第3回 分裂するだけじゃない かわいくて身近なプラナリアの話
「不死身の生物、プラナリア」…。100個の断片に切り分けたら100匹のプラナリアに再生したというエピソードを聞いたことがある人もいるかもしれません。でもじつは高い再生能力をもつのは一部の種だけで、尻尾などの断片からでは全身を再生できないという種も少なくないそうです。また、少しの水温変化や水質汚濁に弱く、飼育も大変なんだとか。
この記事では、そんなふだんあまり話題にならない、ぜんぜん不死身じゃないプラナリアたちもたくさん取り上げます。それぞれ個性的な姿をしたプラナリアたち。興味が湧いたらぜひ会いに行ってみてください。
ナミウズムシの外部形態 体は押しつぶしたように平たい。プラナリアの目は杯状眼(はいじょうがん)と呼ばれ、レンズがない単純な造りながら、白目(透明帯)から入った光の向きや強さがわかる。頭部の左右にある張り出しは耳葉(じよう)といい、においを感じるセンサーがありエサを探すのに役立つらしい。腹部の中央に透けて見えるのは咽頭(いんとう)と呼ばれるストロー状の器官で、これを腹側から伸ばしてエサを食べる。成熟個体では咽頭の後方に交接器官が発達する。なお、写真の個体は尾部先端が丸く色が薄いため、尾部を再生中であると考えられる。
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「プラナリア」は広義には扁形動物門三岐腸類に分類される生き物の総称で、特に淡水で暮らすものを指して使われます。主に湧き水や沢に生息しているプラナリアですが、湖の底や地下水にも生息しており、日本からは約30種が見つかっています。
日本で見つかる種のほとんどは冷たい水を好み、約1/3の種類は青森県以北でしか見ることができません。逆に沖縄などの南西諸島には在来種のプラナリアはたった2種(ナミウズムシとリュウキュウナミウズムシ)しか生息していないのです(九州・四国もそれぞれ3種だけ)。本州以北でみられるものも一部の広域分布種を除くと局所的な分布を示すものが多く、種ごとに生息に適した水温や標高などのこだわりがあるようです。
ここからは分類群ごとに日本のプラナリアたちを紹介していきます。頭の形や目の数、位置などに注目するとそれぞれの違いが見えてきますよ。
ナミウズムシ
ナミウズムシ 水温があまり上がらない場所であれば町中の溝にも普通に生息している。
ナミウズムシ 石や落ち葉の裏に固まっていることが多いが、慣れないと見つけにくい。濡れた基質の表面であれば地上でも活発に動き回るので、動き出すまでしばらく石の裏をながめていると見つけやすい。
ナミウズムシ 顔に似合わず獰猛なハンターで、傷ついた虫やミミズがいるとすぐに咽頭を伸ばして食べてしまう。
ナミウズムシは北海道から九州、南西諸島の一部の島々にかけて生息する、日本のプラナリアとしては破格の超広域分布種です。垂直分布もかなり広く、波がかかるような海辺の溝から標高
体長はふつう10~20mm程度ですが、大型の個体では40mmをこえることもあります。ナミウズムシの中には主に卵で殖える有性生殖系統と、体が前後にちぎれることで分裂して殖える無性生殖系統がいることが知られており、分裂しない有性生殖系統の方が大きくなりやすいそうです。
最近の研究では、ナミウズムシとされている個体群の中に、遺伝的に異なる特徴をもった集団が複数いるということがわかってきました。将来的に複数の種に分けられる可能性があります。
分裂による無性生殖を控えた長細いナミウズムシ(写真左)と分裂を終えて頭部を再生中の個体(写真右)。長細い方は咽頭の後方に色が変わっている部分があり、ここから分裂すると思われる。周囲では尾部を再生中の短い個体も多数見られた。
再生能力が極めて高く、実験にもよく使われるナミウズムシ。一般にプラナリアといえばこの種! と思われがちですが、ナミウズムシを含むサンカクアタマウズムシ科は杯状眼や交接器官の構造がほかの淡水生プラナリアとずいぶん異なるそうで、淡水生プラナリアとしては例外的にコウガイビルなどと同じチジョウセイウズムシ上科に分類されており、分類学的にはかなり特殊なプラナリアであるといえます。
