「はくぶつかんだよりNo.38」より
先日、BuNa編集部でネタ探しをしていたところ、神奈川県にある観音崎自然博物館が発行する「はくぶつかんだよりNo.38」に気になることが書いてありました。
『海に異変!? 南方系種がぞくぞく!』
「2019年に三浦半島の海では南方系の海洋生物が多く発見され、(略)山田学芸員は「2019年は何かおかしい!海はどうなっているんだ!?」とボヤいていました。」
…とのこと。そこで今回、「南の海の生物が増えてるの?」という疑問について、東京湾や相模湾の海の生物に詳しい、観音崎自然博物館の学芸員・山田和彦さんにインタビューしてみました。
(写真:山田和彦)
BuNa編集部(以後BuNa):
南方系の海洋生物が多く発見されているという記述を拝見したのですが、これはどうしてなんでしょうか? もしかして温暖化のせい……?
山田さん:
まず、昔から三浦半島は日本の太平洋側に面しているので、南から来る黒潮の影響を受けています。黒潮の流れはその時々で変わるので、年によって黒潮に乗ってやってきた暖流性の生き物が多い年もあれば少ない年もあります。なので、一概に南の海の生き物がいたからといってイコール温暖化ということにはつながらないんです。
ただ、この1、2年については例年よりも目にする機会が多かったので、異変の1つになる可能性があるなということと、みなさんの観察する際の注意喚起にもなるかなと思って、はくぶつかんだよりに書きました。
BuNa:
南方系の生きもの=温暖化、ではなくて、黒潮の影響を受けているんですね。ちなみに、具体的にはどんな生きものが現れているんでしょうか?
山田さん:
魚は当然で、カニとかヤドカリそれからエビ、タコ、ウミウシ、ヒトデ、ウニ…など一通りですね。中には研究中のものや論文を投稿中で具体的な名前を出せないものもありますが、報告してある中だとたとえばアオボシヤドカリ。
すごくきらびやかな見た目で、独特の模様なので1番印象に残っている種類ですね。三浦半島で1匹ではなく複数個体見つかっているんです。10年前だとか、昔は見なかった種類ですね。他の研究者にも確認しまして、相模湾初記録ということで報告をしました。
アオボシヤドカリ
アオボシヤドカリのもう1つ特徴的なことは、普通この辺にいるホンヤドカリやソメンヤドカリはだいたい体の断面が丸いというか膨らみがあるんですが、アオボシヤドカリはぺったんこなんです。なぜそんな形してるかというと、ヤドカリのおうち…この種類に限ってはイモガイというサンゴ礁の浅いところにいる貝なんですけれども、このイモガイに入るのに特化した体型なんです。貝の隙間が狭くて薄っぺらいので、そこに入り込む形になってます。
BuNa:
なるほど。このアオボシヤドカリは、本来はどんなところにいる種類なんでしょうか?
山田さん:
サンゴ礁の砂地があるようなところが好きな種類です。相模湾はサンゴ礁の海域ではないし、イモガイ自体も見られる種類が少ないです。ただ、ベッコウイモっていう一時期は少なくなったイモガイがいるんですが、ここのところまた増えてきていて、その殻が目につくようになっています。
あとは、マルソデカラッパという、甲がつんつるてんのカニと思えないようなカニがいるんですけど、これが採れました。この種類も暖かいところにいるカニですね。
マルソデカラッパ
それと、ワモンダコというタコがいるんですけども、これももともと住んでいる環境はサンゴ礁で、沖縄では本州のマダコに相当するようなメジャーなタコです。相模近海で見られるようになったのが今から4、5年前位からですかね。この1年間は見かけることが多く、普通になったのかなという感じです。
ワモンダコ。周囲に擬態している
BuNa:
へえ……。こういった生物は、黒潮に乗って来るといっても、やっぱりこの辺りで繁殖して増えているんでしょうか?
