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5/8 2020

タガメとゲンゴロウだけじゃない! 超保存版・水生昆虫との出会い方、調べ方

「虫は陸上にいる」というイメージをはるかに凌駕し、水中で生きる虫……それが水生昆虫!
日本の水生昆虫(コウチュウ目、カメムシ目など)のほとんどを扱う図鑑『ネイチャーガイド日本の水生昆虫』の著者の1人・中島淳氏本人が、どこでどうやって出会えばいいのか? 観察のポイントは? 名前を調べるには? といった疑問と図鑑の見所を、6,000字超の大ボリュームで熱く解説する。

水生昆虫とは?

水生昆虫とは一生のうちいずれかの時期に水生生活が必須である昆虫の総称である。大まかには幼虫期のみ水生のグループ(カゲロウ、トンボ、カワゲラ、トビケラなど)と、幼虫期・成虫期ともに水生のグループ(カメムシの一部とコウチュウの一部)に区別される。後者は特に真正水生昆虫とも呼ばれる。
 
真正水生昆虫の代表的なものとしてタガメ、ミズカマキリ、アメンボ、ミズスマシ、ゲンゴロウ、ガムシなどが挙げられ、あああれね!とピンと来る方も多いだろう。
 
そんな日本産の真正水生昆虫を網羅した図鑑が、2020年1月23日に出版された。それは「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」である。本図鑑は既知種のほぼ全てにあたる485種・亜種を解説するとともに、その9割以上を生きた状態の写真で紹介し、さらに区別に使える検索も完備という画期的な水生昆虫図鑑である。
 
そこで今回はネイチャーガイド日本の水生昆虫の見どころ、水生昆虫との出会い方、そして本図鑑を活用した水生昆虫の名前の調べ方について解説したい。

ネイチャーガイド日本の水生昆虫

ネイチャーガイド日本の水生昆虫の見どころ

▽これ1冊でOKの網羅性
1つめはその「網羅性」である。2019年末時点で記録がある真正水生昆虫類は485種類であるが、本図鑑ではそのうちの480種類について種類ごとに詳細な解説を行っている。また詳細解説がない残り5種類についてもいずれかのページで触れており、日本における真正水生昆虫の全容をこの一冊で把握することができる。同定をする上でも、水生昆虫の世界に没頭する上でも、この網羅性は欠かせない。
 
▽生きた姿に感動すること間違いなし
2つめの見どころは「生体写真」である。水生昆虫は標本にすると油がにじんで色彩が変化してしまう種が多い。しかし本書では掲載種のおよそ9割にあたる442種類について生きた姿を紹介している。水生昆虫の真の美しさを眺めることができ、その感動はあなたの脳髄に確実に到達するだろう。
 
▽検索のポイントを整理
3つめの見どころは「検索」である。図鑑を買う目的の半分くらいはその種の名前を知りたい、というところにあると思われるが、昆虫類の同定は得てして難しい。水生昆虫についても小型のものが多く、同定が易しい部類ではない。しかしそれでも可能な限りの同定ができるよう、そのポイントを簡潔に絵解きで示した。またこれを足掛かりにして、同定能力をUPさせることも可能であろう。
 
以上、ネイチャーガイド日本の水生昆虫の見どころ3つをまとめた。水生昆虫と言えばタガメやゲンゴロウ、少し知識があればアメンボやミズスマシも思い浮かぶだろう。
しかし国内にはこの他にもケシカタビロアメンボやヒメドロムシのように身近にいながら知られていない種、さらにサンゴアメンボやオニガムシのように普通に出会うことがまずない種も生息している。本図鑑にはそのすべてが載っているので手軽にそれらの知識を得ることが可能である。
実は生物の多くは知識がないと網膜に写っていてもその姿が「見えない」のである。そして見えなければそれはこの世に存在しないも同然である。ネイチャーガイド日本の水生昆虫を媒介すれば、見えない水生昆虫をこの世に召喚することが可能となる。まさに「魔導書」として、魅力あふれる水生昆虫の扉を開いてくれることは間違いないだろう。

