[アマミホシゾラフグの産卵]産卵のサインは、ほっぺカミカミ。こうすれば大事な瞬間にメスと離れることはない。
人間以外の生きものにも、恋や愛は存在するのでしょうか?
長年ダイビングで海の魚たちの様子を見てきた阿部秀樹さんは、「現代の科学では解明されていないだけで、恋とか愛とか、私たち人類が持つ感情に似た何かがあるのではないか…」と感じているそうです。
そんな阿部さんの著書『海の生き物が魅せる 愛の流儀』から、アマミホシゾラフグ、ヒメタツ(タツノオトシゴの仲間)、レンテンヤッコの興味深い恋愛模様!? をご紹介します。
底に幾何学的な模様の産卵床を造る姿が数々のメディアに紹介されてきたアマミホシゾラフグ。2011年、水中写真家・大方洋二氏によって産卵床を造る姿が初めて撮影され、2014年に新種と判明。背中の白い水玉模様と腹部の白色と銀白色の水玉模様が奄美大島の星空を連想させることから、アマミホシゾラフグと名づけられた。2015年には「世界の新種トップ10」にも選定されている。
最大15㎝ほどの小さなフグが直径2mにもなる産卵床を造る。その幾何学的模様はミステリーサークルさながらだが、彼らの流儀もまたミステリーに満ちている。
産卵場所には一定の法則がある。まず、海底の質。卵がうまく砂につかなくてはならないので、泥っぽくなく、小石が混ざらない、いわゆる砂漠のような砂地が選ばれる。次に水深。これは風波の影響を受けにくい水深20m以深。さらにハッチアウトした仔魚が有効に分散できるよう、潮通しがいい場所。さらにもう一つ、岸沿いの岩礁やサンゴ帯から離れて見えないほどの場所。逆に岩礁に近く、多くの魚が生息する場所では、産まれたばかりの仔魚が狙い撃ちに合ってしまうからだ。
[産卵床造営初日]棟上げ式。産卵床は再利用することはなく、すべて新築物件である。
[畝造り]オスはほとんど食事も取らずに、胸ビレ、尾ビレを使ってサークルを造営する。
これらの条件を満たす場所に産卵床を造ることになるのだが、その広大な砂地でオスとメスはどのように出会うのだろうか。産卵床付近をよく見てみると、近くには必ず小さな岩が点在している。オスたちはなぜか、この転石帯がうっすら見える場所に執着する。近すぎても、見えないほど離れていてもダメ。もしかしたら、これが出会いの場としてのランドマークになっているのではないだろうか。好条件の場所はかなり高倍率となるが、オスは何とか造営場所を決め、約1週間近くかけて新居を完成させる。
[産卵床造営最終日]中央部のシワは産卵前日に造り始め、夕方にはできあがる。このシワは産卵床完成をメスに伝えるサインでもある。
卵床が完成した翌日早朝、いよいよ彼女を招き入れる時がやってきた。彼は愛の巣の外側に出て、様子見にくる彼女を探す。だが、全身全霊をかけて造ったからといって、うまくいくとは限らない。よく、畝(うね)をより多く造ったほうがモテるといわれてきたが、どうもそれだけではないようだ。決め手はなんと畝の装飾品! 彼は小さな貝殻をそっと散りばめている。なんともニクイ演出ではないか。さらに中央のマウンド部がふかふかになっているかどうかも重要なポイント。彼女は慎重に愛の巣を見定める。マメで几帳面な彼が造った愛のサークル、その真ん中に彼女が陣取る。すると、彼は後方からそっと近づき、彼女の頬に甘噛み。これがゴールインの証しだ。
[装飾品飾り]貝殻をせっせと集め、畝の尾根に飾る。緻密なオスは貝殻の内側の白い部分を表に向けていた。彼女にとって宝石のように魅力的なもののようだ。
[装飾品]どこから拾ってきたのか、装飾品には骨も利用。私は彼を「ボーンズ君」と名づけたが、彼はモテモテで複数の彼女と結ばれた。
彼女のおめがねにかなう緻密なサークル、そこにそっと宝石を散りばめる─これがアマミホシゾラフグたちの愛の流儀である。
タツノオトシゴの話である。一見、魚とは思えない姿は想像上の生き物・龍(たつ)にも見え、その龍が天上から海に子を産み落としたことからタツノオトシゴといわれている説、もう一つは身分が高いもの(龍)が正妻ではないものに産ませた落とし子(オトシゴ)という説もある。じつは、今回の主役であるヒメタツは近年までタツノオトシゴとして分類されていたが、一部のダイバーの間で「日本海のタツノオトシゴは、形がかなり違うよね」とささやかれていた。それが2017年、日本と韓国の学者が日本海側に生息している種を再検証してヒメタツとして発表し、新種登録された。ヒメタツはタツノオトシゴに比べて頭部の突起が低いことと、同じタツノオトシゴ類のハナタツよりも背ビレの基部付近に側方へ張り出す突起があるなどの違いがある。
また、このグループはメスがオスに卵を託して、放仔(ほうし)までオスが「育児嚢(いくじのう)」と呼ばれる器官で保護することは有名であるが、最近になって、この育児嚢の中に胎盤のようなものが見つかり、卵に栄養を与えたり、排泄成分を受け取ったり、まるで哺乳類のように機能していることが明らかになった。そんな彼ら、シーズン中にペアが入れ替わることはほとんどなく、絆が強いのも特徴だ。
[オスによる放仔の瞬間]放仔は深夜に始まる。体を屈伸させるようにして数匹ずつ産み出される。放仔は断続的に行われるので、シャッターチャンスは何度も訪れる。
