イヌ、ネコ、ウシなど、人間の生活に深いかかわりがあるほ乳類(哺乳類)。
その一番の特徴は、名前にも「乳」とある通り「授乳して(乳汁を与えて)子育てをすること」。
哺乳類の種類によって違う乳頭の位置や数・乳汁の成分とその理由を、書籍『はじめて学ぶ哺乳類』より抜粋してご紹介します。
哺乳類(ほにゅうるい)は、動物界・動物門・哺乳綱というグループに分類されます。この哺乳綱というグループに属する生物はどのような共通点があるのでしょうか。哺乳類のみに見られる特性として、以下のことが挙げられます。
①母乳で子育てすること
②胎生であること(単孔類を除く)
③歯が複数の種類(切歯、犬歯、前臼歯、後臼歯)に区別できること
④皮膚に毛があること
これに加えて、3つの耳小骨や汗腺、横隔膜があること、陰嚢に包まれた精巣が外に垂れ下がっていることが哺乳類のみの特性と挙げられた人は、哺乳類のことをどこかで学んだことがある方でしょう。
さらに、
⑤体温が一定に保たれていること
⑥骨で体を支えていること
⑦肺で呼吸をすること
⑧心臓が2心房2心室であること
も哺乳類の共通点になります。ただし、⑤から⑧は哺乳類だけではなく、脊椎動物である魚類、両生類、爬虫類、鳥類にも見られます(表1)。この記事では、特徴①母乳で子育てすること についてご紹介したいと思います。
哺乳類はその名の通り、「母親が新生仔に乳汁(母乳)を与えて子育てする」という特性を持つ生物です。哺乳類の特性とは何かと質問した時、最初に返って来る答えではないでしょうか。全ての哺乳類には「乳腺(おっぱい)」があって、メスは出産後のしばらくの期間、乳汁で赤ちゃんを育てます。オスにも乳腺は備わっていますが(※1)、発達していないので乳汁を出すことができません。ですから、哺乳類の場合、メスなくして子育ては成り立たないのです。
一方オスはと言えば、子育てどころか、交尾を終えたらどこかへ行ってしまうのがふつうです。哺乳類の中で子育てに協力するオスは、タヌキやゴリラなどわずか5%ほどの種類しかいません。ヒトも男性が子育てに参加しますが(そのはずです……)、実は哺乳類としてはかなり少数派なのです。
メスが子育てに必要な乳汁をつくる器官が乳腺で、乳汁が出る突起を乳頭といいます。乳頭は、ヒトなどの霊長目では胸部にありますが、その位置は多様です。ニホンカモシカやニホンジカでは足の付け根(鼠径部)、イノシシでは胸部から下腹部、ゾウやジュゴンでは乳頭が脇の下に位置しています(※2)。
※1 オスの乳腺:マレーシアに生息するダヤクフルーツコウモリは、オスでも少量の乳汁を出すことが報告されている。
※2 ミルクライン:脇の下から足の付け根まで乳腺の基本構造がある。ほとんどの哺乳類は、このラインのどこかから乳頭が現れている。
上位の分類階級間で比較してみましょう。有胎盤類の乳頭は胸部から鼠径部にかけてあるのに対し、有袋類の乳頭は「育児嚢」(※3)と呼ばれる袋の中にあり、単孔類では乳頭そのものがありません。単孔類の場合は、乳頭の代わりに乳汁が皮膚からしみ出し、新生仔はそれを舐めて栄養を得ます。ちなみに、乳腺は汗を出す汗腺が変化したものと考えられています。原始的な哺乳類である単孔類の授乳方法を知ると、乳腺は汗腺が変化したものであることを納得できる気がします。
※3 育児嚢:有袋類の名前の由来であり、未熟児を育てるための袋。魚でもオスのタツノオトシゴに見られるが、もちろん乳頭はないので、同じ構造ではない。
乳頭の数はどうでしょう(表2)。ヒトの場合、胸部に左右1対、計2つですね。ニホンザルやオランウータンなどの霊長目も胸に2つあります。一方、食肉目クマ科クマ属のツキノワグマとヒグマは3対(6つ)と同じですが、同じクマ属のホッキョクグマは2対(4つ)と異なっていて、同じ仲間であっても乳腺の数は異なることもあります。
