第1回 ようこそ淡水ベントスの世界へ 〜基礎知識編〜
あなたは田んぼや川にも貝がいることを知っていますか?
タニシやカワニナのような巻き貝のことなら知っているという方も多いでしょう。では、二枚貝だとどうでしょうか? あるいはヒルやクラゲは?
もしかすると、それらが淡水にすんでいることを知らない人もいるかもしれません。
この記事では田んぼや川などの淡水環境で暮らす生き物のうち、貝やヒル、プラナリアなどの水の底にいる、ちょっとマニアックな淡水ベントス(底生動物)*¹たちをこよなく愛する筆者が、彼らの知名度倍増、人気上昇、地位向上を目指して、その特徴や魅力について写真をまじえて紹介していきます。
読み終えるころにはきっと淡水の中の生き物を見る目が変わっている、はずです…!
ベントス(底生動物)*¹:貝やカニ、ヒルのように、水中で泳ぎ回ることなく泥の中や石、水草の表面などでくらしている水生動物をまとめてベントス(底生動物)と呼びます。なお、水生昆虫や淡水生のエビ・カニなどにもベントスに該当する種が多数いますが、一般向けの図鑑などが複数出版されたことですでに高い知名度と人気を獲得しているように思いますので、詳しい解説などはそちらに譲ります。
まず紹介したいのが淡水貝類。貝類は、広義には軟体動物門に属する動物の総称で、淡水環境にはそのうち腹足綱(巻貝)と二枚貝綱に所属するものが生息しています。
ヒメマルマメタニシ 軟体部には火の粉のような朱色の斑点がちりばめられている。
ミズコハクガイ ヒラマキガイ科の近縁種に比べて触角が短く、愛らしい表情をしている。筆者最推しの淡水貝類。
マルタニシ 軟体部は黒地に金色の細かいドットがたくさんあってまるで蒔絵細工のよう。
モノアラガイ 基部がひろく、ネコミミ状の触角をもつ。もっともよく見られる淡水巻貝とされることもあるが、地域によっては絶滅危惧種に指定されている。
ドブシジミ属の一種 足を使って元気に動きまわる様子。排気マフラーのような水管は進行方向後方を向いている。
オバエボシガイ 淡水二枚貝類の多くは体のほとんどを泥や砂に埋もれさせて水管だけをのぞかせる。樹枝状の突起があるのは入水管で、ここから水を吸い込む。カメラを向けられたためか、出水管をこわばらせて少し驚いたようす。
淡水の巻貝は多様性が高く、国内だけで約120種が知られています。ただ、サザエやバイガイのような大型の種は少なく、タニシやカワニナをのぞくと殻の長さが10mm程度かそれ以下のものがほとんどです。
淡水の二枚貝は国内で約60種が知られており、ざっくりと大型(30mm~300mm)で幼生が魚類に寄生するイシガイ類、中型(20~50mm)で食用としても有名なシジミ類、小型(1~10mm)で湿地や湖底にすむドブシジミ類に分けられるほか、外来種として中国原産のカワヒバリガイが各地の河川に侵入・定着しています。
淡水貝類は淡水ベントスのなかでも多様性が高く、さまざまな水域に生息するため比較的出会う機会が多い生き物です。動きはゆっくりしていて、たいていの場合特別な道具がなくても簡単に採集できるので昔からよく知られた種類もいますが、生き物としての魅力はまだ十分伝わっていないように思います。
淡水貝類の魅力はなんといっても貝の顔や足などの軟体部にあります。たいていの貝類は驚くとすぐに殻の中にもぐってしまうのでじっくり観察するには根気がいりますが、時間をかけて観察すれば、かわいらしい表情や思わず目を見張るような美しい姿が見られます。
二枚貝は頭部が退化しているので、かれらの表情を読み解くには多少の修行(?)が必要ですが、水を吸い吐きするための水管や足を延ばして動き回るところを見ていると、リラックスしている様子や周りを警戒しているらしい姿を見てとることができるようになりますよ。
ヒルは環形動物門環帯綱ヒル目に所属する生き物の総称で、大きさは体の伸び具合にもよりますが、おおむね10~150mm程度。淡水のほか陸上や海の中で暮らすものもいます。血を吸う恐ろしい動物というイメージが強いヒルですが、国内に生息する淡水産ヒル約30種のうち、人間から吸血する可能性があるのはわずかに3種類、皮膚から吸血することができるのはチスイビルだけで、残りの種類は貝やミミズなどを捕食するか魚類などから吸血して暮らしています。
