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10/10 2019

生きもの仕事図鑑

第3回:ウミシダ×臨海実験所技術職員

生きものにかかわる仕事と人物を紹介する連載、「生きもの仕事図鑑」。第3回は、東京大学三崎臨海実験所・技術専門職員(以下、技術職員)の幸塚久典さんをご紹介します。
 
高校卒業後にすぐに水族館で働き始め、展示されている海の無脊椎動物を知りたいという思いから、ウミシダを研究し始めた幸塚さん。10月発売予定の『ウニハンドブック』の著者の1人でもあります。
船の操縦、潜水、生物採集などたくさんの仕事を行う臨海実験所の「技術職員」とは? 知られざるその舞台裏を取材してきました。

幸塚さんと日本海洋生物学百周年記念館(旧本館)

海の生物研究を支える、臨海実験所と技術職員とは?

—(BuNa編集部)今日はよろしくお願いします。
はじめに、臨海実験所の技術職員というのはどういったお仕事なのでしょうか?
 
まず、臨海実験所っていろいろあるんですよ。国立大学法人、私立大学にもあるし、似たような水産実験所・実習所もあります。この実験所は、東京大学の理学系附属の臨海実験所です。主な業務内容は、ここの実験所に勤務する教員の研究補助や学生実習の補助などです。他大学の実習も受け入れているため、年間述べ回数で20〜30回くらい、4〜10月くらいまでは頻繁に実習が入っていて、実習準備や対応に追われていることが多いですね。そして、その合間に、打ち合わせや業者の対応などさまざまな業務が舞い込んできます。

実習のようす(撮影:川端美千代)

無脊椎動物のホシムシを磯で採集する

スジホシムシモドキ。 吻(ふん:人間の口にあたる部分)の先端にある触手が星形に広がる様子にちなみ、「星虫(ホシムシ)」と呼ばれている。かつては独立した門(星口動物門)に分類されていたが、現在は環形動物門に含まれている

実習対応といっても、単に実習の手伝いをするだけではなく、実習に使う船の保守、操船だったり、発生実験や解剖実験、形態観察などに用いる生物が必要な場合は事前に海で潜水したり、磯で採集したり、船を使って採集したりもします。採集した生物は使用するまで実験所の水槽で飼育するといったこともメインの業務の一つですね。毎日バタバタしてますが、それでも多いときは週4日は海に潜って調査をしています。
 
(編集部補足:三崎臨海実験所(東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所)は日本で最初の臨海実験所。技術職員は古くは採集人、技官と呼ばれ、生物の名採集人、通称「熊さん」と呼ばれる青木熊吉氏や出口重次郎氏が在籍し研究を支えてきた。世界的に見ても、海棲生物採集と研究の長い歴史がある実験所である)http://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/jp/overview/history/history1.html

潜水(ダイビング)で生物を採集する幸塚さん

ドレッジでの生物採集のようす(撮影:川端美千代)。角形の枠に網の袋を取り付けた採泥器の一種の装置を海底におろし、船舶の動力で海底の底質ごと生物を採集する。ここ近年、東京大学三崎臨海実験所の調査船の臨海丸ドレッジを用いて、多くの新種を発見している

採集したあとは砂や海藻など不要なものを取り除き、生物をより分けていく

あともうひとつ重要な業務が外来の研究者の対応です。年間50件くらい、いろんな研究者が来るんですよ。「こういう動物でこういう研究をしたい」とか、「この動物を探しているので採集できないか」、「発生の研究をしたいんだけど、この時期に発生の実験で使える動物はあるか」という要望を受けています。
 
だから、技術職員に求められているポテンシャルや知識としては、とにかくここ(実験所周辺の海)にどの動物がどのくらいいて、どこに何がいるか、生殖時期はいつなのかを把握しておくこと、研究によく使われる動物(もしくは、研究に使われそうな動物)を把握しておくということが重要です。なんでもかんでも頭に入れると歳も歳なので忘れてくるんですけど(笑)、基本的にはここにいるファウナ(fauna:生物相)に絞っています。
 
僕はウミシダの分類が専門なので、時間があるときはそちらを進めたりもしています。さらに、ここ(相模灘)の動物相をしっかり把握する必要があるので、静岡県下田市にある筑波大学の臨海実験センターが主催する、JAMBIO沿岸生物合同調査に参加させてもらい、年4回ほどの調査も行っています。今年で21回目かな? この調査を利用させてもらい、他の臨海実験所まで調査を拡大しているところです。
 
というのも、他の実験所でもそうなんですけど、ある生物群の専門の人がいればその生物についてはわかるんですが、それ以外の生物群については専門外のため、わからないことが多いんです。なので、全国の分類学の研究者にご協力いただき合同調査を実施して、その結果を各自論文にしています。本当は本にまとめたりしたいんですけど、なかなかみんな時間がないですね。最終的にはここのファウナを図鑑にまとめたい。膨大だから10年とかかかっちゃうかな。

ウミシダってどんな動物?

