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8/30 2023

田んぼや川の底にいるいきもの図鑑

第2回 日本の淡水ヒルを語る 〜種類が混同されている? 絶滅の危機? 〜

「吸血生物」として有名なヒル。カやダニなどと並んでアウトドアの際に注意すべき生き物として知られています。でも、じつは日本に生息する約50種のヒルのなかで、人間から血を吸うのはほんの4~5種類だけ。残りは魚やカメの血を吸ったり、貝やミミズを食べたりして暮らしています。
 
田んぼや川、池など身近な環境にもたくさん暮らしているヒルですが、チスイビルやウマビルなどごく一部の種類をのぞくとほとんど名前さえ知られていないのが現状です。人知れず数を減らしているのではないかと心配される種もいますが、いまだ各地のレッドリストでもほとんど取り上げられていません。今回はそんなヒルの中でも特に淡水に生息するものに注目してその特徴や魅力をまとめてみました。

そもそもヒルとは?

「ヒル」は環形動物門環帯綱ヒル目に所属する生き物の総称で、淡水や陸上でみられるほか、ウオビル科などの一部は海にも生息しています。ミミズに近い生き物で、
 
・足がない
・幼生期を経ずに親と同形の子どもが生まれる(直接発生)
・体はほぼ同じ形の節が連続してできている
 
という共通の特徴があります。体の前後に吸盤を備えること、体節がさらに複数の体環に分かれることはミミズと異なるヒル類の特徴です。なお、よく間違われるコウガイビルはじつは扁形動物に所属する陸生のプラナリアで、体に節がなく、口が腹部中央にあるなど、ヒルとはまったく違った体のつくりをしています。

ヒル類は基本的にすべての種が34の体節をもち、それぞれの体節は種や体の部位によって2~16の体環に分けられる。体節はローマ数字によってあらわされ、Ⅰ(1)~Ⅵ(6)体節は頭部を、ⅩⅩⅧ(28)~ⅩⅩⅩⅣ(34)体節は尾吸盤を構成する。体中央部の体節を構成する体環数や雌雄生殖孔をへだてる体環数が分類のポイント(Ⅷ~ⅩⅫの体環は省略)。

ヒルの多くは捕食性で、上にも書いたように人間から吸血する種はごく一部。ほとんどの種類は石の裏や落ち葉のすき間で人間とほとんどかかわりのない生活をしています。生態はよくわかっていないものが多いですが、二枚貝の殻の中に隠れて暮らすもの(カイビル)や、成長するとサワガニなどの大型甲殻類しか食べないもの(シナノビル)など特殊な生態をもつものもいます。ここからはそんなヒルたちを分類群ごとに紹介していくので、淡水で暮らすヒルの姿や暮らしぶりの多様性をとくとご覧ください

チスイビル科

チスイビル 池や田んぼ、湿地で見られる。細長い体型で、吸血後はまるでガスボンベのように大きく膨らむ。活動期には人間の存在に気づくと素早く泳ぎ寄ってくるが、秋~春は石や落ち葉の裏でじっとしている。なお、いまのところチスイビルやヤマビルが媒介する感染症は知られていない。

チスイビル科は、主に水田や池などの止水環境でよく見られる中~大型の淡水ヒル類で、日本産の種は背面に5本の筋模様をもつことと、5対10個の眼がアーチ状に並ぶことが共通の特徴です。
その名の通り人間からも吸血するチスイビルは体長40~50mmほどの中型のヒルで、太い背中線がある褐色の背面と目立つ模様がないベージュ色の腹部、先端までほとんど太さの変わらない体型が特徴です。かつては平地の田んぼでふつうに見られたそうですが、いまでは水草が豊富な池など豊かな自然が残された場所でないとその姿を見るのは難しくなっています。
 
チスイビルについて「京都府レッドデータブック2015」では、『水田耕作に家畜を利用しなくなったことや農薬等の使用により、餌環境や生息環境が劣化している』ことを理由に本種を準絶滅危惧種に指定しており、『最近は府内のみならず全国的にも記録が途絶えつつあるため絶滅が危惧される段階になった』としていますが、京都府以外では絶滅危惧種としての指定はおろか、生息状況さえほとんど明らかになっていないのが現状です。
吸血するという決して好ましくない特徴をもつ生物ではありますが、メダカやタガメ、ゲンゴロウと同じように古くから人里近くで暮らしてきた生き物であり、先入観なく、調査や保護がなされることを願っています。

