夏の風物詩といえば、セミの鳴き声。
セミ図鑑『セミハンドブック』、『日本産セミ科図鑑』の著者・税所康正さんが、意外と知らない? セミの基礎知識を解説します。
(この記事は『セミハンドブック』(文一総合出版)からの引用記事です。文章・写真・録音:税所康正)
エゾチッチゼミ
日本に暮らしている人でセミを知らない人はほとんどいないでしょうが、意外と知られていないことも多いようです。そこで、これからセミに親しもうという方々のために、セミについてまとめてみました。
セミはカメムシ目(半翅目)に属する昆虫です。カメムシ目には、カメムシ、アメンボ、タガメ、ヨコバイ、ツノゼミ、ウンカ、アブラムシ、カイガラムシなどが含まれます。日本国内には36種1亜種のセミがいます。米国には170種以上いるようですが、面積が日本の約25倍であることを考えると日本にセミの種数が多いことがわかります。
一方、ヨーロッパにセミは少なく、英国は1種のみ。ギリシャからイタリア、南仏を経てスペインにかけての地中海沿岸には何種類かのセミが分布しています。ファーブルがセミの観察を「昆虫記」に書いているのをお読みになった方もいらっしゃると思いますが、これら米国やヨーロッパには日本と共通の種は分布しません。アジアはセミの宝庫で、日本の九州とそれほど大きさの変わらない台湾には、50種を超えるセミがいます。
台湾北部に分布するソウザンヒグラシ
セミは一般的に夏の昆虫だと思われています。確かに多くのセミが梅雨明け前後から出現しますが、実は国内に限っても夏に出るとは限りません。九州以北であっても、4月にはもうハルゼミが鳴き始めています。ハルゼミは関東以南にいるセミで、松林にしかすめないのでなかなか存在に気づきませんが、五月晴れの松林に行くと大合唱に出会うことがあります。北海道でも5月中旬になればエゾハルゼミが鳴き出します。北海道だけではなく本州や四国、九州でも6月に標高1,000mを超える広葉樹林帯に行けば、このセミの合唱が聞けます。これらのセミのシーズンは梅雨明けとともに終了します。
ハルゼミ
エゾハルゼミ♀
㆒方、遅く出現するセミでは8月下旬頃にピークになるツクツクボウシが有名ですが、さらに遅いセミとして対馬に生息するチョウセンケナガニイニイがいます。このセミはなんと9月末になってから出現します。全身に毛が生えていて、まるでぬいぐるみのような姿です。沖縄県石垣島などにいるツクツクボウシの仲間、イワサキゼミのピークも10月、11月ですが、驚くことに年を越して鳴き声を聞くこともあるということです。このように、国内でもセミがまったくいない月の方が少ないのです。
チョウセンケナガニイニイ
東京では街中でもミンミンゼミが多く、真夏になればどこからともなくミ−ンという鳴き声が聞こえてきます。コマーシャルやドラマでもこのセミの鳴き声が好んで使われますが、実は西日本ではちょっと山に入らないと聞けないセミです。大阪の街中でミンミンゼミが鳴くということはありません。代わって多いのがクマゼミで、日本海側を除く西日本の平地では、午前中にシャ−シャ−という音で合唱します。これが西日本の暑い夏を象徴する音なのですが、関東地方にはあまりいません。
ミンミンゼミの鳴き声
クマゼミの鳴き声
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ミンミンゼミ
クマゼミ
最近東京周辺でもクマゼミを聞いたという報告が多く、地球温暖化絡みでクマゼミの分布北進がマスコミを騒がすこともありますが、主に木の移植によるのではないかと考えられています。
このように東京と大阪を例にあげても、セミの分布に違いがあることがわかります。
鳴いているセミはすべて成虫ですが、セミの幼虫はどこにいるのでしょうか?
卵はセミの種類によって産卵された年の秋か翌年の梅雨時に孵化(ふか)します。孵化した幼虫は1〜2mm位の大きさで、孵化後地上に降り、すぐに地中にもぐって木の根にとりつき、根から樹液を吸いながら長い時間をかけて成育します。幼虫の期間は種類によって異なり、また同じ種類でも環境によって変化することがあります。現在でも多くの種で幼虫期間の長さは未解明です。
オスの腹の内部にはV字型をした発音筋があり、この発音筋を使って左右にある発音膜を振動させて音を出し、さらに空洞になっている腹部で増幅させます。腹弁の下に隠れている鏡膜は聴覚器官と言われていますが、オスで発達していることから、発音にも関わっているものと考えられます。
クロイワゼミ、ヤエヤマゼミ、エゾハルゼミ腹面
また、腹壁が硬質で柔軟に形を変えにくい種と、紙風船のように薄く腹部を動かしやすい種がいます。ツクツクボウシやエゾハルゼミのように器用に鳴き声を「演奏」できるのは、腹壁が薄いからだと思われます。
オスのセミが鳴く主目的は鳴いてメスを呼ぶためですが、それ以外にもさまざまな目的に使われています。
通常セミの鳴き声と呼ぶ鳴き声は主鳴音もしくは本鳴きと呼ばれています。種によって、メスが近くに飛来したことに気づいたオスは鳴き方を変えて、近くに呼び寄せますが、この特別な鳴き方を交尾誘導音と呼びます。
また、休息中のセミが「ギッ」と一声鳴くことがありますが、この鳴き声を休息音と呼びます。休息音を出す目的はわかっていません。悲鳴音は文字通り、捕獲して手づかみしたり、外敵に捕獲されたりした時に出す悲鳴です。これ以外にも種によっては特殊な状況で出す音がありますし、主鳴音自体の構造についても分類があります(詳細は『日本産セミ科図鑑』(誠文堂新光社))をご覧ください)。
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Author Profile
税所 康正
広島大学工学研究科准教授を経て現在東京学芸大学特任准教授、広島大学総合博物館客員研究員。日本セミの会会員。広島虫の会幹事。日本昆虫学会、日本半翅類学会、日本数理生物学会などに所属。
数学(確率論)や数理生物学の研究・教育のほか、セミ類の研究や撮影、録音を行なう。著書に改訂版 日本産セミ科図鑑(共編著、誠文堂新光社)、セミハンドブック(文一総合出版)。