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哺乳類

Mammal

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10/2 2023

コウモリの基礎知識

哺乳類のなかで唯一飛翔できる生物、コウモリ。
コウモリの特徴や大きさ、食性、すんでいる場所、どんな生活をしているのかなど、コウモリの基礎知識を解説します。
 
(本記事は『識別図鑑 日本のコウモリ』p.16-18の福井大氏執筆「コウモリとは」の抜粋記事です。掲載にあたって一部を改変しています。)

コウモリは自力飛翔できる唯一の哺乳類であり、2023年8月現在、世界中で1,469種が確認されている(https://batnames.org/)。これは地球上の全哺乳類種の20%以上を占める。
その分布域は南極を除くほぼすべての陸域におよび、特に東南アジアや中南米などの熱帯域における種多様性はきわめて高い。一方で、夏を北極圏で過ごす種も知られる。また、ほかの陸棲哺乳類が到達できない海洋島に分布するのもコウモリの特徴である。日本においても、大陸と陸続きになったことのない小笠原諸島や大東諸島に自然分布する陸棲哺乳類はコウモリのみである。

コウモリの特徴、飛翔能力とエコーロケーション

このような広域分布を実現した一つの要因が、コウモリの最大の特徴でもある飛翔能力の獲得であろう。コウモリの翼は、第1指(親指)を除くすべての指の骨が著しく伸長し、上腕、前腕、体側、第5指、下腿の間に側膜が、各指の間に手膜が発達し、前膜と合わせて形づくられている。また、ほとんどの種で左右の下腿間に尾膜が発達する。

写真1 広短型の翼を持つコキクガシラコウモリ。(新潟県/大沢夕志)

写真2 狭長型の翼を持つヤマコウモリ。(埼玉県/大沢夕志)

こうした翼の基本的なつくりはすべての種で共通しているが、形態は種によって異なり、細かい飛翔能力に影響する。例えば広短型の翼を持つ種は、高速飛翔には向いていないが障害物の多い空間を細かい旋回を伴いながら巧みに飛翔することができる(写真1)。
一方、狭長型の翼を持つ種は、開けた空間を高速で飛翔できる(写真2)。中間型の翼を持つ種の場合は、林縁や建物などに沿って飛翔する傾向にある。こうした翼の形態の違いが移動能力や利用可能な採餌空間の違いを生み出している。
 
コウモリのもう一つの大きな特徴は、エコーロケーション(反響定位)能力の獲得である。エコーロケーション能力とは、声帯で生成された超音波を周囲の物体に照射し、反響した音(エコー)を聞くことで、物体までの距離や物体の形状を把握する能力のことで、哺乳類ではほかに鯨類なども同じ能力を有するが、コウモリのそれはきわめて精度が高いことが知られている。エコーロケーションは進化のモデルや工学への応用など、さまざまな分野で注目され研究が進んでいる。
 
飛翔とエコーロケーションという2つの能力を獲得したコウモリは、世界中の夜の空という広大な空間に進出し、いろいろな環境に適応することで多様な形態、生態、行動を獲得し、今日の大繁栄を達成してきた。

コウモリの大きさと体色

コウモリの大きさは、体重が1.5-2 gのキティブタバナコウモリ(写真3)から1 kgを超えるジャワオオコウモリ(写真4)までさまざまである。日本のコウモリも同様で、5 g程度のコテングコウモリやヒメホオヒゲコウモリから数百 gになるクビワオオコウモリまでその大きさはバラエティに富む。体色についても、多くの種は褐色や黒色といった比較的地味な色であるが、中にはクロアカコウモリのように鮮やかなものも生息している。

写真3 キティブタバナコウモリ。世界最小のコウモリで、体重は1.5-2 g程度。体はヒトの親指の第1関節程度である。(タイ/水野昌彦)

写真4 ジャワオオコウモリ。世界最大のコウモリで、体重は1 kg、翼を広げると1.5 m になる。(フィリピン/ 大沢夕志)

コウモリの食性

世界のコウモリの約75%は昆虫やクモなどの節足動物を食べる、いわゆる「食虫性」である。日本のコウモリのほとんどがこれにあたる(写真5)。次に多いのが20%弱を占める果実食のコウモリで、日本ではオオコウモリ科がこれにあたる。
その他、少数派ではあるが花蜜・花粉食や肉食(カエルや魚、ネズミ、コウモリなど)、血液食のコウモリも存在する。餌とする食物に応じて、歯や舌、吻部の形態が大きく分化しているのもコウモリの特徴の一つである。

写真5 カゲロウを捕食しようと狙うアブラコウモリ。活動期には一晩に大量の昆虫類を捕食する。 (埼玉県/ 大沢夕志)

コウモリはどこにいる?

