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哺乳類

Mammal

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11/13 2024

リスは本当に森のタネまき名人なのか?

森のタネまき名人

ドングリをくわえて運び、大事そうに地中に貯えるリス(*1)。絵本などで見たことがあると思います。食べ物が少ない冬に備えて、実りの秋にせっせと貯めます。リスは貯えたドングリすべてを食べるわけではなく、食べ忘れたドングリは春に芽を出して、やがて生長して実を結ぶ、と描かれている絵本もあります(*2)。このように、リスによる貯食が植物の次世代を育むという話(「貯食散布」という)は、子どものころからなんとなく知っている方も多いと思いますが、実際はどうなのでしょうか。
 
動物と植物の種子散布の関係を紹介した書籍 タネまく動物 体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで から、わかりやすいイラストとともにリスの貯食について解説します。
(文:田村 典子(国立研究開発法人森林総合研究所 研究専門員)、イラスト:きのしたちひろ)
 
 
*1 本項でリスと表記した場合はリスの仲間全体を示す。
*2 日本に生息するニホンリスやキタリスはタンニン含有率が高く、渋みが強いドングリ類(カシ類)をあまり貯食しない。タンニンが少ないスダジイなどは好んで食べる。北アメリカにはドングリ類を好んで食べ、貯食するハイイロリスが生息している。

リスはなぜ貯食するのか?

リスはクマやタヌキなどほかの哺乳類とは異なり、体に脂肪を貯えるのではなく、食べ物を貯えることで厳しい冬を乗り越えます。冬眠をしないキタリス(*3)やニホンリスは1個ずつタネを運んで別々の場所に埋めていく「分散貯食」をし、冬の間にそれを少しずつ食べます。冬眠するシマリス(*4)は頬袋をもち、ミズナラなどのタネ(ドングリ)を一度にたくさん運んで巣穴に貯食する「集中貯食」をし、冬眠中にも時折目覚めて、貯えたタネを食べます。
 
とはいえ、冬の間に必要な食べ物の量を正確に把握して貯食しているというわけではなさそうです。ニホンリスはオニグルミのタネが実る9〜10月にかけて毎日のように10個以上(おそらく1個体が合計で1,000個以上)貯食しますが、貯食したすべてのタネを冬の間に食べつくすことはありません。オニグルミのタネに小型の発信器(2グラム)を取りつけ、実際にリスが持ち去ったクルミを追跡したところ、約1割は食べ残され発芽のチャンスを得ました。忘れてしまったのか? 食べる必要がなかっただけなのか? それはリスにしかわかりません。

リスは何でも貯食するというわけではありません。硬くて大きくて脂肪分の多い食べ物を目にすると、貯食の衝動が発動するようです。この行動は理にかなっています。やわらかいヤマグワの果実を土中に埋めてもすぐに腐ってしまいますし、小さなケヤキのタネを1個ずつ運んで埋めるのは面倒です。1個ずつ運搬して穴を掘って埋める貯食行動は、それに見合うエネルギー対価が得られる保存可能で栄養価の高いタネに対してのみ行われるのです。
 
*3 北海道に生息するキタリスの亜種をエゾリスと呼ぶ。
*4 北海道に生息するシマリスの亜種をエゾシマリスと呼ぶ。

貯食されるタネのメリットは?

オニグルミやミズナラなど比較的大型のタネは、成熟すると落下し、親木の直下に溜まります。地形によっては、谷に転がり落ちて沢に流れていくこともあるでしょう。しかし、リスに分散貯食してもらうことで1個ずつ離れたところへ運んでもらえます。谷方向ばかりでなく、尾根方向や尾根を越えてとなりの斜面までも。そして、リスによって枯葉の下や浅い地中に埋めてもらうことで、冬の乾燥をまぬがれ、春には無事に発芽することができます。

初夏、ニホンリスがすむ森でオニグルミの芽生えの分布を調べた結果、親木周辺に芽生えはなく、前年に落下したタネの芽生え(当年生実生)は20~30メートル離れた位置に多く見られました。二年生以降の芽生えはより遠く、40~50メートルの距離に多く分布していました。リスなどによって親木からより遠くに運ばれたタネのほうが、その後も生き残りやすいことがわかります。
 