チスイビル かつては水田や沼でふつうに見られたというが、今ではなかなかお目にかかれない。人からもよく吸血し、上手に泳いで素早く近づいてくる。背中線両側の黒斑と目立つ模様がない腹面が特徴。同じく吸血性で陸生のヤマビルより少し大きく、体長は30~50mmくらい。
シナノビル 源流部にすみ、サワガニなどの甲殻類を捕食する大型のヒル。背面に並ぶ5列の黒斑と頭部先端の皮弁が特徴。体は柔軟で粘液が多いのでさわり心地はトゥルトゥルとしている。幼体は脊椎動物の粘膜に寄生するとされ、人への寄生例もある。体長はリラックスした状態だと60mm程度だが、体幅が広く、とてもよく伸びるのでもっと大きく感じる。
ハバヒロビル 田んぼや水路にすむヒラタビル科のヒル。体長は10~20mmほど。驚くとラグビーボール状に身を縮める。目は3対6個。
そんなヒルたちへの思い込みを払拭するためにオススメしたいのが、ヒルに実際に触れてみること。ヒル類は体がもろいものが多い淡水ベントスの中でも珍しく筋肉質でとてもしっかりとした体をもっており、小型の種でも直接手に取って触れ合いながら観察することができます。
もちろんヒルの方は人間に触れられることなんて想像もしていないでしょうし、体表の粘膜などを痛める恐れもあるので過度なふれあいは厳禁ですが、身を縮めたハバヒロビルの硬い感触やシナノビルのとろけるようなやわらかさは実際に触れてみないと実感できません。吸血性のヒルに出会ったときは血を吸われないように注意が必要ですが、まるで魚のように泳いで近づいてくるチスイビルを観察するのはなかなか面白いですよ。
※ふれあいを楽しんだ後には丁寧な手洗いをお忘れなく!
切っても切っても死なないことでおなじみ(?)のプラナリアは、扁形動物門三岐腸類に所属する生き物の総称で、特に淡水で暮らすものを指して使われます。梅雨の時期に公園や道路に現れてよくヒルと勘違いされるコウガイビルも三岐腸類の一員で、ときに陸生プラナリアと呼ばれることもあります。
ナミウズムシ プラナリアといえばこの顔。言わずと知れた有名生物だが、実はプラナリア類としてはかなり異質で、ミヤマウズムシなどを含むヒラタウズムシ科よりも陸上にすむコウガイビルなどに近縁であるとされている。体長はふつう10mm程度だが、最大で30mmを超えるものもいる。
ミヤマウズムシ 耳葉(じよう)と呼ばれる頭部左右の張り出しは前方にかたより、正中の突起と合わせて頭が王冠のような形になる。体長はナミウズムシと同じか少し小さいくらいで、体の幅が狭い。
イズミオオウズムシ 寒い地域では平地の河川でみられることもあるが、本州中部以南では湧き水が豊富な環境でしか見られない。体長は20~30mmほどで、体の幅が広く頭が小さい。
プラナリアの最大の魅力は何といってもその表情でしょう。シンプルな形の頭にクリクリとした瞳がついた顔はそのままキャラクターにしても成立するのではないかと思うほどの可愛らしさです。また、繊毛による滑るような動きも魅力的で、観察していて飽きません。ミヤマウズムシが水中で頭を持ち上げて周囲を探るようすは、まるで小首をかしげる子猫のよう。ほとんどの種は体長10mm程度なので、水面ぎりぎりまで顔を近づけて観察することになるのですが、あまりの可愛らしさに見とれてしまうこともしばしばです。
なお、数十、数百の断片から全身を再生できるほどの極めて再生能力をもつのはナミウズムシとごく一部の種だけで、たいていのプラナリアは特定の部位を含む断片から体の後半部分を生やす程度の再生能力しかないのだそう。どんなことをしても死なない無敵の生き物と思われがちですが、環境の変化や水温上昇にも弱く、すずしい沢や冷泉でしか生きていけない種類がほとんどなのです。
コケムシは苔虫動物門というグループに所属する生き物の総称で、花びらのような触手をもった個体が多数つながりあった「群体」という状態で生活しています。石や水草の表面を覆うように群体を広げるもの、サンゴのように固い骨格をもっていて水中に立ち上がるもののほか、クラゲのように浮遊するオオマリコケムシの群体はときに直径50cmほどになり、謎の物体として話題になることもあります。
ヒナコケムシ 厳冬期に出現する変わったコケムシ。群体はゼリー状の物質に包まれていて、大きなものでは直径100mm程度のかたまりになる。
