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哺乳類

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5/1 2018

結局、対馬のカワウソってなにものだったの?
――最新の研究でひもとくニホンカワウソの正体

世紀の大発見!?

昨年(2017年)、対馬でカワウソが発見されたとの一報が入りました。
カワウソ学者の誰も予想していないことが起こったうえ、そのカワウソは健康そのものに見え、筆者は絶句しました。さらに、発見の一報を受けた筑紫女学園大学の佐々木浩教授らによる現地調査によって糞が採取され、足跡も発見されたことから確実にカワウソが生きていることがわかり、本当に驚きました。

対馬で撮影されたカワウソ。 肉付きも良く健康そのものに見える (提供:琉球大学動物生態学研究室)

なにがそんなに衝撃的なのかと言うと、日本に棲んでいたカワウソ、つまり「ニホンカワウソ」は1979年に高知県で目撃されたのを最後に我々の前からは姿を消し、2012年には環境省が絶滅を宣言している動物なのです。
ではなぜ、ニホンカワウソは絶滅したのでしょうか?
その理由としては明治から昭和初期にかけて、毛皮の利用だけでなくカワウソの肝が結核に効くとされ、国内消費のために乱獲され数を大きく減らし、さらに戦後の農薬の誤った利用・廃棄が絶滅の決定打になったのではないか、という推測が挙げられます。つまり、悲しいことに、ニホンカワウソを絶滅に追いやったのは紛れもなく我々日本人なのです。
ところが、絶滅したはずのカワウソが約40年ぶりに対馬で見つかったのです!!

もし本当にニホンカワウソなら、これまでの常識をくつがえす、まさに世紀の大発見と言えます。

対馬で発見されたカワウソの足跡。
5本指がはっきりと確認できる (提供:環境省)

そもそもニホンカワウソって?

対馬で見つかったカワウソがニホンカワウソなのかを説明する前に、ニホンカワウソが分類学的にはどんな動物なのかおさらいしておきましょう。
そもそも「ニホンカワウソ」という単語は、日本列島に生息していたカワウソ属(Lutra:ラテン語で「カワウソ」の意味)のカワウソに使われます(ちなみに、北海道などに分布しているラッコ属(Enhydra)、すなわちラッコ(Enhydra lutris)もカワウソ亜科に含まれ、広い意味ではラッコもれっきとしたカワウソです)。
環境省が使うニホンカワウソという動物には、北海道にいたもの(学名ではLutra lutra whiteleyi)と、本州以南にいたもの(Lutra lutra nippon)の2亜種が含まれています(環境省レッドリスト)。
ニホンカワウソの学名にある「Lutra lutra」というのは、ユーラシアカワウソという種類のカワウソを指し、Lutra lutraに続く「whiteleyi」と「nippon」が、それぞれ亜種名を指しています。つまり、環境省は日本にいたカワウソを、分類学的にはユーラシアカワウソのwhiteleyi亜種とnippon亜種として扱っているのです。
生きものに詳しい人だと、「あれ? ニホンカワウソは日本の固有種じゃないの?」と思われるかもしれません。
実際に、1989年には、今泉吉典氏と吉行瑞子氏によって、日本に住んでいたカワウソとユーラシア大陸に棲むカワウソの頭骨の測定と比較の結果、本州以南に住んでいたカワウソが日本固有種のニホンカワウソ(Lutra nippon)として論文に記載されています。
しかし、世界中の生物のレッドリスト(絶滅の危険のある野生生物リスト)を作っている国際自然保護連合(IUCN)は日本固有種とする分類を採用しておらず、ニホンカワウソをユーラシアカワウソの異名(シノニム)として扱っており、「ニホンカワウソ=ユーラシアカワウソ」というスタンスをとっています。
このように、ニホンカワウソの分類は立場によって日本固有種となったり、ユーラシア大陸に広く生息する種の中の単なる1亜種となったり、異なる扱いがされています。

対馬のカワウソの正体とは!?