早朝、水中に弱い光が差し込む時に彼らの愛の儀式が始まる。産卵の準備が整っている彼女は、彼のすぐ近くで様子をうかがっている。時々彼の横に寄り添い、熱い視線を投げかけるのが印象的である。彼は少し泳いで海藻に尾を絡める。それを追いかける彼女。またしばらくすると彼は海藻の林をゆっくり泳ぎ出す。彼女がまた追いかける。卵の受け渡しがしやすい場所を求めて移ろう姿は、まるで朝日の中で愛を確かめ合っているようにも見える。やがて彼女に促されるように向かい合い、宙に舞い上がる。ぴったりとくっついてハートの形になる二人、ストップモーションのように愛をつないでいく。
[求愛]求愛はメスの方が積極的。やがてそれに呼応するようにオスが泳ぎ上がる。
[ハート形で産卵]少し開けた場所で向かい合って泳ぎ上がり、卵を受け渡す(左がメス)。
ここからはオスが孤軍奮闘、身重な生活に入る。時期にもよるが、ハートを作ってから約1か月後、次のドラマが始まる。放仔である。深夜、草木も眠る丑三つ時、モク類の奥に絡まるようにしていた彼がじょじょに開けた場所に移動してくると、それが放仔の前兆。やがて前屈や伸びをし始めると、育児嚢から小さな命が躍り出る。親と同じ姿かたちの子たちの出産である。魚の産卵を見慣れているはずの私であっても感動する瞬間だ。
きらめく海藻の林で、お互いの体を使いハートの形で愛を表現する。そして旅立ちの時まで自らの体の中で子どもたちを見守る。これが強い絆で結ばれた龍たちの愛の流儀である。
[君に夢中]産卵前になると、オスはメスの産卵口辺りを盛んにつつきながらリフトアップするように泳ぎ上がる。ナズリングと呼ばれる行動だ。
今回の主役であるレンテンヤッコ、体の前半が橙色で後半が青紫色、尾ビレが黄色で、体側に多数の青点が星空のように散っている。オスは背ビレと臀(しり)ビレ後部に暗色の縞(しま)が入る美しいヤッコだ。温帯域に適応している種で、日本で見ることができる同属の中では最も大きくなる。大きなものでは体長が20㎝にも達するが、小笠原海域に生息するタイプは最大でも10㎝程度で、別種と思えるほど大きさに違いがある。
さて、レンテンヤッコの話に限ったことではないが、魚には恋だの愛だのが存在するか? 大方の意見では、人間以外には恋や愛は存在せず、「繁殖行動は本能のもとで行われる」となっている。僕自身もこれに関しては間違いないだろうと思ってはいる。だが、一方で人類も魚もはるか昔には原生動物から進化してきた者同士である。現代の科学では解明されていないだけで、恋とか愛とか、私たち人類が持つ感情に似た何かがあるのではないか、とも考えている。
前振りが長くなったが、それを感じさせてくれるのがレンテンヤッコのメスの姿である。レンテンヤッコの産卵は夏の夕暮れ時、水中がやや薄暗くなる頃に始まる。オスは縄張りを巡回して、周囲に散っているメスたちを「産卵サイト」と呼ばれる産卵場所に集める。そこでメスに対して青斑を鮮やかにさせ、オス特有の縞模様の入った背ビレを広げて体側誇示をしながら求愛を行う。そしてペアを形成して産卵に至る。この状況は他の魚でもよく見かけるパターンである。
だが、レンテンヤッコの場合は少々おもむきが異なる。彼からの求愛が次第に高まってくると、彼女は頬をほんのりピンク色に染めるのだ。そして彼の前にそっと出てみたり、彼の後を追いかけてみたり……その姿はまるで彼からの愛を受け入れ、恋に落ちていくように見えるのだ。
[恋に落ちる]オスの求愛を受け入れた瞬間、メスの頬が薄紅色に変化。ここからはメスが先に泳ぐ、すなわちメス主導で愛を盛り上げていく。
言葉という伝達方法を持たない彼らは、泳ぎ方を変えたりすることで相手に情報を伝えているようだが、体色をわずかに変える様子は「感情」をも表しているように思える。私たちが想像している以上に複雑で感情的なやり取りが交わされているのかもしれない。「あなたが好き」─薄紅色に染まった彼女の頬がそう物語っているように見えるのは僕だけだろうか。やがて、彼は彼女の横や下に回り込むようにして産卵のための上昇へと向かう。
幼少の頃に仲良しの女の子と手をつないだ時、胸がキュンとしたりドキドキしたり……そんな淡い記憶を思い出させるレンテンヤッコ。その姿こそが恋という感情の原点であり、彼らの愛の流儀なのかもしれない。
ダイビング専門誌『月刊DIVER』において約3年間連載した「愛の流儀」を元に、 写真を再度選出・追加撮影を行い、加筆修正してパワーアップした1冊。水中生物38種の繁殖行動を決定的瞬間を捉えた写真とともに紹介しています。純愛、略奪愛、必要とあれば性も変える……。命を繋ぐための多彩でちょっと官能的な“愛の流儀”を覗いてみませんか?
Author Profile
阿部 秀樹(あべ ひでき)
1957 年神奈川県生まれ。22歳でダイビングを始め、数々の写真コンテストで入賞を果たした後、写真家として独立。国内外の研究者とも連携した水中生物の生態撮影は国際的にも高く評価されている。さらに浮遊生物、夜の海、魚食などをテーマに精力的に撮影。主な著書に『魚たちの繫殖ウォッチング』(誠文堂新光社)、『美しい海の浮遊生物図鑑』(文一総合出版)、第23 回学校図書館出版賞を受賞した『和食のだしは海のめぐみ(昆布)(鰹節)(煮干)』(偕成社)など多数。