▲ネイチャーガイド日本の水生昆虫の3つの見どころ

水生昆虫との出会い方

そもそも水生昆虫と出会うにはどこに行けばよいのだろうか? それは水のあるところである。水たまり、水田、池沼、河川などが代表的な水生昆虫の生息場である。各環境の特徴とそこに棲む水生昆虫については、ネイチャーガイド日本の水生昆虫の序論で詳しく解説している。そこでここでは、そうした場所における基本的な水生昆虫との出会い方を3つ紹介したい。
 
▽其の1 見て出会う
生物調査において最も重要かつ基本的なテクニックは「ルッキング」である。つまり、見て探すということである。水生昆虫は水中にいるのだから、網も持たず見て探すなんてどうかしていると一瞬思ってしまうかもしれない。しかし、遊泳能力が低いダルマガムシ科、ガムシ科、タイコウチ科、コオイムシ科などは、見つけて徒手で捕獲するという方法も十分可能である。止水でも流水でも、浅い水際の植物や砂利をかき回すと、意外なほどに色々な種が浮かんでくるので、それらを徒手でつまんでいくのは楽しい。
 
また、水しぶきのかかる岩に張り付いているセスジダルマガムシ属やコマルガムシ属の探索は、ほぼ眼力が勝負と言える。何ならそのあたりの水中を徘徊しているタイコウチ科やコオイムシ科は、目で見て発見!徒手で捕獲!!という展開が一般的であろう。

小さな水たまりにも水生昆虫はいる!

こんな岩の水際にダルマガムシがいる!

水田で拾い集めたタイコウチ

▲ルッキングは事前に知識があるかないかでも成果に大きな差が出る
 

▽其の2 網で出会う
とはいえ、やはり水生昆虫。網を使うのがその出会い方としては一般的であることは間違いない。網と言っても色々あるが、まずは金魚網と呼ばれる小さなものでも十分である。水際を歩いているカタビロアメンボ科や水中を泳いでいるチビゲンゴロウ属、コミズムシ属などは十分に採集可能である。

少し調子が出てきたら、少し大きいタモ網を用意してみよう。目合は細かく、枠がしっかりしたものが良い。特に柄と網の接続部は頑丈であることに越したことはない。ただ網の蘊蓄はいわゆる「沼」なので、それを語るには今回スペースが足りそうもない。またの機会にしたい。
 
止水域でタモ網を使う場合は植物の豊富な浅い場所を狙うのが基本である。植物を踏んで絶妙に足を動かして舞い上がらせてタモ網でろ過するように動かしてすくうのが良い。ただし植物を壊滅的に破壊しないよう注意が必要である。
また、流水域では流れのある瀬の下流側にタモ網を設置して、上流側の岩礫を動かして流れ下る水生昆虫を受けて採るというのが基本である。岸際の植生帯も同様で、流水域では流れを利用してタモ網に流し込むというのが重要テクニックである。ここでも張り切りすぎて環境を破壊しないよう注意が必要である。タモ網採集は破壊力も大きい。いついかなる時も、上品さと華麗さを忘れないようにして欲しい。
 
それから浅い水場では長靴などでも十分であるが、池沼や河川では胴長靴などがあると便利である。ただ胴長靴は転倒時に溺死の危険性がきわめて高い。死の危険を常に念頭において十分に注意して欲しい。

基本セット

楽しい採集

胴長靴と巨大タモ網による最終形態

▲タモ網の使い方ひとつとっても長い修行が必要である
 

▽其の3 灯火で召喚
やや上級者向けの技が灯火採集である。本格的なものとしてはガソリンを燃やして発電機を回し煌々と水銀灯やブラックライトを灯すというやり方があるが、なかなか準備が大変である。そこまでしなくても、小型の水生昆虫の場合は電池式ブラックライトとバケツを組み合わせたボックスライトトラップでも大きな成果が見込める。
 
また単に水田周辺の街灯やコンビニエンスストアを徘徊して飛来した水生昆虫をつまんでいくのも楽しい。特にお店などでは迷惑がかからないよう、また不審者と思われないよう、さわやかな行動を心掛けたい。灯火ではゲンゴロウやタガメなどの思わぬ大物に出会えることがあり、興奮度は高い。

