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9/20 2024

図鑑を持って野に出よう -『ポケット図鑑 新 日本の昆虫1900』-

昆虫のシーズンは夏だけじゃない! むしろ、涼しくなる晩夏から秋にかけて、バッタやトンボなどのおなじみの秋の虫はもちろん、コウチュウの仲間やカメムシなども元気に活動しています。
そんな虫たちがなんの種類なのか気になるときは、やはり図鑑を使ってみるのが一番! 
この記事では、日本野虫の会として活動されているとよさきかんじさんに、文一総合出版の図鑑の実用例を紹介していただきます。

ポケット図鑑+ハンドブックでいろいろな虫を調べてみる

私は今年から昆虫観察会を主催しており、以前にも増して野外で図鑑やハンドブックを使う機会が多くなりました。毎回観察会のテーマに合わせて2〜3冊をリュックに放り込んでおいて、解説が必要な虫を見つけた時に取り出して参加者と一緒に調べています。
今回は2024年7月に発売された『ポケット図鑑 新 日本の昆虫1900」(以下、昆虫1900)とハンドブック数冊を野外に持ち出して秋(というか晩夏)の虫を調べてみました。

左:新 日本の昆虫1900 ①チョウ・バッタ・セミ、右:新 日本の昆虫1900 ②トンボ・コウチュウ・ハチ 旧版の『日本の昆虫1400』も約10年間愛用していました

9月上旬、今年から導入した空調べストが作るぬるい風を浴びながら歩いていると、草むらから羽音を立てて大きなバッタが翔び立ちました。大型のバッタの中で一番有名なのはトノサマバッタですが、他にも似ている種にクルマバッタ、クルマバッタモドキ、ツチイナゴがいます。草むらに着地したバッタをむんずと捕まえて、まず昆虫1900① P.163のトノサマバッタの項を開いてみました。

写真で見る限りは一致しています

トノサマバッタは「幼虫・成虫ともに前胸背中央がV字に小さく凹む」と書いてあります。え? そんなのなくない? 拡大すると確かにV字の小さな凹みがあります! すごい! これは知りませんでした。しかし老眼殺しの識別点です。

V字の凹み。写真に撮ってやっとわかりました

「後翅は内側が淡黄色で外側に向かって淡黒色となる」とあるので後ろ翅を開いてみると、薄い黄色をしています。クルマバッタは名前の由来になった輪状の黒色帯があるのでトノサマバッタで確定です。「ああ、よく見かけるあの虫ね」という昆虫でも、もう一度図鑑で調べてみると知らなかった情報や見分け方があることに気がつきます。

後ろ翅を開いてみました。すまんね

水辺の草むらを歩くと小型のバッタが次々と飛び出して来ました。田んぼでよく見かけるイナゴの仲間です。イナゴで思い出しましたが今年はお米が高いですね……困っています。さてイナゴを捕まえる時に必ずチェックしたいのが翅の長さです。基本的には腹端より翅が長ければハネナガイナゴ、短ければコバネイナゴですが、翅が短いはずのコバネイナゴには「長翅型」という翅が長いタイプが混ざっており♂では識別できないと言われています。捕まえたこの子も翅と腹端の長さはほぼ同じで、ハネナガなのかコバネなのか判然としません。マジか。しかしこんな時こそ図鑑の出番です。

イナゴの同定は意外とたいへんです

さっそく昆虫1900①のチョウ・バッタ・セミのバッタ目からイナゴの載っているP.173を開いてみました。ハネナガイナゴの解説には「♀腹部第3腹節腹面のトゲ」とあります。さっそく♀のお腹の付け根の側面をしげしげと眺めましたがトゲはありません。よってこの子はハネナガイナゴではなくコバネイナゴとわかりました。

ちなみに尾端に縦すじがあるのが♀、のっぺりしているのが♂です

別に「バッタの何か」でも「イナゴの一種」でもいいのですが、もう一歩踏み込んで種を同定するためには図鑑が頼りになります。図鑑で調べるメリットは、同じページに載っている似たような種が目に入ることです。そうすると「え? パッと見同じに見えるけど何が違うの?」という疑問が生まれ、図鑑にその「識別点」が書いてあればその場で確認したり、知識をストックすることができるのです。また都市部の公園では、一時的な採集はOKでも持ち帰りが禁止されている場所が多くあります。帰ってからじっくり調べるのが難しい時こそ、持ち運びが便利なポケット図鑑やハンドブックが活躍するのです。