山田さん:
この辺で生まれてはいないと思います。ここら辺で生まれ育つということになると、一年中、冬でもいるはずですよね。それに、1匹や2匹いただけだと増えることはできなくて、繁殖をして子どもが生まれてなおかつそれが定着するくらい、っていうと相当な数がいないといけないと思います。今のところ、みんな黒潮に卵や稚魚、幼生が乗っかって相模湾に流れついて育って、という状況だと思います。ただ、まだそういう状況ですが、今後変わってくるかもしれませんね。
BuNa:
そうなんですね。まだ繁殖をするくらい定着した種類はいない、という状況ですか?
山田さん:
実はいるんです。これも研究が出たばっかりなんですが、オカヤドカリっていうサンゴ礁の島々に住んでいるヤドカリです。名前の通り陸上にいるヤドカリなんですが、昔から本州でも縁日やペットショップで売っています。
陸上にすんでいるといっても幼生は海でプランクトン生活を送るので、それが潮の流れに乗って散らばるんですが、今から10年近く前に三浦半島にもいるという話が出てきました。
最初は誰か飼えなくなった人が放したのかなと思ったんですけど、そうではないらしく、今年(2020年)に三浦半島にも定着しているという論文が出ています。温暖化かどうかはわからないけれども、黒潮に乗ってきて育っているものが増えてるんじゃないか、ということですね。
BuNa:
なるほど。その黒潮の動きというのは、どうやってわかるものなんですか?
山田さん:
黒潮の流れは、海況速報という海の水温と海表面の温度で黒潮の流れと位置を毎日見られるサイトがありまして、それで黒潮が今どこを流れて近づいているとか離れているかということを見ています。ずっと三浦半島に黒潮が当たりっぱなしっていうことはなくて、やっぱりついたり離れたりしています。
たとえば、時期によるのですが冬の間にいくら黒潮が近づいていても南の方でも冬は繁殖期じゃないのでこちらでも南方系の種類は増えないとか、繁殖した子どもをばらまいている最中に黒潮がこっちに接近すると南方系の種類が増える、ということが考えられます。
あるいは、今年は冬場にずっと黒潮が接近していて、夏から秋口に来た生きものがそのまま越冬できるくらい水温が下がらない状態になっていましたそれが、ずっと継続していくと定着するということになりますね。
BuNa:
それっていわゆる「死滅回遊」をする生きものが、死滅しないで定着する、ということですか…?
山田さん:
そうですね、死滅回遊は子どもが来て大人になる前に冬を越せずに死んじゃうっていうものなんですが、定着するようになると死滅回遊魚じゃないということになりますね。定着するようになる、冬を越して大人になって繁殖を始めるとなると、いよいよ温暖化の傾向とかあるのかなあと思います。
ただし、以前に夏場かなり水温の高い年がありましたが、その年は黒潮がずっと南の方に下がっていたことがありました。そうなると、このあたりの水温は暖かいけど黒潮が来ないので南の魚が見られない、という状況でしたね。やっぱり、(南の生物が定着するかどうかは)水温だけじゃなくて、黒潮のように南から運ばれてくる輸送システムがあるかないかが1番大きいと思います。その次に、越冬するための温度が保たれているかということですね。
BuNa:
温帯性の生き物で減っているのはどんな生きものですか?