ボックスライトトラップ

本格的なライトトラップ

飛来したリュウキュウオオイチモンジシマゲンゴロウ

▲灯火での召喚は色々な意味で興奮度が高い
 
 
▽秘術の数々
実はこの他にも水生昆虫と出会う秘術はいくつもあるのだが、秘術だけにあまり公開することができない。そこで近年有名になってしまったヒメドロムシ界の秘術「ふんどし流し」を紹介したい。
 
これはふんどしのような白い布を渓流中に設置し、その上流側の岩礫をかき回すことで流下したヒメドロムシが布につかまり、それを採集するという手法である。タモ網と異なり、余分な土砂が流下するのでヒメドロムシを探しやすく、非常に画期的な採集法である。網がない場合にもタオルさえあれば採集可能という利点がある。機会があればぜひ試してみてほしい。また、本当にふんどしを用いている人には出会ったことがないので、機会があればぜひ挑戦してその様子をSNS等で公開してほしい。

① 渓流に白い布を設置して上流の岩礫をかき回します

② 布にヒメドロムシが付着していないか見ます

③ アーーーッ!!いましたいました!!!

④ 美しいアカモンミゾドロムシです。素敵です

▲これが秘術ふんどし流しだ!
 
 
▽採集・観察をする上の注意点
水生昆虫の生息状況は急速に悪化しており、絶滅した種も出てきている。採集に夢中になって環境を破壊したり、乱獲したりしないよう、十分に注意して欲しい。また、希少種をみつけてしまっても、その生息地情報のインターネット上での公開は控えよう。

水生昆虫の名前を調べてみよう!

▽写真は大きさよりピントが重要
生き物を捕まえたら、その名前を知りたくなるのが人情というものである。そしてそのために図鑑はある。ただし一般的には図鑑があってもなかなかその名前を知ることは難しい。名前を調べるには本来、標本にして細かく観察することが必要である。ところが近年ではデジタルカメラの性能が向上しており、うまく撮影しておけば後から画像のみで名前をある程度調べることも可能である。とにかくデジタルカメラでの写真撮影はピントがすべてである。ピンボケでは話にならない。大きく写ることよりピントがあっていることの方が重要である。ぜひこの点は肝に銘じておいて欲しい。
 
▽エタノール標本にしておくことも◎
また、標本については、とりあえずということであれば液浸標本がもっとも容易で保存性が高い。保存液としては消毒用エタノールが入手も容易で安全性が高い。普通に薬局等で入手できる。密封できるガラス瓶などにそのエタノールをいれ、水生昆虫をいれ、さらに厚手の紙に採集した場所、日にち、採集者の情報を鉛筆で書き入れ一緒にいれておけば、学術的な標本の出来上がりである。
 
▽「階層分類」を身につけよう!
さて、水生昆虫に限らず、動物の名前を調べる上で、分類学的な「階層分類」の知識・考え方は非常に重要である。具体的には、目、科、属、種という階層に沿って名前を調べていく方法である。分類学は一見するととっつきにくいが、人類が生物の名前を理解しようとして200年以上も試行錯誤しながら採用されている方法であり、生物の同定を行う上でここを理解することが、遠回りなようでもっとも近道である。
また、一目みてどの階層にいけるか、というところが同定をする上での速度を上げる。つまり、一目見てコウチュウ目、までいけるか、その先のゲンゴロウ科、までいけるか、さらにゲンゴロウ属までいけるか、というところが勝負をわけるのである。より下の階層に正確にたどり着くことができれば、種の同定はより早く、確実になる。
 
「ネイチャーガイド日本の水生昆虫」はこの「階層分類」に沿った同定ができるようなつくりになっている。コウチュウ目の扉部分(P.15-17)では12科の絵解きでの特徴を、またカメムシ目の扉部分(P.223-225)では同じく12科(サンゴアメンボ科のみアメンボ科と統合)の絵解きでの特徴を、それぞれ示している。したがって、まずは、「科」レベルでの同定を試みてみよう。昆虫の「科」レベルの特徴はかなり直感的な区別と一致するものと思う。大まかな形や各脚の長さのバランス、頭部に対する目の位置などを参考にすることで、「科」の同定はそれほど難しくないものと思う。
 

