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9/2 2024

小松貴が語る、陸・海・空の虫たちの生き方 〜アリヅカコオロギ、ウミアメンボ、スズメバチネジレバネ〜

虫たちは、私たちが思いもよらない場所でも生きている。
 
地中のアリの巣にすむアリヅカコオロギの仲間、海面を漂うウミアメンボの仲間、スズメバチにフリーライドし空を移動するスズメバチネジレバネ。そんな一風変わった場所で生きる虫たちを、昆虫学者の小松貴氏がご紹介します。
 
(本記事は『虫ってやっぱり面白い! 虫たちの生き方事典』より一部抜粋・改変したものです。 文・写真:小松 貴、 イラスト:じゅえき太郎)

アリの仲間になりすますアリヅカコオロギの仲間

アリとキリギリスという有名な童話がある。夏の間、遊びほうけていたキリギリスは、冬になって食べ物がなくなると働き者のアリの巣へ行き、助けを求める。現実のキリギリスはアリの巣になど近寄らないし、助けも求めないが、コオロギの仲間にはアリの巣に勝手に入りこみ、エサまで横取りするヤツがいる。
 
アリヅカコオロギは、成虫でも米粒ほどの大きさしかないコオロギで、一生翅が生えず飛びも鳴きもしない。かれらはすばやい動きで、地面のアリの行列をたどりアリの巣を見つけ出し、平然と入りこむ。あまりにもすばやいため、アリはこの侵入者を取り押さえることができない。
 
それにあきたらず、このコオロギはアリの巣で、ニセの身分証を作る。すなわち、手近のアリに近づき、ちょっとさわっては逃げる動作を何べんもくり返す。すると、アリの体表のにおい成分が、コオロギの体に染みつき、やがてアリのにおいがするコオロギとなる。
 
暗闇の巣内で、アリは自分の仲間を、体のにおいで認識するため、アリにとってアリのにおいつきのコオロギは仲間そのもの。結果、アリはこのコオロギをよそ者と見ぬけず、コオロギは巣内のエサやアリの卵などを好きに食い散らかす。

クロヤマアリの巣内で見つかったクボタアリヅカコオロギ。体長:3.3-4.0mm / 分布:本州、四国、九州 / 成虫の出現期:一年中 / 生息環境:アリの巣 / 食べ物:アリの巣内の昆虫の死体、アリの卵や幼虫

陸に上がれば死。海に生きるアメンボ ウミアメンボの仲間

海は昆虫にとって過酷だ。塩水にふれれば、体の小さな昆虫は浸透圧の関係で体内の水分がうばわれる。潮の満ち引きで、波打ち際は数時間おきに水没と干上がりをくり返す。気温の変化もはげしく、強力な紫外線にもさらされる。よって、この環境にすめる昆虫は限られる。
 
アメンボの中には、海面上に生息するものがいくつかいて、ウミアメンボと呼ばれる。種類により、沿岸域にすむもの、周囲に陸などない大海原にすむものがいる。海面にうかぶ生物の死体などの汁が、かれらのエサだ。かれらの外骨格は特殊で、日かげのない海面上に居続けても紫外線にやられない。
 
沿岸域にいる種類はさておき、陸地から何百キロも沖合いにいる種類は、気軽につかまえに行けない。だが、それを陸にいながらつかまえるチャンスがたまにある。台風が来て海が荒れた翌日に砂浜へ行くと、ウミアメンボが打ち上がるのだ。波が荒れれば常に打ち上がるわけではなく、低気圧の海上通過ルートが絶妙でないと1匹も来ない。タイミングが早ければ生きた状態で拾えるが、風と波でもみくちゃにされて弱っており、一度陸に上がるとふたたび海に戻れず死ぬ。飼っても長生きしない。

嵐のあと、浜に打ち上がったところを保護されたセンタウミアメンボ。体長:3.4-4.2mm / 分布:太平洋、日本海 / 成虫の出現期:一年中  / 生息環境:海洋 / 食べ物:ほかの生物の体液

