夏といえば、セミの鳴き声! ドラマや映画でも効果音として使われ、セミの鳴き声を自分で録音してみたいと思った方も多いのでは?
そこで、32種類のセミの鳴き声を収録した『セミハンドブック』の著者・税所康正さんにセミの鳴き声録音のコツをこっそり教えていただきます。
セミは採集するもよし、撮影するもよし、そして録音するもよし、3つの「とる」楽しみがあります。採集や撮影は他の昆虫と共通ですし、特に羽化撮影についてはすでにBuNaに長島 聖大さんの記事がありますから、ここでは3つ目の「録る」ことについて書いてみます。
セミの鳴き声には非常に高レベルで高い周波数成分が含まれています。その高い周波数が録音可能なレベルを超えてしまうため音声が歪むことが多く、かつてのアナログのレコーダーでは録音が難しいものでした。子供の頃からセミ好きだった私は、テープレコーダーを入手するとすぐにセミの鳴き声を録音をしたのですが、聞き返してみると耳で聞くセミの鳴き声とは似ても似つかぬ無残なものでした。
現在でもセミの鳴き声を録るためには機械任せの自動録音ではダメで、マニュアルで録音レベルを変えられる録音機が必要です。最近はデジタル録音機が普及して、CDを超える高音質(ハイレゾ)録音が可能になっています。そこで、まずマニュアルで録音レベルを変えられるデジタル録音機を用意しましょう(図1)。リニアPCMレコーダーと呼ばれるものがおすすめです。
図1 歴代の愛機
次に、セミの鳴き声録音におすすめの音質について。
音楽ファイルはまずMP3などの圧縮フォーマットと、WAVなどの非圧縮フォーマットがあります。また、同じWAVフォーマットでも量子化ビット数とサンプリング周波数によって、CD相当の音質(16ビット44.1kHz)とハイレゾと呼ばれるさらに高音質のフォーマットが存在します。CD相当の音質とハイレゾを聴き比べてみても、それなりの再生環境がないとなかなか差は聞き取れません。
しかし、録音した後になって低音質のものを高音質に変えることはできないので、録音時にはできるだけ非圧縮の高音質のモード(24ビット96kHz以上)で録音することをおすすめします。個人的には、セミの鳴き声はハイレゾである方が聞きやすい音になると感じています。
できるだけ高音質で録るもう一つの理由は、録音レベルが低すぎたとしても後で市販の音声編集ソフトなどを使い、ノーマライズという方法でソフト的に音量を上げることができるのですが、その時の音質の劣化を最小限に抑えられるからです。ただし、ハイレゾであればあるほど時間当たりのファイル量が大きくなるので、注意が必要です。
余談ですが、私は若い頃からオーディオが好きで、今でも気になる新製品が発売されたと聞くとメーカーの試聴室に聞きに出かけたりするのですが、その時に自分で録音したセミの鳴き声の録音を持参して試聴します。これが実に良い素材になってオーディオ機器の素性をさらけ出すのです。例えば、良いイヤホンは実に生々しく、録音時の現場を彷彿とさせる音を聞かせてくれるのですが、そうでないイヤホンで聞くと、偽物の「なんちゃってゼミ」の鳴き声しかしないのです。昨年あるオーディオメーカーでセミについて講演した機会にその話をし、「国内某他社のイヤホンは合格」と話したら、講演後それがどこの会社なのか、ということで大騒ぎなったということを聞きました。
話を戻しますが、録音時の最大の敵は風です。いくらセミが美しく鳴いていても、風が強いとマイクが吹かれて盛大なノイズが録音されます。マイクが露出していると、そよ風程度でも音が入るので、必ずマイクジャマーと呼ばれる風防を被せることが必要です。純正品が売られていることも多いですが、私は自作しています(図2)。毛むくじゃらの布地(フェイクファーと言うらしい)を布地屋さんで買ってきて、内側には5ミリほどの厚さのウレタンフォームを重ねて袋状に縫い合わせたもので、私自身のお裁縫作品です。
図2 マイクジャマー(左:自作,右:メーカー純正品)
図3 カメラ用三脚を利用しての録音
録音するときには、まず録音機を三脚にとりつけます。最近の録音機には三脚用のネジ穴が開いていて、カメラと同じ三脚が利用できます(図3)。
