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5/29 2023

愛しの生態系 100年後に残したい日本の自然

第2回 桜島 〜溶岩がつくる一次遷移のタイムラプス〜

この連載では、植生学の研究者たちが「ぜひみんなに紹介したい!」と厳選した、日本の特徴ある自然スポット12か所を紹介します。100年後にも残したい、植生学者の「愛しい生態系」ってどんなものでしょうか。
 
第2回は、川西基博さんが紹介する鹿児島県の桜島です。
桜島は活火山として知られ、噴火を繰り返してきました。噴火で溶岩が流れ出ると、その場所の植生は完全に破壊、つまりリセットされてしまいます。
そして溶岩が冷えると……植生の一次遷移が始まります。
桜島周辺がすごいのは、そうした噴火が何度もあったために、リセットの時期がちがう場所がいくつもあること。噴火の年代はわかっています。だから、それぞれの場所の植生を観察すると、一次遷移がどのように進むのかを、一度に見ることができる。植生の時間を巻き戻し、早送りで見られる、夢のような場所なのです。
 
※本文の末尾にときどき出て来る①②……などの数字は、その部分で紹介している内容の根拠になった情報を収録している資料(文献)の番号です。記事の最後に引用文献のリストがついています。そのテーマについてもっと詳しく知りたい方は、引用文献も読んでみて下さい。
※本記事は『愛しの生態系 研究者とまもる「陸の豊かさ」』からの抜粋記事です。

有村溶岩展望所からみた桜島の溶岩と山体。手前は大正溶岩上のクロマツ群落

植物が一切ない状態から、植物の群落がうつりかわるまで

時間を追って植物群落がうつりかわることを「植生遷移」といいます。そのうち、たねやムカゴなどを含め、植物が一切ない状態から始まる遷移を、特に「一次遷移」といいます。
火山の噴火で吹き出た溶岩の上は、一次遷移が起こる代表的な場所。
そんな火山の一つ、噴火を繰り返してきた桜島の周囲では、溶岩流出のたびに一次遷移が繰り返されてきたので、一次遷移の年代ごとの違いを、コマ割写真を見るように観察できるのです。

大正噴火の状況。鹿児島市から袴腰方面をみる(⑫鹿児島県立博物館所蔵「桜島大正噴火写真」)

桜島の溶岩原を見てみたら…

見渡す限りの溶岩原は私の予想のはるか上を行く規模で、ここが日本だとは思えない景観でした。この膨大な量の溶岩が流れ出た噴火はどれほどすさまじかったのだろう。湧き出した溶岩がどれくらいの厚さ、幅で、どれくらいのスピードで流れ下り、地表や海峡を埋めていったのか。想像することも難しく、この広大な溶岩原が一時期の噴火で出現したという事実に強い衝撃を受けたのをよく覚えています。

植生図からみる溶岩の噴出年代と植生

噴出した溶岩が冷えて固まった直後には、その上に植物は生えていません。そこに、次第に植物が進入してきて、植生ができていくわけです。桜島の溶岩は噴出年代がわかっているので(①)、溶岩が噴出してどれくらいたっているかがはっきりしています。
そのため、溶岩の上に成立している植生を時期順に比較することができ、一次遷移の実態を考察することができます(②)。
植生図をみると、植物群落と噴出した時期の異なる溶岩の配置がよく対応することがわかります。

桜島の溶岩と植生の分布。 溶岩の凡例には噴出年を示した。溶岩は「桜島火山地質図第2版」(①)、植生は1/25000植生図GISデータをもとに筆者が加工・作成した

例えば、新しい年代の昭和溶岩、大正溶岩エリアはほとんどがクロマツ群落なのに対し、古い年代の安永(18世紀、江戸時代中期)、文明(15世紀、室町時代後期)、天平宝字(8世紀、奈良時代)の溶岩エリアは、いずれもタブノキ群落、クズ群落、果樹園や市街地が広くみられます。

