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2/22 2021

数百年の疑問,ついに解決! 「ネコにマタタビ」解明への道〈後編〉

ついに「マタタビ踊り」を呼び起こす物質「ネペタラクトール」を発見した研究チーム(詳しくは前編)。では、ネコはなぜそんな行動を示すのか? びっくりな結論に至った背景とは? いよいよ、マタタビ行動への解明の道のりをひもときます。

マタタビ行動の意義とは

まだマタタビ反応の生物学的意義について模索中だった2020年1月、岩手大学で、宮崎が主催者の一人となり「動植物の環境応答機構」に関する国際シンポジウムを開催しました。このシンポジウムに、イギリスのリバプール大学から、宮崎の15年以上の知人であるジェーン・ハースト教授とロバート・ビーノン教授を招待講演者として招きました。
ハースト教授は動物行動学の第一人者で、夫であり生化学者のビーノン教授とともに「Nature」や「Science」などの学術雑誌に、広く注目される論文を数多く発表していた著名な研究者です。また来日直前には、これまでの研究が評価され、ハースト教授は大英帝国勲章を受賞することが決まりました。今から考えるとそのようなお忙しい時に、また日英がコロナ禍になる直前にハースト教授とビーノン教授を招聘できたのは、とても幸運だったと思います。

マタタビ行動解明につながった出会い。左から,宮崎,上野山,ハースト教授,ビーノン教授

・重要なヒント
 
シンポジウムの前日に、今回の論文の筆頭著者である上野山が、前編でも紹介したこれまでのマタタビ反応の研究結果を説明しました。議論を重ねていくうちに、ふとハースト教授が「床以外にネペタラクトールを設置してみたらネコがどのような反応を示すか興味がある」と言いました。
これまでの実験では、ネペタラクトールを染み込ませた濾紙をケージの床に置き、そのケージにネコに入ってもらっていました。宮崎も上野山もこれまで何度もこうした実験を行ってきましたが、床以外の場所に置いたことはありませんでした。
宮崎がハースト教授とビーノン教授を盛岡観光に連れ出している間に上野山が提案された実験を早速行ってみたところ、とても興味深い知見が得られました。ネペタラクトールを染み込ませたろ紙を壁や天井に設置すると、においを嗅ぎつけたネコは、濾紙をなめたり、しきりに顔や頭をこすり付けたりする行動を示しましたが、地面に転がる行動は一切示しませんでした。
観光から研究室に戻ってきた一行に、上野山はその結果を興奮しながら伝えました。すると、ハースト教授も興奮しながら言いました。

壁に設置したネペタラクトールに反応するネコ。転がったりせず,立ったまま濾紙に体をこすり付けている(撮影/上野山怜子)

「マタタビ反応で一番重要なのは、マタタビに顔をこすり付けることなのかもしれない」。
 
ここから、マタタビ反応の機能に関する研究が、半世紀の時を経て大きく動き出すことになりました。

「マタタビ反応で重要なのは,ネペタラクトールに顔をこすり付けることかもしれない」。ハースト教授からアドバイスを受ける上野山

・香水? 媚薬?
 
私たちは、ネコがネペタラクトールに体をこすり付けるのには、きっと何か意味があるに違いないと考えました。最初に、ネコが異性を惹きつける香水(媚薬)のようにネペタラクトールを利用している可能性を考えました。しかし、マタタビ反応に雌雄差が見られなかったこと、反応後のネコに他のネコが誘引されるようなことはなかったことより、香水説はすぐに却下されました。
 
・虫よけをする動物たち
 
次に、ネペタラクトールを虫よけのために使っている可能性を考えました。私たちは除虫菊から蚊取り線香を作り夏に使っていますが、実はヒト以外の動物も、植物を虫よけに使っているのです。オマキザルやフナオクロムクドリモドキ、ハナジロハナグマは、柑橘(かんきつ)系の果物の皮を体に塗って、蚊を避けていることが知られていました。
そこで、ネペタラクトールや他のイリドイド化合物に虫の忌避(嫌ってよける)効果があるか過去の研究を調べました。すると、ネコに特異な反応を引き起こすキャットニップの有効成分ネペタラクトンに蚊の忌避効果があるという論文が複数見つかりました。幸い(?)なことに、ネコの研究者はこれまで誰もネペタラクトンの蚊の忌避活性に着目していませんでした。
 