ヒメテンコケムシ科の一種? 琵琶湖で見つけた流れ藻に付着する群体。馬蹄型の触手冠(しょくしゅかん)の構造がよくわかる。各個体は淡水コケムシとしては比較的大型で、3~4mmあった。
カラクサコケムシ科の一種 円形の触手冠とサンゴのように立ち上がる群体が特徴。各個体をつなぐ筒状の枝は太さ0.3mmほどしかない。水田で見つけた。
各個体が触手をめいっぱい開いた群体はさながらお花畑のようで大変に美しいのですが、それぞれの個体は大きいものでも1~2mmしかないうえ、ほとんど透明で驚くとすぐに引っ込んでしまうため肉眼で観察するのはなかなか大変。それでもその美しさに触れればきっと誰もが淡水コケムシのとりこになってしまうことだろうと思います。
ヒモムシは紐形動物門に所属する生物の総称で、ほとんどの種が海に生息しており、国内で記録のある淡水ヒモムシはわずか3種だけ。しかもそのうちApatronemertes albimaculosaという種は屋内水槽でしか見つかっていないので、野外ではマミズヒモムシとPotamostoma shizunaienseの2種しか記録がないということになります(なお、マミズヒモムシ属にいくつかの種を認める場合もあります)。
マミズヒモムシ 水底の落ち葉の裏や水草の表面などに住んでいる、細長いピンク色の体を持つ体長6~10mmほどのヒモ状の生き物。汎世界的に生息しており、外来種の可能性がある。目の数はまちまちで、4~8個のものが多い。
Potamostoma shizunaiense 河口付近の淡水域から潮水が入ってくるような感潮域にかけて多く見られる。ただし数多く見られるのは2~4月だけでそれ以降は極端に採集・観察が難しくなる。
Potamostoma shizunaienseは北海道の静内川で初めて見つかった体長30~60mmほどのヒモムシで、ごく最近になって本州から九州にかけて日本全国の川に生息していることがわかってきました。最大で50mmを超える(淡水産の種としては)大型のヒモムシが全国の川で人知れず暮らしていたと思うと、驚くよりほかありません。
もしかすると、日本の淡水環境にはまだまだ知られざるヒモムシがひっそりと暮らしているのかも… まだまだ分かっていないことが多い=新たな発見がゴロゴロ眠っているというのも、淡水ベントスの大きな魅力のひとつです。
カイメンは海綿動物門に属する生き物の総称で、極地から深海まで世界中の海に広く分布します。多細胞生物でありながら明確な器官の分化が見られないという珍しい特徴があり、細胞レベルまでバラバラにほぐしてもしばらく静置すると細胞が寄り集まって体を再構築することができるなど、ほかの動物ではまず考えられないような特徴をいくつも備えています。
琵琶湖の岩礁湖岸に生える淡水海綿 よく日が当たる環境には共生藻類をもった緑色の個体が多い。
水路の壁面を覆うように拡がる淡水海綿 石の裏や暗渠などの光が届かない環境に生息する淡水海綿は共生藻類をもたないので白~灰色をしている。
世界で約9,000種が見つかっているというカイメンですが、そのうち約150種が淡水に生息していて、国内では外来種を含め30種弱が見つかっています。分類は主に体の中にあるガラス質の骨片の形や大きさでなされますが、観察のためにはカイメンの体を溶かして骨片だけを取り出す必要があり、私はまだ手を出せていません……(観察には濃硝酸を用いる方法が一般的だそうですが、過酸化水素や塩素系洗剤でも骨片だけを取り出すことができるそうです)。
淡水海綿は基本的に白~灰色ですが、細胞内に共生藻類をもつものは鮮やかな緑色をしていてまるで植物のようにも見えます。とくに琵琶湖の浅瀬では色とりどりかつさまざまな姿形をした淡水海綿を見ることができるので、観察していて非常に面白い場所です。
刺胞動物門に属するクラゲやイソギンチャクが淡水にいると聞くと、驚かれる人も多いでしょう。それもそのはず、世界に約10,000種が生息するという刺胞動物のうち、淡水産の種は約100種程度、国内でみられるものに限ると10種にも届きません(ただし国内の淡水エダヒドラ類はほとんど分類が進んでいないので将来的にはもう少し増えるかも)。