昭和溶岩と大正溶岩の一次遷移の段階

桜島南部の地区には昭和、大正、安永溶岩の3つが同時にみえる場所があります。安永溶岩上には小さな集落があり、その背後の斜面はタブノキ群落やクズ群落となっています。昭和、大正溶岩とは明らかに異なる景観です。

有村地区でみられる安永溶岩、大正溶岩、昭和溶岩

有村地区での大正溶岩流出のようす(⑫鹿児島県立博物館所蔵「桜島大正噴火写真」)

大正溶岩と昭和溶岩はどうでしょうか。これらの溶岩は噴出年が約30年ずれていますので、植生も違うのだろうと私は予想していました。
しかし、2015年ごろに観察した際には昭和溶岩と大正溶岩上はどちらもクロマツの若い林となっており、一見しただけでは溶岩の境界が植生からははっきりわかりませんでした。いささか残念に思いましたが、実際どういう状況になっているのかとても気になり、溶岩上の植生を詳細に調べた研究を探してみました。
 
昭和噴火から18年後の1964年に行われた植生調査(③)では、昭和溶岩ではイタドリ、ススキ、タマシダ、クロマツが1ヘクタールあたり数個体生育する程度だったようです。ほとんど裸地にみえたに違いありません。
 
一方、大正溶岩ではイタドリ、ススキ、タマシダは1ヘクタールあたり数百個体以上みられ、木本植物のヤシャブシ、ヒサカキ、ノリウツギなども多く定着していました。ただしクロマツはまだ少なく、1ヘクタールあたり4本程度だったようです。それでも、大正溶岩では多くの植物が定着していて、当時の両溶岩原は植生景観が大きく異なっていたことが予想できます。
 
その後、1970年代(④)、1990年代(⑤)、2010年代(⑥⑦)にも植生の調査が行われています。それらの調査から、昭和溶岩上では部分的にクロマツを主とした植生が発達したことが示されています。積み重ねられてきた植生調査の結果から、昭和溶岩の植生は植生遷移の段階が一つ進んだため、昭和溶岩と大正溶岩の植生がともにクロマツ林となり、同じようにみえていることがわかりました。
 
大正溶岩は依然としてクロマツ林の段階にありますが、タブノキやヒサカキなどの照葉樹林を構成する植物の種数が多くなってきていることも明らかにされています(⑥)。また、溶岩の割れ方や表面構造、火山灰の堆積状況によって、植物の定着状況が違うことが指摘されており(⑤⑧)、大正溶岩上でも複雑な植生の構造がつくられてきているようです。

松くい虫被害

時間経過のほかにも、植生の発達と遷移に影響を及ぼす要因があります。その一つが、マツノザイセンチュウによる松くい虫被害です。桜島では2004年(平成16年)ごろに多くのクロマツがこの被害で枯死しました(⑨⑩)。その後、いったんは被害が減少しましたが、2022年現在は再び松くい虫被害がみられる状況になっています(⑩)。
 
現在の大正溶岩と昭和溶岩のクロマツの多くは、この松くい虫被害の後に定着した若い個体であるために、森林の発達の程度が同じようにみえています。今後も繰り返しマツ枯れが起こる可能性が高く、クロマツが壮齢林まで発達するのは難しいかもしれません(⑦)。

現在も松くい虫による松枯れ被害がみられる(2022年9月、桜島口付近)

黒神のスダジイ林

桜島東部の黒神地区にある腹五社神社(黒神神社)は、大正噴火の降灰で埋まった埋没鳥居で有名です(⑪)。この社殿の裏山に桜島で唯一記載されているスダジイ群落(⑦)があります。
 

大正噴火の火山灰によって埋没した東桜島村黒神原五社神社(⑫鹿児島県立博物館所蔵「桜島大正噴火写真」)

黒神地区腹五社神社(黒神神社)のスダジイ(中央の太い幹)。境内から裏山にかけてのわずかな面積にスダジイ林が成立している。幹からの萌芽が多いのは降灰の影響だろうか

このスダジイ群落がいつ成立したのかは不明ですが、天平宝字噴火で形成された長崎鼻溶岩上にあり、「原生林とは言えないものの自然性が高く極相に近い樹林」と考えられています(⑥)。 以上のような桜島の溶岩上植生の研究から、次のような一次遷移のモデルが考えだされました。
 
