肉眼でやっと見つけられる大きさ、5mmに満たない極小生物を拡大して見ると、思いがけない美しさを発見! 「小さな世界は無限の宇宙」をテーマに、東京近郊で写真を撮り続ける熊谷芳春さんに、「映える」極小生物を紹介してもらう。
目を疑うほどに鮮やかな赤、全身にやわらかそうなイボイボ。鉛筆でちょんと目を描いたような、申し訳程度の顔。そして、短い脚で一生懸命に歩く姿が、いつ見ても癒されるこの生き物は、アカイボトビムシの仲間。
界隈ではそのかわいらしさから、「土壌生物のアイドル」の名を欲しいがままにしているが、この日はさらに、大きな水滴を3つも背負って歩いていた。
「映(ば)え」とは、まさにこの光景を指す言葉だ。当の本人は、小さな体にこんなに大きな荷物を背負い込んで、さぞかし重いことだろう。ちなみにこれは雨の雫(しずく)ではなく、土壌が保水している水分である。
地表が乾燥しているときでも、石や朽ち木、落ち葉の下はしっとりと潤いを保っている。その潤いが、小さな生き物たちには必要不可欠なのだ。このアカイボトビムシが背負っている雫は、乾燥した環境では生きていけない彼らにとって、まさに「命の水」なのである。
粘菌(変形菌)の仲間、ヘビヌカホコリ。ウネウネしたオレンジ色の網目模様を描く子実体が特徴的で、海外ではその見た目からPretzel slime mold(プレッツェルの粘菌)などと呼ばれている。わたしたちには、ベビースターラーメンがイメージとしてはしっくりくるだろう。
写真のヘビヌカホコリは、すっかり色あせてツヤもなく、中身の細毛体(さいもうたい)が飛び出している。じつは、夏から秋にかけて作られた子実体が、木や落ち葉の下で運よく雨風をしのぎ、冬を乗り越えた残党なのである。
そんな、古びたヘビヌカホコリを撮影していると、どこからともなく真っ赤なタカラダニの仲間がやってきた。全身にうっすら毛を生やし、長い脚で前方を探るように進むコミカルな姿のタカラダニは、せわしなくこの古びたヘビヌカホコリのまわりを歩き回った。どうやらヘビヌカホコリを求めてやってきた訳ではなく、たまたま通りかかっただけのようだ。
こうして拡大した世界にどっぷり浸っていると、まるでSF映画に出てくる異世界に迷い込んだような錯覚に陥りそうだが、じつはご覧の通り、指先でつまめるほどの小さな世界の光景なのだ。
貝殻の大きさはわずか2mm強。まさに胡麻粒のように小さなこの陸貝は、ゴマガイ科の仲間。
カタツムリの赤ちゃんではなく、これでもれっきとした大人の貝なのだ。このゴマガイ、小さいだけではなく、一般的なカタツムリとはちょっと違う。
それは拡大してみると一目瞭然。通常なら触角の先端に眼があるが、彼らの眼は触角のつけ根あたりにあるのだ。おまけにほっぺがほんのりピンク色に染まっており、なんともかわいらしい。
ゆるキャラ的かわいさを持つゴマガイも、拡大してみないとまったく知り得ないものであった。
いつも小さな生き物を求めて、薄暗い薮の中で一人、地面にはいつくばっているが、そうすると思いもよらぬ発見をすることがよくある。この「ユウレイホウオウゴケ」もその1つだ。
手に持っているのは、一見するとただのコケむした石ころだが、よく見ると緑色の石の表面から細かい何かが生えている。先端がオレンジ色になっているのが肉眼でも確認できた。気になって、さっそくカメラに高倍率のマクロレンズをセットしてのぞいてみると、細い柄の先端には奇妙な花のようなものが! 柄の高さは2mmほど、オレンジ色の部分の直径は約0.3mm。極小のイソギンチャクのようにも見える。
これはユウレイホウオウゴケという、ホウオウゴケ科のコケの1種で、柄のついたオレンジ色の部分は胞子体(ほうしたい)と呼ばれる、胞子を作る部分。植物体、いわゆるコケ本体は緑色に染まっている石の表面にあり、そのサイズは0.1〜0.2mmほどの、世界最小クラスのコケなのだ。
しかし、このユウレイホウオウゴケ、じつは林内の半日陰でジメジメしたような環境であれば、意外と普通に生えているらしい。オレンジ色の奇妙な胞子体の存在に気づくことができなければ、発見するのはまず無理だろう。
春を告げるきのことして馴染みのあるアミガサタケ。特に海外では「モレル」と呼ばれ、高級食材として人気のきのこだ。人気が高いのは人間からだけではない。小さな虫からも大人気なのである。
通常、きのこ愛好家ならば、きのこにつく虫なんて邪魔者以外の何者でもないだろう。むしろ、気持ち悪くて見たくもない!と、放り投げられてしまうかもしれない。
しかし、ちょっと待ってほしい。この小さなきのこを訪れるお客さん、じっくり見てみるとじつにかわいらしいのだ。
アミガサタケにやってきていたのは、マルトビムシの仲間。その名の通り、ころんと丸い体が特徴である。アミガサタケの特徴的な蜂の巣構造が、まるでマルトビムシのマンションのように見えた。壁一面が高級食材のご馳走でできたマンションの部屋は、さぞや居心地がいいだろう。
そんなマルトビムシを、さらに拡大して見てみると、なんとも凝ったモザイク柄のような、不思議な斑模様に驚かされる。体長1.5mmほどの小さな彼らが、こんなにもオシャレだったとは、拡大してみて初めて気づかされる発見である。
いつも歩くコースにかかる木製の橋。ここ数年で材の老朽化が進み、すっかりコケむしてきた。渡るのがちょっと怖い場所でもある。
そんな橋をそろりそろりと渡っていると、視界の隅に鮮やかな赤が目に入った。「木の実かな?」違和感を感じてしゃがみ込んでみると、それは未熟なマメホコリだった。
マメホコリは粘菌(変形菌)の仲間で、まさにマメのような球形の子実体(しじつたい)を形成する。子実体は通常、成熟すると黒っぽい茶色だが、未熟な段階ではこんな鮮やかな橙色なのである。
写真のマメホコリはせいぜい3mmほど。小さなマメホコリにマクロレンズを向けてのぞくと、さらに小さな水玉が乗っていた。それは、いま降り出した雨の雫(しずく)だった。
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熊谷 芳春
1981年、千葉県出身、東京在住。子どものころから生き大物好き。東京ではお馴染みの霊峰・高尾山周辺をメインに歩き回り、誰もがスルーしてしまいそうな、地味な生き物たちにスポットを当てている。お気に入りは、ザトウムシと冬虫夏草。
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