最強のハチを操る スズメバチネジレバネ

ネジレバネという虫は、ネジレバネ目という独自の分類群を作る仲間で、今なお何の昆虫に近縁かはっきりしない、なぞに満ちた昆虫だ(コウチュウ目かハエ目のどちらかだという説はあるが)。それは、かれらの姿形がほかの昆虫類とはあまりにもかけはなれすぎていることによる。
 
ネジレバネのオスの成虫は、一見ハエのような姿で翅をもつ。前翅は短い棒状だが、後翅が発達し、これで飛ぶ。この後翅がねじれているように見えるのが、名前の由来だ。メスの成虫はもっと奇妙で、原始的な種を除いて翅も脚もなく、ただの袋のような形で、どう見ても昆虫には見えない。
 
ネジレバネは、世に知られるその全種がほかの昆虫体内に寄生する。その中で比較的われわれの身近なところに生息する大形種が、スズメバチに寄生するスズメバチネジレバネだ。春先、メスのネジレバネを体内に宿したハチの女王が、樹液の出る木などに来ると、メスのネジレバネはおびただしい数の小さな幼虫を放出する。そこに降りた幼虫は、後からやってくる別のスズメバチの体に取りつき、体内に侵入する。寄生されたハチは自分の巣に帰るが、その後、活動がにぶくなり、巣から出なくなる。この期間中、ネジレバネの幼虫はハチから養分をうばって成長する。
 
秋口、ネジレバネの成虫になる日が近くなると、雌雄ともにハチの腹節の間から頭だけを出す。同時に、このころ寄生されたハチは、おそらくネジレバネに行動を操られ、巣の外へ出る。羽化したオスはすぐに宿主の元から飛び去り、わずか2〜3時間の寿命のうちに周囲にいるはずのメスに寄生されたハチを探しだし、交尾する。その後、メスはハチの体内にいるまま宿主とともに越冬し、翌年の幼虫放出に備える。ネジレバネは、寄生バチや寄生バエなどほかの寄生昆虫とちがって宿主を殺さず、むしろ延命させる。
 
*越冬するスズメバチは原則として新女王なので、春の冬眠明けで活動し始めたスズメバチで、ネジレバネに寄生されている個体は新女王である。ただし、まれに前年秋に寄生された働きバチが越冬し、翌春に活動する例がある。

コガタスズメバチの腹部から頭を出すオス(左)とメス(右)。体長:♂3mm、♀6mm / 分布:本州、四国、九州 / 成虫の出現期:夏から秋 / 生息環境:スズメバチの生息地 / 食べ物:幼虫とメスはスズメバチの養分、オスは何も食べない

もっと虫の生きざまが知りたくなったら…

虫ってやっぱり面白い! 虫たちの生き方事典
昆虫学者・小松貴氏が、自身の発見やほかの図鑑には載っていない虫を含む63種を厳選。進化の道のりの中で手に入れた面白い生態や、独特な姿・形に関する話題を、貴重な生態写真とともに解説。人気漫画家・じゅえき太郎氏の描き下ろしイラストをふんだんに使い、虫の生きざまをわかりやすく、楽しく学ぶことができる。
 
小松 貴 著 / じゅえき太郎 イラスト / 四六判(188×128mm) / 160ページ

ISBN 978-4-8299-7254-0

2024年8月2日発売

定価1,980円(本体1,800円+10%税)
 
好評発売中! 見本ページや電子版のお求めは文一総合出版ホームページから!
 

Author Profile

小松 貴(こまつ たかし)

昆虫学者。1982年生まれ。専門は好蟻性昆虫。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻・博士課程修了。博士(理学)。2016年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2017年より国立科学博物館にて協力研究員を経て、現在在野。著作に『裏山の奇人—野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)、『陸の深海生物—日本の地下に住む生き物』(文一総合出版)ほか多数。

Author Profile

じゅえき太郎(じゅえきたろう)

イラストレーター・漫画家・絵本作家。身近な虫をモチーフにさまざまな作品を制作している。著書に『ゆるふわ昆虫図鑑』(宝島社)、『ゆるふわ昆虫図鑑 ボクらはゆるく生きている』(KADOKAWA)など多数。

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