また、ニホンジカやニホンカモシカは基本的に1頭ずつ出産しますが、乳頭の数は2対あります。多産なイノシシでは5対も乳頭がありますが、より多くの子供を産むように品種改良されたブタの乳頭は7対まで増えています。乳頭の数や位置は、その種が一度にどれだけ子供を出産するのかと大きくかかわっています。
乳汁は、水分のほかに、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、それにミネラルの五大栄養素全てが含まれている、非常に栄養価が高い液体です。ただし、含まれている五大栄養素の割合は、分類群によって少しずつ異なっています(図2‐1)。
ヒトを含めた霊長目では、炭水化物である乳糖の割合が高いのが特徴です。その理由としては、乳糖が分解されてできる「ガラクトース」が脳や神経の発育に欠かせないためと考えられています。霊長目は他の大型哺乳類に比べ非常に大きな脳を持っています。例えば、ヒトが約1300グラムの脳を持っているのに対し、ヒトと同じぐらいの体重であるツキノワグマやニホンジカは200〜300グラム程度です。一方、ニホンザルは体重10キログラムほどですが、約80グラムの大きな脳を持っています。体重で比較すると、霊長目の脳がいかに大きいのかがわかるでしょう。霊長目の乳汁が乳糖を多く含むことは、大きな脳の発達と関連しているのではないかと考えられています。
クマの乳汁では、脂肪の割合が高い傾向があります。鯨類やオットセイなどの海棲哺乳類も同様に、脂肪割合が高いです。これは、熱の損失を補うためではないかと考えられています。海棲哺乳類の多くは寒い環境に生息しているので、乳汁が高脂肪分でなければ新生仔は寒さによって熱を奪われてしまうのです。クマ属の中で比較しても、北極など極寒の地で子育てをするホッキョクグマの方が、冷温帯で子育てをするツキノワグマに比べて乳汁の脂質割合が高くなっています。このことも熱の損失を補うためという考えを支持します。
一方で、乳糖が少ないのも特徴です。母グマは冬眠している間に出産し、しかも冬眠期間中に食事をすることはありません。したがって、冬眠までに蓄えたエネルギーを基に新生仔に栄養を与えていることになります。冬眠前と冬眠後の体重を比べた研究によると、母グマの体重は40%も減少していました。ほぼ半分に痩せてしまっていたことになり、絶食しながらの出産および子育ては母グマにとって自身の生命も脅かしかねないということが推測できます。母グマは炭水化物の主体である乳糖を自身の体調を維持することに利用していて、成分中の炭水化物が抑えられていると考えられています。
タンパク質やミネラルの量は成長速度とも関係しています(図2‐2)。出生後、初期の発育速度が速い動物ほど、乳汁のタンパク質やミネラルの割合が高い傾向にあります。ネズミやウサギなどは、高タンパク質および高ミネラルの乳汁を新生仔に与えることによって、早い成長を促しています。一方、大きく成長するまでに時間がかかる動物であるヒトは、タンパク質やミネラルの含有量が比較的少ないです。
乳汁成分の質や量は種間で異なるだけでなく、同一個体であっても健康状態によって変化します。授乳の始まる時期と終わる時期で成分が違うこともあります。もちろん哺乳類に共通している乳汁の特性もありますが、生息環境や乳汁を与えている時期によっても少しずつ異なっていて、一口に乳汁といってもさまざまですね。
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Author Profile
山本 俊昭(やまもと としあき)
日本獣医生命科学大学 獣医保健学部 獣医保健看護学科 教授
1973 年鳥取県生まれ。北海道大学大学院農学研究科 博士後期課程修了。博士(農学)。2010 年よりNPO 法人ピッキオ 理事。哺乳類だけでなく、魚類の生態も追いかけている。いつか、サケを食べるクマを研究したいと密かに思っている今日この頃。