アメリカナミウズムシ
アメリカナミウズムシ 北アメリカ原産の外来種。体長8~15mmで体型はナミウズムシとよく似ている。体の表面にあるまだら模様が特徴で、白目部分はナミより大きめのものが多い。耳葉はとがらない。通称アメナミ。
アメリカツノウズムシ
アメリカツノウズムシ 北アメリカ原産の外来種。体長10~20mmで、大型個体では体が幅広になり静止時には体側がフリル状によれる。角のように発達した耳葉が特徴。しばしば耳葉をアンテナのように上向きに立てて移動する。アメナミほど目立たないが、体表には薄いまだら模様がある。アメナミとともにナミウズムシが住めないような汚れた水路や水温が高い川にも生息している。通称アメツノ。
九州の一部と南西諸島に生息するリュウキュウナミウズムシ、北米原産の外来種であるアメリカナミウズムシとアメリカツノウズムシなどもサンカクアタマウズムシ科に分類されていて、どの種も極めて高い再生能力をもっていることで知られています。
次に紹介するヒラタウズムシ科は日本産のプラナリアとしてはもっとも種数が多いグループで、ホソウズムシ属、カズメウズムシ属、キタカズメウズムシ属に分けられます。このうちホソウズムシ属は特に日本国内で多様性が高くこれまでに10種以上が知られていますが、そのほとんどは分布域が極めて狭い、いわば「ご当地プラナリア」とでもいうべき種です。
ミヤマウズムシ
ミヤマウズムシ ナミウズムシよりも冷たい水を好み、山中の細流や沢の源流部で見つけやすい。また、水温が低い場所であっても池や湖では見られない。体色は濃藍色のものが典型的だが、個体によってほとんど白色のものもいて、特に光の当たらない場所や伏流水に生息する個体群は体色が白い個体の割合が高い。なお、これは他種のプラナリアでも見られる現象で、体色の濃淡はかなり個体差がある。
ミヤマウズムシ 体色が薄い個体。小型個体は耳葉が尖らないものが多い。
ミヤマウズムシ 体色が濃く、耳葉が尖った個体。目と耳葉の間はすこしくびれる。
ミヤマウズムシ 腹部中央に透けて見える咽頭がよく目立つ。
ミヤマウズムシはホソウズムシ属の中では珍しく耳葉が発達する種で、尖った耳葉は前方に偏っているので頭部先端が王冠のような形になります。
分布はナミウズムシに次いで広く、北海道から九州北部まで生息していることが知られています。体長は6~15mm程度ですが、個体群によっては30mmを超えることもあります。
水中では移動しながらしばしば上半身を反らして持ち上げるのですが、細長い体とあいまってまるで一反木綿のように見えます。名前の通り深山幽谷に生息すると思われがちですが、本州中部以北であれば低地に生息していることも珍しくありません。標高2,000mを超えるような高標高地や湿った岩壁のような特殊な環境で見られることもあります。見逃せませんね。
コガタウズムシ
コガタウズムシ 耳葉は発達せず、ナミウズムシやミヤマウズムシと比べると太短い体型をしている。水田脇の染み出しや林内の水たまりなど小規模な湧水を好み、流速の速い場所では見られない。なお、琵琶湖では礫湖岸と深底部からも記録がある。
コガタウズムシ 赤みが強い個体。なお、赤っぽく見えるのは体内の消化器官で、エサの色が透けて見えていると考えられる。
コガタウズムシ 伏流水中に生息していた白っぽい個体。
コガタウズムシは体長4~8mmほどの小型のプラナリアで、どの個体群でも10mmを超えるような大型の個体が出現することはまずありません。体色は薄橙~濃紫色で、
主に平地に生息しており、山岳地や高標高地では見られませんが、高水温には弱いようで夏になると姿が見られなくなってしまう産地もあります。
よく似た姿をした近縁種が多く、エゾコガタウズムシ、トウホクコガタウズムシ、ホクリクホソウズムシ、カントウイドウズムシ、トヨオカホソウズムシなど発見地にちなんだ名前が付けられています。ただし、それらの多くは生息地が極めて狭く、中には特定の井戸でしか見つかっていないものもいます。