①噴火直後から20年までは地衣・コケ期、
②20~50年はススキやイタドリなどの草原期、
③50~150年はマツ・低木林期、
④150~300年はタブノキが主体の照葉樹林前期、
⑤600年までにスダジイの出現する照葉樹林後期(極相)に至る
という系列です(引用文献⑥)。
 
今後、さまざまな植物が侵入し入れかわって遷移が進行する一方で、新たな噴火で破壊されリセットされる場所も出てくるでしょう。松枯れなど生物的な要因で変化することもあるはずです。桜島の植生はどのように変化していくのでしょうか。数百年スケールで変化する一次遷移の実験は現在も進行中です。
 
引用文献

①小林哲夫・味喜大介・佐々木 寿・井口正人・山元孝広・宇都浩三 2013.桜島火山地質図(第2版). 産総研 地質調査総合センター.

②田川日出夫 1999.鹿児島の生態環境. 南方新社, 鹿児島.

③Tagawa, H. 1964. A study of the volcanic vegetation in Sakurajima, south-west Japan. I. Dynamics of vegetation. Memoirs of the faculty of science, Kyushu University, Series E, (Biology), 3: 166–229.

④宮脇 昭(編) 1976. 薩摩半島南部植生調査報告書. プレック研究所, 東京.

⑤宇都 誠一郎・鈴木 英治 2002.桜島の昭和溶岩と大正溶岩における86年間の植生遷移 : 基質と種子供給源からの距離の影響. 日本生態学会誌, 52: 11–24.

⑥服部 保・南山典子・岩切康二・栃本大介 2012.照葉樹林帯の植生一次遷移-特に桜島の溶岩原ºについて-. 植生学会誌, 29: 75–90.

⑦寺田仁志・川西基博 2015.大正噴火後100 年を経過した桜島の植生について. 鹿児島県立博物館研究報告, 34: 29–48.

⑧寺本行芳・下川悦郎・河野修一・全 槿雨・金 錫宇・土居幹治・松本淳一 2018.火山活動が桜島の周辺斜面における森林の遷移と土壌浸透能に及ぼす影響. Journal of Rainwater Catchment Systems, 23(2): 35–41.

⑨東 正志 2013.桜島における松くい虫被害量とマツノマダラカミキリ発生数について. 鹿児島県森林技術総合セ研報, 16: 29–31.

⑩曽根晃一・安田奈津子・大隈浩美・福山周作・永野武志 2010.桜島の溶岩台地上に生育するクロマツのマツ材線虫病に対する抵抗性. 鹿児島大学農学部演習林研究報告, 37: 29–36.

⑪財団法人鹿児島県環境技術協会(編) 1998.かごしまの天然記念物データブック. 南日本新聞社, 鹿児島.

⑫鹿児島県立博物館「博物館所蔵「桜島大正噴火写真」一覧」http://www.pref.kagoshima.jp/bc05/hakubutsukan/documents/sakurajima1903eruption.html. 2022年9月閲覧

⑬古居智子 2016.ウィルソンが見た鹿児島: プラントハンターの足跡を追って. 南方新社, 鹿児島.

⑭川辺禎久・中野 俊 2010. 山口鎌次氏撮影の桜島噴火写真. 地質調査総合センター研究資料集 no.525, CD–ROM.
 
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Author Profile

川西 基博(かわにし もとひろ)

鹿児島大学教育学部 准教授/日本生態学会、植生学会、日本生物教育学会

今思えば、小学生の時に石鎚山のブナ林をみて感動したのが植生に興味をもったきっかけであった。学生時代から主に河川沿いの植生を研究しており、特に草本植物の多様性に強い興味を持つ。現在は南九州から南西諸島で研究を進めているほか、小学校の校庭でみられる植物の調査を行うなど環境教育に関する研究・活動も始めた。

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