イソギンチャクのミニチュア版のような姿のヒドラ類は刺胞という特殊な毒針を備えた触手をもっていて、これで水中を浮遊するプランクトンや微生物を捕えて食べます。時には小さな魚などを捕らえることもあるそうです。国内の淡水ヒドラ類は、単独生活で少数の長い触手をもつ「ヒドラ科」と、群体性で体表に短い触手を多数もつ「エダヒドラ科」に分けられます。実験動物としても比較的有名なヒドラと違って、エダヒドラはほとんど知られていないようですが、琵琶湖ではごくふつうに見られるベントスのひとつで、岩礁帯で石の表面をよく観察すると簡単に見つかります。
ヒドラ属 長い触手でプランクトンなどをとらえて食べる。日本国内からは5種が知られる。体の長さは5~10mmくらいになる。
Pachycordyle kubotai 琵琶湖固有種のエダヒドラ。岩礁帯でよく見かける。エサを食べた個体はぷくぷくにふくらんでかわいらしい。各個体は3~5mmほど。
マミズクラゲ ため池や湖で稀に見つかる。写真は屋内の水槽で発生した個体で、傘の直径は1mmほどしかない。
マミズクラゲはその名の通り淡水にすむクラゲで、池や湖のほか、時に屋内の水槽で発生することもあります。なお、マミズクラゲはいつもクラゲの姿をして水中を漂っているわけではなく、基本的にはポリプと呼ばれるこけしのような姿で石や落ち葉に付着して暮らしています。このポリプは高さが1mmほどしかなく、野外での発見はかなり困難です。
ヨコエビは体を横に寝かせてはいまわることからこの名がついたとされる甲殻類の一群で、淡水産の種は国内で約45種が知られています。
ナリタヨコエビ 琵琶湖固有種のヨコエビ。同じく琵琶湖固有種で深底部に生息するアナンデールヨコエビと非常によく似ているが、本種は湖岸に生息する。体長10mmくらい。
メクラヨコエビ属の一種 北海道から与那国島にかけての日本各地の洞窟や井戸などの地下水から見つかる。現在までに12種が記載されている。体長6~10mmくらい。
ヨコエビの体長はおおむね10mmほどですが、大型の種では20mm以上になるものもいます。日本に生息しているほとんどの淡水ヨコエビは石や落ち葉などの底質の表面やすき間で暮らしていますが、琵琶湖深底部に生息するアナンデールヨコエビは夜になると湖の表層近くまで泳ぎだすという変わった生態をもっています。
また、アゴナガヨコエビ科の一部には産卵のために海に下る回遊性の生活史をもつものもいるそうです。そのほかヨコエビ類は地下水からも多くの種が見つかっており、中でもメクラヨコエビ科は北海道から南西諸島まで日本全国の地下水に生息していてなおかついまだ毎年のように新種が記載されているホットなグループです。
ミズムシは陸上生のダンゴムシやワラジムシ、深海性のダイオウグソクムシなどと同じ等脚目の甲殻類のうち、ミズムシ亜目に所属するものの総称です。国内の淡水環境からは約25種が見つかっていますが、地表水で見られるのは北海道から沖縄までミズムシただ1種だけ(沖縄のものは亜種リュウキュウミズムシとされる)で、あとはすべて井戸や洞窟などから見つかる地下水生の種です。
ミズムシ 水路やため池など色々な水辺で見つかる。色彩や形態にはかなり個体差がある。体長10mmくらい。
ナガミズムシ 主に近畿から九州にかけての地下水に生息している。写真はとある鉄道駅の改札内通路で見つけたもの。最大で30mmに達するとされている。
今回紹介したのは、淡水ベントスの中でも比較的大型でよく目立つものだけで、実際にはこれらのほかにも水生ミミズ、微小ウズムシ、ワムシ、ツリガネムシ、カイミジンコ、センチュウ、ハリガネムシなどさまざまな淡水ベントスたちがひしめき合って暮らしています。
ここまで読んでくれたあなたはきっと、美しく不思議な魅力をもった淡水ベントスたちのことが気になり始めていることでしょう。そんな時はぜひお近くの池や溝、田んぼの中をのぞき込んでみてください。無数の淡水ベントスたちが、あなたとの出会いを待っています。
Author Profile
藤野勇馬(ふじの ゆうま)
湿地の保全活動に携わるかたわら、全国で淡水ベントスを中心とした生物の観察をしている。これまでに希少な淡水貝類やプラナリアの新産地のほか、記載以来80年以上記録のなかった淡水貝類「タキヒラマキガイ」や新種の半陸生ヒモムシ「ナギサヒモムシ」などを発見、報告した。
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