・「蚊よけ」仮説の誕生
 
私たちは、これまで一度も蚊を使った実験を行ったことがなかったのですが、研究用に蚊が市販されていることを知りました。そこで、意を決して蚊を購入し、ネペタラクトールに蚊の忌避効果があるか調べました。最初は、蚊を試験用のケージに移すこともひと苦労で、忌避効果を調べる実験も試行錯誤の繰り返しでしたが、最終的にネペタラクトールに強力な蚊の忌避活性、殺虫活性があることを明らかにしました。この結果、マタタビ反応はネペタラクトールを体にこすり付け、蚊から身を守るために行われる行動、という新たな仮説が生まれました。

天井に設置したネペタラクトールに反応するネコ。伸び上がって濾紙に頭をこすり付けている(撮影/上野山怜子)

「蚊よけ」仮説は正しいか?

マタタビ反応の虫よけ説を検証するためには、まず、ネペタラクトールに体をこすり付けたネコの毛にネペタラクトールが付着していることを確認する必要がありました。
そこでまず、ネペタラクトールに顔をこすり付けたネコの顔をエタノールの染み込んだ濾紙で拭き取り、それをガスクロマトグラフ質量分析計という分析装置で解析してネペタラクトールが検出されるか調べました。しかし残念ながら、最新の分析装置を用いてもマタタビ反応した被毛を拭き取った濾紙からネペタラクトールを検出できませんでした。
・ネコの鼻は機械よりすごい
どうしたものか、思案した宮崎と上野山は、「困ったときはネコに聞け」という合言葉に従って、拭き取った濾紙をネコに鑑定してもらうことにしました。具体的には、ネペタラクトールに反応したネコの顔や頭をエタノールの染み込んだ濾紙で拭いたのち、その濾紙を自然乾燥(「風乾(ふうかん)」といいます)させて別のネコに嗅がせてみたのです。
すると、濾紙を嗅いだネコは、マタタビ反応を示しました。最新の分析装置よりも感度の優れた鼻を持つネコは、ネペタラクトールに反応した別のネコの毛にネペタラクトールが付着していることをみごとに嗅ぎ当てたのです。
 
ネペタラクトールの蚊よけ効果
 
そこで次に、ネペタラクトールを付着させたネコを、蚊が避けるか調べました。ネペタラクトールを顔に塗ったネコやマタタビの葉に反応したネコを、何も処置していない対照のネコと一緒に麻酔をかけて、蚊が30匹入ったケージの中に頭部だけ入ってもらいました。そして10分間頭の上にとまる蚊を数えたところ、ネペタラクトールを塗ったネコとマタタビに反応したネコではどちらも、頭にとまる蚊の数が対照のネコに比べて有意に半減する結果が得られました。この結果、ネコがマタタビに反応してネペタラクトールが毛に付着すると蚊に刺されにくくなることが初めて立証されました。

「マタタビ踊り」は蚊よけのためだった!(撮影/上野山怜子)

まだわからない「なぜネコ科動物だけなのか」

上で述べたとおり、マタタビ反応は本能行動の一つで、学習行動ではありません。ネコは、マタタビから放出されるネペタラクトールを嗅ぐと無意識のうちに体が動き、マタタビに顔や体をこすり付けます。その結果、ネペタラクトールが体に付着して蚊が寄りにくくなるのです。ネコが意図的にマタタビに反応して蚊よけをしているのではありません。私たちは、マタタビ反応は、ネコ科動物の祖先が伝染病を媒介する蚊から身を守る過程で獲得した巧みな生存戦略の一つと考えています。
 
・「陶酔」するのはなぜか
 
今回の研究の一環で、マタタビ反応したネコの脳内では「オピオイド系」と言われる、ヒトでは多幸や鎮痛にかかわる神経系が活性化されていることも明らかにできました。しかし、マタタビ反応による蚊の防御とオピオイド系の関係、つまりどちらが先にネコに備わったのかについては、明らかにできていません。
動物では、繁殖や食事など、生存に必須な行動には多幸がかかわることがわかっています。それをふまえると、マタタビ反応による防御がネコ科動物の生存に必須な行動であるならば、それに多幸が備わっても不思議ではないのかもしれません。
 
