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Insect

  • 虫

5/11 2018

編集部注目のクリエイター 切り絵作家・いわたまいこ

完成した切り絵「ミジンコとボルボックス」

切り絵で表現する生きものたち

10歳から8年間、山を切り開いて作られた新興住宅街に住んでいた。そこに元々いた植物たちは根こそぎ刈り取られ、四角く切り取られた土地と同じような形の住宅と、貧相な植え込みばかり。定規で引いた線のように真っ直ぐ続く歩道脇のヒラドツツジは、あまり手入れがされていないのかいつ見てもカサカサだった。よく見ると葉の裏には体長2ミリ程度の小さな虫がたくさんついており、それを見ると気持ちまでカサカサになるようで当時はあまり好きになれなかった。
 
その頃の私にとってそれらは「見ると少し嫌な気持ちになる小さい虫」だったのだが、数年前に何となく眺めていた図鑑の中にその虫の名が「ツツジグンバイ」であることを知った。「Lacebug(レースの虫)」という英名のとおり、背面全体にレースのような構造を持っている。これは作品にしたいかもしれない……と思いつつ「いつか作るリスト」にしまいこんで何年か経ってしまった。
 
さてそろそろ制作を……と思い立ち最初に必要なものは、資料。いつも資料集めに結構な時間を使う。本来なら自分で採集したものを使いたいのだが、残念ながらシーズンオフ。しかしどうしても実物を見たかったので、昆虫館にお願いして標本の写真を見せてもらった。実体顕微鏡で観察してみると、規則正しく並んだ窓にはめ込んだステンドグラスのような背中は本当に美しい。

箕面公園昆虫館で見せてもらったツツジグンバイの標本

ツツジグンバイ下絵。スケッチをトレースしているところ

いろんな角度から山ほど撮った標本写真の他、図鑑や書籍を参考にし下絵を描く。制作の中で下絵に一番多くの時間を費やす。まず詳細にスケッチし、そこから切り絵として残す線を取捨選択していく。描いた中でどの線がその生物を表現するのに最適なものか、じっくり選ぶ。(といっても、ハサミを入れているうちに気が変わり、下絵と全く違うところを切り進めたりするのだけれど。)

 
「資料集め」と「下絵」の二つが終われば、気持ち的には8割完成。あとの「切る」部分は時間こそかかるが楽しいだけの作業だ。出来上がった切り絵は、手のひらに乗せたり光に透かして見たりして、2次元から3次元に出現した輪郭をしばし楽しむ。私の個人的な嫌悪感などどうでも良くなる。美しいものは美しいのだ。
 

切り絵のツツジグンバイ完成

チョウや美しい花をつける植物、フワフワの哺乳類など万人に好かれる生物がいるいっぽう、世の中には「気持ち悪い」「怖い」と敬遠されがちな生物たちがいる。私がツツジグンバイを好きになれなかったように。それは様々な事情があってのことなので仕方のないことだ。しかし清々しいのは、そのような人間の好き嫌いなどまったく意に介することなく、生物たちはそれぞれに独自の美しさを放っていることだ。クジラも、カラスも、チョウも、ハエも、目に見えない小さな生物たちも、みんな。それに比べて私個人の好き嫌いの気持ちは何とちっぽけなことか……とたまに失望したりもする。どうしてもゴキブリは苦手だし、パンジーの花は不気味だし、フナムシを見ると鳥肌が立つ。それは仕方がないことなので素直に認めつつ、真摯に向き合いながら制作を続けていきたいと思っている。
 

完成した切り絵のアリを手のひらに乗せる

Author Profile

いわた まいこ

大阪府出身、神戸在住。あらゆる生きものをモチーフに切り絵作品を制作。生きものたちの「輪 郭」を浮かび上がらせ、新しい美しさやおもしろさの発見につなげることを目指している。博物館や動物園、学会などでの展示多数。
WEBサイト:www.mycopapercutting.com
Twitter:@mycof

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