セスジビル 田んぼでよく見られる。丸くなっているのは巻貝を捕食中の個体で、腹の黒い模様が少し見える。

チスイビルとウマビルに間違われる、セスジビル

そんなチスイビルとよく間違われるのがセスジビル。チスイビルと違って吸血はせず巻貝などを捕食する体長50~70mmほどの大型のヒルで、緑~黄色の背面とクリーム色の5本の筋、腹部の黒い模様、頭部付近で細くなる体型が特徴です。なお、背中の筋模様は中央が最も太く明瞭で、残り4本は破線状または不明瞭になる場合もあります。主に水田や水路に生息していて、淡水ヒルとしてはもっともふつうに見られる種のひとつですが、実はこのヒル、多くの人に「ウマビル」と誤同定されています。真のウマビルは最大で100mm以上になるというかなり大型のヒルで、黄褐色の背面と破線状の5本の筋が特徴です。とにかく名前だけはよく知られていますが、どこの産地でも個体数が少ないかなり珍しい種らしく、私もいまだ出会ったことがありません。
セスジビルはチスイビル科のヒルとしてはもっともふつうに見られ、模様もよく目立つのですが、なぜかその名前はほとんど浸透しておらず、水辺の生き物の図鑑などでもしばしばチスイビルやウマビルと間違って掲載されていることがあります。

ナガレビル科

キバビル 湿地に生息し、板の裏などから見つかることが多い。体色は産地や環境によって変異が大きく、隠蔽種が存在する可能性も指摘されている。湧水河川の礫中からも見つかるというが、湿地で見つかるものとは別種かもしれない。眼は3対6個ほどあるが、成長に伴い減少し、1対2個または外見的にはまったく認められなくなることもある。

ナガレビル科のキバビルもまた誤同定が定着してしまっている種類です。キバビルは浅い水辺や湿地にすむ体長60~100mmくらいの大型のヒルで、主にミミズや昆虫を食べるとされています。キバビルは基本的には水生で陸上に出てくることはほとんどないのですが、なぜかクガビル科の陸生ヒル類と混同されており、インターネット上では誤同定された画像・情報の方が多いほどです。両者ともミミズを捕食し比較的大型になる(ヤツワクガビルなどは300mmを超えることもあるとか)というよく似た特徴はあるものの、生息環境はかなり違うので、なぜこのような誤解が生まれたのかはよくわかりません。

ヤツワクガビル 陸生の超大型ヒルで、体は円筒形で体環が目立つ。こちらも体色はバリエーションに富むが、鮮やかなオレンジ色は水生ヒルには見られない特徴。ミミズを専門に食べる。

イシビル科

シマイシビル 浅い川や溝に生息している。石の裏などに多く、同じ場所から卵胞が見つかることもある。

イシビル科不明種 眼の配置や体色の特徴などからビロードイシビルという種ではないかと考えられるが、情報が少なく正確にはわからない。

イシビル科のヒルは主に河川などの流水域に生息する中型の淡水ヒル類で、体長30~50mmくらいになります。スマートな体型と4対8個の眼をもつことが特徴ですが、眼は成長に従い不明瞭になることが多く、大型の個体ではのっぺらぼうのように見えることもあります。
中でもシマイシビルは最もふつうに見られる淡水ヒルのひとつで、水質汚濁にも強いらしく町中のお世辞にもキレイとは言えないような溝で大発生していることがあります。暗緑色から茶褐色の背面に一本の太い筋と細かなまだら模様があるのが特徴で、尾吸盤には放射状の筋があって意外に美しい模様をしています。ミミズなどを食べる捕食性のヒルなので触れても吸血される心配はありません。

ネンマクビル科

シナノビル 体長5mmほどの幼体は人間を含む脊椎動物の粘膜に寄生し、吸血するが、ある程度成長して水中に戻るとサワガニを食べるようになると考えられている。体長は40~60mmくらい。眼は5対10個あり、頭部先端にはヒゲのような発達した皮弁がある。

ネンマクビル科は脊椎動物の粘膜から吸血するという特性からその名がついたという淡水ヒル類で、日本からはハナビルとシナノビルの2種が知られています。どちらも数は多くなく希少なヒルで、特にハナビルは近年の確実な記録が少なく、憧れの存在でもあります。
 
研究者自らがハナビルを自分の鼻に寄生させた(!)という中国での実験によると、ハナビルは最長で75日間鼻腔内にとどまり、その間に体重は380倍に増加、脱出後は生殖孔の発達が確認されたとのこと。やはりハナビルは脊椎動物の鼻粘膜寄生に特化した暮らしぶりをしているようです。
 
シナノビルはこれとは少し違っていて、幼体はハナビル同様脊椎動物の粘膜に寄生するものの、ある程度成長した個体はサワガニなどの甲殻類を襲って体液を吸うことが知られています。ちなみに大型のシナノビルはサワガニの攻撃を受け流すためか、体が非常に柔軟なうえに粘液が多く、独特のさわり心地をしています。もし見かけたらぜひ触ってみてください。

ヒラタビル科

ヒラタビル科は国産淡水ヒル類の中で最も多様性が高いグループで、吸血性の種も少なからず含まれますが、人間から吸血する種は(少なくとも日本からは)知られていません。大きさや眼の配置、体色などは種によってさまざまですが、日本産の種についてはおおむね小型(30mm以下)であること、背腹に扁平で体長のわりに幅広い胴体と急に細くなる頭部からなる木の葉型の体型をしていること、卵を保護し孵化後しばらく幼体を育てることなどが特徴です。なお、体型の特徴は静止時に顕著で、活発に活動している個体は細長く伸びるのでほとんど円柱形に見える場合もあります。また、ミズドリビルのように体長50mmを超えて大型化する種もいます。