・謎解きはまだまだ続く
 
なぜネコ科動物だけが、マタタビやキャットニップなどの植物に特別に反応して蚊から身を守れるようになったのでしょうか? それについては謎が残ります。一つの可能性として、ネコ科の動物は、茂みなどに隠れて獲物を狙う習性があるので、他の動物よりも蚊に刺されやすい傾向があったのかもしれません。それで、蚊を忌避するために、進化の過程でマタタビなどの植物に体をこすり付ける機能を身に着けたのかもしれません。
私たちは、この仮説を検証するために、すでにマタタビ反応に関与する遺伝子を探索する研究を始めています。なぜネコ科動物だけがマタタビ反応するのか、300年以上前の日本人が見つけたネコの不思議な行動の全容解明を目指し、私たちの研究はまだまだ続きます。

大型ネコ科動物(アムールヒョウ)のマタタビ反応。イエネコとよく似た行動だ(協力/王子動物園 撮影/上野山怜子)

ネコにマタタビ Q & A

マタタビの葉を人間用の蚊除けに使うことはできますか?
 
ネペタラクトールの効果は私たち自身で試しています。まず、何も塗っていない左腕を蚊の30匹入ったケージ内に入れたところ、10分間で10匹弱の蚊に刺され吸血されました。とてもかゆかったですが、実験のため同じように蚊のケージに入ってもらったネコに申し訳ないので耐えました。次にネペタラクトールを塗った右腕を同様にケージに入れると、30分間、蚊に刺されることはありませんでした。この結果からネペタラクトールは非常に効果的な蚊除け成分と考えています。マタタビ葉そのものではまだ試していませんが、ネコでの結果より、同じような効果が期待できるかもしれません。
 
ネコも含め,実験に使う蚊は,病原体をもっていない,培養したものを使うのですか? 人間でも実験しているそうですし,ネコも人間も病気になったらたいへんだと思います。
 
病原体を持っていないクリーンな環境で生育された研究用の蚊を購入して実験を行いました。
 
ネペタラクトールでエンドルフィンが出ると報道で紹介されていました。エンドルフィンは脳内麻薬と言われていると聞きます。ネコにマタタビの禁断症状が出たりすることはありますか? 今後,あげても大丈夫ですか?
 
今のところマタタビがネコに有害であるという科学的な報告はなく、またふだん私たちが実験していても、ネコがマタタビを欲して禁断症状を示すような様子はありません。マタタビはネコにとても強い反応を生じさせますが、顔のこすり付けやゴロゴロ転がる反応は長くても15分ほどで終わること、依存性がない事などを考慮して獣医学的に問題はないと考えます。この依存性がない理由も謎の一つですね。
 
 
 
参考論文
Uenoyama,R, et al., The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes. Science Advances. DOI: 10.1126/sciadv.abd9135

Author Profile

上野山 怜子

岩手大学総合科学研究科大学院生。2年半前よりマタタビ研究に参画。今回の論文の主要な実験を全て担当。日本味と匂学会の優秀発表賞、天然有機化合物討論会の奨励賞、日本生化学会の若手優秀発表賞をはじめ数々の受賞歴がある。大の猫好きで、愛猫はマタタビ反応陽性。

Author Profile

西川 俊夫

名古屋大学大学院生命農学研究科教授。博士(農学)。専門は有機合成化学。フグ毒、植物やキノコの成分、抗生物質など二次代謝産物(天然物)を化学的に合成し、その生物学的意義の解明を目指す。著書に「天然物の化学」(12章担当)、「天然物の化学II」(16章担当)(いずれも東京化学同人)がある。

https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~organic/

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宮崎 雅雄

岩手大学農学部教授。博士(農学)。専門は分子生体機能学、獣医学、分析化学。においやフェロモンを介したネコの嗅覚コミュニケーションやネコの腎臓病の研究、におい分析装置の開発を行っている。大学ではネコ、家ではイヌに囲まれた生活を送っている。

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