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10/16 2024

ハエってどんな生きもの?

もっとも身近な虫と言っても過言ではないハエ。じつはとても種類が多く、カやガガンボ、アブなどもハエの仲間なのです。そんなハエの仲間について、『ハエハンドブック』から基礎知識とよく見かける種類を一部抜粋してご紹介します。
(文章:熊澤辰徳、写真:須黒達巳、編集:BuNa編集部)

ハエってどんな生きもの?

ハエとは
この本で「ハエ」と呼んでいるのは、昆虫のうちハエ目(双翅目:そうしもく Diptera)に分類される仲間です。多くの昆虫が4枚の翅をもつのに対し、ハエは翅が2枚で、あとの2枚は平均棍(へいきんこん)という平衡感覚を保つための器官となっています。ハエ目はカやガガンボを含む長角亜目(:ちょうかくあもく カ亜目)と、いわゆるハエやアブを含む短角亜目(:たんかくあもく ハエ亜目) に大きく分けられます。

全世界では、知られているだけで、長角亜目は5万5千種以上、短角亜目は10万種以上、合わせて約16万種がおり、コウチュウ目(鞘翅目:しょうしもく)、チョウ目(鱗翅目:りんしもく)に次いで多くの種がいます。日本では2014年時点で7,658種が記録されましたが、その後も新種や新記録種が見つかっています。まだ発見されていないハエも多くいるとされており、日本だけでも1万種程度が未発見と考えられています。
 
なお、見た目の印象で和名がつけられていることも多く、分類学的にカに近い仲間が「◯◯バエ」、ハエに近い仲間が「◯◯アブ」などと、分類と名前が一致しないこともあります。系統分類的には概ね以下のように分けられます。
 
カに近い仲間:長角亜目の種
 
アブの仲間:短角亜目のうち直縫短角群(ちょくほうたんかくぐん Orthorrhapha)といわれるグループと、アシナガバエ上科を指す。蛹(さなぎ)が羽化するときに背中が縦に裂ける。
 
ハエの仲間:短角亜目のうち環縫短角群(かんぽうたんかくぐん Cyclorrhapha)というグループ。蛹が羽化するときに頭側が丸く開く。

ハエの生態

ハエは卵→幼虫→蛹→成虫という過程で成長します(これを完全変態と言います)。春・夏に成虫となる種が比較的多いですが、秋・冬に成虫が見られる種も少なくありません。一年に複数回成虫が発生する種もいます。
 
生活する場所・食べ物は、植物を利用するもの、虫を捕まえるもの、腐植物や糞などを餌とするもの、ほかの生物に寄生するもの……など種によってさまざまです。花粉を運んで植物の繁殖を助けたり、腐植物を分解して土に返したりと、生態系の中でさまざまな役割を果たしています。
 
しかし、人間との関係が深い一部の種以外では、食性や繁殖などについての基本的な生態がわかっていないことも珍しくありません。また卵や幼虫、蛹の姿がわかっていないものも多数います。観察や飼育によって、まだまだ興味深い生態が見つかることでしょう。

ノミバエ成虫(撮影:須黒)、卵・幼虫・蛹(撮影:熊澤)

身近なハエたち

ガガンボ――大きい蚊みたい、でも血は吸いません

ミカドガガンボ

幼虫は湿った土壌中で生活。世界最大のガガンボとしてギネス記録に中国の個体が掲載されているが、その個体は別種の可能性が指摘されている。(大きさ:翅40mm、分布:本州、四国、九州、台湾)

カトンボとも呼ばれるガガンボ類は、カを大きくしたような姿のため、血を吸うと誤解されることもありますが、吸血性の種は知られていません。成虫は花の蜜や樹液を吸うものはいますが、水分以外ほぼ何も摂取しない種が多いです。
幼虫は、種によって土壌中や水中、朽木、コケ(シリブトガガンボ科)などで生活しています。イネやムギの根を摂食するキリウジガガンボや、シイタケなどを摂食するウスモンヒメガガンボは作物の害虫となります。ヨーロッパでは芝生やキャベツの害虫になるガガンボ幼虫も知られています。

ユスリカ――蚊柱をつくるハエ類

カに似ているが血は吸いません。蚊柱をつくる仲間としても知られ、大量発生して不快害虫とされることもあります。幼虫は水質の指標生物として知られ、種数が膨大で未知種も多く、継続的に新種や新記録種が報告されています。
 
アキヅキユスリカ

大型の普通種で、時に多数の個体が発生。幼虫は流れの緩やかな流水域に生息し、成虫は初春と晩秋に発生する。(大きさ:5-8mm、分布:北海道、本州、四国、九州、極東ロシア)

俳句に「蠛蠓(まくなぎ)」という夏の季語があります。さまざまな解釈がされますが、ヌカカやユスリカを指すことが多く、特に水辺周辺を群れ飛ぶ「蚊柱」のことを指して詠まれることも多いです。
ヌカカの群飛に近寄ると、種によって激しく刺されることもあります。ユスリカであれば刺されることはありませんが、人によってはアレルギー反応を起こす可能性があります。俳人の加藤楸邨(しゅうそん)の作に、子供の好奇心をよく表した以下の句がありますが、真似をすることはあまりおすすめしません。
 
子が通る まくなぎに手を さし入れて 加藤楸邨

アブ――動物や人を吸血する

イヨシロオビアブ

積雪の多い谷間などに多産し、薄暮時にヒトや家畜を激しく吸血しに来る。(大きさ: 11-14mm、分布:北海道、本州、四国、九州)