—ちなみに、ウミシダというのはどんな生物なんでしょうか? 海のシダ?
 
ウミシダは姿や名前の影響で、植物に間違われることが多々あります。でも、植物ではなく、れっきとした動物で、クモヒトデやヒトデ、ウニ、ナマコなどと同じ「棘皮動物門」というグループに属しています。ウミシダ類が属するウミユリ綱は、終生にわたって特徴的な柄(あるいは茎)と呼ばれる器官を持つかどうかによって、ウミユリ類とウミシダ類の2群に区別されます。このうちウミシダ類は、発生の途中で柄を失い、二次的に自由生活を行うタイプに含まれます。
ウミシダ類は約2億年前にウミユリから派生し、主に浅海域で繁栄しています。現在世界で約600種、日本で約120種が記録され、日本近海のウミシダ相は世界的にみても非常に豊富な海域と言えます。

いろいろなウミシダ

フトアシウミシダ

オオウミシダ

水族館に就職

—このお仕事に就くまでの経緯を教えてもらえますか?
 
ちっちゃい頃から水生生物が好きで、カメとか何十匹も飼ったり川や海に行ったり、釣りしてました。勉強をしてませんでした。高校生になって就職する時期になって、小学校のときの校長先生に「フラフラしているんなら何か紹介してやるよ」と言われて、「水族館に行きたいな」ってひとこと言ったら、葛西臨海水族園のアルバイトの面接を紹介してくれたんです。それで、就職せずに水族園のアルバイトを始めました。
 
そこはすごく……それまでとは違う世界でしたね。たとえばその前に働いてたところは先輩に質問しても「そんなの自分で考えろ」とか言われるようなところだったんですけど、水族園だと(人にもよりますが…)1日くらいかけてしっかり事典で調べて、次の日回答をもらえるっていう、今までとは全然違う感覚がありました。
 
—高校生のときに、小学校の校長先生とも仲が良かったんですね。
 
おかしいですよね(笑) あ、いや、当時の担任の先生とよく遊んでいて、その先生が見かねて校長先生を紹介してくれたんだ。ほんとに人に恵まれていましたね。

ウミシダとの出会い。無脊椎動物がわからない!

そのあとは、石川県の水族館に移って、結局そこに12年いることになりました。すごく勉強になった12年間でした。
 
最初は、無脊椎動物全般(魚や哺乳類と違い脊椎のない動物。ウニやヒトデ、貝類など海にはたくさんの無脊椎動物がいる)の水槽の担当でした。だけど、当時は詳しい図鑑も少なく、無脊椎動物は水族館でもあまり認知もされていませんでした。種名を調べることができず説明板などもない状況で、水族館の飼育個体数に入っていないことが多かったんです。だけど、漁業者の方は無脊椎動物も魚と一緒に獲るし、海に潜ればいっぱいいるし、水族館の水槽にもたくさんいる。それがちょっと納得いかなかったので、ときどき金沢大学の図書室や書庫に行って調べてみたんですが、日本海や日本の海全体の無脊椎動物についての書籍や文献は少なかった。

三崎の海の無脊椎動物たちのほんの一部

そのうち、ボーナスで顕微鏡を買って自分でも調べるようになったけど、やっぱりわかんない。それで、100個体ずつ20ぐらいのグルーブの標本をそろえて、海綿動物、刺胞動物、頭足類、様々な甲殻類や棘皮動物などいろんな分類学の専門家の人に送りました。その中で、一番おもしろかったのがウミシダだったんですよね。そのウミシダの先生は在野で研究していた大阪の小学校の校長先生で、ちょうど保育社の図鑑の執筆をしていたときでした。日本海の情報がないから協力してくださいと言われて、あぁこれはおもしろい!と思って、ウミシダをやりはじめたのがきっかけですね。