さてここからは出会う昆虫を片っ端から調べてみたいと思います。
大型のカマキリにはオオカマキリとカマキリ(チョウセンカマキリ)がおり、2種の見分け方は観察会の定番ネタです。暴れるカマキリを図鑑に載せようとしていたら足場にされてしまいました。まあいいか……。前脚の付け根が薄い黄色ならオオカマキリ、濃い橙色ならカマキリということで、バッチリ識別点が写っていました。薄い黄色なのでオオカマキリですね!

前脚の付け根(胸)の薄い黄色が見えますか?

黒い甲虫がぶいーんと飛んできてクワの枝にとまりました。一見ゴマダラカミキリのように見えます。しかし近年、よく似たツヤハダゴマダラカミキリという侵略的な外来種の報告が相次いでいます。私はまだ未見ですが念のため図鑑を使って確認してみました。

普通種ですがかっこいいカミキリムシです

昆虫1900② P.211のゴマダラカミキリの項には「特定外来生物のツヤハダゴマダラカミキリは上翅基部の顆粒状点刻がわずかで、前胸背背面は無文、小楯板の軟毛はなく黒色」とあります。一方ゴマダラカミキリは「基部全体に顆粒状の点刻、前胸背背面に一対の不明瞭な青黒い紋、小楯板は青黒い軟毛が生える」とあります。改めてチェックしてみて在来種のゴマダラカミキリだと同定できました。よかったよかった。

肩がボツボツしており、小楯板の周りに毛があるのが見えます

タデ科植物に赤いゾウムシがとまっていました。昆虫1900② P.206に載っているカツオゾウムシです。羽化したては赤い鱗片をまとっていますが、そのうちハゲて真っ黒になってしまい、似た体型のハスジカツオゾウムシと見分けが難しくなります。

体型がかつお節に似ているのが名前の由来です

ここからはカメムシ目です。セイタカアワダチソウに5mmほどの赤褐色の昆虫がいました。草むらに生息するツノゼミの仲間です。昆虫1900① P.231のトビイロツノゼミとオビマルツノゼミのどちらかだと思い、これはかなり悩みましたが総合的にオビマルツノゼミと判断しました。

図鑑だけだとわからずネットや他の図鑑も参考にしました

地表を歩く赤いカメムシを見つけました。背中に一対の黒い紋があります。確かよく似た2種がいたはず……と調べてみると、昆虫1900① P.268にオオホシカメムシとヒメホシカメムシが載っていました。体長と黒い紋の比率からオオホシカメムシで確定です。ちなみに、夏の終わりには地面に落ちたアカメガシワの果実に成虫・幼虫が集まって吸汁しています。

初夏と初秋によく見かけるカメムシです

調べていると、テーブルの上に5mmほどの楕円形のカメムシが歩いてきました。自分からやって来るとは奇特な昆虫です。背中に白い紋が3つあるので昆虫1900① P.279のミツボシツチカメムシとわかりました。類似種に紋が2つのフタホシツチカメムシというのもいます。春はヒメオドリコソウ、秋はメハジキの果実などに集まって汁を吸う姿を見かけます。

知らなければ黒い点にしか見えません

トンボハンドブックを使ってみた

翅に太い褐色の帯がある赤トンボが目の前にとまりました。トンボに関しては『トンボハンドブック』を参照してみましょう。トンボの識別点がわかる側面に加え、上面の写真が載っているのがありがたいですね。P.104の検索表からミヤマアカネに辿り着きました。類似種も載っているので、コフキトンボではないことを確認してミヤマアカネの♂に決まりました。

非常に美しいトンボです

ハエハンドブックを使ってみた

土の地面の上を忙しなく飛び回る黄色と黒のアブの仲間を捕まえました。ハエの仲間に関しては『ハエハンドブック』で探してみます。尾端を砂に擦りつける行動からツリアブ科と判断し、P.83のナミスキバツリアブに行きつきました。8月の酷暑でも日なたで活動しているとんでもない昆虫です。

