑種の花粉がカンサイタンポポに付着し、それらの種子の数が減るような場合には、次第にカンサイタンポポの数が減り、絶滅する可能性が高まると予想されている。つまり、セイヨウタンポポや雑種タンポポの花粉により、その集団のカンサイタンポポが駆逐される可能性があるというのだ。
ここで紹介した現象は、繁殖干渉と呼ばれており、近年注目が集まっている。これらの情報は、残された在来種タンポポを保全するうえでも重要である。一方で、面白いことに、東海地方に分布するトウカイタンポポでは、繁殖干渉が起こりにくいことも確かめられている。
1970年代に大阪府や近畿地方で始まったタンポポ調査は、市民参加型の調査として、その後も5年ごとに実施されてきた。そこで得られたデータは世界的にみても貴重なものである。調査の規模は次第に大きくなり、2015年に実施された前回のタンポポ調査(タンポポ調査・西日本2015)では、19府県が調査対象となった。広範囲での在来種タンポポや外来種タンポポ、雑種タンポポの状況を知るうえで、タンポポ調査の重要性は増している。
さらに、分布がよくわからなかった、あまり身近ではない在来種についても、その詳しい分布域が解明されつつある。この調査は2020年春にも実施されるので、興味ある方は「タンポポ調査・西日本2020」のHPをご覧いただきたい。在来種タンポポの地域ごとの集団が、存続するのか? あるいは減り続けてしまうのか? それらを解明し、時には保全する上で、このような大規模なタンポポ調査が果たす役割はとても大きい。
主な参考資料
(1) 森田竜義(2012)「帰化植物の生活史戦略」『帰化植物の自然史』(北海道大学出版会)
(2) 森田竜義・芝池博幸(2012)「雑種タンポポ研究の現在」『帰化植物の自然史』(北海道大学出版会)
(3) タンポポ調査・西日本実行委員会編(2015)『タンポポ調査・西日本2015 調査報告書』(タンポポ調査・西日本実行委員会)
(4) 保谷彰彦(2010)「雑種性タンポポの進化」『外来生物の生態学』(文一総合出版)
(5) 保谷彰彦(2017)『タンポポハンドブック』(文一総合出版)
(6) 高倉耕一・西田隆義編(2018)『繁殖干渉』(名古屋大学出版会)
タンポポ調査・西日本2020 http://gonhana.sakura.ne.jp/tanpopo2020/index.php
もっとタンポポについて知りたい方はこちら!
タンポポハンドブック
日本で見られる約30種(亜種や変種、品種も含む)のタンポポの識別図鑑。花、総芳、蕾、冠毛、種子、葉の写真に加え、育て方や雑種タンポポ、倍数性についてもイラストを使って解説。日本のタンポポ検索表を使えば、誰でも簡単に名前を調べることができる!
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Author Profile
保谷 彰彦
東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。サイエンスライター。専門はタンポポの進化や生態。農業環境技術研究所、国立科学博物館植物研究部でのタンポポ研究を経て、企画と執筆の「たんぽぽ工房」を設立。現在、文筆業の他に大学で生物学の講義などもしている。著書に『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。新刊『有毒!注意!危険植物大図鑑』(あかね書房)発売中。
http://www.hoyatanpopo.com