カズメウズムシ
カズメウズムシ ひとつひとつの眼はナミウズムシなどと比べてずっと小さく、小眼と呼ばれる。
カズメウズムシ 時に200個以上にもなる小眼は馬蹄型に並び、その数は体長に比例して多くなる。体は幅広く、明色の背中線をもつものが多い。
カズメウズムシはその名の通りたくさんの目をもつプラナリアで、
カズメウズムシ 耳葉はよく発達し、頭部側方に張り出す。
カズメウズムシ(上)とミヤマウズムシ(下) 両種は同所的に見られることが多く頭部形態も紛らわしいが、眼の数がまったく異なる。そのほか頭部先端の形態(カズメは丸くミヤマはとがる)や体型、背中線の有無などでも区別できるので、慣れれば頭部を再生中の個体でも見分けられる。
キタシロカズメウズムシ
キタシロカズメウズムシ 多眼種のプラナリア。体長は8~15mmとカズメウズムシよりも小さく、耳葉はあまり発達しない。体色は真っ白で、小眼の集まりが左右に分かれハの字型に並ぶことが特徴。青森県以北に生息。なお、北海道以北にはこれらのほかにもキタカズメウズムシとアッケシカズメウズムシという多眼種が生息していることが知られている。
オオウズムシ科はその名の通り大型のプラナリアを多く含むグループで、そのほとんどが青森県以北にのみ生息しており、それより南には基本的にイズミオオウズムシ1種だけが見られます。なお、京都府からキョウトウズムシという種が見つかっていますが、模式産地の泉は失われており、その正体はよくわかっていません。
キタシロウズムシ
キタシロウズムシ 日本産のオオウズムシ科としては珍しく乳白色で細長い体をもったプラナリアで、目の数がまちまち(目が2~6個あり、奇数個の目をもつものもいる)という変わった特徴がある。青森県以北に分布。
イズミオオウズムシ
イズミオオウズムシ 小さな頭部と幅広い胴体をもつ大型のプラナリア。体長は20~30mmで、湧泉や冷たい沢に生息するが、たいてい密度は低い。耳葉は小さく左右に弱く張り出す。小型の個体は体色が薄く、頸部のくびれが目立たない。
イズミオオウズムシは北海道(奥尻島)から近畿地方にかけて生息する大型のプラナリアです。かなり幅広い体型をしているので、同じくらいの体長のナミウズムシなどと比べてもより大型に見えます。体色は灰褐色~黒紫色で、濃い体色をしたものは表面にはベルベットのような光沢があります。動きはゆったりとしていて大型種ならでは余裕のようなものを感じます。頭の形も独特で、目が離れていてのんびりとした表情に見えます。
ビワオオウズムシ
ビワオオウズムシ 茶褐色で木の葉型の体型をした大型のプラナリア。頭部は小さく、頸部は強くくびれる。静止時の体型はほとんど円形で、体側はフリル状によれる。
琵琶湖固有種のビワオオウズムシは体長が50mmを超えるこ
「プラナリア」
湧き水や冷たい小川を見つけたときはそっと石をめくってプラナリ
参考文献
Kawakatsu, M. 1969. An illustrated list of Japanese freshwater planarians in color. Bull. Fuji Women’s College, (7), Ser. II.
奥川 一之助. 1973. 淡水生三岐腸類PALUDICOLA (Probursalia). Pp. 223-230. In: 上野益三(編)日本淡水生物学. 北隆館, 東京.
手代木 渉・渡辺 憲二. 1998. プラナリアの形態分化. 共立出版. 東京.
Author Profile
藤野勇馬(ふじの ゆうま)
湿地の保全活動に携わるかたわら、全国で淡水ベントスを中心とした生物の観察をしている。これまでに希少な淡水貝類やプラナリアの新産地のほか、記載以来80年以上記録のなかった淡水貝類「タキヒラマキガイ」や新種の半陸生ヒモムシ「ナギサヒモムシ」などを発見、報告した。
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