一覧へ戻る

哺乳類

Mammal

  • 哺乳類

4/25 2018

ツキノワグマの出没が多い年と少ない年の謎
クマはブナの実が少ない年を予測できる!?

春、ブナの新芽を食べるツキノワグマの親子(写真提供:関東森林管理局 赤谷森林ふれあい推進センター)

近年、各地のクマ出没ニュースを目にすることが増えた。「人がクマのすみかを奪ったからだ」「山が荒れているせいだ」という声をよく聞くが、果たしてどうなのだろう?
理由はその逆のようだ。クマは全国的に増えてきていて、分布域も広がっている。本州・四国に生息しているツキノワグマに関して言えば、1970年ころは各地で個体数が減少し、分布域も小さくなっていた。そのため、絶滅を懸念して、狩猟や駆除の自粛ないし禁止措置がとられていた。しかし、2000年に入ったあたりから各地で出没が相次ぐようになった。いわば、絶滅を回避するための保護策が成功し、むしろ増えすぎてしまったとすら言える。

ブナの樹皮に残されたツメの痕
(写真提供:八木橋 勉)

分布域が広がっている理由としてよく言われるのは、中山間地域における里山の放棄と耕作放棄地の増加である。かつては山菜や薪などの経済価値をもたらしていた里山も、近年の生活環境の変化に伴いその価値を失い、放棄される地域が増えてきた。これにより薮化した里山は、動物たちにとって絶好の生息環境と変化した。また、人口減少や高齢化に伴う耕作放棄地の増加も、クマをはじめとする大型動物のすみかの拡大を促している。こうしてクマにとっての生活圏が増えたことが、分布域の拡大と個体数の増加をもたらしているのだろう。

ミズナラの実を食べるツキノワグマ
(写真提供:佐藤嘉宏)

このように、ここ20~30年でクマは増えてきたのだが、クマ出没のニュースを多く目にする年と、それほど目にしない年がある。中部・北陸地方を中心としたクマの大量出没が話題となった2004年には、「東北地方では、秋のブナの豊凶とクマの出没に相関がある」という興味深い研究結果がリリースされた。このウェブマガジンの名前にもなっているブナ(BuNa)は、広葉樹林の代表的な樹種として多くの自然愛好家に親しまれている。ブナの秋の結実は多い年(豊作)と少ない年(凶作)があり、数年に一度豊作が訪れる一方で、豊作の翌年にはほぼ必ず凶作になることが経験的にわかっている。そしてクマは、このブナの豊作年はあまり人里に現れず、翌年の凶作の時には春先から山を下りてくるのだ。

ブナの実

冬眠を控えて食いだめをしているクマにとって、栄養豊富なブナの実はごちそうだ。豊作の年は食べきれないほどのブナの実にありつけて、たっぷりと脂肪を蓄えたクマたちは安心して冬眠することができるだろう。しかし、豊作の翌年には凶作が訪れる。冬眠を前に食いだめをしておきたいクマにとって、好物のブナの実がないというのは死活問題だ。そんな年には、エサを求めて動きまわっているクマが、「春先から」人里にまで降りてきてしまう、というのだ。
はて? ブナの実は秋に作られる。ブナが凶作の年の「秋」にクマがエサを求めて人里に出没する、ということならすんなり理解できる。しかし、凶作の年は、春から出没が相次ぐ……。結果が先に来て理由が後からついてくるこの現象をどのように理解すればいいのだろう? 「豊作の翌年は凶作になるから、早いうちからたくさん食べておこう」ということを、クマが知っているのだろうか? いやいや、ブナの実の豊作は数年に一度なので、若い個体はまだこの現象を知らないはずだ。若い個体たちも凶作の年には早くから人里に出没している。
それでは、前年の豊作とは関係なく、クマは春の時点で秋の凶作を予測しているのか? ブナの実が豊作の年は、春先からブナの花芽が多く枝につき、一方、凶作の年には花芽自体が少ない。クマはブナの木に登って、ブナの花芽自体を食べることがあるため、「今年の春はブナの花が少ないな。ということは、秋には実も少ないってことだから、早めに食べ物を探して動き回ろうか」とクマが考えているのだろうか? う~ん、やはりこれも考えづらい。クマが好む食べ物は季節ごとに変わるので、たとえ秋の実りが凶作で人里付近に食べ物が多いとしても、春~夏の間は山の中のほうが食べ物が豊富にあると考えられるからだ。

ヤマグワの実を食べるツキノワグマ。
手に届く範囲の枝を折って実を食べた後、その枝を自分の体の下に溜めるため台座のようになっているのが見える。これを「クマ棚」と呼ぶ(写真提供:八木橋 勉)

おそらく、秋にブナが凶作の年は、われわれが気づいていないクマにとってのほかの大事な食べ物も、春~夏の時点で不足しているのだろう。正直なところ、それが何なのかはまったく見当がつかない。クマに直接話を聞くことができたら、すぐに解決するこの問題。はたして、地道なフィールド調査でこの問題を解明するのと、動物との会話装置が開発されるのと、いったいどっちが先になるだろう。

Author Profile

大西 尚樹

森林総合研究所東北支所主任研究員.動物生態学,保全遺伝学が専門.ツキノワグマやアマミノクロウサギなどの野生哺乳類の生態に遺伝学的手法でアプローチしている.哺乳類の生態や現状についての講演や解説など研究のアウトリーチ活動も積極的に行っている.日本生態学会,岩手生態学ネットワーク会員.日本哺乳類学会代議員.2011年日本哺乳類学会奨励賞.

このページの上に戻る
  • instagram