黄色の毛はハチ擬態なのでしょうか

今夏の観察会では、あまりに野外が暑すぎるため、公園内の施設を借りて図鑑で昆虫を調べる「勉強会」を行いました。様々な出版社から刊行されている図鑑をずらーっと並べて、実際に採った虫を調べてみる試みです。同じ虫でも図鑑によって載っている情報が違うことがわかりました。ちなみに私は、新しい図鑑が出るとなるべく買うようにしています。最新の情報が欲しいのと、買い逃すと絶版になってしまい入手困難になってしまうこともあるので……。

勉強会に持参したマイ図鑑コレクション

私の観察会では、参加者全員でコース上にいる虫をひたすら見つけながら歩いていきます。毎回進みが遅いため時間が足りなくなると「虫を見ないで進んでください!」という矛盾した声かけをすることも珍しくありません。
その場で調べる時はハムシハンドブックテントウムシハンドブックハエトリグモハンドブックイモムシハンドブック1〜3をよく使っており、わからない時は記録(写真)を取って帰ってから調べます。そして種名を調べるのは大事ですが、実際に手の上に乗せてみたり、匂いを嗅いでみたり、なぜこの虫がここにいるのかを考えてみることが重要だと思っています。
 
そして、今回記事を書いてみて、図鑑の上に虫を置いてひとりで写真を撮るのはとても難しいということがわかりました。虫はなかなか言うことを聞いてくれません。みなさんもぜひチャレンジしてみてください。

昆虫を調べたいならこの図鑑!


ポケット図鑑 新 日本の昆虫1900



「昆虫図鑑の新しいスタンダード」から、子どもから大人まで楽しめる「最強・最良の標準図鑑」へ
野外で“本当に出会える”昆虫、約1900種を掲載(1-2巻合計)。定評の白バック写真をより自然な姿勢のものに変更し、解説文の増強や部分図の追加などで識別をより意識した構成にパワーアップ。二次元コードを読み取って約100本の動画や音声も楽しめます。
 
槐 真史 編著 / 伊丹市昆虫館 監修 / A6判 / 320ページ
ISBN 978-4-8299-8312-6  2024年7月2日発売
定価1,760円(本体1,600円+10%税)

トンボハンドブック
わかりやすい検索表×細部まで美しい標本写真。トンボを見わけたい人に最適なハンディ図鑑!
日本産トンボ目全206種のうち、本州に分布する121種を収録。成虫雌雄や未成熟個体などのバリエーションを白バック写真で掲載。色や形、大きさ、生息環境から科を絞り込める検索表に加え、種までたどる検索表と類似種との比較により、トンボを見わけることができるハンディ図鑑。
 
尾園 暁 文・写真 / 二橋 亮 監修 / 新書判 / 144ページ
ISBN 978-4-8299-8179-5/2024年4月4日発売
定価1,980円(本体1,800円+10%税)
 
ハエハンドブック
日本の双翅目(ハエの仲間)約400種を紹介する図鑑。生きたハエの写真が見やすく、原寸大も掲載。同定方法・文献情報も充実しており、生物調査に役立つ。身近なハエについてのコラムも豊富で初心者でもハエへの理解が深まる。 水濡れにも安心のビニールカバー付き。
 
熊澤辰徳 解説 / 須黒達巳 写真 / 新書判 / 176ページ
ISBN 978-4-8299-8175-7/2024年5月31日発売
定価2,860円(本体2,600円+10%税)

Author Profile

とよさき かんじ

1975年、埼玉県生まれ。多摩美術大学絵画科油画専攻卒。「日本野虫の会」という屋号で嫌われがちな虫の魅力を紹介しながら生物多様性への興味をつなげる活動をしている。テーマは「虫と和解せよ」。著書に『くるりん!ダンゴム』(岩崎書店)『すりの虫観察ガイド』(文一総合出版)『街なか葉めくり虫さんぽ』(ベレ出版)がある。
Twitter:日本野虫の会 @panchichi3
活動や観察会について:https://note.com/yachunokai

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