コウモリというと、まず洞穴をイメージすることが多い。もちろん、多くの種が洞穴を休息場所(ねぐら)として利用するが、そのほかにも樹洞や樹皮下、岩の割れ目、家屋など、さまざまな環境(タイプ)をねぐらとする種が存在する。
コウモリが利用するねぐらのタイプは、1種につき1つであるとは限らない。季節や性などによって複数のタイプを使い分けることが多い。「樹洞性」「洞穴性」「家屋性」とは一概に分けられないのはこのためである。

コウモリの生活スタイル

コウモリの生活スタイルは気候帯によって異なるが、日本の場合、多くの種は春から初夏にメスが出産哺育ねぐらに移動、集合する。多くの種が1産1子で、6〜7月にかけて出産するが、中にはアブラコウモリやヒナコウモリのように複数子を出産する種も知られる。幼獣は1カ月ほどで成獣と同じ大きさになり、独立飛翔する。その後、秋にかけて移動と交尾の時期を迎える。
 
温帯性コウモリの繁殖方法は独特で、交尾後にメスの生殖道内に精子を貯蔵して翌春に排卵・受精する精子貯蔵型と、交尾から受精まで進んだ後に胚盤胞の段階で発生を中断して翌春に着床する着床遅延型がある。餌資源の乏しい冬季には、体温を環境温度と同程度まで下げて冬眠する。そして春になると、夏のねぐらへの移動が開始される。この際、メスは生まれた場所に戻る傾向が強いが、オスの場合は分散してしまうことが多いようである。

小さいけれど長生きなコウモリ

このような周年サイクルを繰り返すコウモリは、同サイズの哺乳類(ネズミなど)に比べて長寿であることも知られている。10年以上生存するのが一般的で、中には20年という記録もある。海外では41年以上生きたホオヒゲコウモリの仲間も知られる。長寿をもたらす要因には諸説あり、医学の分野で盛んに研究が行われている。

コウモリと生態系

今日の繁栄を築いてきたコウモリであるが、ほかの動植物同様、人為的な影響によりさまざまな危機に直面している。コウモリは餌となる昆虫個体群の抑制や種子散布、送粉といった生態系サービスを有していることが知られている。コウモリを保全していくことは、われわれの生活環境を良好な状態に維持していくことにもつながる。そのためにも、分布や生態、行動、進化といったコウモリのふしぎを多面的に究明していくことが重要である。

感染症とコウモリ

最後に、感染症にも触れなければならない。コウモリはそのリスクにかかわらずさまざまなウイルスや菌の宿主として知られ、これは人類の公衆衛生上注視しなければならない事実である。すなわち、コウモリを含む野生動物との接点が開発によって進むことは新たな感染症のリスクが高まることを意味する。
こうしたリスクを低減させるためにも、コウモリの分布や生態に関する情報は必要不可欠となる。一方で、これらのウイルスや菌に対してコウモリが頑強な免疫機構を有することも注目に値する。なぜコウモリが多様なウイルスや菌と共存できているのか、そのメカニズムを明らかにすることは、われわれ人類の未来にとってもきわめて重要な課題である。
 
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Author Profile

福井 大(ふくい だい)

1976 年岐阜県生まれ。博士(農学)。東京学院農学生命科学研究科附属演習林富士癒しの森研究所長。著書に「コウモリのふしぎ(技術評論社)」(分担執筆)、「The Wild Mammalsof Japan, Second edition(松香堂書店)」(分担編集)、「コウモリ識別ハンドブック改訂版(文一総合出版)」(監修)、「森林と野生動物(共立出版)」(分担執筆)などがある。

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