技術職員になるまで ~日本海から東シナ海、太平洋へ~

そのあと、民間の環境コンサルタント会社に移りました。そのころには日本海が大好きになっていたんですが、日本海って今の三浦(太平洋側)の海と比べると生物の種数は少ないんです。でもそのぶん1人でも調べたり採集できるボリュームだったので、同じ日本海でほかの海に行けるのは、ちょうどいいなと。それで島根県の隠岐に行きました。
そのあとまたいろいろと縁があって、長崎県のペンギン水族館に勤めて、東大臨海実験所に移ってきて、今年で10年目ですね。

日本海洋生物学百周年記念館(旧本館)から見える実習船・臨海丸と油壺湾(撮影:幸塚)。耐震基準の関係で、惜しくも今年中の取り壊しと新棟建設が決まっている

海に直結する仕事

—1日のスケジュールを教えてください。
 
実習がある・ない、外来の研究者が来る・来ないで結構違うんですが、実習があるときは、
 
朝5時〜8時半 論文執筆、仕事
8時半〜 生物・施設の見回り
9時〜 臨海丸(実習船)の準備
10時〜 運航
12時〜 お昼・実習補助
 
その他の時間に、
・毎日測定しているデータの記録・整理
・調査で採れた生物標本のリストづくり、撮影
・実験所の引越し準備
・外来の研究者からの連絡対応(電話・メール)
 
というような内容ですね。

口側から撮影したユキレンゲウニ。口の周りのトゲが赤いことが特徴で、美しい色合い(撮影:幸塚)

アカウニのトゲ(撮影:幸塚)

—とても朝が早いですね!? そういえば、ウニハンドブック作成のやりとりのときもメールの返信が5時ごろだったような……。
 
僕は朝型なので、4時半には起きて5時前には職場に来てますね。実習があるときはこういうスケジュールですけど、業務の割合としては外来の研究者とのやりとりが多いかもしれません。外部研究者が実験所を利用して研究するには大学の事務の審査が必要なんですけど、事務に申し込む前段階として、どんな研究がしたいとか、どんな生物が採れそうか、といった相談に僕らが対応しています。
 
技術職員は今4名いるので他の臨海実験所と比べると多い方なんですが、その中でも業務が変わったり異動があったりして、今はけっこう忙しいですね。でも、最も海と直結している業務を行なっているのは技術職員ですから、我々が海にどういう生物がいて、どういう時期にどういう状況なのかを活字化することに意義があると思うので、そこをうまくやっていきたいです。
今を乗り越えちゃえば、来年には新しい棟ができて展示室もできれば楽しくなるかなと思ってます。

展示室の内部(撮影:幸塚)。今までは幸塚さんたちの手作りだったが、新棟建設後は展示をパワーアップしてリニューアル予定

—今後、何か挑戦したいことはありますか?
 
海の生物のガイドブックみたいなのは作りたいと思っていますね。やっぱり今までの結果を冊子にしていきたいです。分類や研究を論文にしても、論文って一般の人は見られないじゃないですか。だから、論文の最新の情報をプラスした冊子体にしたいなと思ってます。
 
—一般の人にも海の生物について知ってほしい?
 
そうですね、特に海の生物は知られていない分類群も多いので、一般の人は図鑑に載ってないと「新種かな?」って思っちゃう。でも実はそうじゃない。そういう知られていない生物を知ってほしいので、以前に作った海の生物のガイドブック (http://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/jp/education/umiguide.html)では図鑑に乗ってない生物をメインに載せているんですよ。紹介したい奇想天外な生物はまだまだいるので、そういうことも仕事の1つとして進めている状況です。

海のエキスパートになるためには?

—最後に、こういう海の生物のエキスパートのような職業に就きたいという方に何かアドバイスを……と言っても、お話を聞いていると、この職業に!と思ってこの職業になったわけではないですよね。
 
そうなんですよね〜。でも、芯を持っているといいのかもしれないですよね。僕の芯、というか専門はウミシダだと思うんですけど、ウミシダを通してたくさんの知り合いができました。水族館や臨海実験所ではウミシダってあまり表に出てこないんですけど、ウミシダの分類や発生をやっていく過程でできた人のつながりと知識っていうのは、今までの職場や現職で重宝されたと思うんですよ。それとウミシダだけじゃなく無脊椎動物にも興味があったので、面白く仕事をさせてもらっています。
 
—ありがとうございました!

実習船・臨海丸と幸塚さん

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BuNa編集部

株式会社 文一総合出版の編集部員。生きもの、自然好きならではの目線で記事の発信をおこなっている。

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