山田さん:
1番に見えて減っているのは海藻です。昔から海藻がなくなることを磯焼けっていうわけですけども、国立環境研究所が日本全国の海藻のデータをまとめ、それに基づいてシミュレートした結果、やはり水温の上昇が1番影響しているという論文を出しています。そして、その最前線がまさに三浦半島だとされています。
ただ、相模湾側と東京湾側で全然違うんです。観音崎自然博物館があるのは東京湾側で、観音崎の周りでも多少海藻は減ったと思うんですけど相模湾よりはマシです。相模湾側は鎌倉から葉山、三浦、城ヶ島(三浦半島の先端)までなんですけども、ことごとく海藻がなくなっちゃって、岩丸出しの状態です。地図を見るとわかるんですが三浦半島の西側(相模湾側)は黒潮が当たりやすいんです。
海藻がなくなってくると、海藻に依存している生き物も当然いなくなってきます。すでに3種類ばかり、ある年を境に見られなくなってきてますね。
最初にいなくなったのはクダヤガラという魚です。10センチ位の細長い魚で、関東近辺から東北地方にかけて分布しているちょっと冷たい水が好きな魚です。2月ごろに繁殖期を迎えて色が綺麗になります。2008年までは観察できていたんですが、それ以降は相模湾側にはいなくなってしました。
クダヤガラ
あとはニクハゼというマダラ模様のハゼで、1~3月に繁殖期になるとメスの色が変わってオスにアピールするという変わった魚なんです。その時期になると海の中に何百という数がいたんですが、去年突然減って、数十匹くらいしかいなくなってしまいました。今年の冬も去年以上にいなくて、ペアで見たのは3ペアとか4ペア。これが何年か続くといなくなっちゃうのかなと思いますね。
ニクハゼ
BuNa:
これらの魚は誰かが釣ったり、漁業で採集しているわけではないんですよね。
山田さん:
ではないですね、全然。その場所の環境が埋められたとか、毒物が流れたということもないです。
BuNa:
となると、食べたり住処にしている海藻がなくなった影響なんでしょうか。
山田さん:
そうですね、相模湾側の油壺という場所にはアマモ場があって5月くらいになるとクダヤガラの子どもが出てきて群れていたんですが、アマモが消失してしまったんです。クダヤガラはアマモに依存しているところが多いので、それでいなくなってしまったのかなと思います。
上から見たアマモ
水中のアマモ
BuNa:
海藻と一緒に魚もいなくなりつつあるということなんですね。
山田さん:
ただ、逆に増えた魚もいて、その最たるものがアイゴという魚です。沖縄なんかだと10種類くらいが見られて、たくさんとれるのでスクガラスという地域の食べ物にもなっています。九州から関東にいるのは普通の「アイゴ」という種類の温帯性の魚なんですが、今までそんなにたくさんはいなくて、見つけたら写真を撮るくらいでした。
アイゴ
それが、三浦では2013年に爆発的に増えたんです。その原因のひとつには水温が上がってきたことが考えられるんですが、他の原因はよくわかっていません。アイゴは毒があって漁師さんもあまり嬉しがらないんですが、2013年にアマモがある場所で海に潜ってみたら、360度アイゴの子どもの群れで何千匹いるかわからないくらいでした。
アマモってリボンやテープみたいに水面にたなびくような海藻なんですけど、2013年は先がちぎったみたいな、かじられたような状態で、やっぱりアイゴが食べてるんだなくらいに思ってたんです。以前から西日本の研究者なんかにアイゴが海藻を食べるから磯やけになるんだと言われていて、ほんとかなーと思っていました。
次の年になったらアマモがちょこちょこしか生えていなくて、今は砂漠状態で1本も生えていない。消滅してしまいました。
アイゴにも海藻の好き嫌いがあるみたいで、アマモが一番好きですね。カジメというワカメの親戚のような海藻も好きです。そういうものから食べていくみたいです。
BuNa:
山田さんはどれくらい三浦半島の海を観察されているんですか?
山田さん:
大学を卒業して就職で三浦に引っ越してきたので、もう36年になりますね。最初はたまに休みの日に魚でも見に行くかー、というくらいで目的があったわけじゃなかったんですけど、ここ10年くらいは場所を決めて定点観測で潜るようにしています。そこにアイゴの爆発だったりアマモの消失があったので、気になっていますね。
水中でマダコを観察する山田さん
観音崎自然博物館に就職したのは5年ほど前です。それまでは観音崎自然博物館では海の生物の記録などはあまり行っていなかったんです。僕もライフワーク、個人研究として海の生物の観察を続けているだけだったので、今後は博物館の仕事として切り替えていく必要があるかなと思います。
博物館には、「たたらはま」という研究報告があるので、そこにまずはアオボシヤドカリやマルソデカラッパのことを書いて報告して、それを受けて一般の方に読んでいただく「博物館だより」にも報告したことを書いています。
BuNa:
ちなみに、ある種類の発見が「初記録」だとわかるためには、どうやって調べるんですか?
