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Bird

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10/7 2020

ペンギンの目で見る海の中

ペンギンビデオの映し出した真実 南極に暮らすアデリーペンギンは 極寒の海中で何をしているのか?

ペンギンは海中でどうやって獲物を捕らえるのか。それを知るには、「ペンギンの目線」になるしかない。
世界で初めてペンギンの背に小型カメラを取り付けて映像を撮影した渡辺佑基さんの実験レポート!
本記事はBIRDER2016年8月号特集「無敵のペンギンガイド」より『「ペンギンビデオ」の映し出した真実」を引用しています。(文章・写真:渡辺佑基)

次々と海の中に飛び込んでいくアデリーペンギン

バードウォッチングで心が躍るのは、野鳥が獲物を捕らえるハンティングの瞬間を目撃したときだ。シジュウカラがぴくぴく動くシャクトリムシを捕らえたとき、あるいはカワセミが川面にダイビングして小魚をキャッチしたとき、双眼鏡をのぞく私の顔は、たぶん相当ニンマリしている。
けれどもペンギンのように海に潜る鳥の場合、そう簡単にはいかない。ペンギンの獲物は海を泳ぐ魚やオキアミなので、陸上でいくら忍耐強く双眼鏡をのぞき続けても、ハンティングのシーンには出くわさない。では、ペンギンがどこでどんなふうに獲物を捕らえているのかを、どうやって調べたらいいだろう。
私たちの研究チームは、重さわずか33gの超小型、防水ビデオカメラを開発した。これをペンギンの背中にぺたりと貼り付けることで、ペンギンの目線から映像を撮影することができる。ペンギンが海の中で何をしているのか、ペンギン自身に調べさせるという世界初の画期的な試みであった。
 
南極でのフィールドワーク
私たちは201012月から20112月にかけて、南極の昭和基地を訪れ、南半球の夏の時期にせっせと子育てをしているアデリーペンギンの調査を行った。

子育てをするアデリーペンギンPygoscelis adeliae

南極のペンギンは少なくとも陸上には天敵はいないから、警戒心がとことん弱い。私たち研究者が近づいても、逃げるでもなく、かといって向こうから近寄ってくるでもなく、ボーっと突っ立っていたり、まるでぜんまい仕掛けの玩具のようにトコトコ一方向に歩いていたりする。だから早足で近づき、タモ網でひょいと簡単に捕まえることができる。
そして防水テープを使い、羽毛に巻きつける形でペンギンの背中にビデオカメラを取り付ける。

ビデオカメラを背中に取り付けたアデリーペンギン。頭の上には別の記録計が付いている

いかにも簡便な方法だが、この方法でがっちり機器を固定することができ、水中でも脱落することはまずない。また、機器を回収するときは、巣に戻ってきたペンギンをひょいと再捕獲し、防水テープをぺりっとはがせばいい。簡単に取り外すことができ、ペンギンの体にも跡は残らない。
つまり捕獲や機器の取り外しという観点からすれば、ペンギンは調査のしやすい野鳥だといえる。もちろん南極に行くこと自体はたいへんなことかもしれないが。
 
ビデオカメラの難しさ
とはいえ調査が始終、スムーズに進んだわけではなかった。私たちを悩ませたいちばんの問題は、ビデオカメラを起動させるタイミングだった。
ビデオカメラを取り付けたペンギンが、いつ潜水を開始してくれるかはわからない。放鳥後、直ちに海に向かってトコトコと歩き出し、ドボンと潜ってくれる協力的なペンギンもいれば、半日以上突っ立って、何も行動らしい行動を起こさない怠け者もいる。その一方で、極端に小型化されたビデオカメラの録画時間は、90分しかない。
そのため「ペンギンビデオ」には、タイマーと海水スイッチの二重の仕掛けが搭載されていた。例えばタイマーを5時間に設定したとすれば、5時間が経過し、かつ海水が検知されたとき(ペンギンが海に入ったとき)に自動的に録画が開始されるようになっていた。ところが、現実問題として、ペンギンは5時間後に海にドボンと入ったとしても、すぐに氷の上にひょっこり出てきて、その後は何時間もボーっと突っ立っていることがよくあった。その場合、設定どおりに録画を開始したビデオカメラは、ペンギンの背中から見上げた空だけを撮影し、静かに役目を終えていた。せっかくビデオカメラをペンギンから回収し、はやる気持ちを抑えてデータを確認したところ、雲のぽっかり浮かんだ南極の平和な空しか映っていなかったときの、悔しかったこと!

ペンギン目線の映像。目の前で別のペンギンがドボン

ペンギンビデオの見た海の中
けれども失敗と再試行を幾度となくくり返すうちに、一部のペンギンからは、潜水中のきれいな映像を得ることができた。そしてそれは、想像をはるかに超えた衝撃的といえるような映像だった。
ペンギンの主な獲物はオキアミであった。ペンギン目線の映像を見ていると、潜水中、遠いところにぽつんと小さな黒い影が現れる。
それがだんだん近づくにつれ、形がはっきりしてきて、1匹のオキアミだとわかる(もちろん実際は、オキアミがペンギンに近づいているのではなく、ペンギンがオキアミに近づいている)。そして画面手前のペンギンの頭が一瞬持ち上がったかと思うと、オキアミの影が姿を消した。ペンギンがオキアミを捕らえた瞬間であった。
またあるとき、ペンギンはうじゃうじゃとしたオキアミの濃密な群れを見つけていた。そして目にも留まらぬ速さで頭を上下に振り、そのたびにオキアミを1匹ずつ仕留めていた。映像をスローモーションにして確認すると、1秒間に2匹という猛烈なスピードでオキアミを捕らえ続けていた。90分間の映像中、あるペンギンは244匹ものオキアミを捕らえていた。
ペンギンはまた、氷の下に居つく性質のあるボウズハゲギスという魚を捕らえていた。氷の下のボウズハゲギスに下からそっと近づき、相手に逃げる暇を与えることなく、パクリと一撃で仕留めていた。

ペンギン目線の映像。オキアミを捕らえる瞬間。手前に見えるのはペンギンの後頭部

ペンギン目線の映像。氷の下でボウズハゲギスを捕らえる瞬間

あるペンギンは90分間の映像中、33匹ものボウズハゲギスを捕らえていた。
このように「ペンギンビデオ」を使うことにより、双眼鏡では観察できないペンギンの海中のハンティングの様子を、世界で初めて詳細に観察することができた。ペンギンは陸上ののんびりした姿からは想像できないほど、すばやく、巧妙で、かつ大食いのハンターであった。やっぱり野鳥のハンティングはおもしろい! 映像を見ているときの私の顔は、たぶん相当ニンマリしていたと思う。
(以上BIRDER2016年8月号より引用。執筆:渡辺佑基)
 
野鳥専門誌が真面目にペンギンを語ったらこうなった
BIRDER2016年8月号の特集名は「無敵のペンギンガイド」。
「骨から探る!ペンギンの奇妙な姿と生態の秘密」、「野生のペンギンを訪ねて」「双眼鏡でもっと楽しい、水族館のペンギン」など,その名に恥じないペンギン尽くしの号になっています。

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BIRDER公式サイト(BIRDER.jp

Author Profile

渡辺佑基

1978年,岐阜県生まれ。国立極地研究所准教授。海洋動物の体に小型のセンサーを取り付け,生態を調べている。著書『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(河出書房新社)は毎日出版文化賞を受賞し,青少年読書感想文全国コンクール(高等学校の部)の課題写真書に選出。けん玉1級。

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