次に、録音フォーマットを決め、録音レベルを設定します。デジタル録音では、録音レベルがオーバーするとひどいノイズが出るので、多少小さ目に録音しても構わないと思います。何度も試して最適レベルを探ってみることをおすすめします。また録音機にイヤホンやヘッドホンを接続して録音しながら同時モニターする人もいるようですが、コードが揺れてノイズ源になりますし、蚊やアブが寄って来て羽音が録音されますので、おすすめしません。むしろ出来るだけ録音機から離れている方が良いと思います。あとで録音を聞き直したときに蚊特有のプ〜ンという羽音が入っていると不愉快なもので、思わずパチンと手を叩きたくなります。
録音機をミニ三脚に装着して手持ちで録音するとどうしても手と三脚との間の摩擦音が入るので、おすすめはしませんが、背より高く手が届くかどうかというところで鳴いている場合は使うことになります。それならと長い竿の先に録音機を取り付けて高いところにとまっているセミに近づけて録音したことがありますが、やはり竿を伝わる音(風の音が竿の内部で共鳴する音など)が入ってしまい、良い結果は出ませんでした。何かに付属していた”おまけの”イヤホンで聞いていたときには気づかなかったのですが、良いイヤホンに買い替えて聞き直すとこれらの低音の雑音が入っていることに気づきました。
雑音の少ない録音を目指すのは当然ですが、風、蚊、アブ、犬の鳴き声、人の声、自動車の音、飛行機など、せっかくセミが鳴いてくれているのに録音の大敵は多いものです。三脚に録音機をセットして録音を開始し、離れた場所にいたら、私の“留守”中に1匹のアブが録音機を気に入ったようで、近くを偵察飛行してはマイクに戻ってとまったことがあります。このため周期的に盛大な羽音が録音されてしまいました。
またヒグラシの朝の合唱を録音するときには、夜明け前の暗いうちに起きて近くの山の中に入り、録音機をセットして鳴き出すのを待っているのですが、いよいよ遠くから微かにヒグラシの鳴き声が聞こえてきて次第に音が広がってきたと思った矢先に緊急自動車のサイレンが聞こえて来てその日の努力が水泡に帰す、などという経験は意外と多いのです。
録音は写真を撮るのと似ています。なんとなく録音すると,奥行きのない平板な録音になりますし、セミの合唱の録音は後で聞き直すとジャ−−−というノイズにしか聞こえないことがあります。比較的近くで鳴いているセミの鳴き声を際立たせつつ合唱をバックコーラスの様に録音すると雰囲気のある録音になります。いずれにせよ、写真同様にいろいろ「構図」を工夫して録音してみることをおすすめします。
今から45年近く前、蒸気機関車が現役引退をすることになった時代に生録ブームというのがありました。今から思えば重くて大きな可搬型カセットデッキ(デンスケ)を肩にかつぎ、SLの音を録音する人が沢山いたのですが、遠い昔にブームも去って現在生録を趣味にする人は少ないと思います。しかし、現場で音を録って(それも高音質で)自宅で聞き返すのは写真とも動画とも別の楽しみがあります。
セミに限らず、秋の鳴く虫や鳥、カエルの合唱を録ったりと、“音の風景”を録るのも楽しいものです。私は自分で録音したこれらの録音を携帯音楽プレーヤーに入れていて、眠れぬ夜にこれを聴きます。強烈な催眠効果があって5分ともちません。一度お試しになってはいかがでしょうか。
セミの鳴き声を聞きたくなった人におすすめ!
日本のセミ全種(33種+解説4種)を調べられるハンディ図鑑『セミハンドブック』では、QRコードを読み込むことで著者の録音したセミの鳴き声をいつでも楽しむことができます。(Youtubeの再生になるため、ネット環境が必要です)
Author Profile
税所 康正
広島大学工学研究科准教授を経て現在東京学芸大学特任准教授、広島大学総合博物館客員研究員。日本セミの会会員。広島虫の会幹事。日本昆虫学会、日本半翅類学会、日本数理生物学会などに所属。
数学(確率論)や数理生物学の研究・教育のほか、セミ類の研究や撮影、録音を行なう。著書に改訂版 日本産セミ科図鑑(共編著、誠文堂新光社)、セミハンドブック(文一総合出版)。