多くの種の♀は、二酸化炭素、熱、黒色に誘引され、産卵のため人畜を襲って吸血し、時に病原ウイルスやフィラリアなどを媒介します。♀♂共に花や樹液で吸蜜し、幼虫は主に土壌中に生息し、小動物を捕食します。
 
「●●アブ」と名のつく種のうち、日本で人や動物から吸血するのはほぼアブ科に限られます。国内のアブ科(約100種)は、そのほとんどに吸血性があるため、畜産・衛生害虫として重要です。捕獲には主に黒色の箱や炭酸ガスを用いる誘引トラップが使われます。♂は吸血性が無いので誘引トラップでは捕獲できません。
 
アブ科の♀は産卵のために吸血しますが、イヨシロオビアブなど、一部の種は最初(1回目)の産卵だけ無吸血で行うことができます。その後は、吸血する毎に2回目以降の産卵が可能になります。そのため動物の少ない環境でも生息でき、防除が難しいとされます。

ハナアブ類――花に来る、人気のハエの仲間

ホソヒメヒラタアブ

市街地の公園などでも普通に見られる。ミナミヒメヒラタアブS. indianaなども多く見られる。春の平地には多くの種類のハナアブがいる。(大きさ:6-8mm、分布:北海道、本州、四国、九州、旧北区)

花の蜜を利用する種や、幼虫がアリの巣にすむ種がよく知られます。成虫が花粉を運んだり、幼虫がアブラムシを捕食したりする種も多く、益虫として注目されています。ハエ愛好家の中でも人気が高い仲間です。

イエバエ類――ハエといえばこの仲間①

イエバエ

 家にも発生。植物性のものを餌とする。かつては多かったが衛生環境の改善で見る機会は減った。(大きさ:6-8mm、分布:北海道、本州、四国、九州、南西諸島(屋久島、奄美、宮古、八重山)、小笠原、全世界)

腐植物を餌とする種がよく知られますが、捕食性の種も多く草地から水辺までさまざまな環境に生息します。O-157などの感染症を媒介するイエバエなど衛生害虫として重要な種を含みます。

クロバエ類――ハエといえばこの仲間②

ケブカクロバエ

獣糞や動物の死骸から発生。関東以西では春と秋に、北海道や高山などの寒冷地では夏に成虫が見られる。(大きさ:10mm、分布:北海道、本州、四国、九州、南西諸島(屋久島、奄美、沖縄)、台湾、韓国、中国、ロシア、ベトナム、北アメリカ、ハワイ)

腐肉を利用し、花に集まる種が多くいます。幼虫が家畜や人の体内に侵入することでハエ幼虫症を引き起こす種は衛生害虫として扱われます。
 
いわゆるハエとしてイメージされることが多いクロバエやイエバエの仲間は、腐った食物や動物の死骸を餌とするため、感染症を媒介する衛生害虫として扱われることが多いです。イエバエ類はサルモネラや赤痢菌、大腸菌O-157などの媒介者、クロバエ類は鳥インフルエンザウイルスなどの媒介者として知られています。
 
一方、自然界においては多くの植物の送粉者でもあります。イチゴなどの作物ではハチに代わる送粉者としてキンバエ類を活用する研究もあります。
 
また、ヒロズキンバエ幼虫が傷口の治療(マゴットセラピー)に活用されたり、イエバエ幼虫が昆虫食の一例として食用に販売されたりと、さまざまな試みが進められています。ちなみに「キンバエ」「ギンバエ」などと呼ばれるハエの仲間は、クロバエ科のものが多いです。キンバエという和名のハエはいますが、ギンバエというハエはいません。腹部に市松模様をもつニクバエなどを俗にギンバエと呼ぶことはありますが、近年では音楽グループ「横浜銀蝿」以外ではあまり聞かないようにも思います。

もっとハエのことを知りたい人にはこちら!

ハエハンドブック

日本の双翅目(ハエの仲間)約400種を紹介する図鑑。生きたハエの写真が見やすく、原寸大も掲載。同定方法・文献情報も充実しており、生物調査に役立つ。身近なハエについてのコラムも豊富で初心者でもハエへの理解が深まる。 水濡れにも安心のビニールカバー付き。
 
詳しい中身については、こちらの記事もどうぞ
約400種も載っているハエの仲間オンリーの図鑑、ハエハンドブックとは
 
熊澤辰徳 解説 / 須黒達巳 写真 / 新書判 / 176ページ
ISBN 978-4-8299-8175-7 2024年5月31日発売
定価2,860円(本体2,600円+10%税)
Amazon 楽天ブックスヨドバシhonto|書店でも無料でお取り寄せいただけます。
 
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Author Profile

熊澤 辰徳(くまざわ たつのり)

1988年生まれ、神戸市育ち。大阪市立自然史博物館 外来研究員。『ニッチェ・ライフ』編集委員長。3児の父。大学で植物の生態を研究している際、飛んできたハエに関心を持って、卒業後に在野でハエの研究に関わる。著書に『趣味からはじめる昆虫学』(編著、オーム社)、『在野研究ビギナーズ』(分担執筆、明石書店)。

Author Profile

須黒 達巳 (すぐろ たつみ)

1989年生まれ、横浜市育ち。専門はハエトリグモの分類学。慶應義塾幼稚舎にて理科の教諭を務めるかたわら、同校構内の昆虫・クモ相の調査に取り組む。生物の名前を知ることに強い幸福感を得るタイプで、最近は植物への関心も高まっている。著書に『ハエトリグモハンドブック』(文一総合出版)、『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?』(ベレ出版)、『世にも美しい瞳 ハエトリグモ』(ナツメ社)。

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