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9/28 2023

愛しの生態系 100年後に残したい日本の自然

第6回 風雪が作り出した芸術作品―異形の天然スギ 〜新潟県 佐渡島〜

第6回は、崎尾 均さんが紹介する新潟県佐渡島にある天然スギ林です。

この島は金山ばかりに注目が集まりますが、森林資源にも恵まれています。江戸時代には、天然林は幕府の直轄地として管理され、保護されていました。優秀な用材であるスギやヒノキも豊富です。スギといえば、京都の北山のような、まっすぐに揃った樹形を想像しますが、この島ではそんな想像を軽々と飛び越える、変わった形のスギがたくさん見られます。雪と強風が作り出すスギが息づく森が秘める謎を紹介します。

※本文の末尾にときどき出て来る①②……などの数字は、その部分で紹介している内容の根拠になった情報を収録している資料(文献)の番号です。記事の最後に引用文献のリストがついています。そのテーマについてもっと詳しく知りたい方は、引用文献も読んでみて下さい。

※本記事は『愛しの生態系 研究者とまもる「陸の豊かさ」』からの抜粋記事です。

佐渡島の天然スギ林の相観

幕府直轄林として守られた天然林

佐渡島は歴史的にも非常に興味深い島で、過去には皇族、僧侶や文化人が政治犯として流されてきたこともある。また、江戸時代からは相川(あいかわ)などの金山で採掘が行われ、江戸幕府が奉行所を置いていた。当時の相川の人口は5万人に達しており、木材資源の需要が大きかったため、島内の森林は乱伐された。これに対し幕府は、島内279か所に幕府直轄の山林である「御林(おはやし)」を設置して森林資源の保全を図っていた。
 
新潟大学佐渡演習林の大部分は、その「御林」だったエリアのなかにあり、天然のスギやヒノキアスナロが広く分布している。直径が2メートルを超え、樹齢は500年程度と推定される巨木のスギもみられる。演習林が設置された1955年以降、経営のため林道の開設や天然林の伐採が進んだが、今世紀に入ってからは経営方針が転換し、天然林の保全や教育利用が進み、伐採も行われていない。

天然スギ林の林内のようす

異形のスギ

スギは日本固有種で、その分布は本州最北端の青森県から鹿児島県の屋久島までと広い。しかし、現在残る天然スギの林はごくわずかである。そのわずかな天然林の一つが、佐渡島北部にある大佐渡山地の、標高800メートル前後の尾根沿いに残っている。この地域は、夏でも上昇霧が頻繁に発生し(①)、スギの葉が霧をとらえるため林内雨が降ることも多い。そのため林内は夏でも涼しく、年間を通して湿潤な環境に覆われている。しかし一方、冬季には3メートルを超える積雪と、数十メートルの強風にさらされる。スギの天然林も、林床は12月から5月まで積雪に覆われてしまう。
 
屋久杉などのような樹齢1000年を超えるような個体を除けば、普通のスギの幹はまっすぐで、樹冠は細長い二等辺三角形である。ところが、この天然林では、スギとは思えないような樹形や枝振りを示す個体がみられる。枝はマンモスの牙のように曲がり、幹も激しく湾曲している。極端な場合は、ほとんど上に伸びずに地面際で幹を太くし、ずんぐりむっくりとした形をとっているものさえある。また、旗状に一方向にしか枝を伸ばしていない個体もみられる。これらの異形のスギは、冬季の積雪と強風によってつくり出されている。

冬季の積雪で下枝がマンモスの牙のように湾曲した天然スギ

連結スギと呼ばれる異形のスギ。多くの幹が連結して、どこからどこまでが1個体なのか見当がつかない。冬季の雪圧によって形成されたと考えられる

冬季の強風によって伸長成長が抑えられ、肥大成長だけを続けている天然スギ

スギの繁殖には、種子から実生が発生する有性繁殖と、枝などからクローン個体をつくる伏条更新(無性繁殖)が知られている。分布域の広いスギは地域によって異なる性質を持っており、日本海側に分布する「アシウスギ」とよばれる変種は、主に伏条更新で繁殖するタイプが多い。林業でスギの苗木を生産する場合にも、実生苗と挿木苗の2種類を利用している。天然林では、雪の重みなどでしなり、地面に接した部分から根や芽が出、親木の枝が枯れると新しい個体として独立するという形で伏条更新が起こっている。