山田さん:
うふふ(笑) あの~初記録って、誰かが報告していなければ初記録になっちゃいます。
海の生き物ってめちゃくちゃ種類も多いし分類群もたくさんあるので、自分の専門分野(イカ、タコ、クジラ、魚)は論文読んだり情報をかき集めるんですけど、魚だと100年くらい前からある報告を山積みにして一つ一つ調べていく形ですね。
自分の専門じゃない分類群だと、専門家に話を聞いて「これ珍しいですかねー」なんて相談して、じゃあ論文にしましょうかね、となることが多いです。
今はネットでも写真がたくさん上がっていたり、漁師さんも「アレいたぞー」なんて言うんですけど、そういうものってネットの海に流れていったりしてしまうので、活字に残す、残されたものがあるかどうかを調べていきます。なのでネットの情報も参考資料みたいな感じで見ますが、基本的には標本が残っているものや論文をチェックしますね。
BuNa:
私もよく海でシュノーケリングをするんですが、もし私のような研究をしていない人が珍しい種類を発見したときは、どうすればいいですか?
山田さん:
博物館に持ってきて相談していただくのが手段のひとつですね。僕も潜ったり調べたりする時間は限られているので、持って来ていただくといいかもしれません。
論文なんかに興味がある方については、お手伝いするので一緒に共著で論文を書きましょう、ということもありますね。
ただ、一般の人はやっぱり英語で論文が書かれていたりしてとっつきにくいということがあると思うので本を読んだりすると思うんですが、かと言って図鑑に出てこないとか、手引書がないとか、中にはその分類群の研究者がいないという困ったこともありますね。
BuNa:
以前インタビューした幸塚さん(無脊椎動物の研究者で、相模湾側にある東大臨海実験所の職員さん)もそう仰っていました。
山田さん:
幸塚さんは論文を書くのが早いんですよね、うちの研究報告は毎年書いてもらっています。
BuNa:
観音崎自然博物館は私営の博物館(公益社団法人)ということを聞いて驚いたんですが。そもそもどんな博物館なのでしょうか?
山田さん:
観音崎って、江戸時代から浦賀って有名な場所が近くにあって黒船が来たりしてたんです。それで「江戸を守らにゃ」ということで砲台があり、太平洋戦争が終わるまでこの辺りは要塞地帯だったので、一般の人が入れなかったから自然の海と山が残っていたわけです。
戦争が終わったあとに土地が軍から解放されたんですが、地元の人が「平和に利用しようよ」「何がいいかな」ということで、子どもたちの将来を考えて博物館作ろうよ、ということになり地元の人たちが中心になって博物館を作ったという経緯があります。
海から見た観音崎自然博物館
館内には展示水槽がたくさんあり、生きている姿の生物をたくさん見られる。
貴重な標本や歴史を感じる解説文を堪能できる。リニューアルされつつあるので、昔の展示物やレトロな雰囲気を感じたい人は今のうちに見にいくのがオススメ!
博物館ができたのは50年以上前で、そのころは自然とか海の全般を対象にした博物館だったんです。ただ、展示物が古かったりごちゃごちゃになってきたりしたので、ここ1.2年は改装に着手しているところです。展示替えも今やっているのですが、大きいテーマとしては「三浦半島および東京湾集水域の自然」にしようということで、直している最中です。公益社団法人が経営しているので、独立採算で入館料やイベントで運営しています。
BuNa:
以前伺ったときに、館内も海の生物水槽やタッチプールがあるのはもちろん、三浦半島の植物がそのまま花瓶に活けてあってとてもおもしろい展示方法だなと思いました。昔ながらのレトロな部分と、オリジナリティのある展示が混ざっているところがとてもいい博物館だと思いました。
それに、海藻や磯の観察会など楽しそうなイベントもたくさんありますよね!(イベント日程はこちら)
また今度伺いたいと思います。
取材後記:たまに海に行くだけでは気づきにくい黒潮や温暖化の影響。海の中の変化は、地域の博物館、学芸員の方の定期的な観察や記録があってこそわかるものだと感じました。
コロナウイルス騒動のなかあまり遠くには出かけられない方も多いかと思いますが、落ち着いた頃にはぜひ三浦半島の海や観音崎自然博物館へお出かけください。
観音崎自然博物館
休館日:月曜日(祝日の場合、その翌日)
開館時間:9:00〜17:00
Twitter:@kannonzaki_n_mu