科の特徴を一覧で図示

「科」レベルの同定ができたならば、それぞれの「科」のページにいってみよう。ゲンゴロウ科のように131種類もいる科もあれば、ツブミズムシ科やコバンムシ科のように日本では1種しかいない科もあり、科によってはそこで同定が完了してしまう場合もある。
多くの種がいる科の場合は、まずは図鑑パートをパラパラめくって、似たものを探すという方法がある。似たものが運よくみつかった場合は、体長をみてみよう。ネイチャーガイド日本の水生昆虫では各種について実際の体長のスケールバーがついている。そこが一致するようなら、次に分布域と種の特徴をみてみよう。ここまでで矛盾がなければかなり同定精度は高いといえる。
 

右上に各種類の体長のスケールバーが付いている(赤矢印)

そこまで絞れたら、あるいは絞れなくても、さらに巻末の「検索」にも挑戦することで精度が上がる。この検索では「属」ごとにもまとめているので、「属」がある程度絞れていればいきなり「属」の頁にいってみるのが良いだろう。種名の候補があれば、巻末の目次から目的の検索部に直接行くこともできる。属内の種の特徴は検索ではなく一覧でわかるよう作成しているので、一つずつ属内の種の特徴を比較しながら同定をすることができる。この「図鑑本編」と「検索」を行ったり来たりすることで、かなりの種の同定が可能になると思う。
 
とにかくまずは「科」がわかること、そして「属」がわかることというコンセプトは本図鑑において明解である。美しい水生昆虫の姿を鑑賞するとともに、こうした分類の「センス」も同時に学んでもらえればと思う。
 
▽コウチュウ目か? カメムシ目か?
ただごく初期には、そもそもその水生生物がコウチュウ目かカメムシ目か、あるいはそもそも昆虫なのかすら難しいという場合もあるだろう。その場合におすすめなのが文一総合出版から出ている「絵解きで調べる田んぼの生きもの(miniこのは)(向井康夫著)」である。この本は絵解きで簡易に大まかなグループにたどりつける検索がわかりやすい。対象は水田の生物(止水性種)であるが、コウチュウ目かカメムシ目かを同定する上では問題なく活用が可能である。
 
また絵合わせで「似た種」を探し、そこからあたっていくという同定の仕方に有用であるのがこれも同じ文一総合出版から出ている「ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック(三田村敏正・平澤 桂・吉井重幸著)」と「タガメ・ミズムシ・アメンボハンドブック(同著)」の2冊である。本書も対象は主に止水性種であるが、白背景での生体写真による多くの種が掲載されており、その「形」がわかりやすいというのが大きな特徴である。この3冊を「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」と併用することで、出会った水生昆虫のかなりの種の同定が可能になるのではないだろうか?

同定は試行回数がすべてである。挑戦すればするほど、知識が上昇する。ぜひこの夏は身近な水場にでかけて、水生昆虫に出会い、これらの図鑑を用いて同定に挑戦してみてほしい。名前がわかれば、興味も関心もどんどん深まっていくだろう。この先、水生昆虫を好きな人が増え、水生昆虫の生息地である湿地帯を大事にしようと思う人が増え、水生昆虫あふれる素晴らしい湿地帯が各地に再生する未来を願っている。
 
※なお、本図鑑初版でいくつかの誤りがありました。お詫びするととともに、正誤表(https://www.bun-ichi.co.jp/news/errata/tabid/98/Default.aspx?ItemId=143)を公開しています。ご確認下さい。また、分布の新知見等については「日本産真正水生昆虫リスト(http://kuromushiya.com/mlist/mlist.html)」を公開し随時更新しています。ご活用下さい。
 
 
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Author Profile

中島 淳

1977年生まれ.東京都出身,福岡県在住.九州大学大学院生物資源環境科学府博士後期課程修了.博士(農学).日本学術振興会特別研究員PD(九州大学工学研究院)を経て,現在は福岡県保健環境研究所研究員.特に好きな生き物はカマツカ,ドジョウ,ゲンゴロウ,ヒメドロムシ.著書に『湿地帯中毒:身近な魚の自然史研究(東海大学出版部)』,『日本のドジョウ 形態・生態・文化と図鑑(山と渓谷社)』、『ネイチャーガイド日本の水生昆虫(文一総合出版)』。
個人web サイト:http://kuromushiya.com/koushiki/top.html

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