では、今回対馬見つかったカワウソはいったい何者なのでしょうか?
筆者は対馬で採取されたカワウソの糞からDNAを抽出し、その正体を調べてみました。

対馬で2017年8月31日に採取されたカワウソの糞。
魚の骨や鱗が確認できる(提供:環境省)

少し専門的な話ですが、哺乳類のミトコンドリアDNAというのは必ず母親から受け継がれます。つまり、ミトコンドリアDNAを調べると、母方の家系、つまりユーラシア大陸由来のカワウソなのか、日本由来のカワウソなのかということがわかるようになります。
対馬で発見されたカワウソのミトコンドリアDNAがわかれば、日本列島周辺域に棲むユーラシアカワウソだけでなく、標本が残っている神奈川県や高知県のニホンカワウソともどんな親戚関係にあるのか比較することができるのです。
ただ、比較と言っても具体的に形態を比べるわけではなく、DNA情報をもとに系統樹(家系図のようなもの)を推定することになります。
 
では、その結果が以下の図です。

ユーラシアカワウソとニホンカワウソの系統樹
(環境省発表を改変)

この系統樹を見ると、対馬のカワウソ(図最上部)は韓国やサハリンに棲むユーラシアカワウソと単系統群(同じ祖先をもつ集団)を形成していることがわかります。しかも、その分類は精度が高い値を示したため、今回対馬で見つかったカワウソは、韓国・サハリン系統のユーラシアカワウソであるということがほぼ確実に言えます。つまり、対馬で見つかったのは何百万年と日本で生活していたニホンカワウソではなく、比較的近い時代にユーラシア大陸から渡ってきたカワウソということになります。
 
そもそも、今回カワウソが発見された対馬の生物は、一部を除き、日本列島の生物よりもユーラシア大陸の生物に近いことが明らかになっています。野生ネコとして有名なツシマヤマネコも、朝鮮半島などに分布しているベンガルヤマネコの親戚(同亜種)とされています。そのことからも、今回対馬で見つかったカワウソが韓国やサハリンに棲むカワウソと同じ種類である、ということはなんら不思議ではありません。

どこからやってきたのか?

では、このカワウソはどうやって対馬まで渡ってきたのでしょうか? 可能性は大きく3つあります。
1つ目は、本当に対馬に野生のカワウソが残っていて、そのうちの1個体が今回撮影された可能性です。
他の対馬の生物と同様に数万年前に渡ってきて、対馬で子孫が生き残っていた可能性があります。しかし、対馬では別の動植物の調査が長年専門家によって続けられてきているので、今になって偶然見つかるとは考えづらいです。
 
2つ目は、偶然が重なって対馬に流れ着いた可能性です。
対馬周辺の海域には、東シナ海から対馬をかすめて日本海へ対馬海流が流れています。この海流に流され、韓国に棲んでいたカワウソが数十キロ離れた対馬に流れ着いた可能性が考えられます。
 
そして3つ目は、人の手によって持ち込まれた可能性です。
ペット目的などの意図的なものか、あるいは船にこっそり乗っていたなど、意図せずに運び込まれてしまったのかもしれません。
 
これら3つの可能性から真実を解明するには、核DNA、いわゆる染色体のDNAを調べる必要がありますが、そのためには新鮮なDNAが取れる新鮮な糞が欲しいところです。
 
もし、対馬でカワウソの新鮮な糞が見つかれば、周辺地域に棲むカワウソと比較することで近親個体がいるかどうかを調べることができ、発見されたカワウソがどのあたりから対馬に来たのか解明することができるかもしれません。

1977年に高知県大月町で捕獲されたニホンカワウソの本剥製
(提供:高知県立のいち動物公園)

ニホンカワウソなんて動物はいない?

さて、ここでは詳しく話しませんが、じつは、ニホンカワウソには北海道に棲んでいたカワウソ(whiteleyi)や本州以内に棲んでいたカワウソ(nippon)だけでなく、中国亜種L. l. chinensisというまた別の亜種が生息していた可能性もあると言われています。
つまり、これまでに単なる「ニホンカワウソ」と言っていた日本のカワウソは1種類のカワウソを指すわけではなく、祖先の違ういろいろなカワウソの総称ということになります。
 
あるカワウソはユーラシアカワウソに近い仲間で、またあるカワウソは日本の独立種なのかもしれない……。

ニホンカワウソの研究そのものがまだ現在進行形なのです。
 
これらの問題は対馬のカワウソの由来と共に、今後解明しなければならない謎となっています。
ニホンカワウソってなんなんでしょうね?

Author Profile

和久 大介

1988年、東京生まれ。東京農業大学農学部バイオセラピー学科助教。ニホンカワウソ研究の第一人者である安藤元一の授業でニホンカワウソに興味を持ち、カワウソ研究に取り組むようになる。国際自然保護連合種の保存委員会カワウソ専門家グループメンバ-。

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