ハバヒロビル 硬い体と3対6個の眼が特徴。眼は2個ずつ近接しているので一見すると3個しかないように見える。体長10~20mm。田んぼや小川に多い。

ヌマビル よく伸びる体と、頭の後方にある小さな板が特徴。眼は1対2個。体長8~15mm。田んぼや池に多い。下にいる緑色のヒルはアタマビル。

ヒラタビル 硬い体に3対6個の眼がありハバヒロビルと似ているが、より大型で眼は縦3列に並ぶ。体長15~25mm。水路などで見られた。

田んぼや水路などの身近な環境でよく見られるものとしては、ハバヒロビル、ヌマビル、ヒラタビルなどがあげられます。このうちヒラタビルは分布が局所的なようで、出会う機会はそう多くありません。3種とも巻貝などを食べることが知られています。

アタマビル 緑色の体色と白いドット模様が特徴。吸血後は全体に赤くなる。眼は1対2個で、前方1対は近接していて、顔文字のように見える。体長は6~12mm。魚やイモリが多数生息するような河川や水路に多い。

カイビル 大型二枚貝の殻の内側で暮らしているが、魚から吸血するらしく二枚貝を捕食しているわけではないらしい。この個体はカタハガイの殻の表面で卵塊を守っていた。太く不連続な4本の縦筋が特徴。眼は2対4個で、体長は10~20mm。イシガイ科二枚貝が豊富な河川や湖で見られる。

ミズドリビル? 東北で見つけた大型のヒラタビル類。たくさんの幼体を抱えていた。体色などの特徴から、ミズドリビルである可能性がある。体長は50mmくらい。眼は4対8個で4列縦に並ぶらしい。

河川でよく見られるアタマビル、カイビル、ミズドリビルはそれぞれ魚類+両生類、魚類、鳥類から吸血することが知られており、アタマビルなどは体内が真っ赤になった吸血直後と思われる個体を見かけることもあります。

カメビルorイボビル カメ類から吸血するとされる中~大型のヒラタビル類は複数種いるが、分類が混乱している。

溜池や湖では主にカメ類から吸血するとされるヒルを見かけることがありますが、これらは分類が混乱しており、どの種にどの名前を当てはめるべきかよくわかっていません。カメ類に寄生するヒルとしてはカメビルやイボビルのほかにエラビル科のヌマエラビルが知られています。

タゴビル属の一種 渓流の上流部で稀に見られる。眼は2対4個で、体長は5~15mmくらい。仰向けの個体はお腹にたくさんの幼体を抱えている。タゴガエルやヤマアカガエルなどのカエル類のほか、サンショウウオ類にも寄生するらしい。

また、琵琶湖の湖底からはヒラタビル科としては珍しい無眼種であるイカリビルが見つかっていますが、記録は極めて少なく、食性など詳しい生態はまったくわかっていません。
河川源流部には両生類から吸血するタゴビル類が生息していて、日本からはタゴビル、スクナビル、ツクバビルの3種が記録されていますが、それぞれの見分けは非常に困難です。

知られていないからこそ知ってほしい、淡水のヒルたち

独特の見た目や特徴からどうしても嫌われがちな淡水ヒルたち。図鑑などの整備が進んでいないために情報が得られにくいこともあいまって、なんだか恐ろしい生き物というイメージだけが広がってしまっていますが、暮らしぶりや特徴をつぶさに観察するとそれぞれの魅力が浮かび上がってきます。
 
ヒルのことを知らなかった人はもちろん、ヒルのことを知っている生き物好きの皆さんも、もしもヒルを見つけたらその動きや質感を目で見て、手で触れてじっくり観察してみてください。
 
 
参考文献
Dian-Han Kuo & Yite Lai. 2018. On the origin of leeches by evolution of development. Development Growth and Regeneration.
長尾 善. 1973. ヒル類 HIRUDINEA. Pp. 356−361. In: 上野益三(編)日本淡水生物学. 北隆館, 東京.
中野 隆文. 2010. ヒル類の形態とその用語. タクサ—日本動物分類学会誌, (29): 7–18.
中野 隆文. 2017. クガビル科(ヒル下綱:吻無蛭目:イシビル形亜目)の分類と種同定のための簡易検索. Edaphologia, (100): 19–29.
中野隆文. 2022. 血を吸う環形動物. Pp. 116–145. In: 浅川満彦(監)図説 世界の吸血動物. グラフィック社,東京.
Yite Lai & J.-H. Chen. 2010. Leech Fauna of Taiwan. National Taiwan University Press, Taipei.

Author Profile

藤野勇馬(ふじの ゆうま)

湿地の保全活動に携わるかたわら、全国で淡水ベントスを中心とした生物の観察をしている。これまでに希少な淡水貝類やプラナリアの新産地のほか、記載以来80年以上記録のなかった淡水貝類「タキヒラマキガイ」や新種の半陸生ヒモムシ「ナギサヒモムシ」などを発見、報告した。

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