キタリスやニホンリスはササなどによる見通しの悪い茂みを嫌い、地表の草木がまばらな、比較的開けた場所に貯食します。リスが選ぶ貯食場所はタネにとっても好都合です。ササなどが繁茂した場所では、発芽後の芽生えの生残率が低くなるからです。リスの貯食行動はタネにとって安全な場所への確実な散布(セーフサイトへの「指向性散布」)という、大きなメリットがあります。

リスはタネをどこまで運ぶ?

ニホンリスがタネを運搬する距離を知るために、小型の発信器を取りつけたオニグルミのタネのゆくえを調べてみました。720個のタネの貯食先を調べたところ、運搬距離は平均すると約10~20メートル、最大で168メートルでした。オニグルミのタネは、リスだけではなく、アカネズミも好んで食べます。アカネズミは、クルミのタネが落下している親木近くでタネを探索することが多いのですが、リスが地中に貯食したタネを見つけて盗むこともあります。アカネズミの密度が高い場所では、リスはタネを遠くまで運んで埋める傾向があります。また、リスはオニグルミの果実がたくさん落ちている場合には、親木の近くに貯食しますが、果実が少ない状況だと1個ずつ時間をかけて遠くまで運んで埋めます。小さいタネ(約5グラム)よりも大きいタネ(約15グラム)を遠くへ運ぶ傾向があることもわかりました。クルミを1個ずつ運んで貯食し、また親木に戻ってくるという行動は遠くに運ぶほどコストがかかります。リスはどれだけコストをかけるべきか、タネの価値と盗まれる危険度によって臨機応変に変えていることがわかりました。

貯食してもらうためのタネの進化

300万年から150万年前の地層から出土されるクルミ属オオバタグルミのタネの化石は、現生種よりも大きく、溝が深く、可食部である仁(*5)が小さかったそうです。しかしその後、次第に可食部が大きく溝が少ない小型の現生種に置き換わります。クルミ類のタネの発芽や初期生長にとって、仁はそれほど大きい必要はないのです。種子散布者を誘引し、遠くへ運んでもらうために、報酬として大きい可食部を備えたと考えられています。
 
現生するオニグルミのタネの大きさ(約10グラム)は、アカネズミにとって大きすぎるようで、アカネズミは小さめのオニグルミのタネを選んで利用しています。また、ササなどが繁茂する林床に持ち去るアカネズミは、オニグルミにとって歓迎される散布者ではないのでしょう。キタリスやニホンリスの貯食行動は、オニグルミにとって好都合であった結果、リスに運搬され貯食されやすい大きさのオニグルミが選択されてきたのだと考えられます。長い時間をかけて、リスとクルミは切っても切れない関係になっているようです。
 
*5 クルミは緑色の外果皮、堅く木化した内果皮、それに包まれた仁からなる。仁には子葉となるための胚と、その栄養分である胚乳が含まれる。

もっとタネまく動物のことが知りたくなったら

タネまく動物 体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで
タネまく動物と植物はどのように進化してきたのか? 生態系における動物と植物の相互作用の象徴的な現象である「種子散布」に関する最新の研究をわかりやすく紹介。ツキノワグマやサル、コウモリなど哺乳類のほか、カラスやヒヨドリ、海鳥の仲間、ナメクジ、糞虫、ワラジムシなど、20種類以上の多種多様な動物が登場。各分野の研究者が監修した図解イラストも掲載。
 
小池伸介・北村俊平 編者 / きのしたちひろ イラスト
四六判(188×128mm) / 152ページ
ISBN 978-4-8299-7255-7 2024年9月13日発売
定価1,980円(本体1,800円+10%税)

Author Profile

田村 典子(たむら のりこ)

『タネまく動物』p.40-43 担当。森林総合研究所・研究専門員。博士(理学)。リス類の行動生態研究を通して森林環境、生物間相互作用、保全生態学を研究しています。

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