無機質の土壌で発芽したスギの実生

冬季の積雪によって地面に引き下げられる下枝

私たちは、佐渡島のスギの天然林で伏条更新個体の状況を調べてみた(②)。すると、ひとくちに伏条更新といっても、そのタイプが異なることが明らかになった。実生が成長する過程で雪圧によってテーブル状の低木が形成され、ある程度成長した後に数本の幹が立ち上がってくる場合(図a)、成長した幹の下枝が雪圧によって地面に接触して発根し新たな幹となる場合(図b)、倒木の後に枝が立ち上がって幹に成長する場合(図c)の3タイプである。

スギのクローン幹の模式図② 丸は幹を鉛直投影したものを表し、破線はジェネット((株分かれなどで独立しているが、遺伝的には同じ個体=クローンの集まり))の範囲を表す。aは稚樹の時代に雪圧で匍匐し、株立ち樹形になった幹がそのまま成長したジェネット、bは成木の枝が雪圧で地面まで下がり接地してできた幹、cは根返り木の枝が生存して成長を続けているジェネットである

クローンの空間分布② 丸の大きさは胸高直径を表す。破線で囲んだ幹は同じジェネット(株分かれなどで独立しているが、遺伝的には同じ個体=クローンの集まり)に属す。等高線の間隔は1メートル

天然林の生物たちの謎

独特の樹形を持つ個体を含む天然林のスギは、かなり高い密度で分布しており、サワグルミ・ミズナラ・ホオノキ・イタヤカエデなどの落葉広葉樹と混交している。亜高木層には、ナナカマド・アオダモ、低木層は、常緑性のヒノキアスナロ・エゾユズリハ・ハクサンシャクナゲ・ツルシキミ、落葉性のヤマモミジ・オオバクロモジ・オオカメノキなどの低木によって構成されている。林床の草本層には、オオイワカガミ・ユキザサ・フッキソウ・チゴユリ・マルバフユイチゴ・リョウメンシダなどの他に、シラネアオイ・ツバメオモト・クルマユリ・サンカヨウ・ハナヒリノキなど本州では山地帯から亜高山帯の標高の高いところに分布する植物と、カタクリ・キクザキイチゲなど里山に分布する植物が混在している。また、林道際の明るい立地には、ダイモンジソウやモウセンゴケなど渓流や湿地に分布する植物もみられる。この一帯は気候的には東日本のブナ帯に位置しているが、ブナの分布域は非常に限られている。
 
地質の大部分は緑色凝灰岩などの岩石で形成され、尾根は比較的なだらかで、池や湿地が点々と連続して分布している。特に、春先の雪解け後には季節的な湿地が出現してクロサンショウウオやモリアオガエルなど両生類の産卵場所となっている。
 
佐渡島は、約300万年前に日本海の海底から隆起して形成されたのが起源とされている。その後、最終氷期最寒冷期においても本州とつながることはなかった。佐渡島の生物がどのように移動してきたかは、現在でも謎のままである。
 
現在、スギ天然林を含む演習林には、教育を受けた専門のガイドが案内するエコツアーに参加することで入林が認められ、特に春先の美しい花が咲き乱れる季節には、多くのツアー客が演習林を訪れている。ツアーに参加し、佐渡の生物を実際に見、謎解きに参加していただきたい。

引用文献
風雪が作り出した芸術作品ー異形の天然スギ
①河島克久・伊豫部勉 2011. 大佐渡山地の霧と気象. 新潟応用地質研究会誌, 76: 55–60.
②長島崇史・木村 恵・津村義彦・本間航介・阿部晴恵・崎尾 均 2015. 台風と積雪がスギのクローン構造に与える影響. 日本森林学会誌, 97: 19–24.

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訪れるのは…… 世界自然遺産の奄美や屋久島、身近な雑木林、富士山の森林限界などなど。研究者が悩みに悩んで選んだ愛しい生態系たちです。

植生学会 編 / 前迫ゆり 責任編集 / A5判 / 240ページ

Author Profile

崎尾 均(さきお ひとし)

Botanical Academy代表、新潟大学佐渡自然共生科学センター フェロー、新潟大学 名誉教授/植生学会、日本MAB計画支援委員
林業技術者から研究の道へ。水辺林、特に渓畔林の更新や樹木の生活史を、秩父山地、佐渡島、只見、屋久島などで研究してきた。植生の長期変化について富士山の森林限界や秩父の渓畔林で40年近くの研究継続中。サイエンス・カフェや自然ガイドとして、市民に植物の生存戦略や植生の面白さを伝える活動を展開している。

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